教え_弐
今年も豊作となった。
二つ村から納められたお米が高藤家の蔵一杯に詰められる。なんなら入りきらない分は香上村の庄屋さんの蔵で一時預かりしてもらうくらいの豊作だ。
越中全土としては収穫量はまずまずだったようだが、私たちは現代(風)の稲作を推奨している分、稲穂の発育が良かった。
運び込まれた米俵の徴募を付けているのは武雄が山王屋から最初に預かって来た六人。まだ十歳を少し超えた位で、現代日本なら元気いっぱいに遊んでいる年頃だと言うのに、こうして仕事をさせていることに少しの罪悪感を覚える。
彼らからしたら働くことが当たり前で、そんな心配は無用だと分かっていても、どうしても現代の感覚が抜けきらない。
一方の彼らは、女当主に仕えると言うことに大きな反対も無いようで、元気よく飛び回ってくれている。
彼ら以外にもあれから数回に分けて山王屋さんから人が送られてきているが、正直なところ最初の六人以外はなかなか扱いに困る人材だった。子供だけでなく女性や怪我人まで送られてきている。福光屋の徳右衛門さんに「全員連れてきて!」と言ってしまった私が悪いのだけれど、流石に病人が送られて来た時は苦情の文をしたためた。そのおかげか、それ以降はある程度人材は選んで送ってもらっているが抜きん出ている人物は今の所見つけられていない。
それでも既に高藤家で受け入れた人数は三十人を超えた。正直なところ、これだけ多くの人が送られてくるとは思っていなかった。聞くところによると越後の戦が長引いているのが原因らしい。長尾家が優勢らしいけれど、上杉家を応援する武家もそれなりに居るようで戦線は膠着している。おかげで土地を失った者、親を失った者など、行くあての無い人が溢れてしまっているようだ。
幸いにも高藤家にはお米だけはふんだんにある。それに防寒具作成に木版印刷、瑠璃さんから依頼を受けている薬草の採取など、人手はあって困るものではない。とりあえずは香上村の近くに家を建てて住ませているが、そろそろ新しい村を開拓しても良さそうだ。雪解けを待って新しい村の縄張りを始めても良いかもしれない。
そんなことを考えていれば、年貢の確認を終えた六人の小姓が私の前に一列になって片膝を付いていた。小柄とはいえ六人が並ぶと小さな庭はより狭く感じる。私一人が縁側に座っているのが申し訳ないので全員を室内に招き入れて並んでもらう。
砂を払って座り直した六人。
表情の硬い者やキラキラとした眼差しの者、オドオドと目が泳いでいる者。高藤家に来て三ヶ月。徐々に個性がつかめて来た。
一番左端に座っているのは長瀬十兵衛。その隣が葛西清隆。二人は元々武家の子らしい。といっても数代前に家は滅んでしまったらしく、長らく農民として暮らしていたと聞いた。長瀬十兵衛は太刀、葛西清隆は槍使いが上手でよく武雄が訓練しているのを見かけている。二人も武雄によく懐いているようで、武雄が巡回と言う名のサボリに出る時は必ずと言って良いほど一緒に出掛けている。
真ん中の二人は中村雪丸と本間千早。雪丸は算盤が何よりも好きで、懐に算盤がないと落ち着かないようだ。好きなだけあって計算はとても早く、今日の年貢調査も彼のおかげで早々に終えることができた。
千早は女性的な顔付きで初めて会った時は女の子かと間違えてしまったほどだ。大人しい子だが手先が器用で、私が「こんなものが欲しいな。」と言うと手元にある材料で作り上げてしまう。最近では竹と和紙で団扇を作ってくれた。これはすごい才能だと思う。私がついつい色々と頼んでしまうのだが、頼みすぎると雪丸が算盤を弾きながら報酬をしっかり渡すように諭してくるのでほどほどにしなくては。
右側に座る二人が浅尾錦之助と雨森弥五郎。錦之助はお洒落好きのようで、手先の器用な千早に頼み込んで色々と小道具を作ってもらったりしている。先日は動物の骨で数珠を作ろうとしていたので流石に止めたけれど、だいぶ先進的な美意識を持っていそうだ。弥五郎はいつも不安げな表情で周囲を伺う動きをしている。頼まれたら断れない性格のようで、よく錦之助に付き合わされている様子を見かける。
今のところの育成方針は長瀬十兵衛と葛西清隆は兵を率いる小隊長候補として武雄とお爺様から武芸の稽古を中心に取り組んでもらっている。
中村雪丸と本間千早は内政奉行候補。福光寺での手習いの時間を多めにとりつつ、福光屋さんや影尾衆との交渉の場には必ず参加させて商売のイロハを一緒に学んでいる。
浅尾錦之助と雨森弥五郎は外交奉行候補。村長との会合や才川城へ登城する際は同行してもらい、砺波を取り巻く情勢を意識しつつどのように行動するのが良いのかを語り合うように意識している。
基礎となる読み書き算術は、得手不得手はありつつも福光寺での学び直しもあって問題なく出来ているようだ。むしろ私の方が追い付いていない位なので、影で勉強する時間をもう少し増やさなければいけない。
私や武雄、お爺様が期待しているのが伝わっているのか、六人とも「ここで名を上げる」と意気込んでくれている。その熱意を燃やし続けてもらえるように彼らを子ども扱いせず、一人の人間として接するように意識しなくては。
雪丸が弾く算盤の心地よい音を聞きながら、まずは今年の豊作を皆で喜んだ。
