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5 煌びやかな笑顔の下

 「ちょっといいかしら?」


 武術訓練が終わり、前の席の二人と話していると、またもや会話を切ってヴィクトリアが現れた。

 

 今朝と変わらない微笑。

 クラスの様子がどこかおかしい事に気がついた。


 「今から時間はありますか、ロビンさん?」

 昨日の夕方、今朝。その笑顔はどれも変わらない。クラスの空気が変わったのにも気がつかないのだろうか?

 

 まぁ断る理由もないので、二つ返事で答えた。


 「では、待ってますので」


 彼女は教室を出て行った。どうやら聞かれたくないことらしい。場所を変えてということは……いいだろう。こちらも聞きたいことがあるので都合がいい。


 「……なぁロビン、オルウィンとどういう関係なんだ?」

 「……うん、気になってた。移動してる時も一緒だったし」


 彼女が消えた直後、アンナとヴァルドから矢継ぎ早の質問が飛んでくる。

 彼女が去ったことで肩の荷が下りたというか、安堵したかのように見えた。


 (……二人だけじゃない?)


 見れば、他のクラスメイトもそういう感じだった。……ガレシアンの女生徒なんかは特に分かり易く溜め息をついていた。


 「昨日、会ったばっかりだけど」

 ヴァルドとアンナは、疑わしいと言わんばかりにじぃっと見つめてきた。

 ……何もしてない、とまでは言わないが、特別悪い訳ではないだろうに。


 「……怒らせるなよ、貴族様を」

 「大げさだな」


 ヴァルドの言い方が妙に真剣だったから思わず笑ってしまったが、二人は訝し気。すると小声でアンナが耳打ちしてきた。


 「いざという時には、頭下げなきゃダメだよ?」


 ……なんというアドバイスだろうか。同級生だというのに上下関係が既に……そんな筈はないだろう。親が偉くても子が偉いという訳ではないと思うのだが。


 「行ってくるよ」


 二人に別れを告げ、鞄を担いで教室を後にした。突き刺さる視線に気づかない振りをしながら廊下に出ると、ヴィクトリアが待っていた。窓から差し込む夕陽に、彼女の長い金髪は本当に映える。


 「おまたせ」


 こちらの顔を見ても、やはり彼女は微笑を浮かべていた。移動しながら話しましょうかと言われたので、ヴィクトリアの横に並んだ。


 「……やはり面白いですわね」

 「何が?」


 こちらが横に立つと、彼女は狐に摘ままれたような顔をした。なんでもありません、と彼女は首を振る。

 「そういえばロビンさん。もう校舎は把握しましたか?」

 仕切り直すように彼女は尋ねてきた。……そういえば、どうして彼女はこんなに世話を焼いてくるのだろうか。

 「いや、授業が多くて全然だよ」

 「そうでしたか……では、話をするのを兼ねて探検でもしましょうか」

 大貴族のご令嬢が、らしくないことを言いだした。探検なんてしたことが彼女にあるかどうかは知らないが……実はそういうのに憧れているのだろうか? なんだか可愛らしい気がして来た。

 「ロビンさんはどれ位の期間、剣を学んだのですか?」

 「……十二年、だったかな。ほとんどの時間を修行に費やしていた気がする」

 「……そうでしたか。まぁ……握手した時からそうだろうなとは思っていましたが。本当に驚きました」


 彼女は珍しく小さな語気で話した。……なるほど、昨日手のマメに触れてみて予想したのか。

 「……天源一刀流。初めてお目にかかれましたわ」


 名前すら知らないと思っていたので、意外だった。自分の学んできた剣を疑ったことはなかったが、知られるはずがないと思っていた。

 特にこんな離れた土地で、だ。


 「わたくしの家に伝わる『魔杖抜剣術』には、貴方の流派が取り入れられています。歴史を遡れば、天源一刀流はオルウィン家と切っても切れない縁だったと、わたくしのお師匠様が言っておりましたわ」


 老師曰く、

 「天源一刀流をかつて知らぬものはいなかった」

 だそうだ。

 確かに兄弟子たちは凄い方ばかりだったが……何分僕は世間を知らなかった。今時、輝石(クリアス)製の日用品に触れた事がなかったりと、本当に珍しい部類の人間なのだ。

 そんな彼らとヴィクトリアが繋がっていたかもしれない未来……不思議なものだ、と何処か他人事のように彼女の話を聞いていた。


 「歴史が違えば、同じ門下生だったりしてな」

 

 二人は練武棟の方まで来ていた。野戦用グラウンドだったか? だだっ広く作られた人工の大自然が見える。よく見れば、馬に乗った生徒が走り回っている。馬術の訓練だろうか? ロビンに乗馬の経験はないので、今から出来るか不安になってきた。


 「……魔術の訓練場もありますわね。変性、錬金、召喚……前準備に手間のかかるものも多いですから、必要になってくるのですね」

 「……魔術は、分からないかな」


 身術、という肉体と魔力を用いる技術は、剣というところで自然と学んでいるロビンだったが、魔術は違った。

 魔術も立派な戦闘技術だが、学問という側面も強い。学のない自分にとっては未知数だ。  

 

