第二話
「それがさ、とびっきりの美少女でさ」
俺の帰りを待っていた友人の山崎に、彼女と会った今までの経緯を語ってやった。
「そのよくわからん美少女のせいで遅れたと言うのか。俺が焼肉やっほーいとわくわくしながら待っていたというのに」
「いや、その、なんかすまん」
「何でお前みたいな冴えない奴が女といちゃいちゃ出来るんだよ。男二人だけの焼肉を楽しみにしていた俺が馬鹿みたいじゃねえか」
そう言って、山崎は頭を抱えはじめる。
こうなった彼を見て、また面倒なことになるなと思った。
「まあまあ、高級な肉を買ってきてやったんだから、それで勘弁してくれよ」
山崎を慰めるのは面倒だが、のちのことを考えるとそんな労力もやむ得なかった。
「おい!俺の財布から出た肉じゃねえか」
とは言いつつも山崎は焼きあがった肉を次々と頬張る。
どうやら彼にとって怒りよりも食欲のほうが勝っているようだ。
「よく考えたら、お前が美少女といちゃいちゃ出来るはずがないよな。本当は違う理由で遅れたんだろう?言い訳として嘘を付いたんだろう?わかりやすいなあ」
まあ、確かに美少女と戯れていたのは嘘なんだけどな。
もしも、あんな無様な姿を彼に話したら、大いに嘲笑するだろう。
見え透いた嘘をつくのであれば、最初から彼女と会ったことを話さなければいい話ではあるが。
「おい、さっさと肉を焼け」
急に偉そうになった友人の山崎は俺の買った高級肉を次々とホットプレートの上に置き始める。
このまま彼女のことばかり考えていると、山崎によって肉が無くなってしまう。
「おい、買ったのは俺なんだから、ちゃんと残せよ」
「ちなみに金を出したのは俺だからな」
そんな会話をしていたら、今日の出来事の全てが幻に思えてきた。
案外のところ、本当にそうなのかもしれない。
山崎が言ったとおり、俺は遅れてきたことを言い訳したかっただけなのかもしれない。
よく考えれば、あんな美少女がこんな寂れた田舎にいるはずがないもんな。
「おい、全部食っちまうぞ」
「少しは抑えろよ。まだこっちは全然食べてないんだから」
まあ、今日のことは明日の俺にまかせればいい。
今夜は焼肉パーティだ。それを大いに楽しもう。
……俺はプレートと皿を片付けて、山崎の処理に取り掛かる。
あいつは俺に高級肉を買わせて、俺の部屋で焼肉をやった挙句、俺のベッドで眠りやがった。
俺は山崎を背負いながら、ベランダへと向かう。
俺が考えた山崎を苦しめる計画は簡単なことだ。
身体が凍える冬の真夜中をベランダで過ごさせてもらうというわけだ。
とは言っても、一人の大の男を運ぶのは正直キツイ。
もう少し、スレンダーになったらどうだとか言いながら、やっとの思いでベランダに山崎を投げ捨てて、ベランダへと繋がる窓の鍵を閉める。
処理し終えて、俺はあることに気付く。
この部屋は焼肉の臭いが充満していることに。
空気を入れ替えるためにベランダの窓ではなく、ベッドの横にある用途がよく分からないティッシュ箱くらいの小窓を開ける。
この小窓のおかげで、彼をベランダに閉じ込めたまま、喚起をすることが出来た。
ある程度の空気の入れ替えが完了するまでの間、俺は今日の出来事について振り返ってみた。
改めて考えてもやはり幻のように感じた。
この場所に似つかわしい顔をしている。
この場所に似つかわしい行動をしている。
今思えば、彼女の演説を聞いているのは俺だけだったような気がする。
彼女ほどの美少女なら俺以外の人間が気にかけても良いと思うのだが。
もしかしたら、最近の人たちは他人のことなんて無関心なのかもしれない。
俺だけが違うのか?
俺だけがおかしいのか?
俺だけが見えているのか?
何もかもが嘘っぽく思えてくる。
彼女はもちろんのこと、街を行き交う人々も、そこを彩っている街の風景さえも。
明日あの公園に行ったら、その嘘っぽさが解決するかもしれない。
だが、もしも彼女がいなかったら?
俺は自分を疑ってしまう。
自暴自棄になってしまう。
下手をしたら、精神病院に行かなければならなくなるだろう。
いや、そこまで深刻に考えなくてもいいのかもしれない。
短冊に書くような願望に過ぎないのかもしれないのだから。
もしもそうならば、その幻は一時的なものへとなるだろう。
とは言っても、明日彼女が公園にいたとしても、まだ幻ではないと決まったわけではない。
彼女の存在が確かなものへとするためには、どのような方法を持ち込めばいいのか?
そこまで考えて、これ以上こんなことを続けていたら眠れないような気がした。
今までのことは中断し、とりあえずベッドに入る準備をした。
準備と言っても、押入れに畳んである毛布を取り出し、それをベッドに掛けて、電気を消すだけだ。
俺は毛布をベッドに掛ける途中、ベランダを見た。
そこにはまだ山崎が寒そうにしながら眠っていた。
まあ、あいつのことだ。何の問題もないだろう。
そう思いながら、電気を消してベッドに入った。
それから眠ろうと必死に瞼を閉じるのだが、一向に眠りは来ない。
やはり、今日のことが気になるのだ。
いや、もう今日のことは昨日になっているかもしれない。
どちらにせよ、彼女が幻なのかを確かめなくてはならない。
そこで、俺はあることを思い出す。
明日(今日?)は学校であることを。
そう思った瞬間、俺は自然と眠りに付くことが出来た。