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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

虚空

作者: しゅん

初心者です。

「…じゃあ、行ってくる。」

「兄さん、行ってらっしゃい。」

「巧…行ってらっしゃい。」

妹の霧花に、母さんとの別れを清まして、俺は原野玄徳という人についていき、和也、一真、孝允、紀之、秀樹とアダンの軍事施設に向かった。寮は、三人一部屋で、3食つき。いまけに、訓練や仕事も、そこまで苦じゃないことばかり。これで金がもらえるなら、楽なものだ。

「…霧花…母さん…」

「母さん…晴人…みくる……」

そこで、途絶えた。

―起きろ

―起きろ

「起きろ!!」

「うるさっ…一真か…」

「大丈夫か?結構魘されてたみたいだけど。」

そう良いながら、和也はテレビをつけている。

「…またあの夢か?」

「…あぁ。」

一体、あと何回見れば良いんだろうか。見るたびに、心が締め付けられる。

「巧、悪夢は良いからちゃんと起きろよ。怒られんの皆だぜ?」

一真も、ちっとは心配してほしい。いや、しても良い。

「ごめん、ごめん。…今日は?」

「…休み。」

「…え?」

毎日休みなんてなかったのにらいきなりの休み。ありがたいことだが、胸騒ぎが落ち着かない。

「お、そろそろ始まるぞ。」

和也の言葉が、俺の思考を遮る。

「何が?」

「久実玲平安の論文発表会。」

久実玲平安…名前だけは聞いたことがある。確か、禁断の果実の研究をしている変人で、平昌総帥の娘だったっけ…


「本稿において、私は三つの前提を立証します。」 平安の声は冷静で、感情の起伏はない。 「一、禁断の果実は実在する。  二、禁断の果実はエデンに存在する。  三、禁断の果実は、我々の文明史において連綿と続いてきた、“認識の臨界点”である。」 その瞬間、会場の空気が静かに、しかし確実に変わった。

