第百話「おかね・大切です」
さて、私は今、商業ギルドに来ています。
え?
家はどうしたのかって?
『家が無いなら出せばいいじゃない』
ミーシャ・アントワネット(嘘)
とまぁ、悪ふざけは置いておくとして。
家は出しました。
所要時間10分。
整地3分。
間取り決め7分。
建築一瞬。
さて、召喚した家は。
木造。
二階建て。
全十部屋の。
アパートです。
ただ、家を出すのも面白……もといつまらないので収入を得るために賃貸にしたぜ。
土地は買ってるし、家は自前だから問題無いはず。
新品で召喚されるハズなのに、年季を感じる木造二階建ての茶けた昭和のボロアパートが出たのは予想外だけどさ。
と言うわけで、商業ギルドには管理人と入居者の募集、あとアパートの経営についての事務処理に来たんだなぁ。
商業ギルドはアーガムの中心街にある。
建物は正面から見ると出入り口が三つある大きな建物だけど、向かって左の扉が冒険者ギルド、中央の扉が酒場、右の扉が商業ギルドになってた。
ちなみに三つは中で繋がってるらしい。
私は右の扉、商業ギルドの中に入る。
中には西部劇とかの銀行みたいに窓口が並んでいた。
私は”その他”の窓口に向かう。
「いらっしゃいませ。商業ギルドアーガム支部にようこそ」
若いお姉さんが明るい笑顔で微笑んだ。
「お使いかな?」
が、ガキ扱いすんなよな!
まぁ、面倒なので適当に合わせるけど。
「えっと、アパートを始めるんですが……」
「あぱーと?」
あれ?
通じてないかな?
「つまり、部屋を人に貸すんですが」
「ああ、なるほどね。別にギルドや国には報告の義務はないよ。契約書があるならギルドで保管するくらいね」
あ、結構適当……ゲフンゲフン。
放任的なんすね。
「じゃあ、求人と入居者の募集用紙の掲示お願いします」
そう言ってお姉さんにお願いしたら募集用紙を作ってくれました。
まぁ、用紙代と手数料が掛かったけど。
〜急募:賃貸型集合住宅の管理人〜
三食昼寝付き、住み込み。
家を管理するだけの簡単なお仕事です。
やる気のある若い女性歓迎!
〜入居者募集〜
賃貸型集合住宅『たそがれ荘』
ナナル王国アーガム市Kブロック35番地
七畳一間。
台所付き。
トイレ、風呂別。
扇風機、ストーブあります。
直ぐ入居可能です。
個別のお風呂はありませんが、大浴場あります。
トイレはアパートの横にあります。
発電機、給湯器完備。
敷金礼金なし。
月額、ナナル銀貨一枚、または一万大和札一枚。
以上の内容の張り紙が商業ギルドに張り出される事になった。
ちなみに大和札とはヤマト本島での大規模な産業革命で作られた通貨である。
ナナル小銅貨は一大和硬貨
ナナル中銅貨は十大和硬貨
ナナル大銅貨は百大和硬貨
ナナル小銀貨は千大和札
ナナル銀貨は一万大和札
ナナル小金貨は五万大和札
ナナル金貨は十万大和札
通貨単位は大和。
一大和は日本円で一円程度の価値である。
一大和硬貨は錫製で四角形の板に漢字で一、裏に大和の文字。
十大和硬貨は銅製で四角形の板に漢字で十、裏に大和帝国の文字。
百大和硬貨は銅製のコインに漢字で百、裏に荒波と大和帝国の彫り。
千大和札は紙幣で表に龍驤、裏には艦載機の編隊が描かれている。
一万大和札は表に扶桑、裏に伊勢。
五万大和札は表にサンライズ、裏にもサンライズ。
十万大和札は大和艦隊集結。
この通貨、ヤマト本島と委託統治中のマシュー地方、そして大和帝国の入り口であるここ、アーガムくらいでしか流通していない。
「じゃあ、お願いします。連絡は直接その住所に来るか、学園1-O在籍のミーシャにしてください」
「はい、わかりました。大和帝国通貨の使用も出来るんですか?」
「一応需要があると思うので」
私はそうお姉さんに伝えてギルドを出た。
******
ミーシャがギルドを出た数分後。
「はぁ……まさかO組の担当になった瞬間に給与が40%カットとは……」
私、ウィルダー・オープスは項垂れていました。
これでは家賃すら払えませんよ。
私は重たい足取りで知人のいる商業ギルドに入りました。
ドンッ
「きゃっ!」
「おっと! す、すみません」
ギルドの入り口で女性とぶつかってしまいました。
女性というより少女といった方が適当かもしれませんが。
「す、すみません! い、急ぎますので!」
彼女はそれだけ言い残し走り去ってしまいました。
「? まぁ、いいや」
私はカウンターに向かいます。
「やぁ、調子はどうだい?」
「あらウィル? どうしたの? 今にも消えそうな顔して」
カウンターの彼女は心配そうに声を掛けてくれました。
「いや、ちょっと新しい家を探しにね」
「また、実験でもして追い出されたの?」
「違うよ」
確かに昔は実験に没頭して部屋を吹き飛ばしたりしたけど。
今は全くないんだ。
「それなら、ちょうど良い募集があったわよ? 条件はまずまず、ネックは住所と日当たり、あと諸々」
「なんだいそれ?」
「いや、募集に来たのが奇妙な女の子だったのよ、家賃が銀貨一枚なんてのも怪しいわ」
「その情報詳しく!」
銀貨一枚、そう聞いた私は飛び付きました。
