ひら神官、聖女とその他の尻拭いをする。
苦労人が尻拭いのために奔走するお話です。
「あっ聖女様!と、騎士様。難しいお顔をされてどうなさりましたか?」
「私、聖女を辞めさせられました。王子に婚約を破棄されて、この国から追放されます」
「は?」
何だって?
この国の神官で聖女様とも交流が深かった私は慌てた。
「ま、待って下さい!何故聖女様が追放されなければならないのですか!?ちょっと、伝手を辿って殿下に抗議してきますよ」
「新しい聖女がいるから私はいらないそうよ。王子に言っても聞き入れられないわ」
「ならとりあえずウチの神殿にいてください聖女様!出て行くなんてあんまりです!!」
私の必死の食い下がりに、聖女様は溜息を吐かれると、私に憂いの眼差しを向けた。
「正直ね、私、もうこんな国に居たくないの。裏切った人を守り続けるなんて、できない」
「な……!じゃあ、この国の国民達は!?あなたがいないと私達は……!」
「ごめんなさいね」
聖女様……いや、元聖女は行ってしまわれた。
騎士様は元聖女の背後で私を終始鋭く睨んでいた。
「なっ、な、なんてこった……!」
いつか、こんな日が来てしまうのではないかという予感はしていた。
この国の王太子様は馬鹿……コホン、大変頭の緩い方で、最近は見知らぬ女性と仲睦まじい様子だと社交界にとどまらず市井でも噂になっていた。
まさか聖女様を追い出すとは、考えが足りないにも程があると思うけれど。
この国は聖女の結界で魔物の脅威から守られている。また、聖女の癒しの力で何人もの国民達が救われている。
聖女が居なくなれば、この国は魔物に襲われて多くの民が命を落とすだろう。
それをわかっていないのか、王子と偽聖女!!
というか、これは元聖女も悪いのだ。
私は彼女のお世話係としての仕事も少ししていたけど、彼女は王子のことを愛そうともしていないように見えた。
忙しい聖女を一方的に呼び出す王子も王子だが、呼び出されて機嫌の悪さを顔に滲ませてニコリともしない聖女は愛想を尽かされ浮気されても仕方ないだろうに。
王子だって最初から浮気しようとしていた訳じゃない。
はじめの頃は私や他の子達に、聖女に贈るプレゼントについての意見を尋ねてきた時もあった。
そのプレゼントが絶望的なセンスで意見が全く活かされていないものであったとしても、そのお礼くらいはしてあげるのが婚約者としての筋なのでは?
それに何より。
元聖女、あんたこの件喜んでるだろ?
さっきいた騎士、あいつと楽しそうに笑い合っているのはもう何度か目撃している。
お馬鹿な王子と違って噂になるようなヘマはしていないようだけど。
非情にも元聖女を慕っていた国民達を見捨て、新天地でのイチャイチャ生活を選んだ彼女らへの、元から少なめだった尊敬の気持ちは地に落ちた。
「……とにかく今は、この国をどうにかして守らないと」
☆☆☆
というわけで私は今王城にて王太子殿下に謁見している。
ただの神官が王太子様になんて会えるのかって?
