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武勇伝  作者: 真田大助
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教え_陸

まるで交通事故の瞬間を目の当たりにしたようだった。


「この雑兵共が!」


罵声と共に群衆から飛び出した小柄な男が、錦之助と弥五郎に迫っていた刺客へ体当たりをする。

二、三人がまとまって弾き飛ばされ、急な襲撃に驚いたのか、その他の刺客も足を止めて振り返っている。

小柄な男はぶつかって転んだ勢いそのままに駆け出し、まるで居合のように太刀を振り抜いた。

足を止めた一人の刺客の首から鮮血が飛ぶ。


新手が味方ではないと理解したのか、刺客達が構え直すが今度は耳をつんざくような怒号が響く。


「城端で好き勝手するとは何事だ!誰の断りで暴れておるか!」


ビリビリと鼓膜が揺れる声の主が抜き身の大太刀を背負って現れた。城端の主、荒木善太夫さんだ。

片手で大太刀をブンと振るうと周囲から歓声が沸く。

見れば善太夫さんの背後から次々と抜き身の太刀を握りしめた男達が駆けてくる。


流石に不利を悟ったのか刺客達は反転。南側へ向かって駆け出す。

その中で一人、最初の襲撃者だけは血にまみれた顔を抑えながら私に太刀を向けていた。


深呼吸して私も太刀を中段に構え直す。いつも振るっている太刀なのに、どうしてか重く感じる。

対する襲撃者は出血が止まらないようで、ボタボタと流れる血を抑えるようにして唸り声をあげる。

体系は中肉中背だが、顔の頬肉がやけに弛んでいる。その頬がブルブルと震え、眼は怨嗟の火が宿っているのが嫌でもわかった。

その顔、どこかで見たことがあるような…。


切先を襲撃者に向けたまま睨み合っていたが、先に動いたのは相手だった。


「女狐め。覚えておけ。才川の地は儂のものだ!」


襲撃者は捨て台詞を吐いて去って行く。追うようにして荒木家の兵が駆けて行くのを見送って、ようやく太刀を下ろせた。

ふぅと息をついて、酷く肺が痛いことに気が付く。命のやりとりってこんなにも怖いことなんだ。

今更になって恐怖を感じる。


他にも転生した人が居ないか、砺波で通り魔的に腕比べをしていた時は、命のやりとりまでは至っていなかった。時たま刃を交えそうになったこともあったが、それでも互いにどこか加減した試合だった。

