第十話「末端貴族」
あれから2年。
俺は7歳になる。
切り株の広場で魔法をぶっぱなして以来、特訓に監視が付く様になってしまった。
その監視役というのが、メイドのジュリーである。
なぜ雑用係のヘンリーではなくメイドであるジュリーであるのかは分からないが。
彼女はとても怖い、なんかすっごい睨んでくる、超怖い。
でもなぜかエミーとは仲がいい、特訓が休みの日には家で家事の特訓をしている様だ。
父様と母様も気に入ったのか、ラダッド家のメイドにとジュリーによる特訓に許可が出ている。
エミーも気合が入っていて進んで覚えようとするため俺としては止められない。
キースは俺との特訓の成果もあり体つきが良くなっている。
また父様に弟子入りして特訓をしたいと言って日夜説得に当たっているようだ。
そろそろ父様も折れそうな気がするな。
そういえば父様は昔は名の知れた騎士だったとか。
俺はと言うと・・・
時空魔法と無属性魔法の制御がやっと出来上がってきたところであり、回復魔法は進展なし。
身体強化魔法も少しはマシになってきたかというところだ。
無属性魔法で練習中の『飛行』であるが、空間魔法の『アンチグラビティ』と併用する事で飛躍的な進歩を遂げた。
アンチグラビティとは、物質の重力を軽くする魔法『ライトグラビティ』を強化していった結果、
物質に加わる重力がゼロになった魔法だ。
自分自身に掛かる重力をゼロにして魔力の噴射により飛行が可能になった、
魔力も充実しているのである程度の長距離飛行が可能だ。
しかし、困った事にこの世界で空中を魔法で飛行する人間は少ない。
上位の風属性魔法使いが自身の体を強風で吹き飛ばして飛んだり、
火属性魔法使いが爆発系の魔法で飛んだりするようだが、
どちらも魔力消費量が尋常では無く、またとてつもなく危険極まりない為にそんな飛行をする奴はいない。
例外的に鳥人系の種族は風魔法と大きな翼を使い空を自由に飛びまわるのだとか。
そんな中で姿を隠さずに空中飛行などした日には『驚愕!羽の無いフライングヒューマノイド発見!』なんてもんである。
なので今は空間魔法で自身の姿を消せないか研究中である。
しかし、ジュリーの監視の目を盗んで特訓をしたためあまり大きな成長はしてない様に思える。
あの人を刺し殺す様な冷徹な目で見てくるメイドはかなり俺のことを疑っている、なぜかは解らないが。
メイドさんチョー怖い。
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そんなある日、キースと共に孤児院に向かっている時の事だった。
エミーはラダッド家でメイド修行中である、もちろんメイドであるジュリーも家だ。
今日も子供たちのお世話をする為である、キースは完全に連れて来られただけだが。
すると孤児院の前でガラの悪い奴らと村長、ミランダさんが何か話し合っている。
いかにも力自慢そうな大男が一人とミランダさんと話しているヒョロイ青年が一人。
男たちの服装からして貴族とそのガードマンの様だ。
村長とミランダさんはすごく困った顔をしている。
「あ、あいつミラー家の一人息子のジルだよ」
「なんだ?そのミラー家って」
「ミーシャ知らないの?いい、この村の正式な住所は『イース王国ライシス伯爵領内ミラー区フィリス村』なんだ。
つまりミラー家がこの辺一体の管理を行ってるんだよ」
「なんでそんなめんどくさい事をしてるんだか・・・」
「それはよくわからないけど、ライシス伯爵の新しい統治方法とか言うやつだと思う。
領内を細かく分けてそれぞれ貴族に直接管理させる制度を試験してるらしいよ?」
「なんて言うんだっけなコレ、地方自治体ってのは違う気がするし・・・」
「ミーシャってたまによくわからない事言うよね」
「まぁ、気にすんな」
要するに、伯爵は自分の領内を細かく分けそれぞれを貴族たちの思うように統治させている様だ。
また、末端の貴族をまとめ上げる中間管理職的な貴族をあいだにはさみ、
「基本的に問題はテメェで片付けろ」
の方針でやってるらしい、大きな問題が起きた時だけ報告するように・・・と。
そんな訳で末端貴族はやりたい放題、中堅貴族を買収し、伯爵派の視察を上手く捌いて私腹を肥やす。
誰が見ても明らかに汚職まみれの腐りたい放題である。
こんな制度を実施しているヤツは正真正銘のバカではないか、と聞く人が聞けば即牢屋行きの事を考える。
「この制度は今年10歳になる次期当主様が考えたんだって」
「おいおい、たかだが10歳の子供にそんな権限あるのか?」
「なんでも現場に慣らすために少しずつ仕事をさせてるんだって。
だけどあんまりにも各地から処理が殺到するもんだから面倒臭くなって・・・」
「それであとは勝手にしろ・・・か」
無責任にも程がある、まともな視察もできない、治安も悪い現状で各々が勝手に統治しろとは。
現代の世の中でも腐敗が円満しているのに、こんなに情報操作が楽な世界では
『どうぞ職権乱用、賄賂に増税お好きにどうぞ』ってなもんである。
しかもそれを許可する現伯爵は相当な親バカかただのバカか・・・。
考えながら孤児院に近づくと会話の内容が聞こえてくる。
「ですので、この時期の増税は・・・せめてあとひと月待ってもらえれば・・・」
「じいさん、あのなぁ、俺たちも暇じゃないんだよねぇひと月も待ってらんねぇの、わかる?」
「し、しかし、それでは村が・・・」
「だからぁ、知ったこっちゃねぇってのぉ」
どうやら増税で押しかけた様だ。
金髪坊っちゃんヘアの貴族に村長が何卒ご慈悲をと食い下がる。
「そ、それに孤児院の子供たちまで課税対象とは、しかも今までの倍の税は重すぎます!」
ミランダさんも必死に訴えている。
ん?今ありえない要求が聞こえたきがするが?
