第百十五話「戦線を死守します!」
戦車の眼前に地面が盛り上がり壁が出現します。
敵軍の魔導師の魔法でしょう。
「進路そのまま! 突撃!!」
車長の指示と共に唸りを上げたエンジンは、戦車の車体を壁にぶつけ、軽々と壁を破壊しました。戦車の前では土塊の壁なんて、足止めにもなりません。
私達のⅣ号戦車は右へ左へと立ち回り、敵兵を何とか河に近付けまいと奮戦していました。
「次っ! 右旋回! 味方は着々と上陸しています! 今は耐えてください!!」
「車長殿! 主砲の弾薬が次射で86発目! その次で最後であります!!」
「機関銃(MG34)の弾も半分を切ったよ!?」
「燃料が不足してきた、活動時間は持って30分だ」
「対岸からの支援砲撃もある。敵軍もかなりの損害の筈なのにまったく引く気配がありませんね……」
私を含め各所から悲鳴に似た声が聞こえて来ます。
敵軍はもともと10万。
今や砲弾の雨にその半数が大地のシミと消えているのに、未だ勢いは衰えません。
部隊の半数を喪失し、もはや指揮系統もバラバラになっている筈なのに。
撃っても撃っても、味方の屍を踏み越えて雪崩の様に敵軍が攻め寄せて来ます。
「取り付かれると危険であります!」
「そうだ! 戦車の中に隠れてれば大丈夫なんじゃない!? だって剣や弓でしょ?」
眞鍋さんが名案だと眼を煌めかせて言いました。
しかし……。
「確かに剣や弓ではⅣ号の装甲はビクともしないでしょうが……」
「魔法で火あぶりにでもされたら、みんな蒸し焼きになるな」
「いやいや、先にエンジンが炎上して爆発するかもしれないでありますよ」
「そうだね、映画みたいに砲塔が付け根から『ぽ〜んっ!』って上に飛んでくかも」
「あ〜、あるでありますなぁ。被弾した戦車が爆発するときに。でもぽ〜んは軽すぎるでありますよ、西泉殿」
「そうだね、せめて『ボーンッ!』くらいだね」
「いや、あんまり変わってないであります」
「「「「HAHAHAHAHA!!!」」」」
「って、笑ってる場合じゃないよ〜! やだも〜っ!!」
一瞬、軽い空気になりましだが眞鍋さんの声にみんな真面目な顔付きに変わります。
「燃料が無くなるまでは動きを止めないでください。いよいよとなれば戦車に籠城して携行武器で応戦しましょう」
「籠城ってゆーか、籠車だがな。武装はどうなってる?」
「MP40-Ⅱ短機関銃とMP3008短機関銃、MG42機関銃が積んであります! こんな事もあろうかとM35火炎放射器もありますから、いざとなれば火を噴くでありますよ! しかも燃料タンクは二本! MG42はベルト給弾式で弁当箱が三つ!」
「いったいどこからそんなに手に入れて来たんですか……」
「どおりで車内がやけに狭いわけだ」
というか火炎放射器のタンクなんてどうやって積み込んだんでしょう……。
「と、とりあえず秋元さん! 武器をください! 少しずつ後退しつつ味方の到着を待ちましょう!」
「了解であります!」
こうして私達Ⅳ号戦車はジリジリと後退し始めました。
付近では一緒に上陸した味方戦車も続いて後退しています。
どうやら他方の味方が上陸に成功したために、上陸が遅れているこのエリアに敵軍が殺到しているようです。
すると……。
『ガスンッ! ブスブス……』
大きな音と共に車体が激しく揺れました。
「な、何事!?」
「エンジントラブルだ。エンジン停止、セルが回らない」
「ちょっと! 落ち着いて話してる場合じゃないよそれ!」
「外に出て修理するであります!」
「今外に出たら危ないよ!」
眞鍋さんが人一倍パニックに陥って居ますが、言っていることは至極当然の事。
不要に外に出て修理していたら弓矢の雨で針鼠になってしまいます。
「しかたありません! 全員武器を持って応戦! 搭乗ハッチから射撃を行ってください!」
車長の号令に全員が意を決したようでした。
Ⅳ号戦車には搭乗員全員分のハッチが設けられています。
全員がハッチから身を乗り出して射撃を開始しようとしました。
戦車から見渡す大地には、敵、敵、敵。
正面の何処を見ても、見渡す限りの敵、屍体、敵。
「ちょっとちょっと! マジであり得ない!」
「泣き言を言ってないで応戦しろ」
操縦手の霊泉さんはいつもの如く落ち着いてマシンガンの弾をばら撒きはじめていました。
「来るなぁっ! 来るなぁ〜っ! であります!」
秋元さんもMG42で射撃を始めます。
正面から押し寄せる敵軍から放たれるのは恐れや混乱よりも濃厚な殺気、殺意。