「禁断の果実が実在、ねぇ…」

生放送を見ながら、和也が静かに呟いた。

「…食ったらどうなるんだろうな」

「さぁ?苦味をおぼえるとかじゃねぇのか?」

一真はポテチを摘みながら、巧はベッドで寝転びながら、そんな会話をしている。

「それはゴーヤだな。」

「和也、昔からゴーヤ嫌いだもんな」

「あの苦さは禁断だろ。ただ不味くて不快だ。」

「なら、俺は禁断のマヨネーズでいいや」

一真がポテチにマヨネーズをかける動きをする。

「マヨネーズしか食えねぇ世界にしてやるよ」

「なら舌切って死ぬわ」

冗談を言いながら、巧は箱から煙草を取り出し、カチッと言うライターの音といっしょに火がついた。その煙の匂いが、一真の鼻を刺激する。

「…この禁煙。」

「…ちゃんとベランダでしてるだろ?」

「煙が入ってくんだよ」

「なんだよそれ…」

ソファーで寝転んでいた和也がだるそうに呟いた。

「屋上に行けっていつも言ってるだろ。」

「はいはい…わかったよ。…禁煙ルールいらねぇだろ、どんだけ吸ってると思ってんだよ」

「お前と隊長以外吸ってねぇよ」

だるそうに、巧は愚痴をこぼし、和也に正論を言われ黙る。

「んじゃ、いつも通り屋上で吸ってくるわ。あー寒い寒い。喫煙者の自由侵害反対。」

「ここじゃ隊長以外の喫煙者の人権はあってないようなもんだろ。」

「冷たいなぁ」

そう言って、巧は屋上に向かって外に出ていった。

残った二人は、消えかけたテレビの論文中継を、まだ見ていた。

「…信じる人間なんているのか?」

「…さぁ。」

「……なんか…嫌な予感がするな。」

「ま、俺等には関係ねぇだろ。不可侵条約と不戦条約結んでんだぞ?」

「…それもそうだな。」

「ま、そんな事どうでもいいし、巧か帰って来る前にゲームの準備しとこうぜー」

そう言って、一真は押し入れからゲーム機を取り出した。

「ただいまー…お、気が利くじゃん」

煙草から帰ってきたタイミングで、一真と和也は丁度ゲームの準備を済ます。訓練の日課だ。

「いつものことだろ?」

「んじゃ、いつも通りフルボッコにしますか」

「今日は負けねぇからな。」

いつも通り、一真は俺に負けない宣言をする。だがー

「あー!!!またか!!」

負ける。そして、一真はコントローラーを投げてのたうち回る。

「操作が雑すぎるんだよお前は」

和也が鼻で笑いながら、一真に言う。

「いやいや、さっきのは確実におかしいだろ!ジャンプとかのタイミング!明らかずれてるだろ!?」

「コマンドがあってねぇんだよ。お前がやってるのは時間差で回避できる、いわばニュータイ…とにかく、感覚で操作すんな。」

「俺は魂で操作してんだよ!わかってねぇなぁ?」

目の前にあったペットボトルの水を一真にぶっかける。これもまた日常。

「冷たっっっ!!風邪引いたらどうすんだよ!?」

「お前馬鹿だから大丈夫だろ」

和也がまた、けらけら笑う

「寧ろ頭冷えて丁度いいかもな。」

そして、巧も冷静に付け足す。

「てめぇらまとめてBANされろ!」

濡れた髪を、一真はぶちまけた。

「やめっ…冷たっっ!!風呂風呂風呂!!」

「まだ沸いてないなぁ、今日は担当巧だから」

一つの部屋から、笑い声が響き渡る。どこまでも、あかるい笑い声が。

仕事や訓練の後は、ただくだらないことで笑う。そして、入った給料はエデンへ仕送りする。そんな日常が、いつまでも続けばいい。皆が、そう考えている。

その発表が、どうでも良くならない事も知らずに―

―壊されるまで、後三日。

久美玲平安の新しい論文が発表された。”禁断の果実は確かに実在する。そして、その力は世界の全てをひっくり返す力がある可能性がある。”一体、誰が信じるのだろうか。馬鹿馬鹿しく思いながら俺はそれを聞き流した。それから三日がたったある日のこと。

「整列!!!」

隊長の原野玄徳に言われ、俺たちの班は整列を開始した。何か報告があるのだろう、そう思いながら、整列は淡々と行われ、完了したときは全員がピタリとして、静かになっていた。

「たった今、久美玲総帥から伝達があった。…禁断の果実についてだ。」

さっきまでの静けさが嘘のように、周りがざわざわし始めた。そんな中、俺は嫌な予感がし始めていたが、流石にあり得ないと思っていた。久美玲平安は、総帥の娘だ。娘を危険に曝すこと等しないだろう。

