表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武勇伝  作者: 真田大助
90/111

飛騨と越後と_弐

「ここいらは雪深いからね。毛皮は高く売れるよ。」


荷台に積まれていく毛皮を見るお福さんの眼が先日の武雄のようにギラギラしている。瑠璃さんの薬程では無いが米と比較にならないほどの金額で買い取ってくれた。


「この調子なら貸した分も早々に返し終わりそうだね。いやぁさすがはお雪さんだよ。」

「それほどでも。毛皮だけでなく干し肉もあるのですがこれは売り物になりますか。」


固くて筋が多く、獣臭さも鼻につくが久々のお肉は最高だった。武雄と二人、煮込み料理と焼き肉で堪能した干し肉がまだまだ大量に残っているのだ。

干し肉の一つを摘まんだお福さんは眉間に皺を寄せて唸っている。


「肉は買い手がつきにくいからねぇ。それに坊主連中に知られたら厄介なことになる。ちょいと表じゃ扱えないね。」


やっぱり売るのは難しいか。買い過ぎた分は村の皆に食べてもらおう。お肉を食べたら影尾衆のようにガタイも良くなるかもしれない。


「そう言えば飛騨の話しだけどさ、米を買い上げちまうってのはどうだい。」


毛皮を数え終わったお福さんが腰に手を当ててこちらに振り返る。


「食うものがなければ戦なんて出来ないからね。もう暫くすれば刈り入れ時だ。戦で使われるより毛皮にして手元に残しておきたい連中は多いと思ってね。」

「それは良い案だと思うのですが、戦を止めるだけの米を買えますか?」

「普段なら難しいけど、今は出来るのよ。飛騨は色々と物が滞っていてね。ほら、長尾が攻めて来てからこの方、越中じゃあちこち小競り合いがあっただろう。それで飛騨へ運ぶ荷が止まっていてね。特に塩が足りないって飛騨の商人が泣いていたよ。」


小競り合いの一旦には私達も交じっているので少し申し訳なく思う。

お福さんはそんなことを気にしていないのか、楽し気に耳打ちしてくる。


「実は数日内に福光屋が塩と薬をたんまり運んでやる予定でね。ついでにこの毛皮の山があれば飛騨中の米を買い占めることだって出来るわよ。」


飛騨中は言い過ぎだろうが、それだけ沢山の米を買う目途は立っていそうだ。

山下家が「戦があるから米を売るな」と言っても土豪が素直に従わずに米を売る様子が目に浮かぶ。

米が無ければ戦にならないし、仮に秋の刈り入れ後に攻めてきても、飛騨は米の収穫量が少ないと聞いた。きっと山下家には予備の米が無い。戦を考え直すには十分だろう。


「お福さん、お米の買い占めをお願いしても良いでしょうか。」

「任せときな。と言いたいところだけどね。ここまで話しておいてなんだが、一つ懸念があるのよ。」


「懸念?」と私が聞けばお福さんは腕組みをして首をかしげる。


「買い上げた米をどこに売るかって話しよ。うちの蔵にも限りがある。仮にあんたらの家で買い取ると言ってもらったとしても、少々量が多すぎるわね。」


うーん。うちはお米に関しては困っていないからなぁ。香上村で苗を別場所で育ててから均等に田植えをする手法を大々的に開始した結果、生育は順調。元の隠し田と合わせて過去最高の収穫量を見込んでいるくらいだ。

どこか米が入用で支払いもしっかりしてそうな家は無いだろうか。


…あるじゃない。少し距離はあるけれど、米を必要としていて、私が仲良くしておきたい武家が。


「お福さん。売り先について、相談しても良いですか。」


毛皮の引き渡しが終わるまでの間で、私たちの商談は手早くまとまった。


・・・


「さっさと進め。」と無愛想な侍に促されてもう何度目か分からない関所を超える。関所を守る連中ってのはどいつも愛想が無い連中ばかりだ。思い返せば京の関所もそうだった。

ため息をつきながら米が満載された荷車を押す。日差しは強いが風があるのが救いだ。荷車に刺さった福光屋の旗と高藤家の家紋である登藤が描かれた二本の旗が風になびく。

福光を出てからもう一週間は経っただろうか。福光からは川を下って海近くまで出て、日本海が見える位置で荷車に乗り換え、そこからは陸路で細い街道を進んでいる。あのまま海路で向かえれば良かったのだが、残念ながら海を進むだけの舟を用意できないとのことで泣く泣く手押しで進んでいるのだ。

