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第三話

 ここ数週間、俺たちを悩ませていることがある。


 それは雪だ。


 連日して、降り続けている。


 雪の場合、体育の授業は雨の場合とは違い、通常通りに外で行うことになっている。


 その中で、つまらない運動をしなければならない。


 そんな労働(授業)が終わった後には普通の教室の授業が待っている。


 外の寒さで固まった手をどうにかして動かさなければならない。


 俺たちのクラスの担任は何故かヒータの使用を許可してくれなかった。


 あいつ(担任)はどうせ職員室でぬくぬくしているだろう。


 くそ、羨ましい。


 くそ、恨めしい。


 そんな授業に耐えながら、俺はやっとの思いで帰宅する。


 その帰り道に山崎に話しかけられる。


「なあ、今からモック行こうぜ」


 ハンバーガーチェーン店のモクドナルバーガ(略称:モック)。


 それは名案だ、と思ったがこれから大事な用事があることを思い出す。


「物凄く行きたいが、今日は用事があって行けない」


「ちぇ、つまんねえな。仕方ねえ、今日は部屋でダラダラと過ごすか。夕方からアパートに戻るのは久しぶりだな」


「そういえばそうだな。まあ、ベランダで眠らないように気をつけろよな」


「お前が閉じ込めたんだろうが!」


 彼の怒号を無視し、公園へと向かった。


「何だよ、お前も家に帰るのかよ」


 公園に着いたときにも何故か隣に山崎がいた。


「いやいや、何でお前がここにいんの?という顔をするんだよ。一緒のアパートだろ」


 そういえばそうだった。


 彼女と出会ったこの公園は俺たちの住むアパートの道筋にあるんだった。


 出来れば、俺一人で彼女と会っておきたかったのだが。


 いや、むしろ好都合かもしれない。


 山崎にも見えるのなら、彼女が幻ではなく現実にいることになる。


 そう思いながら、山崎と一緒に公園へ入ったのだがそこに彼女はいなかった。


 マイクで反響している声が聞こえていない時点で薄々は気付いていたが。


 さて、どうしたものやら。


 もちろん、俺は彼女を確認しなければならない。


 だが、問題は隣で昨日一緒にテレビで見た漫才師のネタをしている山崎にどう説明すればいいのだろうか。


 お前に会わせたい奴がいるとでも言えばいいのか?


 俺自身、彼女と知り合ってもないのに?


 やはり、彼には帰らせてもらおう。


「すまんが、先に帰ってくれねえか」


「あ?何だよ。公園に用事があったんだろう?さっさと済ませてモック行こうぜ」


 いつから、そんな話になったのだろう?


 確か、今日はモックに行かないということになっていたはずなのだが。


「いや、その用事っていうのが結構時間が掛かるんだ。だから悪いけど、先に帰ってくれないか」


「あ?俺はいつでも暇だ。だから、何時でも待ってやるぞ」


 山崎は頑なに帰ろうとはしなかった。


 どんだけ、モックに行きたいんだよ。


 もしかして、ただ俺と一緒にいたいだけなのか?


 もしもそうならぞっとする。


「最悪、夜中になるまでここで待ち続けてしまうかもしれない」


「構わんぞ。いつでも待ってやる。明日になろうと関係ない」


 気色悪。何コイツ、新種の変態か?


 それともただの嫌がらせか?


「す、すまんが、モックのハンバーガおごってやるから勘弁してくれ」


 そう言って、心底山崎にドン引きしながら、財布の中から500円玉を渡した。


「そんなこと言うなよ。一人だとさみしいんだよ。放課後はいつもお前と一緒にいると決めているんだよ」


 あ、こいつただのホモだ。


「いいから、帰れ。この男色家が!」


 思いっきり、彼の背中を蹴りつけて帰らせた。もちろん、500円玉も取り返して。


「……まさか、俺の友人があんな奴だったとは」


 とぼとぼとアパートのほうへ向かう彼が見えなくなってから、俺はそう呟いた。


 そうして彼から公園へと視線を戻したときにアンプを持っている彼女がそこにはいた。


 それは唐突だった。


 山崎が公園から出た瞬間、ふっと風のように現れた気がした。


 彼女は本当に幻なのではないか。


 自分の眼を疑った。


 彼女はアンプを石造りのベンチの上に置いた。


 そして、アンプの取っ手に結んであるマイクの線を解いて、それをアンプに繋げ、昨日と同じような演説を始めた。


 内容は昨日と変わらなかった。


 一緒に大判用紙に描かれている得体の知れない敵と戦いましょう、だった。


 果たして、こんないかにも胡散臭い話に一体誰が興味を示すというのだろうか?


