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この人の二番目

物語の大半を陳腐だと感じるようになったのは、いつからだろうか。

時期としては、中学一年生くらいかもしれない。

もっと前とも思うが、詳しいことは分からない。


たくさんの物語に触れるのが楽しくて仕方なかった時代。小学の終わりから、中学の初めのころ。

あるいは、より多くの作品を読みたいと思ったことが原因だろうか。


この展開は前にもあったな、なら次はこうなるのだろう。


そんな、自然と浮かび上がってくる思考が、直接の元凶であったように思う。

何の悪意もないぱっと出た考えが、素晴らしい世界をつまらないものに変えた。

世界の狭さを感じた。

創作物とはそんなものだと気付いてしまった。


前例の後追いをするものが、多すぎるのだろう。

当たり前のことだと理解できたのは、もう少し後だった。


何事も出尽くした感があって、つまらない。

小説も漫画もゲームも、小学校の道徳の時間のような退屈さがあった。

新しく得られるものが少ないのだ。


人間には限界があって、新しい物事を開拓していくのは困難を極めるということ。

今となっては当然過ぎることも、当時の俺には大きすぎた。

あるいは、それに衝撃やショックという形容を用いるのかもしれない。


どこか、裏切られたように感じた。

ひどく、突き放されたように思った。

意識の底にはきっとそういうものがあった。


今からすれば鼻で笑えてしまう、世の中の全てを知ったかのような感覚。

賢者にでもなったつもりだったのだろう。

おそらくは、年齢的にもそういう時期だったのだ。


何か、奇跡が欲しかったのかもしれない。

退屈な生活を打開してくれる何かを欲していたように思う。

物語のような劇的な刺激を求めていなかったとは、言い切れない。


何か特別なものがあれば良いのにと思った。

あるいは、自分には何かがあると信じていた。

突き放されたと感じてもなお、奇跡を根拠もなく確実視していた。

きっと、縋り付いていたのだ。


奇跡なんて存在しない。

自分だけの特別なものなど何もない。


その感覚が当たり前になるのは、もう少し人生を歩んでからだった。

自分のこの経緯もおそらく珍しいものではないという確信も伴っていた。


経験を積むにつれて無くなったものの一つに、自分だけは大丈夫という自信があるだろう。

何か危険があっても、自分に降りかかることはないという根本的な考え。

いつの間にか消えていたそれが、今は羨ましい。

あの時代は随分と幸せだったのだな、と。


そう思ったところで、現実に帰ってきてしまった。


まず思い出すのは、全身の痛み。

顔と胴体をくまなく覆う激痛。

骨折が混じるそれらのせいで、体が熱を帯びている。


それらの産み親である拳が、また俺へと迫る。

両脇を二人の男に固められた俺は、避けることもできない。

右頬に強い衝撃を感じ、視界が大きく揺らぐ。

痛みはもうすでに飽和状態で、ただ上乗せされていくのだけが分かった。


夢であれば良いと思った。

何かの間違いという結末を望んだ。


木造建築の、やたらと広い一室。

両手を後ろ手に縛られて、部屋の中央で三人の大柄な男たちから暴行を受け続けている現状。

理解は、まだ少しも及んでいなかった。


なぜ、こんなことになっているのか。

どうして、暴行を受けねばならないのか。

全てが意味不明で、俺にできることと言えば、思考中に逃避するくらいしかない。

朦朧とする意識、揺れる視界。飽和した痛覚。

考えなど、まとまるはずもなかった。


激しく動く視野の中に映るもの。

さきほどから俺を殴り続けているのは、コスプレでも有り得ないような、大昔の兵装の男。

鎧というには簡素で、最低限急所をだけを守るように金属板が取り付けられたもの。

腰には、一本の鞘。収まるのは、紛れもなく剣。

数百年前に完全に途絶えたはずの、現代では不必要な遺物を、さも当たり前かのように身につけている。

俺の脇を抱えている二人の男も、似たような格好をしていた。


意味不明で、理解不能な光景。

今いる部屋も、混乱を助長するものだ。


映画に出てきそうな、古めかしい執務室のような内装。壁には、薪がくべられた暖炉。

さっき通った出入り口は、両開きの重々しい木製の扉。扉から直線の奥に、重厚な木の大きな机が置かれている。


机に備え付きの椅子には、黒地に金糸というなんとも豪華な布の服を着た男。

明らかな西洋人で年齢は分かりくいが、随分と歳をとっているように見える。

深く窪んだ眼窩に、ぎらぎらと光る青色の双眸。真っ白な頭髪と眉毛。

皺が刻まれた顔は、鷲鼻であることも合わさって威圧的なものに見えた。


老人が命令すると、男たちの暴力が止む。

同時に脇の二人に突き飛ばされて、正面へ無様に倒れこむ。傷が擦れて、新たな痛み。震える体。

呻きをこらえて顔を上に向けると、老人の笑みが見えた。

吐き気を催すような、毒々しい悪意に満ちた笑み――――


「歓迎するぞ、異世界人。レナファスへようこそ」


老人が発した言葉の意味が、全く理解できなかった。


そもそも、なぜこんなことになっているのか。

この状況は一体なんだ?


