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武勇伝  作者: 真田大助
96/111

教え_肆

短めが続きます。

隙間だらけの一室に寒風が吹き込む。今からこの寒さでは今年は雪が多くなりそうじゃ。

ふぅと白い息を吐いて目の前の二人、中村雪丸と本間千早を見つめ直す。大きさの不揃いな机に噛り付くような姿勢で帳簿を読み込んでいる。


「姿勢を正すのだ。それでは目が疲れてしまうぞ。」


儂が指摘をすると二人は慌てるように背筋を伸ばす。が、二三読み進める間にまた背が丸まっていく。

二人が怠惰なわけではない。むしろのめり込み過ぎてしまうが故に姿勢が崩れてしまっているのだ。しかと己を律せよと叱りたくもなるが、まだまだ年若い二人を見ているとどうにも甘やかしてしまう。孫がおればこのような気持ちになるのであろうか。


何を考えておるのか。頭を振って己の背筋を伸ばす。

目の前の二人は儂の様子など目に入っていないようで、またも背を丸めて帳簿を見つめている。


中村雪丸は普段は温厚だが、懐に算盤が無いと途端に落ち着きが無くなる困った男じゃ。なぜあれだけ執着しておるのかは知らぬが、あえて取り上げるようなことはしない方が良かろう。誰よりも帳簿に厳しく、今もこうして儂らが付けた帳簿を正しておる。それがやけに楽しそうに見えるのは気のせいではあるまい。

その隣に座る本間千早は、女子と見間違うほど目鼻立ちが整っており線も細い。男と知っても尚、時折見間違えてしまう程の容姿をしている。見かけの通り武芸は苦手のようだが、その代わりに手先は誰よりも器用。お雪が何か頼めばその場にある物ですぐに(こしら)えることも出来るようで、何かと重宝しておる。

山王屋と名乗る越後商人の下で鍛えられただけあって、六人とも読み書き算術は一通りこなしておる。その中でも中村雪丸と本間千早の二人は抜きんでて算術が得意なようで、一節かけて付けていた帳簿はわずか一日で仕上がった。

儂も読み書きは出来るが得意ではない。書くことは特に不得手じゃ。今後は彼らに任せよう。


「家重様。改め終わりました。」


雪丸が山積みになった帳簿を丁寧に整えてから一礼する。隣の千早も少し遅れて終えたようで、雪丸よりも低い帳簿の山を整えておる。


「うむ。如何であった。」

「はい。少なくともここ暫くの帳簿は正しく記載されております。しかし古い帳簿は誤りが多く、今の帳簿もその誤りを継いでしまっている箇所が多々ございます。」


雪丸は手にした帳簿を開いて儂に見せる。いくつかの箇所に書き込みがあるが、何が何やら。


「こちらの帳簿は概ね誤りがございません。ですが字が独特で読み辛くて叶いません。」


千早が見せた帳簿はお雪が付け始めたものだ。楷書体では無い書体で書かれており、辛うじて数字は読めるが他の字はさっぱり読めぬ。お雪は書の手習いなど受けてない故、独学で身に着けたのだろう。記した本人は読めるのかもしれないが、儂や雪丸、千早には手に余る代物だ。


「そうか。では誤りを正すにはどうしたら良いと思う。」


儂が問いかけると二人は帳簿を閉じて背筋を伸ばした。最初に答えたのは雪丸じゃった。


「全て付け直しましょう。先の収穫については正しく記載いたしました。しかし以前の帳簿に誤りがあるとすれば、当家の備えを見誤ることとなります。蔵を開け、全て数え直し、改め以降の帳簿で誤りが無いように正します。」

「加えて、お雪様がお付けになられたこちらの帳簿も記載を改めましょう。我らでは読み解けぬ箇所ばかりですので些か時間はかかりますが、これからは福光屋、影尾衆との商いだけでなく防寒具と木版の製作も加わります。全てを正しく管理するためには雪丸の言う通り、書き直すのが最も早く正しいかと。」


「具体的には…」と二人が交互に帳簿を示しながら話してくれるのだが、儂はその半分も分からぬ。申し訳ない気持ちを表に出さぬよう渋面のまま二人の熱心な説明を聞く。

実の所、さも分かっているように『どうしたら良いと思う。』などと言ったが、儂にはどうしたら良いのかわからぬ。武士は算盤よりも太刀を取り、武功によって家を盛り立てるもの。このような商人の真似事はどうにも好かぬし、学ぶにも頭に入ってこない。だからこの二人の若い意見を尊重し、何かあれば責任を負うのがせめてもの役割と割り切って腹落ちさせる。

雪丸は『ここ暫くの帳簿に誤りはない。』と言っておったが、恐らくお雪の指示の下で付けた帳簿であろうな。それより前の帳簿は儂と倅が付けたもの。誤りを指摘されるのはいたたまれない気持ちになるが致し方あるまい。