「静粛に!!!…知っての通り、我が国はあの論文の発表により、禁断の果実をより危険視している。そしてその居場所、エデンもだ。」

エデン。俺たちが育って、家族や恋人、もしかしたら家庭をそこに置いてきた人間さえいる。それほど、この班はエデン出身のものが多かった。

ドクン…ドクン…

心臓の鼓動が早くなるのが、他人でも理解できるくらい大きな音になっていく。そして、周りも何かを察したような顔になって来た。

危険視した存在の処理が、昔と変わらないのなら。

「…総帥の決定により…」隊長の歯切れが悪くなっていきながら、俺たちの疑惑は確信へと変わることになった。

「エデンに…三日後爆撃を行うことが決定した。…そして。」全員が絶望している中、隊長は追い打ちをかけるように続けた。

「その任務に、このエデン班が抜擢された。」

人殺しになる事ではなく、自分たちで、自分たちの宝を。自分たちの街を、壊すことに、そこにいる全員が言葉を失い、その場に突っ立っていた。

「解散せよ!!!」その言葉の後は、そのまま突っ立っている者、ハッとして解散した者と、様々だった。

「…なぁ、巧。」

寮に戻り、口を開いたのは昔からの友人の一真だった。

「…どうした?」

「エデンとアダンってさ…不戦条約と不可侵条約…結んでなかったか?」

「………」

「そう…だったな。」

20年前に起きた戦争の終結後にエデン、シュオル、アダンの結ばれた”不戦条約“と”不可侵条約“。

確かに、今回の命令は、明らかにそれを無視してる侵略行為と言って良い。…

爆撃前日の夕食の空気は、はっきり言って地獄だった。

「爆撃…………」まだ現実を受け入れられていない者。

「逃げ出すなら今日が最後のチャンスだな…」冗談か、本音かわからない事を言う者。

「おい!お前ら食べなすぎだろ?俺が全部食べるぞ?良いのか?…」いつものように笑い飛ばそうとする者。すべてがいつもの違い、気持ち悪さすら感じる。

居心地が悪すぎて、烟草に行きたいのに、こういうときに限って持っていない。

「…タバコ行ってくる。」

そう呟いて、席を立とうとすると、中野が止めた。

「ほら」

そう言って、自分の煙草をくれた。その意味が、なんとなく理解できる。

"逃げんなよ"…多分、そういうことだろう。

「逃げねぇよ。」

「…は?」

そんな会話をしてからベランダに行く前に違和感を感じ、ふと人数を数えた。一人足りない。寮のどこを探しても、その一人が見つかることはなかった。もしかしたらと思い窓から外を見てみると、走っている人間が目に入った。うちの制服だ―

タバコの事を忘れ、俺は脱走者を追いかけに行くとは言おうともしず、寮を飛び出して追いかけ始めた。

一体いつまで追いかけないといけないのだろうか。夜は周りが何も見えず、時間が経過しているように感じれない。まるで、ずっと同じ時間をぐるぐると繰り返しているかのように感じる。

「待って!!待ってくれ!!!」言っても止まってくれないと分かっているのに、つい口に出してしまう。それを繰り返していく内に、次第に距離が短くなっていき、拘束して動きを止めることに成功した。

「離せ!!!離せよ!!!」

「離せるか!…お前、軍の決定に逆らうつもりか!?」そんな答えがわかりきってるような質問を、何故か投げかける。

「当たり前だろ!!!自分の故郷を自分の手で焼きはらうなんて馬鹿げた命令従えるか!!!」

…だろうな。何で俺はこんな質問をしたんだろう。こんな、答えがわかりきってる質問を。少しの間締め付ける力が弱まった隙に無理矢理振りほどかれそうになったが、幸い相手にそんな体力は残っておらず、考えるのをやめて拘束に集中し始めた。

「巧ーーー!!!巧!!!どこだーーー!」

そんな時に和也の声がした。すぐに帰ってくると言ったはずなのに、どうして。

「巧!!一時間も帰らないから探しにき…そいつは?」

「脱走者。」そう言った瞬間、和也の声が響き始めた。

「何逃げてんだよ!!!」それに対抗するように、一真は弱弱しい声で喋り始めた。

「逃げて何が悪い!!」その言葉に和也は一瞬言葉を失っていた。何も反論が出来ないのだろう。当たり前だ。俺らの班全員が、逃げだしたいと思っている。そんな中、一真は弱々しい声で続けた。

「逃げて何が悪い!!命令に背いて何が悪い!?俺は…故郷の家族を救うためにここに来たんだ…殺すためなんかじゃない!!!!」

和也にも、俺にも。その言葉が深く突き刺さる。俺は入院してる母さんの入院費を稼ぐために、和也は幼い妹や弟を養うために、ここに入った。殺すためじゃなく、救うため。その言葉で、一気に力が抜けた。そんな俺を簡単に振りほどき、一真は和也に懇願しはじめた。

「なあ…見逃してくれ…頼む…頼むよ…和也…」

「…」和也も、俺も、事情は理解していた。だから、見逃したいし、出来る事なら一緒に逃げたい。けど、隊長に逆らうわけにもいかない。そんな気持ちがグルグルと頭の中を回り、辺りは静寂に包まれた。