我が上司、ちょっと押しに弱い大司教様を脅し……お話して、大司教様の代理として来させてもらった。
「王太子殿下にお尋ね申し上げます。何故聖女マリエ様をこの国から追放なさったのでしょうか」
「は?ただの神官が何故俺に……」
「この国に3人しかいない大司教様の代理の者で御座います。して、理由をお聞かせ願います」
「む、むぅ……」
こちとら時間がないんだから早く説明しろ。まあ大体の経緯は容易に予想できるけど。
「マリエは聖女に、何より王妃に相応しくなかった!平民の出でマナーがなっていない。魔力量も歴代の聖女と比べて圧倒的に低い!」
確かにマリエ様は平民で孤児院出身だ。
また勉強もあまり得意ではないようで、貴族のマナーや作法はもう随分と長く習っているのに十分であるとは言えない。
魔力量もまたこれまでの聖女が圧倒的な魔力量を誇っていたのに対し、マリエ様は控えめだった。
「それに対してフィオーラは伯爵家の令嬢だ。そして魔力量はマリエの何倍もあるうえ聖魔法への適性も高い!それにこの天使のような美しさ。彼女が聖女でないなどおかしいではないか!」
何故か最初から殿下の隣にいたフィオーラというらしいご令嬢が愉悦を滲ませた笑顔を向ける。
はあ、なるほどそうですか。
「失礼ながら殿下。そちらの伯爵令嬢様は聖女教育をお受けになっていらっしゃいますか?」
「……聖女教育?」
「教会が執り行っている聖魔法や聖女についての基礎教育で御座います。聖女や聖女見習いの皆様はこの教育を受け聖女とは何たるものかを学び、聖魔法の力を高めたのちその中で最も相応しい方が正式に聖女としての称号を授かっておいでです。伯爵令嬢様はお見かけした事がないのですが……」
「フィオーラ、そうなのか?」
「え?わ、私もわからないです」
貴族であれば当然の知識なのですが。この令嬢も婚約者のいる殿下に平然と近づいていったことといい、かなりアレなのかもしれない。
「聖女になりたいということでしたら大歓迎です。今すぐに神殿の方へとお連れいたしましょう。あ、それと殿下、神官としては差し出がましい指摘かもしれませんが、婚約は国王様が承認したものですので国王様の承認がなければ正式に破棄はできません。なのでとりあえず国王様が帰ってくるまでは大人しくしておくのが賢明かと」
さささ、とご令嬢の方へと近づき腕を拘束、グイグイと引っ張りながら部屋を出る。今はとにかく聖女がいなくなった穴埋めをしなければならない。神殿にいる聖女見習いだけでは足りないから、このご令嬢が少しでも役に立ちそうなら活用する他ない。
「え、ちょっと……!」
「あ、おい!フィオーラ!」
外交に出ている国王陛下は明後日にでも帰ってくるだろう。殿下と婚約破棄に関しては私にできることはない。私は一刻も早く、聖女の結界を維持する手立てを用意しなくては。
☆☆☆
「あぁ、おかえりサラ神官。ちょっと僕考えたんだけどね、やっぱりさっきみたいな強引なことは良くないと思うんだ。何か僕にしてほしいことがあったらもっと慎重に話し合って……あれ、どちら様?」
「フィオーラ・マクレー伯爵令嬢様です。今日から聖女教育を受けたいとおっしゃるので殿下のところから連れてきました」
「おぉそうか。聖女見習いの方が増えるのはありがたいからね。……ん?殿下のところからってどういう意味だい?」
「あとはよろしくお願いしますね大司教様」
伯爵令嬢は理解が追いつかないのかされるがままだ。そんな彼女をチョロ……お優しいユグノ大司教様に押し付け、私は神殿にある聖女様の祈祷室へと向かった。
王城と神殿はすぐ隣に位置している。創世の女神様と初代聖女様を崇めている女神教はこの国の国教であり、国内の聖魔法への適正が高い者から選ばれる聖女様は国の税や教会へのお布施を受け取る代わりにこの国を護る義務がある。
聖女様や教皇様をはじめとした教会の権威ある方々は王族や貴族にも劣らない権力を持っており、そのバランスを取るため王族貴族との契約結婚もよくあることだ。
聖女の仕事も、婚姻も、この国の国政に関わることであり、聖女や王子個人が勝手にどうこうできるものではない。
