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武勇伝  作者: 真田大助
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飛騨と越後と_壱

沈黙にはいくつか種類があると思う。悩み、悲しみ、呆れ。私は察しが良い方じゃないけれど、今この場を支配している沈黙が【戸惑いと不満】であることはよく分かった。だってこの感覚だけはこの時代で何度も感じてきたから。


「高藤家の当主、高藤雪と申します。」


ニコリと笑って小首をかしげるも、そんな小細工は通用しない相手だった。ガタイの良い男達が不満げな眼差しでこちらを見ている。

狭い高藤家の一室。上座に私。下座に影尾衆(かげおしゅう)の頭、野介(のすけ)さんが座る。私達の間にはお爺様と武雄が座っているが、全員の表情が硬い。

せっかく炎天下の中に商談に来てくれたと言うのにもてなしの一つもできずに申し訳なく思えてきた。


「六助さん、冷たいお水をお願いします。」


隣の厨で様子を伺っていた六助さんに声をかける。

私達は麻で出来た小袖を着ているのでそこまで暑くないが、目の前の野介さんはボロボロの小袖の上に毛皮を羽織っている。これは寒暖対策と言うより影尾衆の棟梁としての誇りなのだろう。額に汗をかきながらも毛皮を脱がないその姿勢、私は嫌いじゃない。せめて商談が円滑に進むように心配りはしたいところだ。


「野介よ、随分と無口じゃねぇか。」

「出倉様よ、そりゃ口も開かなくなりまさぁ、まさかご当主が女子だったとは。」


フンと鼻から息を吐いて腕組みをした野介さんに対し、お爺様が中腰になって脇差に手を掛けていた。


「本来であらばここに座すどころか敷居を跨ぐことすら許されぬ身でありながら何を申すか。」

「お爺様。彼は私のお客人です。どうか気を静めてください。」


お爺様は憎々しげな眼差しを野介さんにぶつけながらも渋々腰を下ろす。

ここは寛大な心を見せる場だ。

そもそも山の民は武家や商家どころか農家からも嫌われている。土地を持たず、山中を放浪して狩りや自生している山菜を採取して暮らすらしい。時には武家や商家、農家を襲うこともあるのだとか。

土地に縛られ、動くことすらままならない私達からすれば、心のどこかで羨ましい存在でありつつ、災厄のように捉えているのかもしれない。


「影尾衆が女子を忌むべき者とお考えだと武雄から聞きました。その考えを否定するつもりはありませんのでご安心を。そちらにはそちらの信条があるでしょうし。」


野介さんは腕組みをしたまま動かない。


「そちらの信条と同じように、こちらにも信条があります。高藤家は私が当主であり、私が物事を決めます。そして高藤家の者は皆、それを認めています。女だと侮るのは結構ですが私は武家の棟梁であり今は商談の場であることを理解した上で発言してくださいね。」


もう一度ニコリと笑う。今度のは脅しのニコリだ。

野介さんは表情を変えずにこちらを睨む。あぁ、やりにくい。女と言うだけで表に出ることを忌む人が多すぎる。だけど今それを嘆いても仕方がない。自分で言ったとおり、ここは商談を円滑に進めるのが先決。武雄は野介さんは頭の回転が早いと褒めていた。それなら利を説いた方が話は早いだろう。


「ねぇ野介さん。貴方は何を望むの?」

「望み?」


野介さんが少し身体を揺らした。


「土地を得たいの?武家の保護?それとも抱えきれないほどの金銀財宝?」

「そんなもんはいらん。欲しいのは飯。そして誰の差配も受けないことだで。」


ムスッとした表情で吐き捨てるように出た言葉。本音の一つを引き出せた。


「そうよね。影尾衆は加賀から越中、飛騨まで広く自由に生きていると聞いたわ。そんな貴方達だもの、縛られることは嫌いよね。」


「何を言っているんだコイツは。」と言う表情だが、野介さんは小さく頷いた。


「私もそう。何かに縛られるのは嫌いなの。前例や過去も大事だと思うけど、それに縛られて可能性を、未来を潰すようなことはしたくない。野介さん達は山の民として虐げられてきたと聞いたわ。それはきっと過去からの話し。では今はどう?高坂家という共通の敵を持ち、私達の盟友でもある石黒党とも関係を持ち、更には上見城攻めで力を貸してくれた。私と影尾衆が対等に話し合うのに、これ以上の理由が必要?」


今度はお爺様が腕組みをして渋い顔をしている。少し我慢してて。そんなお爺様の様子に反して野介さんは組んでいた腕を解いてその手を自身の足の上に乗せた。警戒の解けてきた良い兆候だ。

武雄曰く、影尾衆は高藤家が上見城攻めに参加すると知って危険を知らせ、更には増援として迫っていた山下家の兵を追い払ってくれたのだ。その証拠に、早川勢が偵察に出た際に身ぐるみを剥がされた骸がいくつも転がっていたと言う。

彼らも交渉をしたいはずだ。だからこそ少しでも心証を良くするために上見城の話しを知らせ、城攻めにも協力してくれたのだろう。この機会は掴まなくてはいけない。


「私は貴方達と手を組みたい。戦になった時に力を貸せ、なんて言わないわ。影尾衆が手にした毛皮やお肉、何より各地の情報が欲しい。」

「手を組むなど。そげなことしたら他の武家に蔑まれるに決まっとる。」


これは意外。こちらを心配してくれるなんて。心根は優しい人なのだろう。


「そうかもしれないわね。でも大丈夫。私が当主ってことだけで周囲からは色々言われているわ。それに一つ二つ噂が乗ったところで大したことは無いの。それよりも、貴方から得られるモノの方が大事。」