振り返れば二十台を超える荷車が街道を進んでいる。それを押す人工と護衛を合わせれば百名近い男達が汗を拭いながら道を進む。まだまだ秋を感じるには日がかかりそうだ。


「出倉殿、まだかかるのか。」


荷車を押していないのに汗びっしょりの爺さんが息を切らしながら呟く。

確か名前は稲垣爺さんだったか。もう五十を超えているだろうが、石黒党の中ではまだ若い方だ。


「あれが最後の関所のはずだ。つまりここはもう越後の国。もう少しで商談場所の砦が見えるはずだから頑張れ。」

「本当だろな、もう腰が折れそうじゃ。のう今見殿。」

「稲垣殿の言う通りよ。儂らをこき使うなど、何たることだ。」

「今見爺さんよ、文句があるなら桑山城で留守番してる光興に言ってくれ。」

「爺様、もう少しです。ここで根をあげるのは今見家の恥ですよ!」


孫の今見吉次に励まされて今見爺さんは大きく息を吐く。

今回の遠征?の目的地は越後。福光屋が飛騨で買い占めた米を遠路はるばる越後まで運んで売り付けに来たのだ。近場の神保家や椎名家に売るのは敵に塩を送るようなものだ、ってお嬢の考えだ。

遠征には石黒党の面々も護衛に付いてくれている。福光屋としては人件費の削減になるし、石黒光興としては越後の情報を仕入れる機会だと捉えたようだ。

護衛隊は俺を大将に三十名。石黒党からは若手の今見吉次と稲垣爺さんらの計五人。その他は福光屋が金で雇った男達だ。数だけは揃えたが質には疑問が残る連中なので石黒党の面々がいるのは俺個人としても心強い。暑さでバテていなければ、の話しだが。孫の今見吉次は元気そうだが、爺さん連中はダメそうだ。倒れたら面倒なんだ、もうちょい頑張ってくれ。

荷駄隊の指揮をとるのは福光屋の当主、福光徳右衛門。久々の再会だったが、なんでも金策のために北陸と信州を周っていたらしい。


「徳右衛門よ、今回の商談相手ってのはもうちょい越中寄りに来てくれないものなのか。」

「そりゃ無理ってもんですよ。お武家さんは商人を下にみてますからねぇ。」


相変わらず恰幅の良い身体を揺らしながら徳右衛門が笑う。以前より髪に白い物が増えているが、まだまだ元気そうだ。

今回の交渉相手は長尾家の家臣、吉江景宗。福光屋の先代だか先々代だかの商い相手だったらしく、その伝手を使って連絡をつけてくれた。二十台以上の荷台に満載された米は吉江家、ひいては長尾家にとってかなり魅力的だったようで、二つ返事で買い手となってくれたらしい。

夏の日差しに当てられながら荷車を押し、関所を超えて一時間もしない内に海沿いにある漁村に到着した。ここが目的地のはずだ。細い道から分かれた先には木製の柵に囲まれた小さな砦がある。あそこに領主がいるのだろう。

少し開けた場所に荷駄隊が展開しようやく一息ついていると、砦の門が開いて数人の男達がこちらに向かってくるのが見えた。鎧を着ているのは二人。それ以外に平服の男が三人。先頭を歩くちょび髭が当主だろうか。迎えるように徳右衛門が前に出て深々と頭を下げ、その少し後ろに俺と今見吉次と、今見爺さんが並ぶ。

男達は俺達の前まで来ると足を止め、鋭い目つきで俺達を睨む。


「福光屋が当主、福光徳右衛門と申します。此度は商いの申し出をお受けいただき恐悦至極にございます。」

「吉江家当主、吉江景宗である。福光屋には先々代が世話になったと聞いておる。此度も世話になる。」


世話になる人間の態度じゃないな。偉そうにふんぞり返っている吉江景宗を見てそのちょび髭を引っ張りたくなる。

ムッとした俺に目もくれず、吉江景宗は荷車に積まれた米を見て「これはなかなか。」と感心している。


「文に書かれていた量より多いな。」

「はい。吉江様より頂戴しました文に『米はいくらあっても良い。』としたためられておりましたので、当家の総力を挙げてかき集めましてございます。」


「良い心掛けだ。」と吉江景宗は満足げに頷き、部下が米俵の数を数え始める。


「全て買い取ろう。値は文にしたためたもので良いな。」

「それは些か…。多めにお持ちした分は値を上乗せ頂きませぬと当方も立ち行かなくなります故…」

「此度はこれ以上出せぬ。また機があれば買い取ってやる。それで納得せよ。」

「ですが…」


徳右衛門が困り顔で吉江景宗に縋ろうとした所でザワリと寒気がした。

咄嗟に徳右衛門の首根っこを掴んで引きずり倒す。


「ほう。勘の良い男だ。」


徳右衛門の首があった位置に、夏の日差しを反射した白刃が煌めいてる。


「いきなり斬り捨てようとは随分と乱暴だな。」

「口の利き方に気を付けろよ童。商人の分際で我らに歯向かうとは思い上がりも甚だしい。」


吉江景宗の右手に握られた太刀が中段に構えられる。なんだ、やる気か。

徳右衛門を後ろに放り投げて小太刀の柄に手を添えようとした所で「何をしておる。」と野太い声が響いた。

吉江景宗を注視しつつチラリと声のした方角を見ると、騎乗した一団がゆっくりとこちらに向かって歩いてきている。その姿を見た吉江景宗は慌てて太刀を左手に持ち直して地面に膝を着いた。

