表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/29

1 銀色の出会い

初めまして、火山竜之介という者です。

初投稿になります、どうぞ読んでいってください。

 「良い学院生活を」

 締めの言葉を聞き、僕は早々に部屋から脱出した。


 「……入学早々、とんだ有名人ね」

 「……別にやりたくてやった訳じゃないですよ」



 入学式も終わり、ほとんどの生徒は寮に帰っているだろう。僕が何故帰っていないかって?


 後始末だ。自分でしでかしたことへの。


 初日から学院長に呼び出される生徒なんて滅多にいないだろう。


 担任教師である妙齢の女性、マキナがくすくすと笑った。

 「早く帰りなさいな。どうせ明日から引っ張りだこよ」

 僅かに癖のある赤毛、すらっと長い背丈の割にメリハリのある体つきは、これまで幾度(いくど)となく目に毒だと思ってきた魅力の肢体(したい)

 

 こちらをかどわかす妖艶(ようえん)さは明らかにわざとだが、()()()()()()()()()から来る冗談なのだ。気にせず受け流してやろう。

 


 「教材は机の上に置いてあるわ。忘れずにね」

 「ありがとうございます」

 「もう、固いわねぇ。あの爺にトゲ全部抜かれちゃったの?」

 「僕は変わるって決めたんです。品行方正、清廉潔白(せいれんけっぱく)に生きるって」

 「無理よ。どれだけ隠しても(にじ)み出るのが本性。あなたの中の『魔神』は混沌(こんとん)と破壊を望んでいるわ」

 「マキナさん…!」

 「誰も聞いてないわよ。安心なさい」

 「ならいいですけど…」

 「それにしても、僕かぁ。可笑しいわね」

 「我とかよりずっとおとなしいでしょ?」

 「その一人称は論外もいいところよ」


 生徒と教官がする話にしてはいたく気安いが、二人にとっては当然の距離感、そこに疑念を挟むようなものはない。


 とある剣術流派の兄弟子と弟弟子なのだ。

 むしろ、ぽっと出てきた関係性の方が二人にとって違和感なくらいだ。


 「それじゃあね。()()()()頑張りなさいよ」



 そう言って彼女と別れ、一人になる。

 ぽつんと残された廊下で、改めて今日までのことを振り返ってみた。


 ロビン・ダリルブラント。

 歳は十六だが背丈は年頃の男子よりもかなり高く、前述した剣術の稽古もあってか、細身ながらもがっちりとした体つきをしている。

 だが、異様なのはその容姿にあった。

 鋼を束ねたような力強い銀の髪、

 切れ長の涼しい目の色は怪しい金色を宿す。

 陶器のような透き通った肌には、彫刻士が丹念に作り上げたような整った顔つきが。

 およそ美というものを可能な限り詰め込んだ青年は、自身の価値に気付かない。


 (だってそれは、僕の力じゃないし)


 変えられないことは仕方ないのだ。


 「行かないと」

 

