《第1幕2話》
§
ゴミの悪臭が漂う廃屋で、彼は目を覚ました。
ボロボロの衣服は元の色が分からないくらい、血がついていた。
「うぅ……パリパリする……」
彼は足下に転がってる屍体を蹴飛ばし、起きる。
この廃屋を見つけてから、既に10時間以上経っているようだった。
日は既に天頂にある。
暢気に鼻歌を歌いながら赤黒い服で歩く彼は、職業殺人者――いわゆる殺し屋――という奴だ。
この名も無き《島》では、ひっきりなしに殺しの依頼が来る。
尤も、彼の料金設定が良心的だ。というのもあるのだろうが。
日本国内であり、日本国の方が通用しない流刑地。
そんな《島》で、彼は流されるままに人を殺し続けている。
§
見渡すばかりの死体、死体、死体。
そんなものは当たり前だ、とでも言うかのように生活する市民。
その大勢も元は各国で犯罪を犯した者だ。
この島は治安が悪い。
「治安」という概念があるのかどうかも疑わしい。
そんな中、一人遺体を片付ける女性の姿があった。
彼女はミラ・トムソン。アメリカ系の在《島》2世である。
「ミラさん!」
と彼女を呼ぶ者がいた。
「なんでしょう?」
「死体です!それも、普通の死体じゃないんです!ビートの!!」
「……それは、間違いないのか。」
彼女の眉間に皺が寄る。
一大事……とは言わないまでも、それなりに面倒な事案だと思ったのだろう。
「はい。」
「わかった。連れて行ってくれ。」
“殴殺”はプログラディエーターだった。
まず間違いなく、賭博場の黄金時代を築き上げたうちの一人だろう。
中央賭博場の奴らは血気盛んだから、殴殺が死んだとなると、暴動が起きるかも知れない。
それこそ、彼女ミラ・“鎮圧”・トムソンの最も輝けるシーンなのだが。
§
外から見る《島》はとても歪だ。
島の中央にそびえるのは、度重なる違法建築の末に捻れ曲がった《塔》と呼ばれるランドマーク。
かつては日本国の看守がいた《旧管理棟》
その周囲には違法建築のせいで、日の光が殆ど入らないためゴテゴテのネオン装飾が施されている、明けぬ夜の《歓楽街》
島の中央は東京によく似ていた。
そんな《島》へ向かう一隻のクルーザーがあった。
もちろん、入島は日本国で禁止されている行為であり、周辺海域は厳重立ち入り禁止区域となっている。
しかしそれでも、島の人口は増え続ける。
禁止されている場所に入る手段なんて、無数にあるものだ。
「あんちゃん、奇特な人だね。あんな島に行こうと思うなんて……。」
と、船頭が言う。
海風に乗って錆びた鉄のにおいがした。
「あの島は「九龍島」って呼ばれてるんですよ。」
得意げな船頭。
それも乗客である彼にとっては既知の事実だった。
当然である。彼は、《島》で産まれ、《島》で育った生粋の島民なのだから。
この、人の良さそうな顔をした男――恭介・コリンズ――こそ、数少ない《島》からの逃亡を成功させた張本人である。
――この島はどうやら今日も楽しく平和らしい。
この俺が愛してやまないこの島。
この混沌。
この腐敗。
この崩落。
この怨嗟。
どれをとっても超一級品のこの島が、俺は大好きだ。
何年振りにやって来ただろうか。
相も変わらず、ぐっちゃぐっちゃの造形をしている。
色然り、形然り、大きさ然り。
あの高い塔なんて、建物の上に立ってんだぜ。
最高じゃないか。――
彼は異常を愛する。
彼は非日常を賛美する。
彼は悪徳を好む。
過去の二つ名は“元凶”。
洞穴の中に作られた桟橋に舟が着港する。
それと同時に彼は発砲した。
船頭の眉間を打ち抜く。
「なっ……!」
「何で」と発音できない船頭に恭介は静かに告げる。
「何でって、ここは《島》だぜ?俺が何をしようと、自由だろ。」
口笛を吹きながら、港の奥に進む。
「うん、やっぱいいなぁ自由って。本土じゃあ人殺したら犯罪だもんな。」
死体は海に蹴り込んだ。
海には、不法出島を防ぐための、肉ならなんでも食べてくれる魚が棲んでいる。
流刑地時代の名残だ。
そうして、桟橋と舟と、波の音だけがそこにはあった。
§
中央に聳え立つ《塔》のその真下。
「島で最も金の動く場所」と呼ばれる娯楽施設がそこにはあった。
名は賭博場。
金やクスリや人命までもが賭けられて、カードゲームや、ルーレットそして、闘技が行われている場所である。
各地のギャンブラーが集まるこの場所は、東洋のコロッセオと言えば伝わるだろうか。
観客席には数万人の客が居て、暴動じみた熱気を放って居る。
今、この賭博場では“殴殺”が死亡した件についての議論が行われている。
ビートはこの賭博場で一番人気の賭博「徒手空拳」のプレイヤーだった。
それも超一流の。
通算成績:159勝(内殺害103、昏倒42、重傷10、判定4)3敗(内判定3)28引き分け
そして、ビートの28分の、その全てがライバルである“一撃”との試合に因るものだ。
ここで、壇上に上がった二人の対立の構図が見えてくる。
ビートのスポンサーである、“博徒”と、ヒットのスポンサーである“富豪”。
リッチマンはその二つ名が指し示す通りに、富豪である。
そしてその潤沢な資産を用いて身辺警護にとある職業殺人者を雇っていた。
その名も御神・幸也。
6年前の《事件》で付けられた二つ名は、“殺戮”。
その姿は鬼神のようであり、常に左手をポケットに入れているという。
そしてその左手を見た者に命はない、とも。
『躱し屋』君は委員会に参加している別の方のキャラです。
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