聖女様の祈祷室には大きな丸い宝玉が置いてある。ここに聖魔法を注ぎ込んで祈ると、この国を魔物の脅威から守る結界が張られる。今はまだ力が残っているけれど、もつのは3日が限界だろう。
元聖女は魔力こそ少なかったが聖魔法の扱いがとても上手で、少ない魔力で大きな力を注ぐことができた。今いる聖女見習いと神官が交代で宝玉に聖魔法を注いだとしても、結界の力が弱まってしまうことは免れない。
「とりあえず結界維持担当の交代表を作って、教皇様に事態の報告をして、あの伯爵令嬢の聖女教育を進めて……」
宝玉の確認が終わったところでやる事を整理しながら祈祷室を出る。
問題は山積みだ。当代の教会にはポヤポヤした方が多く、このような面倒事の対処には不慣れな方ばかりだ。大司教様はあんなだし、他二人の大司教様もこのようなことには無関心だし、教皇様は絶対に私に押し付けてくる。平の神官のはずなのに、私がどうにかしないとこの国が終わる。
「あら、サラ神官。難しい顔をしてどうなさったの?」
「この国のピンチですよリナ神官。詳しくは後で教皇様に説明させますが、リナ神官にも手伝ってもらうことになります」
「あら、そうなのね。大変。私にできる事なら協力するわね」
本当に大変だと思っているのかは分からないけど、教会の方々はみな快く協力してくれると思う。
教皇様のお部屋は他の神官の部屋と同じ造りになっており、中もかなり質素だ。これは質素堅実を心がけているというより、教皇様が面倒がって神官時代からずっと同じ部屋を使っているためだ。
あっさりと私を部屋に通した教皇様は、初めは話半分という様子で私の話を聞き流していたが、徐々にことの重大さに気がついたのか真剣な表情へと変わっていった。
「成程、事態は把握した。……国王がお戻りになられたら私も彼と話し合う場を設けよう。結界維持の件はサラ神官に任せた。ユグノ大司教を呼んできてくれるか?」
「はい、承知しました。それと、教会の方々に協力を仰ぐため、教皇様から事態の説明をお願いしたいのですが」
「……それは私でないと駄目か?」
「駄目です」
駄目に決まってるでしょ私はただの神官だぞ?
教皇様は隙あらば怠けようとする人だけど、これでも教皇として最低限のことはしているし、何より優秀な聖魔法の使い手なのだ。結界の維持も最悪の場合教皇様の助けも必要になるかもしれない。
聖魔法への適正は基本女性の方が高くなりやすいため、男性でありながら聖魔法の優れた使い手である教皇様は昔「神童」なんて呼ばれていたらしい。教皇という立場上、有事に備えて気軽に魔法は使えないが、国の一大事となればお力を借りることもできるはず。
☆☆☆
婚約破棄騒動の翌日、事情を聞きつけた国王陛下が外交を中止し大急ぎでお戻りになられ、教皇様と会談なさった。王太子殿下は王城内の自室にて軟禁中だ。伯爵令嬢のフィオーラ様は聖女教育のための神殿の宿舎に軟禁され、逃亡中の元聖女と騎士はいまだ国内を移動中とのことで国の暗部が見張りについているそう。
ちなみに情報は全て教皇様に一方的に共有された。なぜ私に?と訊いたものの、笑ってはぐらかされた。
そしてまた教皇様におつかいを申しつけられた私は聖女教育の学舎に来ている。
「リナ神官、どうも」
リナ神官は聖女見習いの一人として聖女教育の教師を務めている。ポヤポヤしてる人だけど教え方は上手い。
「あら、サラ神官。本当に大変なことになったのねぇ。結界や聖女様のご公務の方は大丈夫?」
「はい、どうにか神殿の人員総出で維持しています。ご公務の方もとりあえず体調不良ということで取りやめています」
でも、ご公務も長く休む訳にはいかない。特に国民との交流の場でもある聖女様による治癒と加護の施しは、聖女という存在自体に対する国民の支持にも大きく関わってくる。この国で普通に暮らしている人々からすれば結界のありがたみは感じづらい。聖女様が直接施しを与えることで、聖女という存在がちゃんと国に貢献していることを示しているのだ。
「今日はフィオーラ様に会いにきたのですが、彼女はどんな様子ですか?」
「うーん、本当に聖女について全然知らないようだけれど、お勉強自体は素直にしてくれているわ。褒めるとのびる子みたいで。魔力と聖魔法への適正は抜群ね」