 自身の教室に向かう。

 レムリア士官学院。各国から実力者の集う名門であり、名を馳せる者はこの学院の出身であることが多い。

 そしてそこの新入生となった僕だが、早々に問題を起こした事で目をつけられるだろう。


 悪いことは、してないんだけどなぁ。


 一人ごちながら教室のドアを開ける。誰もいないと思っていた夕陽の射し込む部屋に先客、いや居残っていた生徒がいたのだ。


 「君は」

 「サリ。あなたは?」

 「ロビンだ。君はたしか、入学式の時…」


 幼い少女だった。

 奇妙なことに、彼女も銀色の髪と金色の瞳を宿している。とはいえ細かく見ればその風合いは全く違うのだが。


 色素を失くしたような白髪は少年のように短く揃えられている。きっと自分で切っているのだろう。

 金の瞳はアーモンド形の可愛らしい形だ。

 体躯(たいく)はなんといっても細い。だが、スカートから見える足からはか細さはまるで感じない。僕と同じ、鍛えられたが故の細さなのは一目瞭然だった。


 なにより大きな特徴は、その尖った耳だ。


 ガレシアン。大陸の東に多く住んでいる(けもの)を祖とする人種だ。多くの種類がいる総称なのだが、彼女はその耳と目から察するに『猫』が強く現れている。


 サリと名乗る銀髪金目のガレシアンは、明らかに僕を待っていた。


 「どうしたのかな、僕になにか用?」

 「お礼、言わなきゃって」


 言われて思い出すほど朴念仁ではない。

 入学式の一騒動で彼女、サリとはわずかに関係があったのだ。


 「そうだった、ばたばたしてたからね。怪我はしてない?」

 「だいじょうぶ」

 「よかった。あ、悪いのは彼らだけど、君もあんな所でぼーっとしてちゃ駄目だよ?」

 「反省してる。長旅のつかれが出ちゃった」


 入学前に遠方から来る生徒は多い。サリもその口だったらしい。


 「お礼と、忠告をしに来た」

 ありがとう。サリはそう言ってぺこりと頭を下げた。

 「どういたしまして」


 沈んでいた気持ちがいくらかマシになった気がする。その言葉の為なら多少の無理はやってのけられそうだった。


 「それで、忠告って?」

 「あのヒトに、気をつけて」


 端的過ぎて分からない。


 「どういう…」


 そこで、この教室にやって来る者の足音が聞こえてきた。まさか…と思った矢先、目の前にいたガレシアンの少女は軽快に動き、開かれていた窓から飛び降りていった。

 そのあまりにも躊躇(ちゅうちょ)の無さに呆気に取られ、つい動けなくなっていた。遠くで聞こえるか聞こえない分からない小さな着地音で、思わず窓から見降ろすも…サリの姿はどこにもなかったのだった。


 「どういうことだ?」


 誰も答えてくれることなく、置いていかれた気分だった。

 しかし、考えている時間は僕には訪れなかった。


 「あら、まだ教室にいましたか」


 授業の終わった教室に、また一人新たなヒトがやって来た。


 「探していましたよ、ダリルブラントさん」


 絵画から現れたような、明らかに今まで会ったことのない気品に満ちたヒトだった。

 腰にまで届く金色の直毛は、見るだけでよく手入れされている。

 こちらを見る碧眼は透き通るような青空の色、涼やかさに満ち満ちていた。

 制服の下に包まれたふくよかな胸もまったくいやらしさがない。

 ひとえに、所作や動きの隅々に教育が備わっているからだろう。


 息を呑むとはこのことか。

 田舎では見られることのない美貌は、はっきり言って圧迫感さえあった。


 「どうして僕を?」


 自分を律する術は持っている。武道の基本だ。

 それがなければ、きっと言葉も出なかったろう。


 「興味のある方には話しかけることにしていますの。今朝の行動、実に正義感に溢れていましたわ」


 鈴を鳴らしたかのような心地いい声だ。

 適当な椅子に座りこちらも座れと促してくるが、それだけで僕との生まれの差、教養の差を見せつけられるようだ。


 「自己紹介をしていませんでしたね。

 (わたくし)はヴィクトリア・オルウィン・ソレル。レムリア国東の領土を納めるオルウィン家の娘です」


 ……そりゃあ貴族だよな。

 世界で最も多い種族。アイランダー。彼らの中には貴族制度があり、気が遠くなるような昔の大戦で名を上げたのだとか。


 民をまとめ、大戦で傷ついた地に安寧と復興をもたらした貴族たちは、今も昔も尊敬されるだけの実績がある。

 中にはそういう対象にならないヒトもいるだろうが、彼女の家オルウィンは当てはまらないんだろうな。


 「僕はロビン。北にあるプロクスっていう村から来たんだ」


 彼女の紹介の後は気後れしてしまう。

 北にあるど田舎。一年の半分は雪に包まれ、しらほし林檎という特産が唯一話せる内容か?


 「プロクス村。すみません、聞いたことありませんわね」

 「仕方ないさ。本当に外れにある村だから」


 ついでに、プロクスは彼女の親が治めるオルウィン領にある村ではない。本当に遠い所で、新入生全員が知らないと言っても仕方ないと、それくらいレムリアからは遠いのだ。


 「それで、何かな?」


 彼女のようなやんごとなきヒトが、田舎者の僕に興味だけで話すとは、少し考えにくかった。


 「えぇ、長々と話しても仕方がないですし、本題に入りましょうか」


 当たっていたらしい。

 ヴィクトリアは豊かな金髪を耳にかける。その動作に見惚れかけたのは言うまでもない。窓から吹く風、差し込んでくる夕陽が純金の滝を思わせる。


 なんというか、一つの動作を取っても絵になるなぁ。


 「この士官学院に来られる前は何を?」

 本題に入るのでは?

 まぁ地ならしみたいなものだろう。


 「村で畑仕事を手伝ってた。縁があって、剣術の達者なお爺さんに色々仕込まれたけど」

 「まぁ、やはり剣を習っていたのですね。私もですのよ」


 彼女はそこで年相応の無邪気さを見せた気がした。

 

