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武勇伝  作者: 真田大助
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飛騨と越後と_参

吉江家との交渉場から数時間。夕暮れ時になってようやく直江津に到着した。

道中で今見爺さんが話していたが、直江津は三津七湊のひとつに数えられておりかなり栄えているらしい。そう言えば朝倉家で三段崎安広から聞いたこともあるような気もする。

直江津を守る関所は越後との国境にあった関所と比べても大きく、門扉や兵が控える家屋も立派な造りだ。福光屋の荷駄隊が集まっても余裕がある程、道や待機場所も整備されており、ここが要所なのだというのがよく分かる。守る兵もしっかりとした具足を身に着けており、京で見たような荒くれ者はいない。

福光徳右衛門が諸々の手続きをしてから商隊は街中へと進む。関所の門扉をくぐった先で、潮風に混じって煮炊きの匂いがする。最後の掻き入れ時と勢いよく商人が呼び込みを行っている。活気のある良い街だ。思いっきり深呼吸をして肺一杯に磯の香を取り込む。うん、良い感じだ。

徳右衛門が事前に予約をしていたのか、商隊は外れにある大きな商家へと到着した。木製の看板には大きく『山王屋』と書かれている。商隊が到着したのに気が付いたのか、徳右衛門が声をかける前に山王屋の中から一人の男が出て来た。徳右衛門に似た恰幅の良い男で深緑色の着物が目立つ。徳右衛門との違いはその頭髪だ。白髪交じりの徳右衛門に対してフサフサ真っ黒な髪なところをみるとまだまだ若いように見える。


「福光屋さん、お待ちしておりました。遠路でお疲れでしょう。どうぞ奥でおくつろぎください。」

「山王屋さん。お世話になります。これだけの人数を泊めていただけるなんて有難い限りです。」


互いに肩を叩き合ってにこやかに中に入っていく。あれ、随分とフランクな感じだな。思ったより年齢差はないのだろうか。山王屋と入れ替わるように建物の中からワラワラと丁稚が出て来て空の荷駄を店の裏手へと運んでいく。随分と数が多いな。まるで競うように荷台や荷物をせがんでは運んでいく。疲れ切った福光屋の一行は喜んで荷駄や手荷物を預けて山王屋の中へ入っていく。

福光屋が雇っている人足と護衛はそれぞれ部屋を割り振られて荷ほどきを進めていくようだ。炎天下の中で大荷物を運んでいた男達はさすがに疲れ切っているようで、あちこちから気を抜く声が聞こえる。

俺と石黒党の五人も適当な部屋に案内されるのかと思いきや、山王屋に「みなさんもどうぞ奥へ。」なんて促されたので黙って付いて行く。

山王屋は商家兼宿泊施設のようでかなり広い造りだ。進めば小さいながらも庭もあり、縁側でくつろいでいる男女の姿も見える。宿泊客だろうか。そんな男女の後ろを通って更に奥に進めば、平服に太刀を腰に差した男達が守る渡り廊下が見えて来た。その先には平屋の建物。どうやらVIP用の家屋らしい。廊下を守る男達にジロジロと見られながら俺達が家屋に入る。中に入れば板張りの間があり、その先には畳張りの広間があった。朝倉家でも畳張りの部屋はそうそうなかったのでちょっと驚きだ。室内は蝋燭に火が灯っておりかなり明るい。蝋燭も高級品だ。いつも行燈の薄暗さに慣れている身としてはむしろ明るすぎると感じるほどの明るさだ。

山王屋に案内されて畳の間に入り、右手に山王屋。左手に徳右衛門。その下に俺達が座る。徳右衛門は申し訳なさそうに最後まで立っていたが、今見爺さんがゴホンと咳払いをしてようやく着座した。俺達に気を遣っているのだろうか。そんな俺達と徳右衛門の微妙な関係に違和感を抱いたのか、山王屋はニコニコ笑顔のままこちらをじっと見ている。


「さてさて。まずは私からお話しいたしましょうか。山王屋の当主をしております、清左衛門と申します。」


恰幅の良い身体を丸めるようにして深々と俺達に頭を下げる。

競うように徳右衛門も頭を下げ、下座に座る俺達を横目で伺いながら口を開く。


「こちら、中央に座られているのが越中高藤家のご家臣、出倉武雄様にございます。その隣にお座りなのが石黒家のご家臣にございます。順に、今見吉次様、今見吉教様、稲垣久六様、蓮見彦兵衛様、笹岡宗八様にございます。」


紹介された石黒党の面々は不機嫌な表情のまま軽く頭をさげる。すごいな徳右衛門、爺さん連中の名前まで憶えているのか。俺なんて何度聞いても覚えられなかったのに。

徳右衛門からの紹介が終わり場がシンと静かになる。徳右衛門は気まずい表情をしているが、気まずいのはこちらだ。何で俺達がここに呼ばれたのかイマイチ分かっていないんだ。どうしたものかと腰に差したままの小太刀の柄を撫でていれば、山王屋がクスクスと笑いだした。


「そう警戒しないでくださいませ。何もここで皆さまを討とうなどど考えてはおりません。むしろその反対。皆さまとはぜひ仲良くさせて頂きたいのです。」


背筋をピンと伸ばして山王屋がこちらに向き直る。


「お武家様は遠回しなお話しを嫌うと伺いましたので簡潔に。当家、ひいては長尾家にご助力頂きたくこの場を設けさせていただきました。」


長尾家に協力?俺達みたいな小勢力が?