 もし、彼女に近づくとしたならば、そんなどうでもいい話ではなくて、彼女自身であろう。


 何故、そんなことが言えるのか。


 俺がその目的でここに来ているからだ。


 はっきり言って、彼女とさえ近づけたらそれだけでいい。


 別にあのよくわからん全身黒ずくめの敵も彼女と一緒ならば戦っていい。


 むしろ、彼女と一緒に戦えるのなら大いに喜べるだろう。


 そこで、ふとあることを思った。


 こんなに執拗に彼女のことばかり考えるのは何故なのだろうか?


 まだ、昨日会ったばかりのはずだ。


 なのに、こんなに彼女が頭の中に離れないのは何故なのだろうか?


 確かに彼女は美少女であり、人が溢れている都会であっても振り返ってしまうほどの美貌を持ち合わせている。


 ただ、それだけでこんなにも気になってしまうのであるだろうか。


 一体、自分の身に何が起こったのだろうか?


 恋というのはそういうものなのだろうか。


 彼女の前でそんなことを考えていると、余計に意識してしまう。


 そんな気も知らずに、彼女は俺がいる前で演説をしている。


 うん?彼女?


 そういえば、俺は彼女の名前をまだ知らなかった。


 そもそも昨日一回話しただけで名前を教えあう仲になるのはおかしな話だ。


 そのような関係になるには、きっかけと段階が必要になってくる。


 たぶん、今の彼女が俺に抱いている印象はただの不審人物だ。


 彼女の中で俺が認知されていること自体怪しいが。


 それよりも、何故俺は執拗に彼女を求めているのか?そのことを考えたほうがいい。


 何度も言うのは恥ずかしいが、確かに俺は彼女に惚れた。


 だが、それだけでこんなに追い求める必要はあるのだろうか?


 昔、文学に手を出してみようと思って、読んだ本の中に一目惚れした男がその女の周辺状況をストーカーまがいなことをして(いや、ストーカーそのもののような気がするが)調べ上げたものがあったな。


 もしかして、俺もそんな風になってしまっているのだろうか?


 今やっていることもストーカーに近いことなのだろうか?


 そんなはずはない。ストーカーなら昨日の時点で彼女のあとを付いているはずだ。


 そして、家を確認。その日は家に帰る。翌日には、朝早くから彼女の家の前を張り込み。


 それがストーカーって奴だ。


 そんなことを想像していた自分が怖くなってきた。


 違う違う。そういうことを考えているんじゃない。


 俺は元々の目的を見失っていた。


 彼女に惚れたとか、今やっている行為はストーカーまがいとか、そんなことを考えている場合ではないのだ。


 俺は彼女が現実にいるのか、それとも幻なのかを確認しに来たのだ。


 一呼吸して、彼女のほうを見た。


 やはり、どこからどう見ても現実の住人だ。


 彼女があの部屋の中にあるエロゲーのような登場人物のはずがない。


「私たちはこの悪に虐げられているのです。景気が悪いのは全てこの悪が仕組んだことなのです。戦わなければならないのです」


 こんな電波的なことを言っているのを聞くと、エロゲーにはいそうな気はする。


 変な宗教団体にハマっており、教祖様に凌辱されてしまうのだ。


 そんな小説があったのも思い出したし、それを題材にしたエロゲーを楽しそうにプレイしている山崎のいやらしい顔が頭に浮かんできた。


「宗教団体か……」


 俺はポツリとそう呟いていた。


 あの悪は過激な新興宗教団体が創り上げたものなのであろうか。


 彼女はその団体に利用されてしまっているのではないだろうか。


 もしもそうであるのなら俺は救い出さなければならない。


 教祖に犯されてしまっている彼女を想像してしまったことは忘れよう。


 山崎のせいで俺は変な方向に思考を巡らせてしまっていることに気付いてしまった。


 彼女のバックヤードなんて今はどうだっていいことである。


 重要なのは彼女が幻なのか現実なのか。その結果によって俺が頭のおかしい人間であるかどうかが判明される。


 だけども確かめようなんてあるはずがなかった。


 この公園には俺以外誰もいなかった。まあこんな寂れた公園に来る人間なんていないだろうな。


 やはり山崎も残すべきであったか。だが、今更呼び戻すのは面倒でしたくなかった。


 結局俺は地面に絵を描き続けて、彼女の演説が終わるのを待ち続けていた。

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