表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武勇伝  作者: 真田大助
99/111

来訪者_壱

「いんやぁこれは分かりやすい。」


香上村の顔役、宗吉(そうきち)が顔を綻ばせて経典を眺めている。その背中には二人の女の子がよじ登っている、宗吉の娘だが、二人とも母親に似たのか可愛らしい顔付きだ。二人も宗吉の肩から覗き込むようにして経典に興味津々のようだ。


「みんなの協力のおかげで思ったより早く木版が仕上がったよ。まさか冬の間に配れるとはな。」

「そりゃ数に応じて年貢を減らしてくれるとありゃ誰でも作りますわ。それに数は限りがあるだなんて言われりゃ競うにきまってますわ。」


ハハハと笑う宗吉は上機嫌。

中村雪丸と本間千早の発案で、木版造りは家単位の競争をしてもらった。参加希望の家々に対して、高藤家が作ってもらいたい文字を割り振る。木版の出来は優・良・否の三段階で質を見て、質に応じて次の年貢が免除される仕組みだ。最初に割り振った文字を納め終われば追加の文字を割り振る。つまり、早く質の良い木版を納めれば納めるほど年貢は免除される。一方で適当な品質の木版は差し戻しとなるためタイムロスに繋がる。

稲作の終わった村では良い稼ぎになると物凄い速さで木版が仕上がってきた。おかげで年始には初版があがり、年賀行事が終わる今の時期には配布にこぎつけることが出来た。

俺は小太刀についた雪を払いながら土間に立つ。


「それじゃ、適当に村々に配っておいてくれ。足りなくなったらうちに在庫があるから取りに来てくれ。」

「へい。かしこまりました。」


「じゃぁな。」と手を振って宗吉の家を後にする。宗吉の家からはキャーキャーと女児が騒ぐ声が聞こえた。どうやら経典、もとい絵に興味を持ってくれたようだ。作戦成功だな。ついでにこれで配布ノルマは達成だ。高藤家支配下の村、福光寺、福光屋に経典を運び込んだ。特に福光屋には大量に持ち込み、商いついでに荷に紛れ込ませてもらうことになっている。大々的に売買、配布をしたら過激派に目をつけられるからな。シレッと売り渡した荷に紛れ込ませてしまえば、問い詰められても「私物が紛れてしまった。」で言い訳が立つってもんだ。

才川城へはお嬢が直接持ち込んでいる。早川家の許可を得たら近隣の村々にも配る予定だ。今頃お嬢が義人のことを説得しているだろう。


ビュウと冷たい風が吹き、降りやまない雪が首筋に叩きつけられる。

鹿の毛皮で出来た防寒具にくるまりながら帰路につく。こう寒いとちょっと家を出ただけで凍死しそうだ。これでも毛皮と越後麻で出来た防寒具があるからまだマシなんだろうが。

ハァと白い息を吐けば、その向こうに人影が見えた。一人二人じゃない。二十人程の一団が駆けている。

こちらに気付いていないのか、一団はこちらを見向きもせずに真っ直ぐ進む。その先は才川城だ。観察してみると太刀や槍を担いでいる者もいるが、槍の穂先は鞘で覆われており戦にいくようには見えない。