ちょいと話しが見えない。協力を要請するにしては俺達は規模も小さいし拠点も遠すぎる。普通に考えればあり得ない話だろう。一体何が目的なのか。

先ほどよりも警戒感を上げた俺達を見て、山王屋は慌てたように両手を振る。


「失礼いたしました、これは簡潔ではなく言葉足らずにございますね。私はどうにも私は話し下手でして。」


ハハ、と申し訳なさそうに頭を下げてから眉尻を下げた山王屋が襟首を正して語りだす。


「今の越後の情勢についてはご存じかと存じます。守護の上杉家と守護代の長尾家の間には深い溝があり、その溝はもう間もなく戦という形で現れましょう。当家は長らく長尾家にご用命いただいております故、戦となれば長尾家を支援するつもりにございます。しかし越後には守護の上杉家を担ぐ武家、商家が多く苦戦は必定。そのため、近隣諸国の武家、商家に協力を仰いでいるのでございます。」


立て板に水とはこう言うことなのだろうか。身振り手振りを交えながらスラスラと述べるこの男が話下手とは到底思えない。


「なるほど。理屈は分かった。だが協力を仰ぐにしては違和感がある。俺達の家は規模も小さいし、拠点も越中の南部。もし越後で戦となったとしてもとてもじゃないが援軍を送るなんて出来ない。物資の搬入なんて尚更だ。日々生きていくのに必死だからな。」

「おや。それにしては随分とたくさんのお米をお持ちと伺っておりますが。」

「それは福光屋が飛騨で買い集めた物で…」

「香上村。それとそのちょいと奥では沢山の稲穂が揺れているとか。いやはや、羨ましい限りにございます。」


コイツ。香上村のこと、隠し田のことも知っているのか。

こちらを伺う眼差しは笑っていない。ギラリと光る眼光はまるで武将の眼だ。


「だとしてもだ。仮にうちが豊作だとしても、ここまで運び入れるのは色々とかかる。越中と越後の国境にいる椎名家辺りに声をかけた方が余程使い物になるだろう。」

「無論、椎名様にもお声がけはさせて頂いております。しかし我ら商人の願いなど羽虫の声と疎まれ取り合ってはもらえません。齋藤様や神保様も同じ。しかし、高藤様は違う。」


山王屋はズッと膝を前に進めてくる。


「福光屋を助け、使い、金と物の使い方をよくご存じでございます。我ら商人と話し、利を知っておられる。」

「村を二つ持つ程度の身代だ。力なんて無いに等しい。」

「それは今のお話しにございましょう。商人と言う生き物は実の成るものには存分に水をやる生き物。大樹へと育つ器のお方とあらば、その器に満々と水を注ぎましょう。福光屋さんもきっとそのおつもりでこうして傍にいらっしゃるのでしょう。」


急に話を振られた徳右衛門は困ったように苦笑いする。

うーん、お嬢が来るべきだったと今更ながら後悔がよぎる。山王屋の発言はリップサービスか、それとも本心なのか。俺には見抜くだけの力はない。しかし山王屋は高藤家を高く買っている。そしてお嬢は長尾家と懇意になりたい。山王屋が長尾家を支援しているなら利害は一致しているはずだ。


「うちのお嬢を高く買ってくれていることに対しては素直に礼を言おう。しかし現実問題、俺達に何を望む。今回程の規模で米を売るのは難しいぞ。もちろん、いざ戦になったとしても兵を送るのも難しい。」

「今はまだ何も望みません。ただ、もし米が余っておりましたらぜひ山王屋へお売りください。知らせを頂ければ次は当家が越中まで伺いましょう。それ以外にも木材に薬、武具に馬。なんでもございましたら取り扱う商家をご紹介いたしましょう。」

「紹介?山王屋で買い取るんじゃないのか。」

「当家は米と酒を扱う商家でして。それ以外は取り扱いませんので。」


そうか。これも越前で何か言っていた気がする。確か座とか名乗る団体があって、扱える商品に限りがあるんだっけか。福光屋のようにどこにも属さない商人は小規模商家か行商人か、はたまた阿呆かのどれかだ。


「しかしこちらからねだってばかりでは商いになりませんね。ここはひとつ、山王屋からは人を送ると言うのはどうでしょう。」

「人?」

「えぇ。昨今の戦で多くの男手が亡くなりましてね。口減らしとして方々から子女が売られてくるのです。同じ越後に住まう者としては出来る限り助けたいと思うのですが当家にも限りがあり…。」