「ここの孤児院の運営は教会じゃなくてラダッド家だろう?
なら村人として普通にカウントしなきゃだめだろぉ?
なぁに、ラダッドのじいさんに頼み込んでくりゃあいいじゃねぇか、
あのじじい相当の金を溜め込んでるみたいだしなぁ」
(ちょっとーうちの家の話じゃないですかーヤダー)
それを聞くと俺は孤児院へ走り出していた。
「ちょっと!?ミーシャ!?」
キースが止めようとしてくるがもう関係ない。
俺はその中に割って入った。
「まぁまぁまぁ、お互い少々落ち着きませんか?」
「なんだ?ガキに用はねぇよ、あっちいけ、シッシッ!」
「いやぁ、そのラダッド家のガキなんですがねぇ」
「なにぃ?」
ジルは俺をみて片眉を上げた。
「ここは、私が父様に交渉してみましょう。
村全体の件についても私がお話してみますよ。
ですので今日の所はひとまずお引き取り願いたいですねぇ」
「っち、しゃあねぇなぁ、三日だ」
舌打ちをするとジルは踵を返し部下を連れて去ってしまった。
ミランダと村長はいきなりの乱入者に唖然としていた。
「ミーシャちゃん」
ミランダさんが口を開いたのはジルたちが完全に見えなくなってからだ。
「大丈夫ですよ、まぁ時間は稼げましたからどうにかしましょう」
そう言うと俺はキースの方を振り返る。
しかし、そのこにキースの姿は無かった。
side「キース」
僕は、嫌な予感がしてジル達の後を追っていた。
ミーシャによって剣術・武術だけでなく追跡・隠密の技も叩き込まれている。
二人はこちらに気づいていない。
二人は村の入口から少し離れた場所で脇道へと逸れた。
急ぎつつも足音と気配を消して付いて行く。
そこには20人程の男たちがいた、見た目は野盗のそれである。
各々、斧や短剣、ハンマーなどを持って武装している。
すると野盗の一人が口を開いた、聞き逃すまいと物陰に隠れ耳を澄ます。
「坊っちゃん、よろしかったんで?」
「なぁに問題ねぇよ。一応用心しておくか、おい!」
すると呼ばれた野盗が一人前に出てくる。
「おまえ、ちょっと孤児院燃やしてこい」
(!?)
い、今なんて?
僕は耳を疑った。
「よ、よろしいんで?」
「なに?おまえこの俺に指図すんの?」
「い、いえ」
「なら文句言わずにヤレ、証拠を残すなよ?
あの村には年老いた上怪我を負って引退したとは言えあの『神剣』が居る。
脅しだよ、なぁにただの火事だ、事故だよ事故」
神剣とはミーシャのお父さんの事だ。
その昔、様々な勲功を上げ英雄と呼ばれる程の騎士。
それがなぜかこんな田舎で隠居生活をしている。
「坊っちゃん俺達はどうしましょう?」
盗賊のリーダー格であろう大男が話しかける。
「ゴットンか、お前たちはここで待機だ。
もし孤児院を燃やしてもごねる様なら村に攻め込め。
このご時勢だ、野盗に襲われて村が無くなるなんてよく聞く話だろ?」
(は、早く皆に知らせなくちゃ!!)
僕は恐怖と緊張で後退りをした、してしまった。
後方の確認もせず、ただ、ただ無用心にも。
そのせいで小石に躓き盛大に尻餅をついてしまう。
どさっ!
「なんだ!?」
気づかれた!
男たちは一斉にこちらを見てくる。
こんな時にどうするか、ミーシャの教えでは
『尻尾巻いて逃げろ!遮蔽物をうまく使いながら、できるだけ早く遠くへ、人のいる方へ』
僕は一心不乱に逃げ出した。
村を囲むように生えている林の中へと。
木の間を縫うように走っていく。
後ろでは数人が追いかけてきているのがわかる。
すると左肩に衝撃と激痛が走った。
熱い!どうやら火魔法が当たったらしい。
でも普段ミーシャのリンチとも言える特訓に付き合っている僕にはこの程度の痛みは耐えれる範疇だ。
僕は村の中に駆け込む、追っ手達は村の仲間ではついてこなかった。
孤児院の近くまで走るとミーシャ達はまだそこにいた。
ミーシャはこちらを確認すると慌ててこちらに走ってくる。
僕はそれを見ると安心してしまったのか思いっきりすっ転び、顔面から地面へダイブした。
緊張の糸がほどけたせいなのか、肩の傷が原因なのか、または顔面ダイブのせいか。
意識は闇の中へ溶けていった。
今回から少しずつシリアスへ向かう予定です。




