第2話:セクール
「セクール?なによそれ」
コゼットはグロウを見た。
「人の体に寄生する蛇さ。セクールは寄生した獲物から栄養を吸いとり生きているんだ。俺も実物を見るのは初めてだよ。まるで蛇遣いみたいだな」
グロウは手招きをして少年を呼び寄せ、セクールの観察を始める。
「ほう。こうなってるのか。すごいなぁ」
「ちょっと!早く助けてやっておくれよ」
レティアは観察誌までつけ始めたグロウの頭を叩くと、ペンを取り上げた。
「暴力女め。だから客が来ないんだぞ」
「黙りな。役立たず」
グロウとレティアの間に、戦慄が走る。
「あ、あの…お二人さん…」
コゼットは見かねて声をかけた。
「ああ、すまんな。こいつとは馴染みだからいつもこんな感じでな」
コゼットに苦笑するとグロウは少年の頭を優しく叩いた。
「さて、お前はわかっているんだろう?この蛇は悪いものじゃないって」
少年はうなずいた。
「セクールは人を殺したりしない。共存しようとするだけだ。それに栄養をもらう変わりに、こいつは外敵から身を守ってくれる。良い護身役だ」
「なんだ、じゃあ治すことないじゃないですか」
コゼットがそういうと、レティアが首を振った。
「寄生されたのが大人だったらね。子供だとセクールに栄養をとられすぎて成長が止まっちゃうのよ。この子、こう見えてもあなたと同じくらいの歳なのよ」
「ええっ!?」
コゼットは少年を見た。
まるで弟みたいだ。
「治してやらなきゃならないのは…なんて名前だ?お前」
「アウストです、先生」
グロウの間抜けな問いに少年は笑いながら答えた。
「アウストか。良い名だな。そう、アウストが大人になるまで、セクールを眠らせることさ。つまり仮死にさせる」
グロウは汚い机の引き出しから一枚の紙を取り出すと、アウストに渡した。
それは簡単な地図だ。
それはもう、簡単な…。
「そこでだ。治してやりたいが材料の蛍惑草がない。だからとってきてくれ」
「なっ、あなたは患者にひとりで材料を採りに行けと言うんですか!」
「だから迷子にならんよう地図を渡したんだ」
「こんなの線が書いてあるだけじゃないですか!何が地図ですか、目印すら書いてないのに」
耳元で騒ぐコゼットがうるさいため、グロウは耳をふさいだ。
「じゃあお前も行け」
「なっ…」
「そしたら惚れ薬をやるぞ?即効性のある。そいつでお前の愛しい人もイチコロだ」
グロウはニヤリと笑う。
「任せてください!必ずや見つけてみせます!」
「えっ、えっ」
戸惑うアウストのセクールのいない方の腕を引き、コゼットは威勢良くとび出すとドアを閉めた。
「そう言えば…」
ふとコゼットは、閉じたドアを見つめる。
「どうしたんですか?」
尋ねてきたアウストにコゼットは首を傾げてみせた。
「なぜレティアさんが、あなたの病気に詳しかったのかしらね。娼婦なのに」
「そう言えば…」
アウストも首を傾げる。
しかし、それより今は惚れ薬の為に全力を尽くさなくてはならない。
「さあ、そんなことは後で聞けばいいわ。行きましょう!」
アウストはセクールとの共存の為、コゼットは惚れ薬の為。
二人は地図をたよりに歩きだした。
にこやかに微笑むグロウとレティアを残して。
「あんたも不器用よねぇ。人にわざと冷たくしちゃうなんて。まあ、材料は彼らが見つけなければいけないものだけれど」
レティアは、椅子に座ったグロウの肩に後ろから手をおく。
その手は先程まで乱暴に彼の頭を叩いていたものとは思えない優しさをたたえている。
「お前こそ。そろそろ、その派手な格好をやめたらどうだ?お前は俺の助手なんだから」
グロウはやはり先程とは違う優しげな眼差しを、後ろを向いてレティアになげかけた。
「私は昔のがぬけないのよ。娼婦の時の気楽さや格好が性に合ってるんだから。こんな格好で助手なんて言ったって誰も信じないしね」
レティアは笑う。
「さて、調合の用意でもするか」
「ええ」
二人は医者と助手の顔になり、黙々と準備を始めた。
コゼットとアウストの帰りを待ちながら。