雪除けの笠を被り、雪に足を取られながらも懸命に進んでいる。

才川城で何かあったのだろうか。いや、何か起こるのだろうか。

今の時間、お嬢が城に行っているはずだ。また面倒事に巻き込まれるならさっさと連れ戻した方が良いだろう。


やれやれ。俺がいないとダメだな。

ふぅとまた一つ白い息を吐いてから、俺は才川城目指して歩き出した。


・・・


「この薄情者が!」


ブンと飛んできた拳を華麗に躱し、一歩距離をとる。


「いきなりだな。それが久々にあった知己への挨拶か。」

「何が知己だ、この恩知らず者め!我らがどれだけ案じたかも知らんで!」


また拳が飛んで来るが難なく避ける。ふむ、俺の身のこなしもなかなか上達したのではないだろうか。


「だから悪かったって。忙しくて文をしたためる時間がとれなかったんだよ。でもお前が来たってことは無事に文は届いたんだろ?」


肩を怒らせる室山甚兵衛にそう語り掛けると、甚兵衛は大きなため息をついて座り込んだ。

才川城の本丸に入ろうとしたところで、見知った顔を見かけたので声をかけたらコレだ。

室山甚兵衛。朝倉宋滴配下の忍び。下男のような格好をした痩せた青年は九頭竜川合戦で俺を助けてくれた一人、らしい。

そんな男がなぜここにいるのか。器の大きい俺は出会い頭にいきなり襲われたことを水に流し、才川城の玄関先、雪除けの下で甚兵衛と向かい合って腰を下ろす。


「文は届いた。宗滴様は大笑いされておったらしい。」

「そりゃよかった。」


「何が良かったものか。」と甚兵衛は不貞腐れたように腕を組んでそっぽを向く。


「九頭竜川の戦いで、お主を一乗谷まで連れて帰れなんだ。」


俺の眼を見ずに甚兵衛がポツリと呟く。

その辺の記憶は曖昧だが、前に忍びの三吉から聞いた事と重なる。三吉の話しが本当だった裏付けになるな。


「甚兵衛も助けてくれたんだってな。おかげで生き延びることが出来た。ありがとう。」


頭を下げて感謝を伝える。顔を上げると渋い顔をした甚兵衛と目が合った。

その顔は最後に見た時より随分とやつれているようだ。殿様が使う忍びの数は決して多くないと聞いた。それに伊賀だか甲賀だかの忍びとも競り合っていることもあり人数も減る一方だと。甚兵衛にも相当の負担がかかっているのは見て取れた。