振り返れば福光屋の連中も両膝を地面に着いて頭を下げている。


「このたわけ!早う頭を下げい!」


今見爺さんに引きずられて渋々膝を着いたタイミングで騎馬の一団は俺達の前に到着した。


「景宗、何をしておる。」

「は。戦に備えて兵糧を仕入れてございました。しかしそこなる商人が売値を吹っ掛けて参りましたので少々仕置きをと思いまして。」


ケッ。吹っ掛けてきたのはお前だろうが。ジロリと横目で睨むがこちらを見向きもしない。


「商人よ。無用な争いは起こすでない。」


馬上の男は呆れたように一息ついて徳右衛門に投げかける。どうやらこちらの言い分は聞いてくれないようだ。

馬上から見下ろしてくる男の顔を伺い見る。年齢は四十代くらいか。深い皺の刻まれた顔には相当の苦労が見えた。浅黒く焼けた肌に鋭い眼光をし、福光屋の米を眺めている。


「殿。他にも信濃、飛騨より米を集めております。陣触れを頂ければ当家はいつでも馳せ参じますぞ。」

「うむ。その忠義に感謝する。商人よ、越後ではまだまだ米を欲しておる。仕立てて参れ。」


「ははぁ。」と徳右衛門が深々を頭を下げるのを見届け、殿と呼ばれた馬上の男と吉江景宗は砦へと戻って行った。


・・・


空になった荷駄隊を連れて越後を北進する。荷駄を引く連中も身軽になって自然と足が速くなる。目指すは越後有数の湊、直江津。福光屋は荷を、俺と石黒党は越後の情報を仕入れるのが目的だ。

細い山道を一列になって進みながら前を歩く福光徳右衛門に声をかける。


「随分と買い叩かれたのか。」

「いやぁそれほどでも。元々お伝えしていた売値も高めに伝えておりましたからなぁ。予定では『此度は吉江様のために文にしたためたよりもお安く致します。』と持っていこうとしていたのですが。」


漁村を出て人気が無くなった道で徳右衛門ははにかんだ笑みを浮かべる。流石は商人だ。

恰幅の良い腹を揺らして笑い、足が遅れている荷駄に声をかけにいく。


「殿様って呼ばれてた男はどこの殿様なんだ。」


軽くなった荷駄を押す今見爺さんに近づけば、怪訝そうな顔をしながらも俺の話しに応じてくれる。


「ありゃ長尾家の当主、長尾為影殿よ。」


今見爺さんが周囲を伺うように警戒して声量を落とした。


「越中で討ち死にした長尾能房公の子でな。越中の一向宗を親の仇と睨んでおる。」

「長尾家ってのは越後じゃ強いのか?」

「強い。しかし守護の上杉家と上手くいっておらん。守護代の長尾家が力を持つのを嫌って何かと難癖をつけておると聞く。これに長尾家も反発して今じゃいつ戦になってもおかしくない状況よ。」


良く知ってるな爺さん。俺が感心していれば「これくらいは朝飯前よ。」と鼻を擦って自慢げに笑う。

守護と守護代ってのはどこも仲が悪いみたいだ。確か朝倉家も守護のナントカって家を追い出して越前を治めているって言ってたしな。


「福光屋が売った米は長尾家の力になる。吉江殿が『米を集めている』と言ったのは戦支度じゃろう。儂らのような木端にも言う位じゃ。上杉家との敵対姿勢はもはや鮮明になっておるのじゃろう。」

「どっちが勝つと思う。」

「難しいところよ。長尾家の方が勢いがあるが国人衆の中には少なからず上杉家に恩義がある家も多い。大義名分も上杉家にあろう。しかし兵の精強さは長尾家が群を抜いておる。利に敏い家がどれだけ長尾家に付くかによるのう。」


兵の多寡だけでは勝敗が決まらないのは九頭竜川の合戦でも分かった。

大将の器量、情報、作戦、天候。様々な条件がかみ合った方が勝つ。そんなこと、長尾家も上杉家も知っているだろう。

隣国の内輪揉めがどう自分に影響してくるのか。いまいちピンとこなかった。

次回は9月29日(月)18:00投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