リナ神官がフィオーラ様のいる部屋へと案内してくれる。
聖女見習いは全員が神官というわけではない。魔力があり、聖魔法への適正がある王国国民であれば誰でも聖女見習いとして教育を受けることができる。
教育期間中は原則として神殿の宿舎で過ごすことになるが、その後は神官になり神殿で働くもよし、俗世に戻ってもよしだ。聖女見習いの神官はだいぶ待遇が良いので、平民の子はそのまま神殿で働く子が多い。逆に貴族は教育の一環として聖女教育を受けさせ、その後社交界へという方がほとんどだ。
また教育期間も様々で、貴族は短期間で終える場合が多く孤児などは幼少期から働ける年になるまでいることもある。
「フィオーラさん、サラ神官がいらっしゃいましたよ」
「リナ神官!」
リナ神官に呼ばれて、フィオーラ様は笑顔で駆け寄ってきた。昨日の今日でこんなに懐いてるとは、リナ神官恐るべし。
「げ、あなたは昨日の強引な……」
「昨日は大変失礼しました。今日はちょっとお話ししたいことがありまして」
リナ神官は仕事があるため退出した。
私達は小さな机を挟んで対面する。少し警戒されているようだが、リナ神官に対する信頼からか拉致犯に対する態度としてはかなり友好的だ。
早速本題を切り出す。
「フィオーラ様は本当に殿下と結婚したいのですか?」
「え?」
フィオーラ様はポカンと口を開ける。大変間抜け……いや可愛らしいお顔だが、やはり貴族にしては礼儀作法がなってない。それでも元聖女よりはマシだけど。
「フィオーラ様、おおまかな聖女の仕事は最初に習いましたね?」
「ええ、国民への施しや挨拶などのご公務と、結界を張ることでしょう?」
どや、とした顔をされる。それはかなり一般常識に近いんだけど……まあ褒めてのびるなら。
「そうです、よく覚えていらっしゃいますね。どれもこの国を守るため、民を守るための大事な仕事です。では聖女マリエ様がいない今、この仕事はどうなっていると思いますか?」
「今は聖女がいないから、誰もこの仕事はできないわよね。じゃあ、今は結界を張って国を守る人がいなくて、治療を受けたくても誰も治せないってこと!?」
「おおむね正解です。もちろん神官でも結界の維持や人々の治療はできますが、聖女の力にはおよびません。フィオーラ様がどれほど聖魔法の適正があっても、今はまだ使い方を学んでいないためすぐに聖女の仕事をこなすことはできません。これも簡単な聖魔法を使ってみるという授業を受けて体感なされたかと思います。さて、殿下とあなたがなさったことの重大さが分かりましたか?」
「わ、私、なんてことを……」
素直で物分かりの良い方のようで安心した。彼女は本当に自分が何をしているのかわかってなかっただけのようだった。
「殿下は王太子ではなくなるでしょう。王子でさえなくなるかもしれません。聖女を身勝手に追放するのはそれほどの罪です。殿下と結婚しても王妃にはなれません。それでもまだ、フィオーラ様は殿下と結婚したいと考えていますか?」
彼女が「聖女に選ばれて王子と結ばれ、みんなに愛され祝福されながら暮らす」という御伽話のような未来を夢見ているのであれば、それは叶わない。仮に殿下と結婚できたとしても、待っているのは大罪を犯した王子とそのきっかけとなった彼女に対する世間の厳しい反応だけだ。
「でも殿下は、ユール様は……私を必要だと言ってくれた人で……」
「……父親にも必要とされなかったあなたに唯一、ですか?」
「っ、なんでそれを」
婚約者のいる殿下に近づき、結ばれるために聖女を追い払った彼女の行為は許されざるものだ。でも、彼女もある意味可哀想な方なのだ。
彼女の父、マクレー伯爵は末娘のフィオーラ様に全くの興味関心を抱かなかった。跡継ぎの長男と他家との婚約をしている二人の娘がいたマクレー家には、これ以上の女の子は必要とされていなかった。
