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私のほうが儚いだろ!! ~元冒険者令嬢、婚活のために儚い女を装ったら、夜会で令嬢が四回転していた~

作者: 灯野ましろ
掲載日:2026/10/26

 王都の令嬢たちは、今、死にかけている。


 いや、元気だ。


 驚くほど元気だ。


 ただ、誰も彼もが「明日にはいないかもしれませんわ」と言いたがるのである。


 原因は隣国に嫁いだ、とある伯爵令嬢だ。花びらが散るのを見て、静かに涙をこぼした彼女に隣国の王太子が一目惚れ。見事、王太子妃の座を射止めた。


 そこまでは美しい恋物語である。


 問題は、それを聞いた我が国の男たちが「やはり妻にするなら、守ってやりたくなる儚い女性だ」と口々に言い出したことだ。


 結果、王都には儚い令嬢が増殖した。


「わたくし、朝露を見ただけで胸が苦しくなりますの」

「わたくしなんて、春風を浴びただけで三日寝込みますわ」

「まあ、お二人ともお丈夫ですこと。わたくしは蝶が羽ばたく気配で気絶しますのよ」

「明朝、わたくしのお屋敷へいらしても、もぬけの殻ですのよ!」

「あら。明日からご一家で避暑地へお出かけなのでは?」

「事情を言ったら儚くありませんでしょう!!」


 よく喋る気絶患者たちだった。


 そして私はセシリア・フォルスター、伯爵令嬢。少し前まで冒険者として国境の山を駆け回り、魔物討伐や隊商の護衛で飯を食っていた女である。


 冒険者仲間には「鉄腕のセシル」と呼ばれていた。


 かわいくない。


 たいへん、かわいくない。


 王都へ帰ってきた私に、父は四年前の約束を突きつけた。


「冒険者として好きにやらせてやったんだ。帰ってきたら、今度は自分の結婚相手を真面目に探す。そう約束しただろう」


 した。たしかにした。


 当時は山賊退治に夢中で、結婚のことなど考えていなかった。面倒は四年先の自分に押しつけたのだ。


 四年前の自分よ、ブン殴るぞ。


 私は別に結婚が嫌なわけではない。山で一人より二人のほうが火の番は楽だし、一緒に笑える相手がいれば、なおいい。


 だが久しぶりに顔を出した王都の社交界は、男たちの口から「儚い」「守りたい」「可憐」が大豊作だった。


 私が討伐した獣の牙の長さを話すと、紹介された男は青い顔で去った。


 代わりに「重い扇が持てなくて困っていますの」と言った令嬢は、男を二人も捕まえて帰った。


 なるほど。


 婚活は戦場だ。そして戦場には、現地に合った装備が要る。


 私は冒険者時代の装備をしまい、薄桃色のドレスを引っ張り出した。


 作戦名、か弱き花嫁。


 目標、婚約者一名。


 手段、儚くなる。


     ◇


「お嬢様。歩き方が、獲物を追い詰める狼です」


 夜会当日。侍女のマリーが、出発前の私を無表情で止めた。


「じゃあどう歩けばいいの?」

「急いでいない方の歩き方です」

「敵がいないときの?」

「その『敵』をやめてください」


 難しい注文だ。


 私は歩幅を半分にし、肩の力を抜いた。口元には薄い笑み。声は小さく。呼吸は浅く。


「わ、わたくし……少し、疲れてしまいましたわ……」


「今のでよろしいかと」


「よしっ!」


「声です」


「……よろしいですわ」


「拳を握らないでください」


 要求が多い!


 でも、私はやれる。昔、吹雪の山で三日間も身を潜めたことがある。夜会の数時間くらい、猫をかぶって乗り切れないはずがない。


 王都の夜会場へ着くと、作戦はすぐに難航した。


「セシリア様、ご存じ? わたくし、昨夜は月があまりに美しくて、胸がいっぱいになってしまいましたの」


 話しかけてきた令嬢が、胸に手を当ててゆらりと傾く。


 私は瞬時に一歩踏み込んだ。


 倒れる! 支えないと!