 無論、学ぶ気力はある。それがどうなるかは分からないが。


 それから二人は一通り校舎を見て回った。練武棟から一般棟に戻って来た僕たちは、再び一年Ⅰ組に戻って来ていた。誰もいなくなった教室は、昨日と変わらない光景だった。


 「……広いな、この学園」

 「えぇ。なんといっても世界三大の一つ。設備も最高クラスでしょう」


 下手すれば一時間近く歩き回った。少し歩き疲れたのか、教室に戻るとヴィクトリアは自分の席に座った。


 「……なぁ、そろそろ説明してくれないか」

 「……えぇ、分かりました」


 彼女は相も変わらず微笑を浮かべている。日が傾きだしたことで、その表情に陰が差しているように見えた。


 「……ロビンさん、派閥というものをご存知ですか?」


 彼女は真剣な様子で話し始めた。

 無論、田舎者には分かるはずもない。


 「貴族間でも、この学園は将来の足場となっております。この学園で戦力を取り入れ、他の家に力を与えないように立ち回らなくてはいけない。有力な人材を取り込み、信頼のおける仲間を作ること。……一般生徒のみならず、上流階級には特有の争いがあります」

 縁遠い話だなぁと、少し他事のように思いながら少し、()()()()()()()()


 「今日の戦いを経て感じましたわ。貴方の力を、ぜひわたくしの元で振るってほしい。この学園でいずれ行われる貴族間の戦いに、貴方も加わってほしい」


 彼女の語気が強くなっていた。どういう戦いか分かりはしないが、家を背負って戦う、誇りに懸けて戦うということは理解できた。


 「もちろん悪いようにはしませんわ。貴方に、わたくしの側近になってほしい。貴方がどういう将来を望んでいるかは分かりませんが、それの協力は惜しみませんわ。オルウィンの名に懸けて果たして見せますわ」


 ヴィクトリアは、とても真っすぐにこちらの目を見て話してくれた。いつも浮かべていた微笑は消えていた。可憐さは身を潜め、美しさが彼女に宿っていた。


 「……僕に貴族の問題は分からない。事情なんか知る訳がないし、説明されてもたぶん理解は難しいと思う。生まれが何より違うからね。

 でも君が困っているなら、僕が君の力になれるのなら喜んで手を貸す」

 まるで告白だ。しかしどういう訳か、僕の心は揺れ動くことはなかった。……その理由は、自分でもよく分かっていた。


 「……だけど、それを言うなら一対一で相談してほしかったな」


 「……気付いていましたのね」

 彼女の真剣な表情が、崩れた。いつもの微笑に戻ったのだ。その時、彼女のいつもの笑みは、何かを偽る為の笑顔なのだと理解した。


 「信じたいけどね、後ろに兵隊を率いているヒトのお願いなんて信用できそうにない」


 気配があったのだ。学園を探検している時から。始めは貴族のヴィクトリアが平民の僕を連れて歩いていることに視線を感じているのかと思っていた。

 だが、再び一般棟に戻った時の視線は、種類が変わっていた。まるで品定めをするような視線……なにより僕は、悪意の視線には特に敏感なのだ。


 「……わたくしは執着の強い性質だと、自分で理解しています。そして、欲しい物を手に入れる為に努力を忘れたことはありません。……どういう事か分かりますか?」


 試すような、嘲笑うかのような視線……こういう視線は好きじゃない。まるで自分が遥か上から見下ろしているのだと、そう言われているみたいだから。


 「なら僕がその初めの一人だ。君がそういう風に来るなら相応に返すさ」


 ロビンは鞄をもう一度担ぎ直した。そのまま彼女に背を向け教室を後にする。


 「今日はやめておきましょう。ですが明日から、覚悟しておいてください」


 よく通る大きな声で彼女はそう言い放った。きっと遠くの方まで聞こえたはずだ。その時、ロビンが感じていた視線が変わった気がした。


 (……そちらこそ、覚悟しておけよ)


 くすぶっていた火を隠そうとしていた。しかし、もう気にする必要はないだろう。あの男に繋がる手がかりを、ここで失ってたまるか。心に火が灯るのを、誰にも止めさせやしない。


 まさかこんなにも早く巡り合うなんて、強く拳を握り締めた。……その時だった。消えたはずの視線が、再び向けられていた。


 (……嘘つきめ)


 校舎を出ようとしたが、もう一度校舎に戻った。そして今度は校舎内からではなく校舎をぐるりと外から回り込む形で歩いた。

 視線が消えないことを確認し、さっき窓から見ていた野戦用グラウンドに向かった。この夕暮れ時に馬術をやっている生徒はもういなかった。


 この広い空間に一人。

 ……そして、後ろにもう一人。


 「……今日はもう来ない。そう彼女が言ったのを聞いていなかったのか?」


 反応は、少ししてから来た。無言で、それは堂々とロビンの目の前に現れた。

 「これはわたしの独断。関係ない」

 誰かと思った。しかし、そんな目立つヒトを忘れるはずがなかった。

 「……君は」

 

 銀色の短い髪、金の目、猫の要素が強いガレシアンの少女(サリ)。……忘れるはずがない。


「試させて」

 引き抜かれた双剣が、こちらに向かってきた。


 

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