・・・
「それじゃ、木版印刷の目途は付いたんだな。」
夜。
囲炉裏を囲みながら肉の入った汁を口に含めながら武雄が話す。お爺様は叱るように武雄を小突くが、当人はまるで気にせず、囲炉裏の火で焙られる串に手を伸ばしている。
「ええ。本間千早が手伝ってくれたおかげで試作品は出来たわ。紙の方も福光屋さんで集めてもらっている。あとは経典の草案待ちね。」
「それならもう間もなくじゃろう。先だって儂が福光へ訪れた際に和尚が『坊主使いが荒くて敵わん。』と嘆いていたからのう。」
ごめんね円順和尚さん。
三人で笑いながらお肉が焦げないように串を回す。
「木版の作成は協力してくれる家ごとに割り振るわ。協力してくれる家は出来高に応じて来年の年貢を免除するの。」
「冬の間に作らせて春には書に出来るかのう。」
「そうね。木版が出来たら順次高藤家に持って来てもらって、質が良いものだけ認めるようにしましょう。」
「うむ。」とお爺様が囲炉裏で焼かれた猪肉の串焼きを頬張る。お肉を渡した当初は触ることすら忌避していたのに、今では塩漬けしたお肉が無いと不機嫌になる程夢中になっている。お肉の魅力というのは偉大だ。
「前に話していた挿絵はどうするんだ。」
「それも大丈夫。浅尾錦之助が絵心があってね。彼が書いた絵をもとに千早に彫ってもらうわ。」
いつも髪型や衣服の乱れが無いか気にしている浅尾錦之助だが、美的センスはなかなかのものだった。写実的な絵はきっと木版でも表現できるだろう。
「善徳寺らに睨まれんと良いがのう。」
「そりゃ無理だろ。草案次第だが、元々の経典をいじって配るんだ。絶対に文句言ってくるぞ。」
武雄の言う通り。
元の経典に書かれていた過激な部分は削除するように円順和尚さんにお願いしている。つまりは経典を好き勝手に変えているのだ。無論、浄土真宗の教えを真っ向から否定するのではないが、それでも善徳寺などからしたら激怒モノであることには違いない。
しかし彼らだって元の経典を書き換えて都合の良いように教えを説いているのだから、同じ穴の狢だと言うことは強調したい。
いきなり武力行使に走るとは思えないが、念のための根回しはしてある。
「早川家を通して神保家への根回しはしてあるわ。神保家も一向宗の力は押さえたい。そのための一助とあらば多少一向宗から苦情が来たとしても上手に対応してくれるわよ。」
「城端の荒木家からも賛同を貰った。表向きは一向宗に寄り添うらしいが、うまい事不満を押さえてくれるそうだ。」
それはありがたい。
城端周辺は過激派一向宗が多いと聞く。なんでも将来的には善徳寺を城端城の位置に引越しさせたいと話しているとか。確かに今、善徳寺のある山本村は交通の便があまり良くない。城端は飛騨、富山や加賀へ行くにも便利な要所。更には新築の城端城を築城している最中だ。そっくりそのまま善徳寺が貰ってしまえば防備も完璧なお寺が出来るということだ。
もちろん、荒木善太夫さんは内心では憤慨しているらしい。しかし過激派一向宗に囲まれていては表立って反対するわけにもいかず、難しいかじ取りを強いられているのだ。
「飛騨の五箇山はどう動くかのう。」
五箇山と言うのは越中と飛騨の国境にある集落で、一向宗が支配する地域だ。平家の落ち武者が流れて住み始めたのが起源らしい。
交通の便は最悪だが、飛騨へと向かう道の一つであり、敵対すれば背後を脅かされることになるためあまり刺激したくない勢力だ。
「きっと怒るでしょうね。でも五箇山は城端や上見を経由して塩を運んでいるわ。兵を挙げるに至るまでは猶予があるはず。」
なんだか経典の出版は早計だった気もしてきた。だが歴史を見ていてもこれから一向宗が力を付けていくのは確かだ。その勢いを少しでも削ぐために今から動いていかないといけない。
「野介達にも伝えておく。何かあったら知らせてもらおう。」
武雄が次の肉に手を伸ばしながら話しを進める。野介さん達に頼ってばかりで申し訳ないけれど、情報網が彼らしかないので頼らざるを得ない。
うーん、独自の情報網がほしい。朝倉家でも少数の忍びを自前で持っていたようだけど、高藤家でも数人雇うくらいは出来ないだろうか。
印刷事業が軌道に乗ったらお福さんにでも相談してみよう。
「あとは引き取った六人の教育ね。大分個性も見えてきたし、ここからは基礎教育に加えて二人一組で特徴を伸ばしていこうと思うの。」
囲炉裏の火に照らされた二人がコクリと頷く。
長瀬十兵衛と葛西清隆は武芸や将としての強さと心得を。
中村雪丸と本間千早は内政に関する知識と柔軟さを。
浅尾錦之助と雨森弥五郎は他家と渡り合える知見と度胸を。
武芸は武雄に。内政は私。知見はお爺様が教えることになる。
あと数年で一人前にして活躍してもらう。早急な育成計画かもしれないが人材不足な高藤家としては早々に現場に出てもらいたい。
有名な武将をスカウト出来れば苦労しないのだが、手に入らない人材を嘆いていても仕方ない。
「さぁ、これから忙しくなるわよ。」
最後の一本だった猪肉の串を握り合っている武雄とお爺様を前に、私は拳を握り込んだ。
次回は10月16日(木)18:00投稿予定です。