 が、寸前で止まる。


 令嬢は自力で姿勢を戻した。私の肩を使わずに。


「……まあ。わたくしったら、また危うく倒れるところでしたわ」


 倒れるところまでを演技するのか。高度だ。


 別の令嬢がすかさず割り込む。


「その程度ならお元気ですわ。わたくしなど、昨日の夕焼けが最後の景色になるかと思って……!」


 涙ぐむ令嬢。扇で顔を隠す令嬢。今にも崩れそうな令嬢。


 全員、足腰だけはやけに安定している。


 その横を、別の令嬢が小走りで駆けていった。


「えっほ、えっほ! わたくしが今夜にも消えそうだって、殿方にお知らせしなくちゃ!」


 すごい脚力だ。儚さは足で稼ぐ時代らしい。


「セシリア様は、いかがなの?」


 来た。


 私の番だ。


 深呼吸をひとつ。違う、儚い女は大きく息を吸わない。肺活量を抑えろ。


「わ、わたくしは……ええと……昨日、花を見て……」


「花を?」


「……その、花が散ると思うと、胸が……」


「まあ、おかわいそうに!」


 おお。通じた。


 私は勝利を確信して、つい拳を握った。


「よっしゃ」


「え?」


「……よ、よわってしまいますわ」


 危ない。今のは致命傷だった。


 近くで男たちの話し声がした。


「最近は儚い女性がいいよな」

「守ってやりたくなる」

「剣だの魔物だのを語る女性は、少し……」


 ぐさり。


 最後の一言が、妙に深く刺さった。


 魔物の牙は刺さらなかったのに。


 まあいい。今日は勝つ。勝つというか、婚約者を探す。戦果は一人でいいのだ。


 そのとき、私の前方に一人の令嬢が現れた。


 金髪を豪華に巻き、白いドレスをまとったクラリッサ子爵令嬢。彼女は先ほどから「私は朝日がまぶしいだけで消えてしまいそう」と男性陣に訴えていた人だ。


 それは日傘を差せば済むのでは、と思ったが、私は黙っていた。


 こちらへ歩いてくる彼女を避けようと、半歩横へ動く。


 同じ方向に彼女も動いた。


 もう半歩。


 また同じ方向。


 あるあるだ。狭い山道でもよくあった。


「あっ」


 互いの肩先が、こつん、と触れた。


 本当にそれだけだった。


「ウワァァァァァッ!!」


 クラリッサ嬢が絶叫した。


 楽団の演奏が止まった。


「いっ、痛いですわぁ~~~!!」


 彼女が倒れた。


 いや、倒れるだけでは済まなかった。


 ごろん。


 ごろろん。


 ごろごろごろろん。


 大理石の床を転がり始めたのである。


「儚いですわぁ~~!! 皆さま、見てくださいましぃ! この弱々しい転がりっぷり! これが儚くないなら、いったい何が儚いんですの、逆にぃぃ!?」


 おかしい。


 あの回転は、冒険者ギルドの受け身訓練でも見たことがない。


 しかも原因は、肩が軽く触れただけ。


 何の奥義だ。


「明日にはもう会えなそうですわぁ~~!! いまお見逃しになると二度と会えませんわよぉ~~!!」


 本人の予告によると、余命は今夜いっぱいらしい。


 ちなみに彼女、三回転目で一度こちらを見た。


 誰が見ているか確認したのだ。


 男性陣の視線を確認すると、さらに一回転追加した。


 なんて向上心だ。


「誰か! こんなに儚いわたくしを、守ってくださいましぃ~~!!」


 そのまま壁際へ転がっていく。


 まずい。


 壁際には、背の高い花瓶があった。華奢な台の上で、たっぷりと花を生けている。あの速度で台に当たれば、花瓶が落ちる。花瓶より下にあるのは彼女の頭だ。


 まずい、まずい、まずい!


 男たちは「なんて儚いんだ」と口々に言い合っている。


 感心している場合か!