「駄目だ。」

静寂を破ったのは、隊長の声だった。

「隊長…」

「戻るぞ。一真を拘束して運べ。」

「やめて…やめ…やめてくれ!!!」抵抗する一真を、二人で拘束しながら、寮へ足を運び始める。

「なぁ…和也!!和也!!」

「…皆同じだ。」その言葉に、怒りはなかった。

次第に一真は抵抗しなくなり、別人のように大人しくなった。隊長も、一真も、和也も、俺も。誰も目を合わせようとしない。

ただ、冬の冷たい風の音が響き続けていた。

寮に戻り、全員が静かになった頃、俺はベランダで煙草に火をつけはじめる。思い出すのは、母さんや妹の霧花の顔。

母さんが病気になり、入院のためには多くの金が要る。そのために、霧花は陸上部でトップになり、全国大会などの賞金で、俺は多くの収入を得るために、霧花と母さんを残してここに来た。

「…」そこに、爆撃をする。明日には、霧花も、母さんも。エデンにからは消える。いや…俺が消す。”救うためにここに来たんだ…殺すためじゃない!!!”一真のあの言葉が、頭の中でこびりついて離れない。

「…出来るわけないだろ…」

「…大丈夫か。」声がするところを振り返ると、隊長がいた。

「…お疲れさまです。」

「隣良いか?」そう言いながら、既に隊長は煙草の火をつけようとしていた。

「はい…どうぞ。」

「……」お互い会話はなく、静寂が続いた。

「…辛いか、やっぱり」

「…はい。」

「…そうか。」

「… 」

「お前…どうしてあいつを止めた?」

「え?」

「あいつとお前は仲良かっただろ?」逃げる事も出来たはずだ、と言いたいかのような口ぶりだ。

どうして止めたのか―

どれだけ考えても、正解は出てこない。

「…分かりません。…あの時は、何が正解か分からなかったので。」

「そうか。」

わかりきった答えとでも言うように、軽い返答。ふと、自分の中で疑問が浮かんだ。

「…あの」

なんで簡単に脱走出来るようにしてるんですか―それを、隊長は遮るように口を開いた。

「脱走者を捕まえるためでも、無断で外には出るな。」

「……すみません。」

「今後は気をつけるように。……後で集会をする。来るかは任せるがな。」

そう言って話の終わりの合図かのように、煙草の火を消してどこかへ去った。

暫く、俺はその場でタバコを持ち続けていた。もう、火は消えているのに。

「…全員…起きてるか。」

隊長の事を伝えると、命令に背けるのか期待しているのか、純粋な話の興味からか。

和也も。一真も。俺も。他の皆も。聞くために全員が起きていた。

「…まず、明日の事だ。」

明日の任務の確認、そして爆撃ルートの確認。遠足前の最終確認のような雰囲気で、淡々と進む。

「……」

一息ついてから、隊長の口がさっきより重くなった。

「爆撃を…したくないやつは…手を上げろ。」

静かに、全員が手を上げた。何か言われるかと恐れながら、恐る恐る。手を降ろした後俺等の予想は、裏切られた。

「…すまない。こんなことに巻き込んでしまって。貧乏くじを…引かせてしまって。」

俺達に対する謝罪だった。

「…一つ…良いですか?」

一真か、おそるおそる隊長に質問を始めた。

「……エデンとアダンは…不可侵条約と不戦条約が結ばれてたはずです…なのにどうして…侵略行為と見なさせてもおかしくない事を…総帥は決定したんですか?」

「……」

「不可侵条約と不戦条約は…1年前に破棄されている。それに―総帥も、最初は命令を下そうとはしなかった。ずっと悩み、躊躇っていた。」

当然の話だ。エデンには、娘である平安がいる。娘の命を奪う決断など、するはずがない。

「………」

総帥は優しい人だ。そんな人が、爆撃を…娘の命を奪う命令ができるわけがない。なら…誰かが―

「…明日も早い。…もう寝ろ。」

思考の巡りを、隊長の言葉が遮った。

「…解散せよ。」

その言葉に、いつもの凄みはなかった。

次の日は、誰も眠れていないからか、全員目の下のクマが酷い。俺たちの班だけでなく、それ以外の班も全員がここにおり、俺たちを鼓舞したり、勇気づけおり、慰めの言葉をかけている者もいた。

