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武勇伝  作者: 真田大助
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教え_伍

「おう。お雪殿。息災か。」


山男のような荒木善太夫さんがニカリと笑って出迎えてくれた。事前に訪問することを伝えていたのだが、こうして城を出て出迎えてもらえるのは素直にありがたい。本来なら私のような身代はとって捨てるような者なのだろうが、瑠璃姫さんのお薬やお米の売買もあって高藤家が重宝されている証だろう。

それにしても城端の発展は留まることを知らないようだ。ここに来るたびに新たな建物が出来て人が増えているような気がする。福光の寂しい光景と比べて羨ましい限りね。

大通りのど真ん中で立つ善太夫さんを周囲の人々は好意的な眼差しで見つめている。この人柄だ、きっと多くの人から慕われているのだろうと言うのがよく分かる。私も為政者として見習わなくちゃ。


「はい。善太夫殿も息災そうで。」

「まぁの。武人はいつ如何なる時でも戦場に赴けるよう、日々頑健であるべきだからのう。」


ドンと胸を張って立つ善太夫さん。武雄よりも一回り体格の良いその身体は、確かに風邪なんて吹き飛ばしてしまいそうだ。


「して、此度は如何した。」

「城端の市を散策に。」


それと一向宗の様子を探りに。とは言わない。善太夫さんは武人でもあるが一向宗の影響を大きく受けている。

聞くところによると、幼少の頃に加賀より落ち延び、近くの荒木村で匿ってもらっていたらしい。そこで一向宗に協力し、頭角を現してこの城端を治めるまでになった人だ。私達が一向宗と敵対するとなれば、十中八九敵に回るだろう。


「左様か。して、後ろの小僧は新しいお付きかな。」


私の後ろにいる浅尾錦之助と雨森弥五郎がピクリと身構えるのが分かった。そんなに怯えなくても良いよ、と伝えたいが、彼らにもプライドがあるだろうからそっとしておく。


「新たに当家に仕えることになりました、浅尾錦之助と雨森弥五郎です。暫くは私の小姓として同行させますので、何卒良しなに。」


軽く頭を下げると浅尾錦之助と雨森弥五郎も頭を下げる。


「出倉殿と比肩して随分と頼りないのう。せめて城端に居る間くらいは護衛を付けよう。」

「いえ、それには及びません。こう見えて私も腕に自信はありますので。」


護衛なんて付けられたら偵察、じゃなくて散策の邪魔になる。

グッと力こぶを作るポーズをとれば、善太夫さんは笑って腕を組む。


「城端は急に人が増えてのう。中には無法者も紛れ込んで居る。当家の者が巡視をしておるが十分に気を付けられよ。」


手を挙げて城へと戻っていく善太夫さんに「ありがとうございます。」とお礼を言う。

さて、まずは船着き場に行ってみよう。

「行くわよ。」と後ろの二人に声をかけて歩き出す。


「お雪様、あの大男殿が荒木善太夫殿ですか。偉丈夫なお方ですがお召し物は些か古臭いですね。」

「錦之助。無礼ですよ。」


ツルツルの顎を触りながら善太夫の恰好にケチを付けたのは浅尾錦之助。お洒落好きな彼は自分の衣服や装飾品にかなりこだわりがあるみたい。といっても衣服の(こしら)えは費用の観点から華美な物を用意できないので、もっぱら本間千早に頼んで様々は小物を作っては身に着けている。今日千早がも木片から作った首飾りを自慢げにぶら下げている。

自分の衣装に拘るだけならまだしも、人の身なりに口出しをする癖があるのは少し問題だ。武雄程では無いけれど自信家のようで、余計な一言が出てしまうのが彼の課題点。こうして外交の場に連れて行くことでマナーと駆け引きを学んでもらいたい。


「こ、これからどちらに向かわれるのでしょうか。無法者が居ると仰せでしたので、あまり大通りを外れない方が良いのでは…。」


不安げに周囲を見ながら着いて来るのは雨森弥五郎。浅尾錦之助と反対に自信が無いのが前面に出ている。頼まれたら断れない性格も相まって、いつい不安げに周囲を伺っている子だ。錦之助と共に外交官、軍師候補として育成することになったのだが、お爺様は反対だった。確かに気弱で頼まれたら断れないような性格では人と交渉なんて到底出来ないだろう。今のままでは相手に言いくるめられるのが目に浮かぶ。だけど、弥五郎は他の誰よりも利害関係のバランスを取るのが上手だ。決してこちらが損をせず、相手も納得するような落としどころを考えつくのが上手い。これは外交の場で大いに役立つ力だ。


