《第1幕3話》
§
南区画。
それは、流刑地時代には主に「軽い」犯罪者を収容した区画である。
生活苦からの強盗や、虐めに耐えきれなくなっての殺人など、一定の配慮がなされるべきとされた流刑者のための区画。
よって、その気候は良好であり、広がる平野には太陽光が射し、今では平屋が何軒も並ぶような市街地と市場を形成している。
「すごい熱気だな……」
彼の独り言は人々の喧噪に消えていった。
彼、恭介・コリンズは市場にいた。
狭い路地に数百の人間がいるのだ、犯罪の一件や二件起こったって不思議ではない。
客引きの声と、値引きの合戦。
「……パンでも買って食べるか。」と思った彼は、目の前にあったパン屋に入っ
た。
「おばちゃん。そこのパン、一つ頂戴。」
「あんた、どっかで見たことあるような……?この辺の人間かい?」
「いいえ、西区画の海岸から。」
と彼は嘘をついた。
彼の出身は南区画である。島からの逃亡後に本土で整形手術を受けて顔を変えているのだが、どうにもこの女、記憶力が良いようだ。
「そうかい。」
おばちゃんはニコリと笑った。
どうやら疑ってはいないらしい。
「お兄ちゃん、最近は物騒だから気を付けな?」
「物騒。と言いますと?」
「スリとかね、窃盗が多いのよ。」
「どうしてですか?」
「『躱し屋』の所為よ。あんた知らないの?」
「ほう……。その『躱し屋』とはいっt……」
恭介の食指が動く話題だ。
「止まれクソガキぃぃぃぃーーーーーーーーーー!!!!!」
背後から聞こえてきたのは怒鳴り声。
「あれよあれ。あれが噂の『躱し屋』よ。」
おばさんの指さす先には男が居た。
「おいおい、どうしてあの屋根の上を軽快に走れるんだよ……。」
小脇に食べ物を抱えて颯爽と建物の上を動く人物。
地面を駆けているように、軽快な足取りで平屋の商店を跳んでいく。
風と共に疾駆する彼はどうやら、食べ物を盗んで追われているらしい。
後ろから投げつけられる石や、道をふさぐ電柱、全ての障害物を難なく避けている。
意識的にか無意識的にか、崩れない足場まで探し当てている。
「おばちゃん、ありがとねー。」
口元が緩んで仕方がない彼は、代金を払って店を離れる。
『躱し屋』はその頃にはもう、随分と遠くへ走り去っていた。
期待の新星だな。と恭介の口元は綻ぶ。
繰り返す。
彼は非日常を愛する。
過去の二つ名は“元凶”
現在は“愚者”と名乗る、異端児である。
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ポカポカ陽気の中、殺戮は歩いて川辺まで来た。
使ったナイフは血糊を落として研がないと、直ぐ駄目になってしまうから。
いくらド天然でも商売道具の手入れは欠かさない、その辺はキッチリしている男だった。
シャッ
シャッ
シャッ
シャッ
定期的に、断続的に響く砥石の音と、川のせせらぐ音が彼を癒す。
こんなものかな?
キラリと。
太陽の光を反射するナイフを仕舞う。
「仕事の報酬……貰いに行かないと……。」
取り敢えず、中央に向かおう。
お金、お金。と呟きながら。
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「おじさん!!ラーメン替え玉もう一玉ちょーだーい。」
青年がラーメンを食べていた。
金髪、ピアスの中肉中背。
ジーンズをだらしなく着たその姿は、前時代の遺物のようだった。
「……オマエ一体何玉食べるつもりだ?」
「食える分だけに決まってんだろ!!」
スパコーーーン!
と小気味いい音が店内に響く。
「いてぇ!何すんだよ!!」
厨房からが飛んできたお玉が、彼の頭に直撃したのだ。
「替え玉だよ!!出てけ!!!」
「っちょい、おじさん!替え玉無料だろ!?」
「10杯も食われたらやってけねーよ!出てけコラ!」
ありえな。
まじでありえな。と小声で呟く。
「仕方ないなー、それじゃあまた来るよ。」
「二度と寄るな!!この底なし胃袋が!」
「ひっでぇなこの爺さん。」
「爺さん言うな!!」
おっと危ない。
今度は湯切りが一つ飛んできた。
なかなか過激な爺さんだこと。
右手の人差し指と中指で柄を掴み、勢いを回転に変換して受け止める。
「仕事道具は大切に。な?」
カウンターに代金とお玉、湯切りをおいて彼は店を出る。
広がる青空に予感を得たのだった。
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ここは東区画の薄暗い地下に建てられた低層ビル。
塗装も剥げ、僅かな街灯の明かりを頼りに苔も生えている。
だが、不思議なことに落書きは一つも見あたらないビルで、二人の男が会話していた。
「つまり私に”殺戮”を引っ捕らえろと……?」
「まぁそういうことだ。」
「あそこは、中央軍の管轄では?」
「中央軍からの依頼だ。面倒だからやってくれって。」
「流石エリートは違いますねぇ。」
皮肉たっぷりの男は、目の下に深い隈のある顔色の悪い男だ。
「……まぁ取り敢えず、頼む。”殺戮”の事は知っているよな?」
「無論。個人操業の専業殺し屋、御神・”殺戮”・幸也は有名ですよ。」
「なら、行けるな?」
「頑張りますよ。」
ウェヒヒヒと笑いながら、男は出て行った。
「脚の一本や二本で済めばいいけどなー。”殺戮”君。」
人選ミスったかなぁ……とぼやくと、残された方の男も、闇に消えた。
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殴殺が発見された東端の小屋に行った鎮圧だが、成り行きで中央賭博場に居た。
彼女は尋常では無い熱気を感じた。
確かに、これでは暴動が起きると危惧するのも仕方ない……仕方はないのだが、彼女はこう告げる。
「……ここ南軍の管轄じゃないんだけど?」
「いやー、でも中央の奴らには頼めませんしー。」
正論だ。と鎮圧は思う。
元々官吏側の区域だっただけに、中央には権力志向の人間が多い。
こんな薄汚れた島で権力もクソも有ったものではない……とも思ったが、麻薬や武器の輸出入は莫大な金が付きまとうものだということを思い出して納得する。
この島はそういった意味で、黄金の成る島だった。
その点、南軍は比較的優しい……穏やかな部類である。
この島の雰囲気は元々の収監者を理解することで、だいたいが把握できる。
「この私にどうしろと?」
「クエルさんに、南軍としてでなく一個人、ミラ・“鎮圧”・トムソ
ンさんとして文字通り『鎮圧』して欲しいんです。」
もちろん、南軍は島民を守る事を仕事として組織されている……が、それは南区画に限ってのことだ。
中央区画での騒ぎにちょっかいを出せば、中央の政治組織「九龍党」との抗争が始まるのは自明である。
故に彼女は手を出せない。
「ダメだ。」
「でも……。」
「私たちは正義の味方じゃない。南地区だって仕事だから守ってるに過ぎないんだ。お前らの偽善に付き合ってる暇はない。」
「そう……ですよね。すみません。お手数おかけしました。」
”雷殺”は僕の友達がモデルです。
委員k(ry→http://group.ameba.jp/group/LB7dT7kNnwdA/