けれど、今日は違う。明確な殺意を感じ、命を取ろうと襲って来た。


「こんなの、戦場じゃ当たり前なのよね。」


先の才川城攻めも、上見城攻めでも私は太刀を振るっていない。指揮官なのだから後方にいるのは当たり前なのかもしれないけれど、それが不満だった。

私だって戦える。前線に出れば活躍できる。そう思い込んでいた。


「お爺様が遠ざける気持ち、少しだけ分かったわ。」


重い太刀に付着した血を見て、気分が悪くなる。


「お雪殿。無事か。」


ハッと顔を上げれば、心配そうな顔をした善太夫さんが私を覗き込んでいた。


「手傷を負われたか。」

「い、いえ。怪我はありません。少々驚いてしまって。」


いけない。弱いところを見せればつけこまれてしまう。

心配そうな顔をする善太夫さんから逃げるように視線を逸らすと、地面に座り込む錦之助と弥五郎が見えた。


「二人とも、大丈夫?」


駆け寄って肩に触れると、二人ともビクリと身体を震わせる。

怯えたような、ほっとしたようなその表情に、痛みは混じっていないようだ。


「怪我はございません。ですが着物に血が付きました。」

「お、お雪さまはお怪我ございませんか?」


強がる錦之助と、私を案ずる弥五郎。二人とも抜き身の太刀を納めることすら忘れている。


「私も大丈夫。二人とも、よく頑張ったわね。」


二人が背後にいなかったらどうなっていただろう。一気に詰められて今頃地面に倒れていたかもしれない。

青い顔をした二人をぎゅっと抱きしめる。まだ十歳くらいだと言うのに、怖い思いをさせてしまった。

でも「ごめんね。」とは言わない。これがこの時代に生きると言うことなのだから。でもせめて、褒めて、慰めて、励ますくらいは良いでしょ。


「ありがとう。」


満面の笑みで二人に感謝を伝える。ストレートなお礼に慣れていないのか、二人は茹でたタコのように真っ赤になってしまった。褒められる耐性はまだまだかかりそうだ。


「殿。不届き者は飛騨の者に相違ございません。」

「そうか。その骸には何ぞ残っておらぬか。」

「恐らく近岡家の者かと。家紋の彫られた短刀を有しております。」


善太夫さんが小柄な男の人から説明を受けている。あぁ、あの人は薬問屋で武雄と喧嘩した人だ。名前は存じ上げないけれど、善太夫さんと並ぶと一層小柄に見えるあの人も相当腕が立つのだろう。

ジッと見ていればこちらに気が付いたのか、チラリと視線が交わる。が、一瞬で逸らされてしまった。武雄のせいで嫌われちゃっているのかしら。


砂を払って立ち上がる。

善太夫さんの足元には一つの骸が転がっている。小柄なあの人が仕留めたのだろう。大の字で天を仰いでいるその骸の上に、一振りの短刀が置かれていた。深呼吸を一つして近づいて見れば、確かに近岡家の家紋が掘られている。


そうだ。私が顔面を斬ったあの刺客。どこか見覚えがあると思っていたが、才川城主だった近岡七郎左衛門だ。

どこに逃げたのかと思えば飛騨へ逃れたようね。パッと見て気が付かなかったのは体型のせいだろう。以前はまん丸に肥っていたが、食うに困ったのか随分と痩せたようだ。弛んでいた頬肉はその名残だろうか。

飛騨で山下家に匿われたのか、それとも上見城攻めをキカッケに手を組んだのか。仔細はわからないけれど、少なくとも私に対しての憎悪はかなり強そうね。

近岡が主犯なら早川家じゃなくて私を狙うのも分かる。だって妾にしようとして断られたあげく、城を落とされて追い出されたのだもの。恨みたくもなるわ。


「錦之助、弥五郎。私、随分と恨みを買っているみたい。」


こればかりは仕方ない。それにこれから未来、もっとたくさんの恨みを買うかもしれない。

振り返って力なく笑えば、二人は厳しい顔付きをしていた。


「買うのは綺麗な着物だけにしておきましょう。」

「お雪様を狙う人がいれば我々が戦います。つ、次は前に立って戦います。」

「弥五郎、前に立つのは私だ。その方が場が華やぐ。」

「錦之助は何を言っているの…。」


フンと鼻を鳴らして腕を組む錦之助。それを見て呆れたような困ったような顔をしている弥五郎。

うん、二人とも大丈夫そうだ。


頼もしい二人の家臣を連れて、善太夫さんに改めてお礼を伝えに歩き出した。


・・・


「だから申したでは無いか。せめて才川を出る時は出倉を付けてじゃな…」

「結果として怪我していないんだもん。良いじゃない。」

「それよりも小姓共を鍛える方が先だろ。見込みのある長瀬十兵衛と葛西清隆ですらまだ自衛だって怪しい腕前だ。他の連中なんてヒヨッコ以下。やっぱり六人全員、俺くらいの腕になるまでは武芸一択だな。」

「それは予定と違うでしょ。方針は変えないわ。二人一組で長所を伸ばす。これは譲らない。確かに身を守る以上の腕はあるに越したことはないけれど。」

「しかしこればかりは儂も出倉の意見に賛成じゃ。武士たるもの、戦場で敵の首を取れずに何とする。」


高藤家の囲炉裏を囲んで私と武雄、お爺様の三人で語る夜。

三人でワイワイと言い合うこの時間が私は結構好きだったりする。武雄はやや短絡的は考えだけれど、ちゃんと筋は通っている。お爺様は慎重派な意見が多いけれど、私と武雄の丁度良いストッパーになってくれている。