いい宿に泊まれば一泊銀貨五枚は越える、安宿でも一泊に小銀貨数枚はいる。
それが月銀貨一枚なら破格だと思う。
私は受け取った用紙を流し読みすると勢い良く出口に向かいました。
「ち、ちょっと!?」
「この住所に行くよ! ありがとう!」
私はギルドを飛び出します。
「ちょっとー! 依頼人の名前知ってるの〜!?」
後ろでカウンターの彼女が何か言っていますが私には最早聴こえていませんでした。
******
さて、ミーシャはと言うと。
夕飯の買い出しを兼ねてアーガムを散策中でした。
なんとなく、賑やかな方へと足が動く。
大通りを西に歩くと大きな建物が見えて来た。
マシュー鉄道アーガム駅だ。
アーガム駅はアーガムの西の端に位置する。
流石に都市を横断して駅を作る訳にもいかなかったのだ。
今や駅前の大通りには所狭しと露店が並び、人でごった返している。
「ヤマトからの輸入品だよ! 芋の薄切り揚げ一袋で小銀貨五枚だ! 格安だよ!」
「ちょっとそこの旦那! ヤマト製の紙だ! 安くしとくよ?」
「兄ちゃん、元気でね! 病気にならないでね!」
「あぁ、一杯稼いで帰って来るからな!!」
「ヤマトでの労働許可証の発行希望者は商業ギルド駅前支部に来てくださーい!」
「すまない、ヤマト札に両替できると聞いたんだが?」
「へい、できやすよ! ウチは公認なんでさぁ」
とまぁ、あっちこっちで声があがっていた。
芋の薄切り揚げって財政難の打開の為に輸出したポテトチップスなんだけど、大和国内なら大銅貨二枚で釣りが来るんだけどさ、ひっでぇぼったくりだな。
あ、ひとつ気になった声が。
「おじちゃん! 私も両替して欲しいんだけど」
「なんだぁ、嬢ちゃん。小遣い程度なら替えてやんないぞ?」
「銀貨一枚と小金貨一枚なんだけど……」
「へへっ、まいどありぃ!」
私はおっさんから一万大和札と五万大和札を受け取った。
あぁ、やっぱりか……。
「あれれ〜? おっかしいなぁ〜!」
私は某頭脳が大人な名探偵よろしく素っ頓狂な声を出した。
私の声にさっき両替したおじさんと両替屋のおっちゃんがビクリとこちらを向く。
「この大和札の扶桑、四一式35.6cm砲が三連装になってるけど、実物は二連装だし。サンライズには魚雷発射管が無いし。これ本物?」
私の言葉に両替屋のおっちゃんは顔を真っ赤にして怒る。
「なんだとぉ!? このガキがぁ、適当な事ぬかすなよ!?」
騒ぎを聞き付けたのか向こうから憲兵が走ってくる。
手前にナナル兵、向こうから大和兵だ。
「……第一に大和札にある”黒透かし”が無いんだよ、この偽札にはな。第一に……」
私がそう言った時、ナナル兵が現場に駆け付けた。
「何事だ!」
「こ、このガキがケチつけやがったんだ! 営業妨害だよ! 捕まえてくれ!」
両替屋がそう言った瞬間頭に激痛が走る。
髪の毛を掴まれたようだ。
「貴様っ! 来い!」
「いててて……ちょっとちょっと! 確認くらいしておくれよ! 偽札だぜ!?」
するとナナル兵は大和札を受け取り、調べる”フリ”をする。
「何が偽札だ! これは本物だ!」
そこに大和兵三名が駆け付けた。
ナナル兵が一瞬ヤバイと言う表情になった。
「どうした?」
「……いえ、この少女が……」
「両替屋が偽札ばら撒いてたんだよ!」
「このっ! 黙らないか!」
私の叫びにナナル兵は腕を振り上げた、数秒後には右頬の痛みと背中から倒れた痛みが襲う。
次の瞬間、ナナル兵の頭と両替屋の頭に銃が突き付けられていた。
「な、なにを!?」
「ひぃっ!?」
あ、そう言えばこの兵隊さん。
「サニー中……じゃない、サニー大尉!?」
「大丈夫ですか!?」
そう、かの王都防衛戦で活躍したサニー・ユンカース、その人だった。
彼女は屈んで私に心配そうに声を掛けてくる。
(サニー大尉、私が総統なのは内密に!)
(し、しかし!)
(今バレたらマズイんだ!)
私はヒソヒソと彼女に話して起き上がる。
「あ、ありがとうお姉さん!」
「……ぐっ、ど、どういたしまして……」
サニー大尉は腑に落ちないという顔をしながらも私の芝居に付き合ってくれた。
「な、なにをする!? 国際問題だそ!」
「そうだ! 出るところに出てもらうからな!」
ナナル兵と両替屋は喚くも大和兵は冷ややかな視線を送るだけだ。
何故なら……。
「出る所出るのは貴様らだ。知らなかったのか? 偽札もだが、商業ギルド以外での両替行為も違法なんだぞ?」
その言葉に、二人はギョッとした顔でお互いを見ていた。
「どうやら、貴様らはまだ余罪があるようだ。まぁ、一番重い罪を犯したのだ。生きているうちには帰って来れないだろうな」
サニー大尉の「生きているうちには帰って来れない」とは山岳を越えた北の大地への開拓の労動刑の事だ。
極寒の大地で山脈にトンネルを掘り鉄道を敷く、掘り抜けた先で飛行場を作るなどが刑の内容だ。
あと、重罪人には飛行場と鉄道の整備が終わったら吹雪きの中雪かきする仕事と、屋外で畳の目を数える仕事がプレゼントされる。
私はサニーに耳打ちしておく。
「一番重いのは良いから、他の罪を調べてね」
 