「最後はあの三吉とか言う伏齅(ふせかぎ)に手柄を持っていかれたがな。」

「甚兵衛がいなかったら三吉も手が出なかっただろうよ。それで、甚兵衛は何でここに居るんだ。」

「たわけ。お主を一乗谷に連れ戻しに来たのよ。」


呆れたようにため息をついた甚兵衛が腕組みを解いて身を乗り出す。


「加賀との国境は封じられておる。が、お主一人位なら連れて帰る道なぞいくらでもある。」

「この雪道の中で越前に向かうってのか。」


それは流石に遭難するだろ。

俺が引いたのを察したのか、甚兵衛は軽く笑って手を振る。


「お主が急くなら雪道でも案内しよう。が、身を案じるなら雪解けを待ってから向かうでも良い。宗滴様は気長に待つと仰せのようだからの。」


殿様は俺を待ってくれるのか。有難い話しだ。社交辞令ってヤツかもしれないが素直に嬉しい。

だけど。


「悪いな。朝倉家に戻るつもりは無い。」


「は?」と口を開ける甚兵衛には悪いが、これはハッキリさせておかないと。


「こっちで別の家に仕えていてな。そっちの義理もある。」

「噂の女当主か。お主、女子の尻に敷かれるのがそんなに好きか。」

「そうじゃねぇよ。ただ、助けてやらねぇとって思ってよ。」


お嬢と何度か話し合った。俺と一緒に朝倉家に行く話し、ここで残って高藤家として戦う話し、俺だけが朝倉家に帰る話し。

俺達の結論としては、高藤家としてここに残ることになった。ま、高藤家が滅びそうってなったら朝倉家に世話になるつもりなんだけどな。


「…宗滴様にはどうお伝えするのだ。」

「その辺は文に書いたんだけど。何か言ってなかったか?」


甚兵衛は首を横に振る。


「頭からは『話して来い。』とだけ。宗滴様への書状の内容は聞き及んでおらぬ。」

「そうか。殿様も北村のオッチャンも相変わらず言葉足らずだな。でもまぁそう言うことだ。わざわざ来てもらって悪いな。」


俺が労うと甚兵衛は思いっきり肩を落とした。


「左様か。お主がそう言うのであればもう言うまい。しかし田波海衛門殿と福岡幸之助殿は大層案じておったぞ。いま少し頻繁に文を送ってやれ。」

「考えとくよ。他の皆は息災か。」


冷たく硬い地面で足を崩してそう聞けば、甚兵衛も足を放るように座って息を吐く。


「息災よ。高間殿は変わらず兵を鍛えておいでだ。田波殿と福岡殿がよう地面に転がっておられる。萩原殿は秋ごろに寝込まれての。それ以来随分と痩せられた。今は持ち直されたようで昼は執務に励まれている。朝倉家のご家中で言えば、山崎殿は九頭竜合戦の功もあって頭角を現しておられる。大殿の覚えも目出度く、出世頭と言っても過言ではあるまい。」


そうか。

萩原爺さんも大分歳だったからな。ちょっと心配だ。

小次郎は出世頭か。うまいことやってんな。俺みたいな小者まで気にしていた位だ。きっとあちこちに種をまいているのだろう。


「安広はどうだ。変わらず薬づくりに没頭しているのか。」


三段崎安広と甚兵衛の姉、室山秋が共同開発したあの薬はなかなかの出来だった。もし叶うならこっちにも融通してほしい。

それに上見城にいた時瀬のお姫様の腕があれば改良も出来るのではないだろうか。そんな期待も含めて聞いてみたが、甚兵衛の顔は苦虫を噛み潰したような渋い顔になっている。


「なんだよその顔。」

「…三段崎殿は息災だ。」

「『は』ってなんだ。」

「…姉上と三段崎殿が祝言を上げた。」


え、マジか。


「姉上が三段崎殿の子を宿した。」

「おお、そりゃ目出度い!」

「何が目出度いものか。」


甚兵衛は足を放り出したまま天を仰いでいる。


「家格が合わぬ。こちらは下賤の身。三段崎殿は越前では名のある武家。安広殿は長兄ではないが家督を継ぐことも叶うご身分。そのような方が姉上なんぞに手を出して…」


創作で良くある身分違いの恋ってやつか。


「安広が望んだ婚儀なんだろ?それなら良いじゃないか。」

「三段崎殿は勘当されるやもしれんのだぞ。当のご本人がそれで良いと言うのだから困ったものだが。下手をすれば宗滴様や大殿の不興を買いかねん。」


ブツブツと文句を言っている甚兵衛だったが、本丸の奥からパタパタと足音が聞こえて来たのを察して即座に姿勢を正す。俺に対して深々と頭を下げ、あくまで下男としての体をとった。

奥から来たのはいつもの桃色小袖を着たお嬢だ。俺を見つけると「いた!」と声を上げて近づいてくる。


「丁度良かった。呼びに行こうとしてたのよ。京から時瀬家の使者が来たわ。武雄も挨拶に来て。」


才川城に向かうあの一行は時瀬家の連中だったか。ってことは甚兵衛は時瀬家の一行を案内してここに来たのか。


「甚兵衛が連れて来たのか。」

「へぇ。美濃の大垣でお会いしまして。飛騨の山中を超えるって申されましたので、あっしがご案内をいたしまただ。」


頭を地面に擦りつけながら、妙に鈍った言葉尻で答える。お嬢に正体を知られたくないってことか。


「この雪の中、よく無事に送り届けてくれたわね。ありがとう。」

「へへぇ。それに見合う分は頂戴しましたで。あっしは帰らせていただいてもよろしゅうございましょうか。」

「ええ。帰りも気を付けてね。さぁ、いくわよ武雄。」


お嬢の見送りを受け、甚兵衛はまた一段と頭を下げる。

パタパタとまた本丸へと戻っていくお嬢の背をみつつ、甚兵衛に声をかける。


「助かった。これからも朝倉家とは協力していきたい。また連絡する。」

「わかっておる。何かあればまた文を送れ。女と一向宗にほだされるなよ。」


ニヤリと笑う甚兵衛の背を軽く叩き、本丸へと上がった。



次回は11月10日(月)18:00投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