こうして定期的に話せる場と言うのは組織にとってとても大事だ。薄い襖を一枚挟んだ向こう側に六人がいるのが少し気まずい点ではあるけれどね。

寒風が吹き込む中、微かな囲炉裏の灯りを頼りに話していればソロリと襖が開いた。


「失礼します、お雪様。絵の木版が出来ましたのでご覧いただいてもよろしいでしょうか。」


隙間から覗き込むように声をかけてきたのは本間千早。胸には数枚の板が抱えられているのが見て取れる。


「こんな時間まで作業していたの?」

「はい。仕上げにかかったら手が止まらなくなりまして。」


恥ずかし気に頬を掻く千早の後ろにはモゾモゾと動く影達。

襖を開け放てば千早以外の五人が控えていた。みんなで千早の作業を見守っていたのだろう。


「月明りだけを頼りに彫っていたの?」

「はい。今宵は月明りが眩しく、苦労しませんでした。」

「目が悪くなるから今度からは声をかけて。灯りくらいは用意するわ。でもありがとう。早速見ても良いかしら。」


「はい。」と少し緊張した声色で千早が背筋を伸ばす。


「なんだなんだ。」とやってきた武雄にお願いして和紙と墨を用意する。

さて、どんな出来になっているだろう。

手にした木版はA4サイズくらいだろうか。囲炉裏の灯り程度では版の模様はよく見えない。

ぶつくさ文句を言いながら武雄が用意した墨を雨森弥五郎が摺り、お爺様の許可を受けて長瀬十兵衛と葛西清隆が囲炉裏に薪をくべて部屋を明るくする。

千早が袖を捲り、木版墨汁を付ける。


「い、いきます。」


全員が固唾を飲んで見守る中、グッと和紙に木版が押し当てられる。

数度にわたってグリグリと体重をかけ、不安げな千早が木版を持ち上げる。


「コイツはすげぇ。」


武雄が感心したように呟く。

木版の出来は素晴らしいものだった。何人もの人が手を取り合い、助け合い、田畑を耕している。幾人か描かれた武士が悪党を追い払い、それに感謝する農民。

別の版では山盛りの米を食べる悪僧や米俵を奪う僧兵。そしてそれらを退治する武士。

また別の版には幾人もの女性が室内で内職をしている様子が描かれている。かと思えば外では馬に乗って太刀を振るう女性も。


「こちらはお雪様にございます。」

「お雪様にしては些か武勇が目立たぬのではないか。」

「そう言うな清隆。お雪様の武勇はこの錦之助と弥五郎がしかと見た故、またの機会に書にしたためてだな…。」

「また錦之助の長ったらしい話が始まった。十兵衛、小突いてやれ。」


腕まくりをした十兵衛を武雄が小突きながら、全員で絵図を見る。


「これに円順殿の経典が加わればきっと素晴らしい書になりますね。」


雪丸が算盤を弾きながら上機嫌で言うと、今度はお爺様は雪丸を小突く。


「たわけ。経典で儲けなど考えるではない。」


私も雪丸と同じ発想だったので気を付けねば。これはあくまで配布用。村々に配って一向宗の過激な考えを改めるものなのだから。

経典を読ませてもらったが、私には元の経典と何が違うのかよくわからなかった。武雄はそもそも興味が内容で、チラッと見てすぐにお爺様に放っていた。

円順さん以外で唯一、まともに解説できそうなお爺様曰く、大筋の内容は元の経典と変わりないらしい。ただし、要所要所で武力行為を戒めることや力による反抗を嗜める文言が差し込まれているとのこと。

私が作成を指示したこの木版は、こうした変更点中心に作ってもらった。識字率の低いこの時代において、絵は重要なポイントだ。


「しかし、まことに配るのか。」


眉間に皺を寄せたお爺様が雪丸の頭を掴みながら私を見る。


「えぇ。この冬の間には文字の版も仕上がるでしょうし、雪解けに合わせて配りたいわね。」

「一向宗が騒ぐぞ。」

「あら、武雄まで反対?」


「んな訳あるか。」と武雄は腕を組む。


「皆。一向宗が何か仕掛けて来ても手を出さないように。向こうから手を出して来たら、この経典の教えに背いて連中は酷いことをする悪僧だ、って広めるのよ。」


SNS戦略のようなものだ。

人の口に戸は立てられぬ、と(ことわざ)があるように、この時代の人たちも噂話は大好物だ。過激派の一向宗連中の株を下げ、私達、もとい穏健派一向宗を増やしていくための第一歩。

家臣も増えた。お金も溜まって来た。そろそろ仕掛ける時だろう。


出来上がった木版を天に掲げて笑う。

せっかくの着物が墨まみれになってしまった。


次回は11月3日(月)18:00投稿予定です。

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