目覚めた時には、既にこの部屋にいた。

今のように両手を後ろ手に縛られて、部屋の中央、絨毯の上に転がっていた。

肌にちくちくと硬い感触があるのを感じて体を見やると、見覚えのない無地の服を着ている。

粗悪さが見て分かる衣服は、麻が素材のようだった。


理解不能な状態に起きようとしても、バランスが取れず上手く立ち上がれない。

よろめきながら見渡した室内には、奇妙な格好をした老人と三人の男がいた。


困惑する俺に老人が言い放った第一声は、「ひざまずけ」だった。

状況を飲み込めず黙ったままでいると、老人は「教育が必要か」と。

そして暴行が始まった。


恐怖を感じた。

この老人はどこかいかれていると直感した。

だが手を縛られ、まともに歩くこともできないのでは逃られるはずもない。

男たちの慈悲なき暴力を受け続けるしかなく、今に至る。


思い返してみても、意味が分からない。


「なぜ、こんなことを」


消耗し尽くした体力では、疑問はかすれ声にしかならなかった。

座したままの老人がこちらを見て、口を開く。


「お前が儂の道具だからだ。召喚の代償に見合った働きをしてもらうぞ、異世界人」


異世界人とは、何だ。

働きとは、何だ。


「意味が、分からない」


「召喚した者はどいつも同じことを言う。良いか? ここは、お前が住んでいたのとは違う世界。儂がお前をこの世界に呼んだのだ」


老人は面倒そうに答えるが、何の説明にもなっていない。疑問が増えただけだ。

違う世界だと言われても、ぴんとこない。 

ここが異常な場所であることしか分からない。


「物分りの悪いやつめ。話を飲み込めぬと言うなら、現実を見せてやろう」


老人は、押し黙っている俺を馬鹿にしたように言った。

椅子から立ち上がって、後ろを向く。


今気づいたが、執務室の机の奥の壁は、ほぼ全面が窓になっているようだ。

大きなカーテンを老人の手が開けていくにつれて、日の光が差し込んでくる。


やがて全てのカーテンが取り払われた窓は、青々とした空を映していた。

一体、何があるというのか。


「連れてこい」


老人の命令で、男たちが俺を乱暴に立ち上がらせる。

脇を抱えられて、引きずられるようにして窓まで連れて行かれた。


窓の外。

まず目に入ったのは、水平な視線上の、快晴な空。

現在地にかなりの高度があることに気づいて、目を下に向けていく。


見えたのは、茶褐色や赤褐色が分布した遥か下の光景。

ずっと向こうに、水平線のようなものが見えた。だが、不自然にくっきりしている。


町並みであることは間違いない。

だが、見慣れたコンクリート製の高層ビルが一つも見当たらない。


人肌のような、柔らかな色合い。レンガ、だろうか。


目をこらす。

眼下に広がる街なみが、レンガ造りの家々によって構成されているものだと分かった。

まるで、中世ヨーロッパのような。


目を見開いた。

水平線のようだと感じたものが、街を大きく囲う城壁だと気付いたからだ。

見えているだけでも、円にして百数十度分の範囲で街を囲っている。

城壁がここまで残っている街なんて、聞いたことがない。

ヨーロッパにはあるのかも知れないが、少なくとも町並みからして日本ではない。


俺が自宅から誘拐されたとして、ここまで着くのにいったい何時間かかる?

俺はその間ずっと寝ていたというのか?

今は体中の痛みのせいで分かりにくいが、少なくとも起きた時に睡眠薬の後遺症のようなものはなかった。

いつもどおりの目覚めだったはずだ。


本当に、異世界に来たというのか?

なぜ、どうやって?


「現状が理解できたか」


老人の声。右を向くと、また、老人があの黒々とした笑みを浮かべていた。

べとべととまとわりつくような、気色悪い表情。

吐き気と同時に、恐怖した。


「逃げることはできんぞ。お前を殺すことなど造作もない。逆らわずに従えば、いつか元の世界に返してやろう」


俺は、黙っていることしかできなかった。






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