第百七話「フルネーム」
「……ふむ、ではこの薬は研究所に送って解析いたしましょう。成分は機材的に無理でしょうが、用法と用量、副作用は明確にしませんとな」
初老の医師がミーシャにそう告げた。
ミーシャ達は中央の病院に運び込まれていた。
フジ島にも病院はあるのだが、規模的にはあまり大きくは無い。
ならば急を要する訳でもなし、研究所が併設されていて機材の豊富な中央へと搬送されたのだ。
「して、ミーシャ様。お身体の調子はいかがかな?」
「口の中がハルマゲドンの様相を呈しているよ」
「春巻き丼? 美味そうであるの(ドスッ!)ォゲゥッ!?」
呑気なマシリーにミーシャ渾身のボディブローが炸裂する。
「これこれ、病院で怪我人を出さないで頂きたい。中庭ならブチまけても大丈夫ですぞ?」
「オーケー」
「い、医者が暴行を勧めてどうする!?」
「まあ、それはさておき。如何です? 何か回復しましたかな?」
「……さっき気が付いたけど、あまりの不味さで腰痛が治った気がする」
「わ、我はぽんぽんいたいの……」
「さっさと便所行って来い」
「違うわ! 内科的にじゃなく外科的に痛いんだからのっ!」
「落ちてるもん拾って食うから」
「食うとりゃせんっちゃっ! おみゃ、ほんにデリカシーっちゃ無いぞなぁ!?」
「マシリー様、落ち着いて落ち着いて。魔界弁が出とりますぞ」
「……うぐぅ……」
「魔界弁ってあんのかよ……」
「……田舎臭いと思われる故、頑張って矯正しておったのだ。魔界は広いうえ種族も多いでの、領地が変わるだけでかなり言葉も変わるのだ」
「先程のは中西部魔界弁ですな。皆様気になさるのか隠されてますが、そのせいか独特の口調になってしまうようですよ?」
「へぇー」
「頼むから他の者は煽るでないぞ?」
「…………わかってるよ」
「今の間はなんじゃ!? 今の間は!?」
二人が騒ぐものだから部屋の外に居た看護師がドアを開けて恐る恐る注意する。
「……あの〜、院内はお静かに……」
すると室内のミーシャと廊下のアイシーの目が合った。
「……あ」
「へ?」
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「これはいったいどーゆー事なのか、説明してちょうだい!」
「そんな浮気を問い質す奥さんみたいに言われたって……」
「だまらっしゃい!」
「むぐぐ……」
「なにがむぐぐよ!」
「あの〜、院内ではお静かに……」
ミーシャを発見したアイシーは、いきなり病院に連れてこられたショックやらストレスやらでいっぱいいっぱいだったのだろう、タガが外れたかの如くミーシャに詰め寄っていた。
これにはたまたま居合わせた看護師さんも引き気味である。
「まぁまぁ、そうかっかするものではないぞ? まずは落ち着いて話しをしようではないか?」
「……あんた誰よ?」
「うむ? 自己紹介がまだだったの……」
言うとマシリーはドレスをちょんと摘み優雅に一礼してみせた。
「マシリー・フランセス・ヴィツァプレジデンツ・フォン・トットーリ・スタバ=ノイルン。彼女の友人兼補佐をしておる」
「……アイシー・アリスン・フォン・ルード・フィーリア。今はただのアイシーでいいわ、名前も家も捨てた様なものだもの」
マシリーの自己紹介にアイシーは腰に差した杖を抜き胸元に掲げ一礼する魔法使い式で返礼した。
「おい、待て。自分ら名前長すぎないか? 最初の自己紹介そんな長く無かったろ?」
「なにを言っとるか、お主だって正式名は『ミーシャ・ラダット・フューラー・フォン・ウント・ツー・ヤマト=ライヒ』になっとるぞ?」