「頭を伏せろ!!」


 私の足が先に動いた。


 駆ける。滑る床でも踏み込みを殺さず、令嬢と花瓶の間へ滑り込む。片膝をついて腕を差し出し、最後の一回転を受け止めた。


 花瓶には触れずに済んだ。


 クラリッサ嬢も無事だった。


 ただし。


「…………」


 私は彼女を、両腕で抱え上げていた。


 いわゆる、お姫様抱っこである。


 彼女は思いのほか軽かった。冒険者時代に運んだ防具袋の半分くらいだ。


 会場は静まり返った。


 あっ。


 しまった。


 私は今、儚い女だった。


「だ、誰か医師を……!」


「医師より殿方を呼んでくださいましぃ!!」


 医師より観客を求める傷病者だった。


「……あ、あら。わたくしったら……」


 声を細くする。


「なんだか、気がついたら……支えてしまって……」


 腕の中のクラリッサ嬢が、ぱちぱちと瞬いた。


「まあ! わたくしを抱っこなさっている!」


「ほ、ほんの少しですわ」


「少し? わたくし、宙に浮いておりますけれど?」


「き、気のせいですわ」


「わたくし、気のせいで浮遊できるほど儚いのね!!」


 そうじゃない。


     ◇


「なんと野蛮な!」


 声を上げたのは、侯爵家の次男ダリウス様だった。


 先ほど「女性は守られるためにある」と語っていた、今夜もっとも儚さに熱心な男性である。


 立派な上着。立派な髪型。立派な決め顔。


 そしてその場から一歩も動いていない。


「女性がそのような腕力を見せつけるなど! しかも、か弱いクラリッサ嬢にぶつかって転倒させた上、乱暴に持ち上げるとは!」


「いえ、ぶつかったというほどでは……」


「言い訳か!」


 ダリウス様は指を突きつけた。


「君のような女を嫁に欲しがる男などいない! 粗野な行いは一晩で王都中に広まるだろうな。ご実家にも知らせておこう!」


 そう来るか。


 胸がずしりと重くなった。


 魔物相手なら、剣を構えればいい。吹雪なら、穴を掘ればいい。でも噂は斬れない。自分が望んでいるのは、好きな相手と堂々と暮らすことなのに。


 クラリッサ嬢をそっと床へ下ろす。


 彼女は一瞬、立ち上がりかけた。


 しかし男性陣の視線に気づき、即座に膝をついた。


 仕事が早い。


「クラリッサ嬢、あなたのような儚い女性は、私のような男に守られるべきだ。さあ、こちらへ」


 ダリウス様が手を差し出す。


 クラリッサ嬢はその手を見て、考え込んだ。


 そして、床へぺたりと座り直す。


「……わたくし、立てませんわ」


「えっ?」


「これほど儚いんですもの。ご自分でおっしゃったでしょう? 守ってくださるのですよね?」


「も、もちろんだとも!」


「では、運んでくださいまし」


 会場の視線が、二人に集まった。


 ダリウス様が屈み、令嬢の背に腕を回す。


「ん……ぐっ……!」


 持ち上がらない。


 何度か足の位置を変えたあと、彼は言った。


「君、少しは足に力を入れてくれないか?」


 クラリッサ嬢の眉が跳ね上がった。


「そんな! わたくしに自分の足で立てと!? 儚いのに!?」


「いや、そういう意味では……!」


「では、両腕で!」


「腰が……!」


「腰が!?」


 クラリッサ嬢の声がさらに大きくなる。


「まさか、ダリウス様こそ、明日にはもうお会いできないお身体なのですか!?」


「違う!!」


 楽団の誰かが、ぷっと吹き出した。


 もう一人が咳払いをする。三人目は肩を震わせている。


 ダリウス様は真っ赤になった。