”頑張れよ” ”生きて帰って来い。” ”お前は正しい事をするんだよ。” 正しい事…

「正しい事って…なんなんだろうな。」気づいたら、呟いていた。

「え?」和也に聞こえていたようで、返答に困っているようだったが、やがて俺に向かって答え始める。

「分からないさ。…正しい事なんて、状況次第で変わるんだから。あの時だって、そうだっただろだろ?」

「…そうだな」ごめん、と言ってから、和也は小さく笑った。

「…整列!!」隊長の声で、俺らの班は飛行機の前で整列を開始した。整列してる全ての人間が、まだ覚悟が決まっていなかった。

「これから、作戦の説明を開始する。このヨシュア15-3に一人ずつ搭乗し、積まれた爆弾をエデンの街上空から落とす!!」

「もう…」和也の言葉には、誰も反応しなかった。いや、反応したくなかった。まだ現実を受け入れられず、長い夢を見ているような人間が多いからだ。

「そして…最期に命令だ。」隊長は一呼吸おいてから、今までで一番の大声で続けた。

「躊躇うな!!!そして生きろ!!!」全員が目を見開いた。

「…以上だ。各自、搭乗を開始しろ。」

「…は!!」そこからは、嘘のように時間の経過が遅く感じた。

飛行機の中に座りエンジンをかけてから、ふと霧花や母さんの顔が浮かぶ。あの二人は…どう思うだろうか。今から何も知らない状態の家族を、住人を、故郷を焼け野原にする。俺たちにできるんだろうか。何か違う方法があるんじゃないかと、考えがめぐり続ける。そう考えていると、隊長の声がスピーカーから聞こえ始めた。

「…覚悟を決めろ。いつかは…誰かがやる。」

誰かがやる事。…誰かが。その誰かの犠牲によって、今がある。隊長機が飛び立った後、また隊長の通信があった。

「各自、私に続き発進を開始せよ。目標、エデン上空。」

”兄さん、私にとって、兄さんは世界一凄い人だからね!!” ”巧。…あなたは私の、自慢の息子よ。”

走馬灯のように、霧花や母さんの声が頭の中で再生される。

ごめん。霧花、母さん。今から…


ごめん―


ごめんなさい―


そうして、俺は真っ先に隊長に続いて発進した。そして、そこから何機も飛行機が発進し、気づいた頃には全員が発進していた。

目標地点のエデンの上空まで到達した時、再び隊長との通信が開始される。

「…爆撃…」

合図だ。この合図で、俺たちは爆弾を落とし始めないといけない。手が震えながらも、爆弾を落とすスイッチまで手を伸ばす。

だが、一向に開始の合図がされない。そんな時だった。ドカン!!!と大きな音が鳴り、目の前を見てみると、隊長の搭乗機が炎上していた。

「隊長!!!…どうし…」その瞬間、俺は目の前の光景が信じられなかった。目の前には、5年前に生産終了され、設計図が破棄されたはずのサムエル5-13があったからだ。見間違いだと思いたかった。だが、確実にサムエル5-13で、隊長はそれに撃墜された…

頭が真っ白になっていると、隊長の声が聞こえた。

「…すまない…」その後、爆発音が鳴り響き、それを最後に隊長からの通信は途絶えた。

作戦は中止される。

隊長が討たれたのに、そんな期待がこみ上げてくる。だが、間髪入れずに来た指令部からの通信がその期待は砕かれた。

―原野玄徳戦死。尚作戦ニ支障無。作戦続行ヲ命ズ―

「続行……」

それを聞いた誰もが、絶望しただろう。沈黙が続き、微量な燃料の減少をじっと見続ける。

その空気を破ったのは、他でもない俺だった。

「釘宮、辻本、胡蝶は爆撃準備へ移行!!中野、羽柴、須賀は目標をサムエル機撃墜に変更しろ!!」

通信を終え、全員の「了解」を聞いた後に、各々が訓練時のように爆撃準備を開始する。

「…爆撃…開始…せよ…」

自分でもわかるくらい、弱々しい声。当然、誰も爆弾を落とそうとはしない。代わりに、サムエル5-13が撃ち落とされる光景を、ただ見ていた。

「…和也…一真…俺は…」

「…巧。」

優しい声で、和也がつぶやく。

「…俺が…やろうか。合図。」

「駄目だ…俺が…俺が…やる………」

俺が言わないと、意味がない。そんな気がした。

「…わかった。」

和也は、何も言わなくなった。

「…爆撃…」

また、声に詰まる。弱々しい声が出る。駄目だ。このままじゃ駄目だ。もっと…もっと…

―行ってらっしゃい、兄さん!