倅を失い、失意の中でお雪は一早く立ち直った。いや、悲しんだ事を疑いたくなる程の熱意を持って香上村で様々な取り組みを始めたのを思い出す。出倉を迎えてからは福光屋との商いも始まった。商人と密になるなど武士にあるまじき行いだと苦言を呈したのだがお雪は聞く耳を持たぬ。諦めておれば今度は山の民共とも商いをすると言うでは無いか。こればかりは流石の儂も呆れて物も言えぬ。

これも全て高藤家を大きくするためと言うが、そのためにあのような者共と関わりを持つことが果たして必要なのか。儂ももう歳じゃ。戦場での槍働きは望めまい。しかし出倉を迎えたのじゃ、その功を持って土地を得ることも叶うであろうに。

山の民共と比べれば越後商人から送られてきた六人など可愛いものよ。彼らを鍛え、商人や山の民と関わらずとも成り立つのだと示さねばならぬ。

「如何でしょうか。」とこちらを伺う二人を見てうんと頷く。


「あい分かった。良き案であろう。今宵にでもお雪に進言する場を設ける。」


儂が腕を組んでそう言えば、二人は喜びからか顔を赤らめて「ありがとうございます。」と声を大きくする。

すまぬ、お雪。お主の方がこういった話しは理解が早かろう。


嬉し気に帳簿の改めをまとめている二人を見て、ふと昔を思い出す。

儂だけでなく、倅もはこうした帳簿を付けるのが不得手であった。しかしこれも務めと二人机を並べて書き難い紙と睨み合いをしておった。そんな折、部屋の隅から幼子のお雪がこちらを覗き見ておった。父が恋しいのかと思いきや、『父上、その数が誤っております。』『爺様。これは何と書いてあるのですか。万人が読めねば記す意味がありませんよ。』等と小言を言ってきたのだ。儂と倅は大層驚いた。最初こそ笑って付き合うていたが、幾日も続けば次第に可愛さも憎らしさになってしまう。いつしか倅が叱りつけたのを境に、お雪は儂らに声をかけるのを止めてしまった。

雪丸と千早より幼き頃から儂らの勤めに興味を持っていた。それを叱り、遠ざけたのは儂と倅じゃ。

女子は奥を仕切るもの。その習いに従うことに疑念は抱いておらぬ。今でもそうじゃ。政だけでなく戦場にまで出るお雪を見て、儂は先だった倅に申し訳が立たぬ。しかし今となっては儂の小言など耳には入らぬ様子。それならばせめて、お雪が危うき目に遭わぬように傍におるしかあるまい。

ふぅとため息をつくと雪丸と千早が顔をあげる。


「如何なさいましたか、家重様。」

「どこかお加減が悪いのでしょうか。」


年端もゆかぬ二人に心配をさせてしまうとは、儂もまだまだよのう。

中村雪丸と本間千早は奉行として活躍することを見込んでおる。儂としては武芸にも打ち込んでもらいたいのだが、お雪は各々が得意とする領分を特に鍛えたいと言うのでそれに従わざるを得ない。

しかし二人とも臆する事なくお雪や儂に意見出来る胆力を持っておる。下手に隠したり言い淀むこともなく、要点をかいつまんで人に話すことが出来るのは大したものよ。出倉に懐いておる長瀬十兵衛と葛西清隆などは出倉に似てしまったのか、言葉足らずこの上ない。あの二人は将として育てると聞いておるが、果たして出倉の腕でどこまで育つのか不安が残る。


「家重様?」とこちらを伺う二人と目が合い、我に返る。


「大事ない。二人とも、よくお雪に仕えてくれ。あれはまだまだ未熟故、こうした勤めを二人が担うことで少しでも負担を減らしてやりたいのよ。」


あわよくば、表から遠のいて良き人を迎え入れてもらいたい。

早川義人殿をぜひにと思うていたが、瑠璃姫殿と懇意な様子。あの二人に割り込むことは難しいであろう。

他に近しい男を思い浮かべるが、初めに浮かんだ出倉はまず断りたい。当人もそのつもりは無かろうが、根無し草にお雪を預けるなど考えたくもない。小姓の六人も同じようなもの。他に思い当たるは早川家の川上鏡之介殿か。川上殿は上見城の城代として早川家を支える筆頭。うむ、良いかもしれぬ。機会があれば嫁取りについて伺ってみよう。


「お任せください家重様。我ら六名、受け入れてくださったお雪様の御恩に報いるべく、精進いたします。まずはこの帳簿につきましては雪丸にお任せを。」

「この千早もお雪様、家重様がお求めの物がございますれば何でもお作りいたします。何なりとお申しつけください。」


いかん。儂も歳か。目に浮かぶ涙が溢れぬように目を瞑り、深く頷いた。


次回は10月24日(金)18:00投稿予定です。

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