第九十九話「絡み合う思惑」
私は慌てて口を塞いだ。
ちょっとはしゃぎすぎたか。
爺ちゃんは昔話が好きだった。
昔話っつーか、完全にご先祖様自慢だったけど。
話が長かったから半分くらいしか聞いてなかったけど、確か。
異国の地で竜を倒したご先祖様はしっかり戦場に駆けつけて大暴れしたんだっけか。
あまりに現実離れした暴れっぷりから学者が『こんなヤツおらんやろ』と意見が一致。
結果的に戦場で地震か嵐か竜巻か、はたまた落雷か何かじゃないか、なんて天変地異か何かだと学会は言ってる。
一部の学者は『天狗じゃ! 天狗の仕業じゃ!』とかも言ってる。
そりゃあ、異世界でドラゴンぶった斬るような化け物がいたら誰だってフィクションかものの例えだと思う、俺だって思う。
あとは、確か異国の地に臣下を置いてきた事を悔やんで洞窟に『忠臣洞』と名付けて祠建てたりしたんだっけか。
つーことは。
権左ェ門の君主が爺ちゃんのご先祖様で爺ちゃんのご先祖様って事は私のご先祖様って事で、私のご先祖様が爺ちゃんのご先祖様で。
……なんかわけわかんない。
えーっと。
大和川 永八郎 和幸(ご先祖様)
その孫の孫のそのまた孫だかなんだかが爺ちゃんでその孫が私。
冗談キツイぜとっつぁん。
……よし、聞かなかった事にしよう。
……ん?
待てよ?
『爺さん、その洞窟ってまだあるのか?』
『竜の一撃で入り口付近が崩れたが、場所はアーガムから北に馬で一週間といったところじゃ』
北って事は委託統治領の中か?
確か農地拡大やら土地整備やら交通網の整備で重機がガンガン働いてるから近寄らせない様にしないと。
間違って掘り返して、えーっと爺さんがこっちに来て二十年だから、1620年、洞窟から出たら江戸時代か。
あっちの歴史を変えて消えたくは無いし、並行世界の歴史だってむやみに弄りたくは無い。
むしろこっちで手一杯だし。
いっその事、洞窟に爆薬でも仕掛けてトドメ刺しとくか?
『……そっちの話はそれだけか? では、こちらの質問に答えてもらおうか?』
私は爺さん、いや、権左ェ門の言葉に少し考えた。
どこまでを話したものか。
転生なんて信じてもらえるのか?
いや、まぁ、安土桃山時代くらいの日本人なら信じてくれそうか。
まぁ、話してみるか。
******
『……成る程、輪廻から外れこの地に転生した、か』
『信じるのか?』
『嘘をつく必要があるまい』
権左ェ門はそう言うと懐から煙管を取り出し口にくわえた。
しかし、しまった、という顔で固まっている。
『ま~た珍しい物を……金の雁首と吸い口に登り龍の彫り物か』
『南蛮商人から買い取った物だ、クシエルと言うらしい、しかしタバコの葉を切らしていたな……』
そこで私はある物を取り出して権左ェ門に差し出した。
『これは?』
『タバコが無いんだろ? あんたらの時代じゃ薬かもしれないが私達の時代じゃただの嗜好品さ、それも身体に悪いな。ほどほどにな?』
権左ェ門の手には桔梗の絵と平仮名でききょうと書かれた紙の包みが置かれていた。
昭和54年に販売が終了した刻みタバコ、ききょうであった。
『爺さんに頼みがあるんだが、また日を改める事にするよ。頭が混乱して爆発しそうだ』
そう言い残して私は店を出た。
******
「いかん、店を出るぞ!」
校長が急いで立ち上がりミーシャちゃんを追い掛けようとしますが、私はそれどころではありません。
「そっちよりこっちですよ! このままだとアーガムの北と南と西の不良達で抗争が勃発しますよ!?」
私は校長、理事長、教頭にアイシー達のテーブルを見るように指差します。
「おうこら! なにウチのお嬢に喧嘩売ってけつかっとんじゃコラ」
「パイルさん、このサンピン野郎のしちまっていいッスか?」
柄の悪い青年が睨み合っています。
七、八歳児の舎弟がアレとか信じられないんですが。
てか、いつの間に集結したんでしょう。
「アイシーちゃん、ここは一つ様子見にしない? まずはお友達からってヤツだよ?」
「甘いわパイル。まごまごしてるうちに逃げられたら目も当てれないわよ」
「で~もよ? 今の流れならよ? 教えてくれる気まんまんだったみてーだしよ? 嗅ぎ回るにしたって、もっちぃとスマートにやんなきゃな?」
ジャック君の意見にアイシーちゃんが黙ります。
「俺とパイルはあの魔法のヒミツが知りたい、アイシーちゃん、君も目的はおんなじなんだろ? なら手を組むのが得策じゃねっかなぁ?」
「……彼女の秘密は必ず暴くわ。条件は対等であることよ」
「僕も異論は無いよ」
「上出来だ。……そんじゃま、皆で握手と……」
「嫌よ」
「ありゃ?」
ジャック君の差し出した手は宙を切りました。
「協力するのは、その件だけよ。あなた達と馴れ合うつもりは無いわ。行くわよナピ」
「ま、待ってよ! あ、お勘定ここに置いときます」
アイシーちゃんが席を立ち出口に向かうと、いつの間にか集まった青年達や入り口で様子を見ていた子供達が散って行きます。
「パイルさん、いいんっすか?」
「いいよ、奢ってもらった分は協力しなきゃね」
パイル君は追加で料理を注文しています。
「俺ぁ、寝ぐらに帰るわ。面白くなってきやがったぜ。ニッシッシッシッ」
いかにも地味な見た目からは想像出来ない口調で話すジャック君。
彼も出口へと向かいます。
「先生、あなたもとんでもないクラスの担当になりましたな」
「えぇ……でもなぜ彼らは憲兵に捕まらないんです?」
「圧力ですよ、アイシーは”組織”から、パイルは”その筋”の存在から、ジャックに至っては人脈が広過ぎて把握できない程で」
私は嵐の予感に寒気がしました。
******
「待ってよ、アイシーちゃん!」
後ろからナピが着いてくる。
もう少し静かに行動できないのかしら?
