4 古き刀、尊き剣
「それでは、始め!」
号令の瞬間、両者は飛び出した。
魔力によって強化された脚力。
距離の図り合いも様子見もなく、一直線にお互いに向かっていた。彼女は自由だった右手を素早く柄に、そして鞘から高速で抜き放った。
抜刀術という技術だ。刀身を隠し、魔力によって強化された剣の速度に、普通の剣術にはない意表をつく動き。この要素が集まって出来る技術。
(知ってる)
抜刀術はレムリアではほとんど伝わっていない。
しかし天源一刀流には同じ技がある。
……その上、この動きは知っている。僕にだけ、分かるのだ。
抜き放たれる騎士剣を跳躍して躱し、お互いの位置を逆転させる。
頭上から刀を振るう。彼女はなんとかその動きに反応しそれを防ぐが、無理な体勢に加え頭上という高低差が、剣の重みを変えた。鋼のぶつかり合いの音が訓練場の広い空間に響いた。
床に降り立ちながら鍔迫り合いに持ち込み、冷静に押さえ込む形に持って行く。そうしながら、彼女の持つ騎士剣の刀身を眺めた。
「珍しい剣ですわね……!」
「そちらこそ、随分と豪勢な剣だ」
ヴィクトリアはこちらの刀の物珍しさを眺めながらも、歯を食いしばっていた。
反対に、こちらは有利な状況で押さえ込みながら観察していた。
この騎士剣の刀身には、術式の刻まれた輝石が四つも取り付けられていた。
赤、青、黄、緑
そして柄尻にある白。合わせて彼女には五つの属性を操る術がある、ということだ。
各属性を司る輝石は燦然と輝き、どれもが相当な値段のする戦闘用の物だろう。刀身にもそれを補助する為の術式が刻まれていて、芸術品と見紛うような一振りに、見惚れかけてしまう。
「これは飾りではありませんわよ!」
次の瞬間、ヴィクトリアの魔力が急速に動いた。青が光を帯び輝きを放った。
思い切り剣振り抜き、そして切っ先から氷を纏った矢が放たれる。
水属性破壊魔術、アイスランス。
「っ!!」
突然の魔術にすかさず屈んで氷の矢を躱す。
鍔迫り合いが離れたのを見計らい、彼女の騎士剣が振られる。微かに見えた刀身と、そこに宿る光の色は、緑。
再び切っ先から、空気の歪む力が放たれる。
風属性破壊魔術、ウィンドカッター。
緑の輝きを放つ、薄い刃。迫る斬撃を刀で弾きながら後退するが、向こうは止まらない。渾身の突きを放ってくる。……しかし、それに輝石の輝きはなかった。
肚を括り、魔力を高速で走らせた。
体は車輪のように規則的な回転をする。刃を躱しつつ強引に迫り、頬を騎士剣がかすめた。熱い物が頬から流れ出ながら、彼女の懐に潜込んだ。
天源一刀流、無手の型 払い草鎌。
ヴィクトリアよりも低い姿勢で繰り出した、床を削るような鋭い払い蹴りは彼女の完全に意識の外だった。躱すのではなく潜り込む。その胆力に彼女は動けなかった。膝裏を払い抜き、魔力の込められた蹴りの威力に、彼女は耐えられずに床の上を転がった。
「……このっ! 卑怯な……」
「歴とした剣術だ」
床に突っ伏したヴィクトリアの眼前に刀を突きつけた。彼女はどうにか視線を動かすが、目の前に切っ先があってはどうしようも出来なかった。騎士剣を手放す。
「そこまで!」
しゃがれた大声が響き渡った。勝敗の決した二人は魔力の循環を抑え、元の緩やかな力の流れに戻していく。すると、わっという歓声が起こっているのにようやく気がついた。
「……悔しいですわ」
「……勝ったついでに聞かせてくれないか?」
歯ぎしりでもしそうな彼女に何か言ってやりたかった。いつものお嬢様然とした姿はなくなり、彼女のらしさが見えた気がしたのだが……こちらにとってはそれどころではなかった。
「その剣術は、君の家に伝わる秘伝か?」
「……えぇ。ちなみに、まだこの剣の真髄は……」
ヴィクトリアはくどくど、いかにオルウィン家の剣が歴史あるものかを語っていた。しかしそれはほとんど聞いてはいなかった。頬を伝う血を拭いながら、刀を鞘に収める。
(……見つけた)
レムリアでは珍しい抜刀術。
記憶と重なる彼女の構え、動き。全てがソレと一致していた。
周りの生徒が二人の戦いに拍手を送る中で僕は静かに、しかし確かに決意を新たにした。
(この巡り合わせ……絶対に逃すものか)
腹の中で、炎が沸き起こっていたのだった。