「今初めて聞いたわ! てか『フォン』の前は爵号とかがつくんじゃないのか!?」
「まぁ、確かにそうゆう場合もあるが、最も名誉な称号や役職を付ける場合が多いの。尤も、あまり欲張って沢山付けるのは逆にみっともないことであるがの」
「でもだ! 百歩譲ってもだ! 勝手にフルネーム作るなら教えてくれよ! しかもセカンドネームがラダットって! しかも何? 『ヴィツァプレジデンツ』って?」
「古代魔界語で『真なる帝国の副総統』の意味である。フューラーは『真なる帝国の総統』か単に『総統』の意味があるの。ヴィーナは『統治者』を入れたがっておったが長くなるでの。あとは、ナナル王国では旧帝国、ガゼル帝国に続く三番目の帝国と言う意味で第三真帝国と言われておるからいずれヤマト第三真帝国やらなんやらに改名するんじゃないかの?」
「『ミーシャ・ラダット・フューラー・ヘルシャー・フォン・ウント・ツー・ヤマト=ドリッテンヴァーハライヒ』って、長っ!? 口に出してみると恥ずかしい上に長っ!! しかも統治者・支配者・総統ってどれだけ欲張りな内容だよ、概ね被ってんだよ!」
「ちょっ、ちょんと待ちなさいよ!? 何? 何の話し!? 支配者とか統治者とか総統って!?」
「……あ、いや、その……」
口論をしていた二人だがアイシーの言葉に黙り込んでしまう。
「……ミーシャよ、隠し通すのも無理ではないかの?」
「……いや、でもさすがにマズイんじゃ……」
二人がボソボソと話し合っていると、神の助けか悪魔の刺客か、廊下から怒鳴り声が聞こえて来た。
「みいいぃぃぃぃしゃああぁぁぁぁっっ!!」
「げえっ、ヴィーナ!」
「だから院内はお静かに……」
間違いなく悪魔の刺客である。
「あんた、こないなとこで何しとんねん!!」
「いや、いきなりあんたて、ちょっと」
「シャーーラーーップッ!!」
「しゅん……はい、反省しております。マスケット銃に関しましては……」
「そないなこと今はどーでもええねん! いや、えーことないけど! それどこや無いねん!! 早よ会議室いかなあかんねん!」
「ちょっと待ちなさいよ! こっちの話が終わって無いわ!!」
「なんやねん自分? こっちのが急ぎやねんや、後にせぇ後に!」
「ちょっと後から来て横暴なんじゃないの!? あれね? 年食ったら気が短くなるってやつね?」
「……あ? ……すまん、よー聞こえんかったわ。もっぺん言ってみ?」
「あら、耳まで遠くなってるのかしら? これだから年取るってやーね」
「こ、こンじゃりっ!! ゆーたらあかんことを!」
「あら? 図星かしら? かっこ悪」
「あ”ぁっ!? なんやとコラぁ!! いっぺんど突いたら堪忍したろか思ったけど、もーあかん! どつきまわしたる! いてこましたる!! どたまカチ割ったるーーっ!!!」
「待て待て待て待て! ヴィーナ! 待て!!」
「不用意に手を出してはいかんぞ! 落ち着けヴィーナ!」
「ミーシャ! マシリー! 放さんかい! このクソ生意気なイチビリのじゃり、いてこましたらんと気がすめへんねや!!」
まさに怒髪天を突く大激怒のヴィーナを二人掛かりで押さえ込むミーシャとマシリー。
しかし、事態は急に治る事になった。
(プスッ)
「はぅっ!?」
暴れるヴィーナの首元に注射器が打ち込まれ、ヴィーナが倒れてしまったからである。
そこには素敵な微笑みの看護師さんが注射器片手に立っていました。
「院内では、お・静・か・に!」
「「「「はい」」」」
これにはミーシャやマシリーはもちろん煽っていたアイシーすら真っ青な顔で首を縦に振るしか無かった。
因みに、初老の医師は、彼女にはセクハラするのは止めようと決意したのだった。