「そもそも、こんなことになったのはそこの女が乱暴をしたからだ! クラリッサ嬢、君からも言ってやってくれ!」


 すると、クラリッサ嬢が床に座ったまま、大きく首をかしげた。


「何をですの?」


「この女に突き飛ばされたのだろう!」


「いいえ?」


「は?」


「わたくしから肩が当たりましたわ」


「……は?」


「転がったのも、わたくしですわ」


 そんな爽やかに認めるのか。


「で、でも痛かったのだろう?」


「当然ですわ! こんなに儚いんですもの! だからこそ明日が来ない覚悟で転がりましたの!」


「覚悟で!?」


 どっと笑い声が上がった。


 ダリウス様は、笑った人々を睨みつける。


「お前たちまで、か弱い彼女を笑うつもりか!」


「笑っているのは、彼女を見ても動かなかったあなたです」


 よく通る、しかし不思議と落ち着いた声がした。


 振り返ると、背の高い黒髪の男性が立っていた。深緑の礼服。磨かれた靴。姿勢はまっすぐなのに、足元は動きやすく開いている。


 身のこなしに無駄がない。


「どなたです?」


「レオンハルト・グレンフェルです」


 周囲がざわついた。


 グレンフェル辺境伯のご令息。山と街道に面した領地を治める家の、次期当主だという。


 辺境伯。国境。


 なんだか、その単語だけで少し親しみが湧いた。


 レオンハルト様はダリウス様を見た。


「最初から見ていました。接触は軽微でしたし、彼女は花瓶の台に頭をぶつけそうだったクラリッサ嬢を止めただけです。なぜ救助した方が謝らねばならないのです?」


「しかし、あの女はちっとも儚くない!」


「今は怪我の有無の話をしています」


「いや、だから!」


「それとも、儚い女性を守りたいとおっしゃりながら、助ける女性の資格まで選んでいるのですか?」


 ぐっ、とダリウス様が言葉に詰まった。


 それを聞いたクラリッサ嬢が、ものすごい勢いで立ち上がる。


「そうですわ! わたくしは確かに儚いですけれど、助けていただいたことは分かりますわ!」


「クラリッサ嬢。君は立てないのでは」


「今は怒りで立てましたわ!!」


 奇跡だ。


 ダリウス様が私を睨んだ。


「……だとしても! 女性らしさというものが!」


 私は深く息を吸った。


 儚い女はここで目を伏せ、涙をこぼすべきなのだろう。


 分かっている。


 分かっているけれど。


「だったら、あなたが支えればよかったでしょう!!」


 気づけば、声が会場の端まで響いていた。


「危ない人がいた! そばにはあなたもいた! なのに私が抱き止めたら野蛮だ、花瓶に頭をぶつけていたら儚い、って! 怪我をさせたいのか守りたいのかどっちなんです!? そもそも儚いって、誰かが見ている前で転がる競技でしたっけ!?」


「競技ではありませんわ!!」


 クラリッサ嬢が即座に反論した。


「でも、その認識はちょっとありますわ!!」


「あるんですか!?」


「儚い女の努力を馬鹿にしないでくださいましぃぃ!!」


「私だって努力してるんですよぉぉ!!」


 しまった。


 言ってしまった。


 私は思わず口元を押さえた。


 会場がしんとなった。


 クラリッサ嬢がこちらをじっと見る。


「……努力?」


 しまった。しまった。しまった。


 私はできるだけ上品に、目を伏せる。


「……わたくしも、その……儚い女性に……」


「なんですって?」


「……なりたくて……」


 クラリッサ嬢が息を呑んだ。


 そして、両腕をいっぱいに広げた。


「そんなに元気なのに!?」


 声が大きい!!


