2 注目の理由
翌日
早くも出来つつあるグループに、少し気後れする。ちょうど前の席で談笑していた女生徒がこちらに視線をやった。
そういえば、と分かり易く流れを変え、
「昨日の騒動を止めたの、ダリルブラント君だよね?」
話しかけてくれた。童顔に栗毛、小柄に人懐っこそうな笑顔が印象的な女生徒だ。
「目立つ見た目だったから、かなり覚えてるぞ」
もう一人、利発そうな目力のある短髪の男子生徒も加わってくれる。
「ロビンでいいよ。アンナとヴァルド、だよな?」
童顔女子と目力男子は驚いていた。名乗っていないのに、と。
「名簿に書いてあったからな」
「そうか、何のだ?」
「そりゃマキ、うん、忘れてくれ」
昨夜、兄弟子にして担任のマキナが教えてくれたのだ。あんただけ自己紹介してなかったから、一応知っておきなさいと見せられた。多分駄目なことだった筈。
じとっとした視線が二つ。後ろめたいことは隠すのが難しいなぁ、もう。
「聞かないでおく。で、昨日の騒動だが、あの後どうしたんだ?」
「学院長に呼び出されたよ。まぁ見ていたヒトも多かったから、取り調べとかもなしにすぐ解放されたよ」
「そりゃそうでしょ! ロビン君どう見ても悪くなかったし」
食い気味なアンナ。見ていてくれたヒトはここにもいてくれたか。
「俺は微妙に遠かったから、何があったかあまり知らないんだよ」
説明してくれ、という意味だろう。
あたしも知りたーいと。息のあった二人から要求され、僕は話せる限り答えていく。
実際に振り返ってみよう。
新入生の集う講堂。
学院長が話し、新入生代表にヴィクトリアが登壇していたが、そこはあまり関係ないか。
誰にでも分かる、空気がひりついた瞬間が訪れた。
戦いが始まる前の、一瞬の静けさ。それが発生したのは僕のちょうど近くだった。大きな図体、線の細い体型、対照的な二人によるいさかいから始まったのだ。
「おり、とんがり耳」
明らかに嘲る大男。毛深く尖った耳からは犬の気配がする。言うなれば彼は犬系ガレシアンだ。
相対するは華奢で見目麗しい少年だった。称されたとんがり耳という言葉は明らかな侮蔑だ。
木の葉型の尖った耳、耳たぶの中心で光る宝石のような部位。
考玉と呼ばれる特殊な器官で、彼らが『ラレシアン』である証明だ。
武を尊び、力を求める傾向にあるガレシアン。
知を尊び、術の研鑽を望むラレシアン。
肌から合わない気質、血の色が滲む異種族の歴史。
いまだに根深い禍根は、火種になるには十分だった。
「お前、『フリューの突風』の小倅じゃねぇのか?」
当然僕は知らない。が、犬系ガレシアンの発したその単語に周囲がざわついた。
「だったら、何だ?」
平静を装うとしたラレシアンだが、目に見えて怒りを我慢している。どう見ても一触即発の空気に、固唾を飲んで見る周囲。
「いやなに、随分面の皮が厚いなって思っただけさ。おめぇんトコの両親がレムリアの兵士さん達にどんだけ問題を起こしたか、知らない訳でもあるめぇ。
あぁ、だからこそ、か。今度はレムリアの内から問題起こそうってか。そりゃ両親に似て...」
ガレシアンの言葉は続かない。
ラレシアンの彼が、瞬く間にガレシアンの頬を殴り飛ばしていたからだ。
肉体に秀でたガレシアンを吹き飛ばしたのもそうだが、ラレシアンの表情にも驚かされた。
氷が張り付いたような、冷徹極まりない…ヒトを殺しかねない形相。
まずいな。
周りを巻き込む喧嘩はよくない。
「手を出したのはそっちだぞ?」
「誇りに手をかけたのはそっちだ」
両者の中でうねりを上げる、魔力の反応。
方や力に、方や術に。
激突しかねない波動に巻き込まれたくない者が、ざざっと大きく距離をとった。
その流れにたたらを踏みそうになって、僕は偶然目に入ったのだ。
一際小さな子。銀色の女の子がいたのだ。
彼女は寝ぼけたような虚ろな様子で、今起きていることを認識していないようだった。
それが昨日の放課後、僕を待っていたあのサリだったとは、当時は思いもしなかった。
とっさに練り上げた魔力。唸りを上げて力の発散を求める僕の力が、幼い頃よりずっと習ってきた「型」を通して放出される。
高速で、音を不必要に出さない移動術。
無手の型、稲渡り。
周囲を置き去りにしていく速度で、巻き込まれそうだった少女の手を取り場を抜け出す。
なんとか被害を免れたことに安堵し、再び駆け出す。
今度は両者の間に割り込む。
放たれる剛拳、放たれた氷弾。
どちらもまっすぐに向かう軌道を、掌でなぞりいなす。
氷弾は壁に、決して誰にも当たらないように。
剛拳は回すように、透かしを食らいやり場を失ったガレシアンが覚束ない足取りでこちらを見るも、もう遅い。
「少しは周りを見ろ」
無手の型、払い草鎌。
魔力の乗った足払い。ガレキすら破壊するであろう技だが、同じく魔力を張った者ならなんとか耐えられるだろう。
茂る雑草を刈るように、横転して倒れるガレシアン。あまりの衝撃に素早く立ち上がれなさそうであった。
「お前もだ。危ないだろう」
ラレシアンの驚愕する顔。闖入者による事態の沈静化に、毒気が抜かれたのたろう。
「コラ、馬鹿弟子」
僕にしか聞こえない声量で、いつの間にやら間近にまで来ていた担任が体を締め上げる。
「すみません、他の先生方も協力お願いします。はい、この子はアタシが押さえますので」
素早く事態を防いだと思えば、もっと素早く取り押さえられるという失態を犯したのだった。
アンナとヴァルドは笑ってくれた。
「まーいいんじゃない。誰がどう見ても、ロビン君はヒトを助けたんだし」
「俺も教師ならまずお前を押さえる。でもお咎め無しだからいいじゃないか」
少し心配していた周りの目も、こうして言葉を聞けると安心してしまう。
「ロビンさん」
品のある声。談笑していた空気がぴたりと止み、教室中の視線が集まった。
「お話し中すみません、彼と話しておきたいことがありまして…」
ヴィクトリアだった。金色の流れる髪が朝陽に差し掛かり、昨日とは違い光る奔流のような清らかさがあった。
「あ、いえ、あ! えぇ、どうぞ…」
「ありがとう。すぐに終わるので…」
アンナは完全に飲まれていた。ヴァルドは何も話さず、じっと僕とヴィクトリアの間で視線を行き来させている。
「今日の武術訓練のお相手は決まっていますか?」
「あぁ……言われていたな、そういえば。
そういうのは教師が決めるんじゃないか?」
「上級生に聞いたところ、初日の訓練は各自でペアを決めるとおっしゃっていましたわ。ですので……」
あくまで授業。怪我にも迅速に対応できるよう回復法術を唱えられる術士が備えているのだろう。ここは名門で、そういう苦情なんかよく来るはずだろうし、抜かりはないだろう。……それより、彼女が意味ありげな視線でこちらを見つめてくる。
「えっと……ペア組むか?」
「はい!」
言わせたかったのかな?
妙にいじらしい所のあるヴィクトリアだが、それよりも見られていることへの緊張感のせいで、それどころではない。
「貴方の剣技、見せてもらいますわね」