音符が散歩
音羽さんが愛用されているオカリナは、ふいに時々一つの音色がならなくなる時があります。
ならなくなるのは、だいたい日曜日の夕方頃です。
趣味でオカリナを吹く音羽さんは、音色がならなくなるその時には演奏をストップして元に戻るタイミングを待っているのです。
(初めてならなくなった時はビックリしたけど、理由が分かれば馴れたモノね)
音羽さんの肝はしっかり座っています。
オカリナがならなくなっている理由を音羽さんはちゃんと知っています。
ならなくなっている音色、つまりその『音符』のファ―ちゃんが、お散歩に出掛けているからです。
『ファ、ファ、ファ、ファ……』
『リンゴー……ン』
『音符』のファ―ちゃんはいつも決まった日に教会に在る鐘の音色を聞きに出掛けています。
ベルちゃんという名前の鐘は少し錆びているせいで音色があまりよくないようでした。
錆びた音色を少しでも綺麗にしようと、ファ―ちゃんがベルちゃんの音色に合わせて歌っていたんです。
ベルちゃんの錆びた音色にファ―ちゃんの通る音色が重なれば、無敵の音色が響きます。
「今日の鐘も綺麗な音色だね」
人々は皆、日曜日に響く教会の鐘の音色が好きです。
綺麗な音色のハーモニーを届けると、ファ―ちゃんは音羽さんが待つ場所へ帰ります。
〈ありがとう、ファ―ちゃん。また来週〉
〈はい、また来週歌いましょう〉
二人だけの音色が、空を響き渡ります。