それでも幼少期はマクレー伯爵夫人が夫が見放した娘を大切に育てていた。しかし夫人が亡くなり、フィオーラ様の面倒を見る人は誰もいなくなった。伯爵は使用人達に世話を全て任せ、最低限の教育は必要だと思ったのか家庭教師を数人当てがい後は放置した。伯爵から軽んじられている娘がなめられないわけがない。家庭教師達も形上は授業をしているように見せながら、適当に時間を潰してフィオーラ様の教育はしようともしなかった。という話を教皇様経由で国王様から聞いた。
だから彼女は貴族としての知識も一般常識も知らず、愛に飢え、御伽話に憧れて王子に近づいていったのだろう。
とりあえず伯爵は地獄に落ちた方がいい。
「フィオーラ様」
彼女に近づき、手を握る。
ここが正念場だ。
「今、教会はあなたを必要としています。聖女がいない今、あなたの聖魔法は国を救うでしょう。長い聖女教育が必要な上、聖女を追い払ったという罪があるため正式な聖女にはなれませんが、聖女見習いとして、あなたの力は国を守るための力になります。どうか神殿で働いていただけませんか?」
ここで彼女の力を逃すわけにはいかない。
集中的に教育すれば、結界の宝玉へと聖魔法を注ぎ込み結界を張ることは5日もあれば一応はできるようになるはず。それまでどうにか神官達で結界を維持すればいい。
彼女が王子と一緒にいたいというなら聖女見習いになることは難しい。王子は最悪の場合国外追放もあり得るし、聖女見習いになれば聖女教育と代理の仕事でかなりの時間を拘束してしまうだろう。のうのうと王子に会う時間など取れない。
「この国を危機にさらしたことに罪悪感を抱いているのなら、国のために働くことで償っていただけませんか?あなたが必要なんです!」
「わ、私は……」
彼女は誰かに必要とされたいのだろう。ここぞとばかりに「必要」と強調しながら畳みかける。
絶対に彼女には働いてもらわなければならない。そうしないと神官達が全員過労で死ぬ!
「……私にできることがあるなら、お役に立ちたいです」
「ありがとうございます!!」
これで神官達は救われた。
あ、彼女の気が変わらないうちに署名をしてもらおう。あと教皇様の伝言も。
「ではここに聖女教育を受ける旨を確認したのち署名を。あとフィオーラ様の処遇に関しては後々国王陛下や教皇様、マクレー伯爵が決定なさるそうなので、フィオーラ様はここで聖女教育を受けながらお待ちください」
「え、えぇ……え?これ騙されたのではないわよね?」
☆☆☆
深い森の中、王国と隣の共和国が面している国境にある門にて一組の男女が止められていた。
「なぜ、私達が共和国に入れないの?」
「少々お待ちください。ただいま身元の確認中です」
「もう何時間待ってると思ってるのよ!私はただの平民よ、どうしてそんなに時間がかかるのよ!」
「おい、俺たちを妨害しているのであればこちらも黙ってはいないぞ」
元聖女の隣にいた騎士が剣に手をかけ、衛兵を脅す。だが衛兵は態度を崩すことなく、「お待ちください」の一点張りだ。
「どういうことなのよ!」
「それはその身分が偽装だからではないですか?」
「え、あんた……」
元聖女のマリエが私を見て驚いた顔をする。
流石に王子の一存で本当に聖女を追放できるとは思っていなかったのだろう。国境で止められた時のために身分を偽装していたようだ。
王子の知人にそれとなく婚約破棄の話をさせることで王子を唆して婚約破棄と国外追放に踏み切らせ、自分は被害者を装って身分を偽り騎士と共に隣国へ逃げて新しい生活を始める。ずいぶんと用意周到だが、それにしては国内の移動が遅すぎだ。国王が外交を放り出してまで帰ってきたこと、我々の対応が早かったことで彼女達が国外へ出る前にこうして先回りできた。
そもそも馬を全速力で走らせれば5時間くらいで着くのに、それを3日もかけて馬車で移動していたのだ。最後の詰めが甘いと言わざるを得ない。
「あなた方を国外へと出すことはできません」
「……そう言われても、私はもう聖女にはなりたくないわ」
「聖女はクビです。魔力を封じたのち国内の地方教会で過ごしていただきます。騎士さんの方も騎士の称号を剥奪したのちご一緒に教会へ行ってもらいます」
「は?私は王子に婚約破棄されて理不尽に追放までされた被害者よ?どうして私がそんな扱いをされるの?」
「そうだ。しかも俺まで」
本気でそんなことを言ってるのか?
