3 田舎者は勉強はできない
幾つかの授業を終え、昼下がり。
慣れないこと続きで頭が疲れるなんてものじゃなかった。
本日最後の授業は武術訓練だが、それはさすがに教室で行われる訳ではない。
「さぁ行きますわよ」
もちろんヴィクトリアだ。
心なしかテンションが高い。
「授業はどうですか?」
教室を出て教室から別棟の校舎…練武棟とも呼ばれている場へと向かう。クラスメイトに続いていく中で彼女が尋ねてきた。
「それが……あまり順調じゃない。毎日勉強しないと追いつく気がしないよ」
「あら、まだ始まったばかりですよ?」
「そう、だから焦ってる」
彼女は笑っていたが、こっちにとっては冗談ではない。
「田舎者には辛い環境だ」
「都会者には有利、と?」
「僕が読み書きを覚えたのは三年前なんだ。しっかり勉強を始めたのは一年前…これでも相当必死に詰め込んで試験に合格したんだ」
ふむ、とこちらをじっと見るヴィクトリア。
何を言い出すのか、待っているらしい。
「勉強を見てくれる司祭さまが村に訪れるまで、当然一人で勉強するしかないからね。
本も届くのなんてずっと遅い。一つの本を貪るように読み漁ったよ」
「図書室は生徒の勉強できるスペースとして使えるそうですよ。いつでも開放されているみたいですし、使われてみては?」
「へぇ。図書室!」
「いい反応ですね?」
「自由に読んでもいい本がずらりと並んでいるんだろう? そんなの行ってみたいに決まってるじゃないか!」
いい事を聞けてよかった。彼女に感謝だ。
「熱心ですわね。学院に来られて、本当に楽しそうですわ」
なんだか彼女も楽しそうだった。
多分だが、ヴィクトリアにとって好ましい言葉が出たのかもしれない。
「よし、全員いるな? それじゃあ第一回の武術訓練を始めるぞ」
腹の底に響きそうな教官の低い声。
これまでずっと大声を出してきたような特有のしゃがれ声は、見た目の分厚さも相まって歴戦の男だと感じさせる。
「今回はこれからの訓練の目安と、実習に向けての班分けを考慮した、軽いテストを行う。まずは誰でもいい。二人一組になれ」
来た。どうしようかとクラスがざわつく中、移動の際から隣にいたヴィクトリアがこちらを見て頷く。
「参りましょう」
「一番目、か」
正直に言うと不安だった。
勝つにしろ負けるにしろ、勝負をする訳だ。剣を交えれば自然と白熱し、大きな怪我に繋がるのではないかと。
フェミニストを気取る訳ではないが、女性相手…しかも大貴族のお嬢様相手だと更に気が進まなかった。
「うむ早いな! 二人共、得物は持っているな?」
教官は僕とヴィクトリア、正確には二人が担いでいる袋を見た。
頷き、広い場所でそれを広げるのを見て、彼は両者の間、審判としての立場をとった。
「相当高価そうだ」
「まごうことなき名剣、ですわね」
彼女の手には、鞘に収まった一振りの騎士剣。
見事というべき物だった。
柄頭に収まっている宝石に似た石は、輝石と呼ばれるものだ。自身で練り上げた魔力を炎や氷へと変える。多くの武装で用いられている代物で、それ自体はそこまで珍しいものではない。
色は金色の光を内包した、輝く白輝石。彼女の魔力が、光の属性に特化しているのだと分かる。
相当に珍しいことだ。
基本である地水火風の四大属性。
その上位ともいえる、光影の起源属性を扱える者は、かなり少ないのだ。
刀身は伺えないが、収められた鞘も当然値打ち物。オルウィン家の刻印がなされている。これは一本で何ヵ月分の生活費になるのかと、田舎の貧乏人は考えてしまう。
彼女はベルトとホルダーを巻き、その剣を左腰に収めた。左手で鞘を押さえつけ、右手を自由にして構えた。
「我がオルウィン家に伝わる剣技、お見せしましょう」
見栄を切りこちらを見据える瞳はその空色の輝きも相まって、とても煌びやかで犯しがたく見えた。
とはいえ、こちらも武人の端くれ。
ここまで来てだらだらと戦いたくないとごねるつもりはない。
袋から取り出したのは、一本の特殊な剣。
黒漆で拵えられた鞘、赤い糸で縛られた柄、倒卵型の鍔。
その赤い柄を引き抜くと、刀身が現れる。
鋼色に、波打つ刃紋が水で濡れているような美しさを放つ。
刀身が天井の照明を返す。
剣の名は「灼噛み」。
正確には刀という。自分の修める古流剣術には、もっぱらコレが使われるのだ。
静かに刀を降ろし半身になる。刀身を隠すような構えに、そもそも特殊な形の剣にやはり周りはざわめくが、その声はもう届かない。
「天源一刀流を似って、お相手つかまつる」
ざわつきは止まらないが、両者の間はぴたりと空間が止まったかのように静かだった。
「それでは、始め!」