「バカナピ! あなたのせいであの女を見失ったじゃないの!」
私の言葉にナピがすくみ上がる。
「で、でも……」
「でもも何も無いわ! 忘れたのナピ、私は、私達はアイツらを見返さなきゃならないのよ!?」
思い出すだけでもはらわたが煮えくりかえりそうだわ。
魔術の名門フィーリア家、その次女。
ともすれば、期待は絶大だった。
なまじ姉が天才だったせいもあった。
私はついこの間まで温室で育てられたお姫様、ナピは私専属の召使い。
しかし、七歳の適性測定で適性無しの判定が出た瞬間、全てが変わった。
私達は家を追い出された。
学校への入学と定期的な仕送りだけ説明され、入学まで一年もあるのに外に放り出された。
ナピと二人でスラム街を彷徨い、殺されかけた事も何度もあった。
しかし、見掛けに似合わないナピの戦闘力と私のカリスマでスラム街の子供達や一部の大人まで配下にしてアーガムでも一番のファミリーを結成した。
今やファミリーとして多少の収入すらある。
まぁ、収入の内訳はスリやショバ代、軽犯罪への協力や擁護費みたいなものが大半だけど。
西のパイルみたいな脳筋デブの集まりじゃない、北のジョーカーみたいなコソ泥じゃない。
影響力を持った確かな組織。
憲兵だって私達は捕まえられない、私達が組織の首領という噂はあっても、証拠がない。
それもこれも、全ては実家を見返す為。
フィーリア家ですら見過ごせない一大勢力が目標だった。
でも、あの女の技術があれば目的に、悲願に、手が届く。
「いい? あの女には必ず秘密がある。絶対にウチの配下に入れるわよ!」
私は拳を強く握りしめた。
伊達にスラム街でのし上がっていないのよ!
******
「へっくしっ!」
う〜、誰か噂してんのかな?
「しまったなぁ、爺さんとの話に夢中になりすぎて飯食ってくるの忘れてた……」
空きっ腹を抱えて路地を歩く私。
一国の元首が異国の地でこの様とか大笑いも大笑い、ヘソで茶が沸くどころかヘソで鍋焼きうどんが作れる。
「……笑えねぇ」
とりあえずトボトボと歩く。
確か空き家を一軒買ったんだった。
とりあえず今日は一旦帰って自炊しよう。
地図を見ながらホームを目指す。
そして、数分後。
私は”家?”の前で立ち尽くして居た。
”家”じゃない”家?”だ。
いや、むしろ”これは家ですか?”、”いいえ、これは馬小屋です”だ。
いやいや、馬小屋は失礼だろ?
……馬に。
馬小屋だってもうちょっとマシだよ。
多分もとは木造一階建て平屋ってとこだろう。
立地はアーガムの外れも外れ、都市の周囲を囲む魔物除け防壁の直ぐ内側。
日当たり最悪。
治安は微妙。
スラム街とまでは行かないけど、立地からゴミ捨て場みたいな場所だ。
今、目の前にあるのは、まず四本の柱、んで腰の位の高さの壁、んで意味を成さないドア、開放感プライスレス。
いわゆる廃屋、と言うのも憚られる空間だった。
確かに金銭的にウチの国は厳しいし、出来るだけ経費は出さないでって頼んださ。
まずは国内の安定にお金使うって言ったさ。
寮とか下宿とか隠蔽工作が金かかるから安い空き家かなんかで充分って言ったさ。
これ、掛かったの土地代くらいじゃない?
むしろ、立地条件悪過ぎて土地代すら掛かって無いんじゃない?
「……ワイルドだぜぇ……」
アーガムに来て最初の仕事が決まった瞬間だった。