「二人とも、心身ともに成長してもらわないとね。」

「お雪様、何か言いましたか?」

「いいえ。なんでもないわ。それよりもホラ、あそこが船着き場よ。」


怪訝な顔をする二人を連れて城端の市から外れにある船着き場に到着した。

山田川に作られた小さな船着き場。川幅もそこまで大きくないため、停泊している舟も小さなものばかりだ。しかし荷運びには欠かせない場所であり、今も米俵が小舟に積み込まれている。


「随分と小さいのですね。直江津と比べたら…」

「錦之助。何でも口に出さないの。」


ジロリと船乗りたちに睨まれたのを察したのか、錦之助はプイと横を向く。


「あの荷はどこに行くのでしょう。」

「気になるなら聞いてみなさいな。ホラ。」


弥五郎の背を押すが、彼は嫌々と首と手を振って足を踏ん張る。もう、男の子なんだからもう少ししっかりしなさい。

そんな様子を見ていた一人の船乗りがこちらに近づいて来た。眉間に皺を寄せている様子から見るに、どうやらご機嫌ナナメなようだ。


「小僧共、何の用だ。」

「失礼しました。お仕事の邪魔をするつもりはなかったの。この荷がどこまで行くのか気になって。」


私が笑いかけると船乗りはフンと鼻を鳴らして腕を組む。


「これは井口様へお届けする米だ。城端近隣の寺々からの米はここで積み込んで行くのを知らんのか。」


井口様。砺波で大きな影響力を持つ武家、井口家のことだろう。一向宗の取りまとめ役として井口城を本拠にし、神保家に従うことなく独立した勢力としてここ砺波で権威を振るっている。勢力の大きさとしては荒木家を凌ぐだろう。


「さっさと去ね。」と追い払われて私達は船着き場から距離を取る。


「横暴な連中ですね。ですが良い着物を羽織っています。見てくださいあの羽織。あれは直江津でもよく買い求められていた色合いです。よほど羽振りが良いのでしょうね。」


追いやられながらも錦之助が指さす船員を見れば、確かに鮮やかな色合いの羽織を身に着けている。他の船員達も思い思いの羽織を着込んでおり、中には無造作に地面に放ってある物もある。随分と金周りが良いようね。


「ねぇ弥五郎。船員さんって随分とお給金が良いみたいね。」

「そ、そんなことは無いはずです。直江津でも羽振りの良い船頭はいましたが、船員はその日を生きるのに精一杯な様子でした。皆が羽振りが良いかと言われると…。」

「汚れた小袖の男ばかりでした。あのような羽織を身につけ居ている者などそうそう見たことがありません。」

「となると、ここの船員さんだけがやけに羽振りが良いってことになるわね。なんでかしら。」

「…元手のかからぬ商いは利も大きいです。恐らくあのお米はお寺からの献上品。それを彼らが着服するか、あるいは井口様が気前よく配っていればあれだけの羽振りも納得が行きます。」


弥五郎が小さな声で呟く。及第点ね。


「私も同意見。そこまで想像出来るのは良い発想よ。さすが弥五郎根。錦之助も良い着眼点ね。」


私が褒めると二人はボッと音がなりそうな勢いで顔を赤くする。山王屋ではあまり褒められてこなかったのだろうか。私は褒めて伸ばすタイプなので、もう少し褒められ耐性を付けてもらいたいところね。

船着き場を後にして大通りへと戻っていく。


「お雪様。城端を訪れる人は山で働く者が多いのでしょうか。」


大通りに戻って早々、雑踏の中で錦之助が声をかけてきた。


「そういった話は聞いたことがないけれど。どうして?」

「山歩きに備えた足元の人が多くおります。それでいて肌が焼けていない。山で働く者の特徴です。」


錦之助に言われて周囲を見てみると、確かに山歩きの備えをした人が足早に歩いていくのがチラりと見えた。が、そこまで多い人数ではないように思える。加えて笠を被っている人も多いので日焼けの具合までは判断がつかない。


「そんなに多いかしら。」


とキョロキョロとしていれば、グイと錦之助が袖を引き、通りの端へと私を引っ張る。


「お雪様。城端を離れましょう。」

「どうして?」

「城端より北に山歩きに備えるような山はありません。となると、あの恰好をしているのは城端の南側から来た者です。城端の南は飛騨の国。刺客が混じっているやもしれません。」


なるほど。飛騨の山下家とは上見城攻めの一件で敵対関係にある。でも、刺客を放って討つような価値が私にあるとは思えない。討つなら早川家の当主、義人さんだろう。


「考え過ぎよ。」


錦之助なりに気を遣ってくれたのだろう。その警戒心と着眼点は褒めるべきところね。

笑って振り返ったその先を見て、私はある言葉を思い出した。現代では一般的になりつつある言葉。お決まりのセリフと言い換えても良いかもしれない。『フラグ』と言う言葉を。