「あなたに言われたくないですわぁ!!」


「わたくしのほうが儚いですわぁぁ!!」


「どこがですの!? 何をもって儚いとおっしゃるんです!?」


「よくご覧なさいな! この細腕! この色白! おまけに床を四回転!!」


「最後のは丈夫な証拠でしょうが!!」


「四回転できなければ、儚さをご覧に入れられないでしょうがぁ!!」


「私だって今にも消えそうですわぁぁ!!」


「その声で!?」


「あなたもですわぁぁ!!」


 どちらが先に息切れするかの勝負になりかけたところで、レオンハルト様が片手を挙げた。


「お二人とも。まず、お水をどうぞ」


 給仕が運んだ杯を、私たちはほぼ同時に受け取った。


 一気に飲み干した。


 そして同時に、はっと顔を見合わせた。


 儚い女は、そんな飲み方をしない。


「……こほん。少し、喉が……」


「わ、わたくしもですわ……」


 レオンハルト様は何かを堪えるように口元を押さえた。


 その横でダリウス様が、震える声を上げる。


「な、なんという騒々しさだ……私はもっとか弱く、静かで、守りがいのある女性を――」


「わたくしは十分儚いですわよ!?」


 クラリッサ嬢が振り向いた。


「さっきは持ち上げてもくださいませんでしたのに、今度は静かにしろと!? ご安心くださいまし! ダリウス様のお手を煩わせるつもりは、もうありませんわ!」


 その言葉を聞き、彼の周りにいた令嬢たちがそっと距離を取った。


「わたくしも、守ってくださるとおっしゃる方が、困ったときに責任を押しつけるのは困りますわ」

「ねえ。見ていただけでしたものね」


 ダリウス様の顔から、血の気が引いていく。


 本人が望んだ『守られるべき儚い女性たち』に、次々と背を向けられるとは。


「ま、待て。みんな、誤解だ!」


「大きな声を出さないでくださいませ!」


 クラリッサ嬢が胸を押さえる。


「わたくし、そんなに驚かされては、明日の朝を迎えられそうにありませんわぁ~~!!」


 会場が今度こそ大笑いに包まれた。


 彼は、その夜申し込んだ踊りをすべて断られたらしい。


 別に羨ましくない。ちっとも。


 ……私は今夜、まだ一曲も誘われていないけれど。


     ◇


「よろしければ、一曲踊っていただけませんか」


 喧騒が落ち着いたころ、レオンハルト様が私の前に立った。


「わ、わたくしで、よろしいのですか……?」


「はい」


「……こんなに……儚い、わたくしと……?」


「ええ」


 即答だ。


 しかも笑っている。


 やはり怪しい。さっき私が大声で叫んだのを見ていたはずなのに。


「私、辺境で冒険者をしていたことがありまして」


 嘘はやめよう、と決めた。


 これから踊る相手が気に入ってくれたとしても、ずっと声を細めて暮らすことはできない。山での足跡を読んでいても、きっと叫んでしまう。


「仲間には『鉄腕のセシル』と呼ばれていました。ほんとうは重いものだって持てるし、走るのも得意です。だから、その……」


「素敵なお名前ですね」


「はい?」


「その名は知っています。昨年、街道の荷馬車を救った冒険者がいたと、領地の者から聞きました。ただ、あなたとは結びついていませんでした」


 私は目を丸くした。


 そういえば、助けた隊商の積み荷には辺境伯領の紋章がついていた気がする。


「その……がっかりしませんか? 守ってもらうような女性ではありませんけど」


 レオンハルト様は首を横に振る。


「私は、あなたが危ないと思ったとき、迷うより先に動いたのを見ました。それを恥じる必要はないでしょう」


 妙に、胸が熱くなった。


 剣の腕を褒められたことはある。魔物を倒した数を数えられたこともある。


 だけど、誰かの無事を願った気持ちを、こうして褒められたことは……あまりなかった。


「それに」


 彼が私の手を取る。


「私も万能ではありません。苦手なことはあります。だから、一緒に助け合える人がいい」


 守ってやる、ではなく。


 一緒に。


 いい言葉だと思った。


「……では、踊っていただけますか」


「喜んで」


 私は手を重ね、足を踏み出した。


 最初の一歩は、いつもの踏み込みだった。


「速いですね」


「す、すみません!」


「大丈夫。次は私が合わせます」


 次の一歩で彼はきちんと私に歩幅を合わせた。


 なるほど。


 いい男は、こちらの足を遅くしろとは言わないらしい。


 その夜、私は婚約者こそ得られなかったが、また会いたい人を見つけた。


 それから私たちは何度か会い、手紙を交わした。


 最初の手紙では、私は『庭に咲いた花があまりに儚くて……』と書き出した。儚い女性にふさわしい出だしだ。


 しかし気づけば、続く七枚には『花壇を荒らす獣の足跡の見分け方』と『雨天時の柵の補強案』を書いていた。


 レオンハルト様からの返事は短かった。


『花壇の件、領地で試してみます。花はお好きですか。今度、一緒に見ませんか』


 短いのに、嬉しかった。


 ちなみに、クラリッサ嬢にも、よい出会いがあったらしい。


 あの夜会に居合わせた、南方のルアナ王国から留学中の令息が、彼女の四回転に心を奪われたという。


「アナタ、儚くなるのに頑張りすぎ。ルアナに来なさい。ウチの国、ミンナ優シイ。四回転できる女の子、ミンナ大好キ」


「海を渡るなんて! 儚いわたくし、船上で散ってしまいますわぁぁ!!」


 ……と絶叫していたのに、翌月には誰よりも早く港へ到着し、まだ出航しない船を急かしていたらしい。


 なるほど。明日にはもう会えなそう、というのは、そういう意味だったのか。


 数か月後。両家の話し合いもまとまり、私たちは婚約した。


 あの夜会へ向かう馬車の中で、私は「儚い女にならなくては」と思っていた。


 いまは、儚い女になれなくてもいい、と思う。


 ……いや。


 なれなくてもいいけれど、なる努力をやめるとは言っていない。


 婚約が決まった日、私は満を持してレオンハルト様の前でそっと胸に手を当てた。


「……レオンハルト様。わたくし、あなたのお顔を見るだけで、胸が苦しくなってしまうの……。なんて儚いのでしょう……」


 彼は私を見つめると、実に真剣な顔で言った。


「セシリア。君の声は中庭の端まで響くし、手紙は毎回七枚を超えるし、言い返す速さは伝令馬より速い。どこに儚さがあるんだ?」


「どう見たって儚いだろ!!」


最後までお読みいただき、ありがとうございました。



本作とは独立した小説ですが、下記小説もご興味を持っていただけましたら、お読みいただけたら幸いです。



『おクスリ聖女様』


https://ncode.syosetu.com/n1196mx/

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― 新着の感想 ―
AIの壊滅的なセンスをうまく使ったコメディー。テンポも良くて楽しかったです。
ダリウスは婚約者が出来ない。
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