―ごめんね、私が病気なばっかりに…元気でね、巧。

母さん…霧花…ごめん……ごめん……!!

「…爆撃…開始せよ!!!!」半分ヤケクソになりながら、合図を出し、爆弾を落とすスイッチを押した。それと同時に、和也と一真の戦闘機からも、爆弾が落ち始める。

エデンの街の状態は見えない。なのに。

―かぁちゃーん!!熱いよ―!痛いよ―!!

―逃げなさい!!晴人!!

―いやぁぁぁ!!

恐怖からくる悲鳴。誰かに助けを求める声。何もわからず泣く子供。子供を助けようとする親。家の下敷きになった者。かつて人だった肉片。すべてが頭の中に映し出される。

吐き気が止まらない。やめてくれ―これ以上―見せないでくれ…

その思いは届かず、頭の中はエデンの都市の再現映像が流れる。

そんな状況で爆弾を落とし続けて、30分が経過した。人生の中で、一番地獄の30分だ。

ぐるぐると思考が巡る中、警告音のようなものが響いた。

「しまっ…」

遅かった。機体はバランスを崩して、燃える街の中に落下していく。

「…いっ…」

暫くして、目を覚ました。そこで見た光景は、地獄そのものだった。

生きたいと思い逃げる人を、降り注ぐ爆弾が容赦なく否定していく。

霧花は、無事なのだろうか。母さんは…病院から逃げれたのだろうか。

動かない足にムチを打ち、無理矢理歩き出す。病院は、ここからすぐ近くのはず。

もしかしたら…生きているかもしれない。病院だけ爆撃を逃れているかもしれない。

そんなことは無く、病院があったところには瓦礫だけが転がっていた。

「………」

気づいたら、無意識に、瓦礫の中を漁り始めていた。もしかしたら、この中で…空洞で運良く生きているかもしれない…いや、生きていて欲しい。…お願いします…生きていてください…神様…仏様……

そんな希望も、目の前に表れた母さんだったものに打ち砕かれた。

脚は潰れ、胴体も瓦礫の重みで中身が溢れ出ている。唯一、顔と腕だけが無事だった。

手を触ってみると、まだ生温かい。

「母さん……」

どうして、こうなった。逃げなかったからか?

―巧。辛かったら逃げなさい。逃げて…母さんや霧花のところに来て。

母さん…

―兄さん、辛かったらいつでも帰ってきてね。無理だけはしないで!

霧花……

―救うためにきたんだ!!殺すためなんかじゃない!!

一真…

思えば、逃げようと思えばいつでも逃げることが出来た。秀樹の煙草を渡された後。

脱走した一真を連れ戻した時。煙草を吸い終えて部屋に戻るまでの時。軍人になる前。

どこで間違えた?どこが駄目だった?なんで…どうして…

「なんで…」

気づいたら叫んでいた。

「何が…何が守るためだ!!脅威の排除だ!!ただ大義が…免罪符が欲しいだけだったくせに!!」

どうせこれがきっかけで戦争が起こる。”正義“の為の戦争が。

冷たくなった母さんの手を握りながら。醜く泣きながら言い続けた。

瓦礫が、バランスを崩す。巧は、その下敷きになった。


―チグリスは、アダンへ宣戦布告。争いはシェオルを除き他の国も巻き込まれた。

後に「黄金の戦い」と呼ばれる戦争は、民間人560万、兵士500万、そして約86万haを放射能汚染されたアダンの降伏により終結。


釘宮一真 胡蝶和也 須賀孝允 


辻本巧 中野秀樹 羽柴紀之


原野玄徳


戦後に建てられた戦没慰霊碑には、彼らの名前も刻まれている。


平和ノ為ニ命賭ケシ英雄永遠ニ眠ル

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