大通りの向こう側から、明確な殺意を感じた。笠を深く被っているが、その淵から覗く目は私を捉えている。


「二人とも、下がって。」


あれは人を殺す眼だ。

半身に構えて腰の太刀に手を掛ける。武雄から小太刀の使い方を習っているが、まだ私にはこの太刀の方が馴染んでいる。

武雄には負けたが、私だって腕に覚えがあるんだ。我流だけど何度も通り魔的に戦っていた。ううん、通り魔と言うにば語弊があるけれども。

とにかく、武雄に会うまでは砺波では負け無しだったんだ。


急に抜刀の構えをとったせいか、大通りを行く人の眼が私に集まる。


「砺波の女狐めが。ここで成敗してくれる。」


怒気を孕んだ声が響き、笠が天高く放られる。通りを行く人の眼は、私から天高く舞った笠に移った。

曇天目掛けて飛んでいく笠は、通りを並ぶ商家の屋根を軽々と超える。笠が落下を始めるその時、白刃が横一文字に薙ぎ払われた。


屈んだ私を見下ろすその眼は、驚きを隠せずにいる。


「やっ!」と気合いの声と共に太刀を振り抜く。下段から放たれた一撃は襲撃者の顔先を裂き、鮮血が(ほとばし)る。

襲撃者は後ろに飛び退き、左手で血の滴る顔を抑え、右手で太刀を構えなおした。


「残念ね。私にその手の目くらましは効かないわ。だって私も同じ手を使っていたもの。」


相手を油断させたり視界を遮るのは私の十八番だ。武雄には通じなかったけれど。

そして、卑怯ともとれるこの手を使うのは自身の腕に自信が無いから。つまり、正攻法で勝てないから策を講じているのだ。

その理論から言えば、この襲撃者の腕は大したことない、はず。

大丈夫。一体一、それに私の後ろには未熟とはいえ二人の味方もいる。大丈夫、勝てる。

きゃぁと叫び声をあげて通りを歩いていた人々が散っていく。


「女、覚悟せい。」


あぁ、でもこれは話が違う。


通りのあちこちから太刀を抜き放った男が出て来た。数は十。見れば全員の脛に布が巻かれ、錦之助が言っていた山歩きの恰好だ。

最初の襲撃者の仲間だろう。顔面から血を流す男が歪な笑みを浮かべ、まるで勝利を確信したような顔だ。

眼前の男と合わせて十一人。、私を取り囲むようにしてジリジリと距離を詰めてくる。背中からは浅尾錦之助と雨森弥五郎の乱れた呼吸を感じる。二人を逃がしたいけれど、この様子じゃそれも難しそうね。


どうしよう。考えて。武雄ならどうする。


『やられる前にやっちまえ。とりあえず二、三人斬れば形勢も変わるさ。』


当たり前のようにそんな無茶を言う武雄が思い浮かぶ。

どうしてアンタはそう無茶を簡単に言うのよ。

私達三人をグルリと十一人が囲む。その向こう側では野次馬と化した人々が遠巻きにこちらを見ている。


「お、お雪さま。」

「お逃げください。こ、ここは我らが。」


背中を合わせた二人の身体が震えている。

それでも逃げずに、私を逃がそうと太刀を握る二人。ごめんね、怖いのに踏ん張ってくれて。


ジリ、と地面を擦る音が近づく。もう少しで互いの間合いだ。

まともな斬り合いじゃ勝てない。それなら、やっぱり卑怯な手を使うしか無いわよね。


太刀を上段に思いっきり振り上げる。私の前にいる三人が身構えた。

思いっきり足を摺り上げ、三人に砂をお見舞いする。


「ぶわっ」と二人が顔を覆った。そのうちの一人目掛けて一足飛びに飛び込み、顔面に刃を突き立てる。

濁った低い声と怒号が響く。

太刀を引き抜くと、砂煙から逃れた一人、最初の襲撃者が片手で太刀を振り上げて駆けてくる。


「くたばれ、女狐!」

「罵倒の語彙が少ないのね!」


女狐女狐と一本調子。もう少しボキャブラリーを揃えてほしいものだ。

相手が片手なら打ち合っても勝てる。下段に構えなおし、振り下ろされる太刀を受け流す。

鉄と鉄が擦れる嫌な音が響くが、勢いを受け流した私の方が技術的に上だったようだ。相手はたたらを踏むように体勢を崩した。すかさず胴体を撫で斬りにするが、何か硬いものに弾かれた。

どうやら具足か鎖帷子でも仕込んでいたようだ。それでも太刀で殴られた衝撃は伝わったようで、男はそのまま倒れ伏す。


止めを刺す余裕はない。

顔を上げて振り返れば、他の九人が錦之助と弥五郎目掛けて殺到している。


「逃げて!」


私の声が届いたのか、二人が振り返る。あぁ、ダメ。振り返らないで。


白刃が振り下ろされ、鮮血が飛び散った。


次回は10月29日(水)18:00投稿予定です。

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