 貴族の剣、か。

 見せ物用の剣だと偏見を持ってしまうが、思い込みはよくないか。


 「剣を合わせるのが、今から楽しみですわ」


 (しと)やかに笑うヴィクトリア。

争う男共が一斉に彼女の方を向いて喧嘩を止めてしまうような、そんな可憐さ。

その姿からは、剣を振る光景は想像できない。


 「この学院で剣を修めているヒトは多いだろう。どうして僕に?」

 「ただ技に秀でている者なんて…心根が伴っていない剣は求めてはいませんわ」


 こほんと一つ、彼女は間を取った。


 「見ず知らずのヒトを助ける為に、培ってきた技を振るう……武というのは、そういうものであるべきだと()は考えます。

 そういえば…クラスの方が騒いでおりましたわ。あの銀髪の美男子はどなただ、と」


 美男子……確かに村では妙に女の子に好かれたが、それも所詮狭いコミュニティの中の話だと思っていた。

 今も、状況がそうさせたんだと思うが……褒められ慣れていないせいか、どうもやり辛い。


 「まぁ赤くなって……かくいう私も、あなたに興味が尽きませんが」


 見透かされているようで恥ずかしさが止まらない。

 ついでにここまでの美人にからかわれるのは、あんまり気持ちの良いものではない。


 「それで、ダリルブラントさん」

 「ロビンでいいよ。こっちもヴィクトリアでいいかな?」

 「え、えぇ。もちろんですわ」


 馴れ馴れしかっただろうか? しかしこれから三年は一緒なのだ。

 初めに距離が近くなった方がいいだろう。



 「それで、ロビンさん……あなた、卒業後の身の振り方は考えていますの?」

 「……え、入学したばっかりで?」



 つい間の抜けた声がでてしまった。

 ヴィクトリアは特に反応することなくそのまま続ける。


 「レムリア士官学院は、なにも貴族の学び舎というだけではありませんわ。

 ここ来る一般の生徒は、最終的な進路として富豪や商人、貴族の納める領地で雇用されたり、各国の兵士や騎士として仕えることがとても多い。

 しかし、そういう雇用率にはある傾向があるのです。

 なんでも、在学時にはその関係者と士官学院生活を共にしていたとかなんとか。

 ……まぁ早い話、縁による信頼、というものですわ」


 へぇ、と感心してしまう。

 そんなことがあるのか……貴族というのは、田舎の農夫の子倅には及びつかない気苦労を抱えているらしい。


 「で、君もその一人って事でいいのかな?」

 「そこまで本格的なものではありませんわ。

 ……私もそういうのは苦手ですので、軽い勉強のつもりでお話をしただけですし」


 困ったように控えめに笑うヴィクトリア。

 その儚さは、自分に課せられた重圧から逃れようとするか弱い女の子に見えた。

 入学したてのお嬢様にしては肩の荷が重そうに見える。

 

 「今回はロビンさんに注目している、ということをお伝えしたかっただけですわ。

 早々に勧誘したとなっては、手の早い女だと思われてしまいますわ」

 

 この辺りの感性が分からないのは、僕が田舎者だから、だろうか。

 気になれば声をかけ、良いなと思えば褒めるのは僕にとっては当たり前。

 淑女にとっては違うのか。


 ひょっとしたら貴族の淑女は、こんな密室で男と二人きりというだけで緊張するのかもしれない。

 まぁ、顔には全く出てはいなかったけど。


 「まぁこれから判断して欲しいかな。

 それ抜きにしても、こうやって話しかけてくれたのは嬉しかったよ。あの騒動のせいで、ほとんど誰とも話していなかったんだ」


 「これからよろしく」

 「えぇ、こちらこそ」


 差し出した手は握り返される。触れた事のない柔らかな感触だったが……どこか違和感を覚える。半面、彼女は笑顔を深めた。


 「……私の期待は、どうやらその通りになりそうですわ」


 ……うーむ、なんというか、淑やかなだけでない彼女を見てしまった気分だ。

 見た目だけではそういう社会は乗り切れないらしい。


 「では、ごきげんよう」


 そう言って颯爽と去っていく。去り際に鼻をくすぐるいい香りがしたが、きっと香水というやつなのだろう。あまりに縁遠いので、美人は香りからして違うのかと勘違いしたくらいだ。


 「……圧倒されていたら駄目だよな」

 この士官学院は対等を宗とした場所のはずだ。

 そもそも僕はそういう貴族にお目通りが聞くような身分ではないが、ここではそれが叶えられる。

 

 見上げてばかりでは良くないだろう。


 「それで、どうして君は身を隠したんだ?」


 ちらりと視線をやる。

 開いていた窓からひょっこり顔を出すのは、忽然と姿を消した銀色の少女。


 「顔を合わせたくなかったのか? あのヒトって、ヴィクトリアの事だろ?」


 サリ。尖った耳が揺らしながら、しなやかに、するすると教室に入ってきたのだ。


 「はなし、聞いてた。あなたは、大貴族相手に、対等にはなしてた」

 「級友同士の世間話に、上も下もないだろ」


 じっと、ヴィクトリアのいなくなった扉を見つめるサリ。

 事情は知らない。

 だが、その真剣な表情からは、どうにも複雑そうな思いが透けて見えるようだった。


 「わたしも、あなたに注目してる」


 見定めさせて。


 最後にそう残して、彼女は入ってきた時と同じ窓から出ていった。

 あまりに自然に去っていくものだから、また止めることは出来なかった。


 「もうちょっと、普通のヒトはいないのかな?」


 類は友を呼ぶ、この事を僕にはまだ知らなかったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