確かに山王屋に到着した時に出て来た丁稚の数はちょっと異常だった。競うように荷をせがんでいたのも役立たずはまた売られてしまうとでも言われたのだろうか。

一方の高藤家では人手が足りていない。農作業だけでなく、時瀬のお姫様から依頼がくる薬草採りも加わって今じゃ女子供も総動員で働いているくらいだ。越後から人が送られてくるのは願ったりかなったりではないだろうか。


「俺一人じゃ決められない。帰ってお嬢に聞いてみる。」

「ありがとうございます。よろしければ数人お連れいただけませんか。読み書き算術が出来る丁稚をお付けいたします。」

「そりゃありがたい。だけど良いのか。色々と教え込んで来たんだろう。」

「こう言ってはなんですが、どうにも商人には向かない性の子等もおりまして。」


あぁなるほど。そりゃ優秀な人材は自前で囲うよな。商人に向かない丁稚を押し付ける魂胆か。

まぁ良いだろう。お嬢からも読み書きが出来る人材を集めてほしいと言われている。それに使い物にならないなら教えれば良い。それでもダメなら追放する。それだけだ。


「わかった。とりあえず数人なら連れて帰ろう。それ以上はお嬢の判断次第だ。」


「ありがとうございます。」と山王屋はニコニコ笑顔で頭を下げる。どこか話し下手だよ。うまいこと乗せられたような気がしてならないぞ。


「では次のお話しを。」

「まだあるのか。」


「ございます。」とニコニコ笑顔の山王屋を前に足を投げ出したくなる。

後ろの爺さん連中をチラリと見るが、全員真剣な眼差しで俺と山王屋を見つめている。逃げるのは無しか。

諦めた俺のため息を聞き終えてから山王屋がズズと二歩ほどこちらに寄って来た。


「高藤様は一向宗をどう思いでしょうか。」


ピクリとこの場にいる全員が反応する。


「ご心配は無用です。周囲に人はおりません。ぜひ忌憚なきご意見を伺いたく。」


ニコリと笑う山王屋の眼はまたギラついている。


「それは山王屋自身の探りか。それとも長尾家の指示か。」

「さぁてどうでしたか。重要でないことはトンと忘れてしまう質でして。それとも私のお答え次第で高藤様の旗色は変わるのでしょうか。そうでしたら何としても思い出すのですが。」


チッ。嫌な答えをしやがる。わざとらしいキョトン顔の山王屋を前にして腕を組む。


「俺はお嬢じゃないからわからん。」

「左様でございますか。では、出倉様のご意見をお聞かせいただけますでしょうか。」


俺の意見なんて聞いてどうするんだよ。ムッとして山王屋を見つめ返すがそこには「逃さない」と強い意志を宿した瞳がある。

ここで渋っても長引くだけか。


「俺は一向宗と手を組むのは反対だ。」

「それはなぜでしょうか。」

「口では偉そうなことを言っているが加賀は酷い有様だ。それでいて上に君臨する僧共は贅沢三昧と聞く。欲を持ち、土地を求め、戦をする。ただ信じているだけなら文句は言わないが、信仰を掲げて他者を虐げるような連中をどうして信じられる。」

「なるほど。しかし越中には一向宗を信仰する民も多くおりましょう。一向宗と敵対すればその民全てを敵に回しますよ。」

「そうでもないさ。中には戦を嫌う一向宗もいる。福光寺の円順和尚なんかがそうだな。戦に参加せず、ただ日々の生活の中で信仰する。そんな連中となら共生できる。と思う。」


その区分が難しいんだけどな。

俺の話しを聞いた山王屋はうんうんと頷いて何かを考えこんでいるようだ。

武器を持たず、ただ神様だか仏様を信じている連中までどうにかしようなんて考えていない。だが僧の命令を妄信して戦に挑む連中は排するべきだと言うのが俺の信条だ。


「長尾家が一向宗を仇敵としているのはご存じでしょうか。」

「おう。確か親父さんが般若野の合戦で一向宗に討たれたんだよな。その戦は俺も見ていた。」

「左様にございます。恐らく越後を平定した後に一向宗を討たんと兵を起こすでしょう。その時、一向宗を匿えば長尾家は容赦なく襲い掛かりましょう。」

「むしろ好都合だ。さっき言った通り、武器を持って土地を求める一向宗を俺は好かん。もし越中の一向宗を討ちにくるなら協力できるぞ。俺個人としては、だがな。」


最終的な判断はお嬢が下す。そこだけは念押ししておく。


「お話しを聞けて安堵いたしました。良きお方を失うのはあまりにも辛いことにございますので。」


あぁ、今の時点で敵味方の線引きを引き始めているんだな。ってことは越後国内の戦は相当に近いのだろう。そして山王屋は長尾家が勝って越後を統一すると見ている。その先の越中征伐を想定しているくらいだ。

目の前でニコニコと笑うその瞳には、変わらぬギラついた野望の火が燃えていた。

次回は10月1日(水)18:00投稿予定です。

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