真っ直ぐ目を見つめて話す。

野介さんは大きく深呼吸して目を瞑り、俯く。


「私は武家のはぐれもの。それでも足掻いて生きていく。ううん、私を蔑む連中を見返してやるの。だって悔しいじゃない。私だってやれば出来るのに女だと言うだけで虐げられているなんて。」


俯いたままの野介さんに語りかける。


「民を慈しみ、土地を豊かにする。そのために力を得て、土地を得る。他の武家は搾取するばかりだけどそれじゃ土地も人も栄えない。人を活かし、自然と共に生きる。そのために私は力の限り戦いたい。」


瞑目した野介さんは動かない。多少のリップサービスも交えてみたが効果はあっただろうか。

しばらく沈黙が続いた。でもこれは悪い沈黙じゃなかった。その証に顔を上げた野介さんの表情は柔らかなものになっていたのだから。


「わかりました。どれだけ役立てるかわかりませんが、出倉様へのご恩もありますでな。」

「俺への恩は肉で返してくれ。」

「それなら話が早い。干肉と毛皮ならたんと持ってきたでな。」


ようやく笑顔を見せてくれた野介さんが振り返ると、硬い表情をした影尾衆が両手いっぱいに毛皮を抱えて立っていた。


・・・


「いやぁ良い取引でしたわぁ。お雪様、また来ますで、次も頼みまさぁ。」


ブンブンと手を振りながら山へと帰っていく野介さん、影尾衆を見送る。山で暮らすより商人になった方が良いのではと思うほど、利に敏い人だった。

話し合い当初の不機嫌顔はどこへ行ったのか。満面の笑みで手を振るその巨体はまるで森のくまさんだ。

「大収穫だな。」と横に立つ武雄が満足げに笑っている。武雄の言う通り、初回の商談はかなりの出来だ。

こちらから出したのは塩、味噌、お米、薬。特に薬の効果は大きかった。生傷が絶えない彼らにとって薬はどれだけあっても良いらしくとても喜んでくれた。

影尾衆から購入したのは干し肉と毛皮、そして情報。


「武雄はどう思う?」

「片っ端から喰らっていくに決まってるだろ。」


ギラギラとした眼差しの武雄。全く。力だけが全てじゃないことをもう少し学んでほしい。

野介さんの情報は大きく分けて三つ。

一つ目は越中の一向宗について。近年の北陸情勢は一向宗にとって良い状況とは言い難い。唯一、越中で神保家と組んで勢力を拡大出来たかと思いきや、その神保家が一向宗と仲たがいを起こしているらしい。なんでも年貢の取り立てで斬り合いになりかけたとか。そう遠くない時期に決裂、戦になるだろうと言うのが野介さんの見立てだった。

二つ目は越後について。般若野の合戦以降、越後国内では守護の上杉家とその家臣の長尾家の間で揉めているらしい。ここもそう遠くない内にこちらも戦になるだろうと言っていた。

三つ目は飛騨について。飛騨の山下家が出兵の動きを見せているらしい。早川家から上見城を奪還することを名目にしているようだが、その実は瑠璃姫の美貌に惹かれているとか。どこまで本当かは分からないが、戦支度の気配だけは事実とのことだ。

どこもかしこも戦の気配だらけで嫌になってしまう。武雄は片っ端から喰らうなんて言っていたけど、優先順位をつけて対処方法を考えていかなくては。


一つ目の一向宗について。これは暫く様子見かな。神保家と一向宗が争うなら混乱に乗じて高藤家が土地を得るチャンスもあるだろう。引き続き情報収集をしつつ、武雄にお願いして密かに戦支度を進めておく位しか出来ることは無さそうだ。

二つ目の越後についても同じ。隣国が荒れるなら越中に攻め込んで来ることも無いだろう。そう言えば越後の長尾家って上杉謙信が産まれる家よね。今の上杉家に養子縁組とかで後々上杉を名乗っていたと記憶しているのだが、この時代は両家の仲が悪いようだ。

三つ目の、飛騨の話し。これが喫緊の課題になるだろう。明確にこちらに対して敵意を持っており、いざ戦となればこの辺一帯が荒らされる可能性がある。明日にでも義人さんに状況を伝えて備えてもらうべきだろう。他にも何か手が打てれば良いのだけれど。いっそ攻め込まれる前に飛騨に攻め込むとか。ううん、もうすぐ収穫期になるから兵が集まらないか。それに攻め込むにしても飛騨は山岳地帯。旨みが少ないのだ。私の知っている限りでは確か飛騨には金山があったはず。地震で城ごと金塊が埋もれてしまった埋蔵金伝説があったような気がするが、どの山に金山が眠っているのかまでは知らない。うん、やはりこちらから戦を仕掛けるのは得策ではなさそうだ。


「お福さんを呼んで相談してみようかしら。買い取りもしてほしいし。」

「良いのか?こっちの取り分が少なくなるぞ。」

「取り分?渡すのは毛皮だけよ。うちの蔵に積んでおいても傷むだけだし、加工するにも材料が無いからね。」


冬用にコートの一つでも用意したいのだが、そのためには布が必要になる。これも合わせて相談してみよう。


「よし。それじゃ難しい話はオシマイだ!飯!肉!」


武雄はルンルンご機嫌でスキップしながら家に帰っていく。

もしかして「片っ端から喰らっていく」ってお肉の話しだった?お福さんを呼ぶのもバーベキューでもすると思ったのかしら。


浮かれる武雄に続いて、日差しから逃げるように屋敷の中へと戻って行った。

次回は9月22日(月)18:00投稿予定です。

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