あなた方の自分勝手な行為でどれだけの人が苦労したか、特に私がどれだけ尻拭いをさせられたか、全く分かっていない。
そもそも聖女の仕事を放棄するのは立派な「犯罪」だ。
「殿下の婚約破棄も追放令も国王陛下の了承を得ていない時点で効力を持たないことは分かっていたはずです。少なくとも、私が引き留めた時点で神殿に留まるべきでした。聖女がいなくなればこの国が危機に晒されることは十分に理解しておられましたよね?仮にも聖女だったんですから。聖女の仕事は「義務」であり、仕事を放棄するのは国家転覆にもあたる「大罪」です。今回は殿下にも責任の一端があるのでこの程度の処遇で済んでいますが、本来であれば投獄ののち処刑されていますよ?」
「でも、そんな大罪人なら余計国外追放にすれば良いじゃない」
「聖女の力は強大です。国外追放したとして、万が一聖魔法がまた使えるようになれば我が国の脅威になります。消されないだけマシですよ」
「け、消される?」
現在王国は周辺国家と非常に友好的な関係を築けているが、もし戦争になった際に相手国に何人もの兵士を瞬時に癒せる聖魔法の使い手がいれば、それは大きな脅威となる。
元聖女はそこまで頭が悪くはなかったと思うけど、そんなに聖女が嫌になったんだろうか。義務である仕事を毎日させられ、好きでもない男と結婚させられるのは精神的にかなり辛いものなんだろう。でも聖女になる時に了承は得ているし、それが国民からの支持で生活できている聖女の役目だから仕方のないことだ。
「……彼女の罪は分かった。だが俺は何もしていない」
「何言ってるんですかこの人を手助けした時点で犯罪者ですよ」
え、本当に本気で自分が無関係だとでも思っていたんだろうか?これだけ用意周到で逃亡時も一緒にいるということはお前も企画段階から知っていたんだろうに。
「王国騎士団があちらにいるので、彼らについていってください。抵抗しなければ拘束はされませんよ」
「……ちょっと待って。そもそもどうしてあなたがここにいるのよ?ただの神官でしょ?」
今更?でも、それについては私も疑問なのだ。
「国王陛下に、教皇様に、大司教様に、その他大勢の権力者達に役目を押し付けられた結果です。私は一体誰の尻拭いをしているんでしょうね?」
☆☆☆
結局元聖女と元騎士は魔力と剣を取り上げられたのち田舎の教会へ監視付きで軟禁され、王子は王位継承権を剥奪されたのち王都から離れた領地へと送られた。王族としての籍があるだけかなり甘い処置だ。
フィオーラ様は貴族籍を剥奪され、現在は平民の神官として聖女教育を受けながら聖女見習いとして聖女の仕事を手伝っている。彼女もまた、この仕事を断っていたらもっと重い処罰が下されただろう。また彼女の父であるマクレー伯爵にも監督責任があるとして爵位を息子に譲り、王都への出入りを禁止された。やはり処罰が軽すぎるから地獄に落ちた方がいいと思う。
現在の聖女は聖女見習いの中で最も聖魔法に優れていたアリアン神官だ。とはいえ歴代の聖女と比べてあまりに力不足のため、フィオーラ神官をはじめとした聖女見習い達で仕事を分担している。
聖女教育中でまだ10歳の子がかなり魔力も聖魔法への適正もあるため、少なくとも彼女が成人するまではこの体制になりそうだ。
私はといえば、これだけの仕事をしたにもかかわらずいまだただのひら神官。魔力も聖魔法への適正もほとんどなく一部の仕事ができないから、私が昇級して権力を手にすることは永遠にない。
私としては権力なんていらないから、ただ仕事を増やさないでほしいし押し付けないでほしいだけなのに、どうしてひら神官がこんなに働いているんだろう。
どうか、これ以上誰かの尻拭いをする羽目にはなりませんように。
読んでいただき、ありがとうございました。
面白いと思っていただけましたら評価や感想をぜひお願いいたします。
また現在長編の連載を開始しておりますので、よろしければそちらも読んでみていただけると嬉しいです。勘違いされ系一般人な少女がギルドマスターに祭り上げられちゃったお話です。