こんな、まさに肌に突き刺さり、全身を削いで行くような殺気を当てられれば、例え私達が何の訓練もしていない少女だったとしても、反射的に握った銃の引き金を引いていたでしょう。
「…….前に出て来なければっ!」
私もMP40を構え引き金を絞ります。
銃口から吐き出される9×19mmパラベラム弾は彼らの鎧を容易く破り、迫り来る肉の壁をバタバタと薙ぎ倒していきます。
しかし。
「次から次に! まるで亡者の群れです!」
前列の敵兵が倒れても、その屍を踏み越えてまた敵兵が現れる。
この敵兵を見ていると入隊当時は怖かった魔族の上官が天使に見え、敵兵がまさに恐るべき化け物の群れに見えてきます。
「こんのぉっ! とっととさがるでありますっ!!」
いくら撃ち倒しても撤退しない敵兵に業を煮やした秋元さんはM35火炎放射器で辺りを薙ぎ払いました。
さすがに迫り来る炎に恐怖を感じたのか、敵はざわめき歩みを止めました。
しかし、火炎放射器の射程は30メートルほど。
敵兵は射程外ですがすぐそこまで迫っています。
「っ!! 対弓防御!!」
西泉車長の叫びに皆咄嗟にハッチを閉め車内に隠れます。
すると『カンッ!』とか『キィンッ!』のような音がしました。
おそらく戦車の装甲に弓矢が弾かれた音でしょう。
「さすがⅣ号戦車! なんとも無いであります!」
秋元さんはお返しとばかりに更に火炎放射器を振り回しました。
しかし、一瞬の隙に敵軍はすぐそこまで迫っています。
私達の脳裏に一瞬、最終最悪の選択肢『戦車を棄てて撤退する』が浮かんだ時。
空からそれが降って来ました。
『ズゥンッ!』と戦車の前に着地したそれは巨大なオーガでした。
オーガは手に持った塊を腰だめに構えると、塊はモーター音と『バリバリ』という発砲音を吐き出します。
「あれは、MX214マイクロガン!? 前線には配備されてない筈じゃ」
「特殊部隊に限定配備されてるであります! あれは『奇跡の第七小隊』でありますよ!!」
「……あれが王都内乱で奇跡の救出劇をした第七小隊……」
すると戦車の横に砲塔を搭載した8輪の偵察車が止まりました。
車体の上には三脚で固定したブローニングM1919重機関銃があり射手が叫びながら敵軍を薙ぎ払います。
「さがれぇっ!! さがれってんだよおおおぉぉぉ!!! うおおおおあああぁぁぁぁ!!! さがりやがれえええぇぇぇ!!!! ケツまくって逃げやがれぇ! クソッタレどもめえええぇぇぃ! チキショォオオーーーッ!!!」
毎分4000発を誇るミニガンの射撃速度と重機関銃の前に敵軍は瞬く間にひき肉に変わっていきます。
銃声が止む頃には敵軍の波は屍体の山に変わり、生き残った数少ない者も這々の態で逃げ出していました。
後方からは味方車輌が近づいてくるのが見えます。
「おーい! 俺たちアクシス傭兵団が来たからにはもう大丈夫だ! 任せておけ!」
「って言っても人手不足で雇われてるだけだけどね〜」
「何で俺たちが国の戦争なんかに出なきゃいけないんだか、やれやれだぜ」
「どうせボスがあの魔族の女に良いとこ見せたいだけニャ。ボスは完全にほの字ニャのニャ」
「ふふっ! 三次の女のどこがいいんだか……ふふふっ!」
「ボスにもまともに恋愛できる感性があったんですね、意外です」
「うるせぇ! てか狭えよ! 誰か降りろ!」
「んな無茶ニャ」
見かけない人が乗っていますが無視しました。
「……Sd.Kfz.234偵察車にクーゲルブリッツ対空戦車……増援、間に合ったぁ〜……」
眞鍋さんが安堵の溜息をつきます。
「そこの戦車! 気を抜くにはまだ早いぞ! 状況報告!!」
すると白に塗装したスクーター、Vespa150 A.C.M.A. T.A.Pが止まり、魔族の女性が話しかけて来ます。
「あっ、はいっ! エンジン故障につき行動不能です、弾薬もありません!」
「了解した。良く持ち堪えてくれたな。我々が戦線を押し上げる。戦車回収車に拾ってもらえ!」
「了解しました! ありがとうございます!」
そう言うと女性はベスパに跨り、偵察車と対空戦車を伴って前進して行きました。
「キャーッ! サニー中尉でありますよ!?」
「私達、褒められちゃったね!」
「あんな目立つ塗装のスクーターで前線に出るとは、恐ろしい」
「機関銃250発とマイクロガンをフルパック。さすがに過剰な気がしますね」
「とりあえず私達は回収を待ちましょう」
こうして私達の長いような短い様な戦いはひとまず小休止を見るのでした。
 




