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武勇伝  作者: 真田大助
88/111

上見の薬師_参

「酷い顔色です。どうぞ楽な姿勢になってください。」


小屋に入るや否や、瑠璃さんが私の手を引っ張って床に座らせる。


「脈が少し早い。お熱は…大丈夫ですね。ですが汗が多い。お水は飲めそうですか?」


瑠璃さんはテキパキと私の診察を進める。まるで現代のお医者さんだ。武雄からこの時代の酷い医療実態を聞かされた身としてはギャップを受ける。

瑠璃さんの問いかけに一拍置いてコクリと頷くと、瑠璃さんは私の肩に手を添えたまま桔梗さんを見る。


「桔梗、左の棚、上から三段目の一番右にあるお薬を。出倉殿。そこに椀がありますので外でお水を汲んできてください。」


桔梗さんは指示された棚から黒い粉薬を。武雄はバタバタと外に出て才川勢に声をかけているのが聞こえる。井戸の場所がわかっていないようだ。


「申し訳ございません。戦慣れしていないのが露見してしまいますね。」


いたたまれない気持ちになって瑠璃さんに頭を下げる。


「気になさらないでください。私に出来るのは薬を作る事だけ。太刀を持って戦場に立つお雪様と比べたら小さなことです。」


瑠璃さんは少し目を伏せて桔梗さんから小さな包みを受け取った。


「太刀を持って戦場に出るなんて私には思いもよりません。ですがお雪様は武家のご当主なのでしょう?その重責を負って、兵を率いて戦っていらっしゃる。まさか女子でありながらそのような方がいらっしゃるなんて。天下はまこと広いですね。まだまだ知らないことばかりです。」


顔を上げた瑠璃さんはニコリと笑って小さな包みを差し出してくれた。手の平サイズの紙の上に少量の黒い粉末が乗っている。


「私が調合しました。気分が優れない時に服用するものです。どうぞ。」

「ありがとうございます。」


飲み薬か。やっぱり現代医療を知る私としては一抹の不安を覚える。一体何から作った薬なのだろうか。副作用とか無いよね。

色々考えてしまうが瑠璃さんの好意を無下には出来ない。それに気分が優れないのは事実だ。現代でも飲んでいた風邪薬にどんな成分が配合されていたかなんてわからなかったんだ。ここは瑠璃さんを信じて飲んでみるしかない。


「お嬢。水だ。井戸に死体は浮かんでなかったから飲めると思うぞ。」


デリカシーの無い言葉と共に入ってきた武雄が椀から水をこぼしながら入ってくる。あ、桔梗さんが凄く嫌そうな顔をした。


「ふふ、素敵なご家臣ですね。」

「おう。俺の良さが分かるとは中々だな。流石は時瀬家のお姫様だ。」


瑠璃さんに褒められて嬉しそうな武雄から椀を受け取り、今にも武雄を斬り付けそうなほど睨んでいる桔梗さんを横目に、瑠璃さんから受け取った薬を口に含み、水で流し込む。

苦い!舌の奥がジンジンする!

思わず咽そうになるが目をつぶって椀に残った水で一気に流し込んだ。

なんとか薬は流れた。でも口の中がなんだかイガイガする。「おー。見事な一気飲みだ。」と感心する武雄にグイと椀を押し付けてから改めて瑠璃さんに頭を下げた。

でもおかげで鼻腔に溜まっていた嫌な血の臭いが少し抜けた気がした。


・・・


「ありがとうございます。」とお礼を言うお嬢に、時瀬の姫様は顔を上げるように促す。

時瀬家か。一番最初に知ったのは延暦寺にいた時だったな。坊主の慈明と往角・来角双子と一緒に祇園祭り復興に関して会いに行ったのが最初だ。関所でひと悶着あった時にドーベルマンのような眼差しの侍がいたのを思い出す。そういえばあの時も娘がナントカって話していた気がするな。この姫様がきっとその娘なんだろう。

朝倉家の時も三段崎安広と忍びの室山甚兵衛と一緒に京に上った時に錦小路家で話に出た。息子の方がご執心だったな。

確かに茶色がかった珍しい髪色が特徴的な容姿は注目の的だろう。早川義人もその美貌に惹かれたのか知らんが、これが傾国の美女ってヤツなのだろうか。残念ながら俺のストライクゾーンから外れているが確かに美人さんだ。


「時に出倉様。時瀬の家を存じているような口ぶりでしたが。」


桔梗と呼ばれた傍付きの女性がこちらを睨みながら口を開いた。なんだか尋問が始まったような感じだ。

他の女性二人も興味があるのか、ジッとこちらを見ている。別に隠すことでも無いか。首実験はまだ時間がかかるだろう。それまでの時間潰しになれば、と思ってまずそうな所は伏せつつ延暦寺時代と朝倉家時代の話しを伝えてみる。


「まさかそのようなことが。出倉様は豊川と縁があるのですね。」

「勘弁してくれ。俺は衆道には興味ねぇよ。」


ドーベルマンのような目つきの男、豊川と縁があるなんてたまったもんじゃない。どうせならナイスバディの姉ちゃんと縁を繋いでくれ。

「ふふ」と笑う時瀬の姫様と鬼のような顔になった桔梗。怖いって。そんなマズイこと言ったか?


「私の事はどう伝わっているのでしょう。もう長らく文も送れていません。」


姫様は急にしおらしい声で俯き、傷だらけの手をギュッと握る。


「早川様にお願いして文を書かせてもらいましょう。きっと父君も豊川殿もきっと心配しています。」


桔梗が姫様の背をさすりながらなだめている。

俺も早いとこ朝倉家に手紙書いた方が良いよな。越中に流れて来てからこの方、バタバタしていてすっかり忘れていた。我ながら薄情だと思う。手紙は福光屋にでも頼めば運んでもらえるだろうか。


「もし文をしたためるなら俺から福光屋に頼んでみるぞ。俺もちょいと文を送らないといけない相手がいるからな。」


物のついでだ、親切心でそう言えば女性陣三人の眼が一斉にこちらを向く。


「た、武雄。あんた字が書けるの?」

「バカにすんなよ。延暦寺でみっちし教え込まれたし朝倉家でも読み書きは一通り教わってきたからな。」


この時代の文字は曲線みたいな字を書くので「なんとなく」で読むしかない。

だからこそ俺が書く「なんとなく」の文字も通じるのだろう。字を書くのは苦手なのでむしろ助かっているくらいだ。


「まさか武雄が草書体をマスターしているなんて…」とブツブツ呟くお嬢は目に入らないのか、姫様は両手を口に当ててなぜだか嬉しそうにこちらを見ている。


「出倉様は京に想い人がいらっしゃるのですか。もしやそのために手習いをされて?」


おいおいなんだかまた面倒な勘違いしているな。


「いや、送り先は京じゃなくて越前一乗谷、それか敦賀城だ。世話になった人に無事を伝えたくてしたためるだけだ。」

「それはどのような女子なのでしょうか。どこでお知り合いになられたので?」

「女子じゃなくて男だよ。あ、衆道じゃないからな!」


「そうですか。」となんだか残念そうに座る姫様だったが、横にいた桔梗はコホンと咳払いをして姿勢を正した。


「姫様。文をしたためたら出倉様にお願いいたしましょう。今の我らには京まで文を届ける手立てはありません。」

「そうね。出倉様、書きあがったらお知らせしますので、どうぞお願いいたします。」

「おう。任せとけ。」


まだブツブツ言っているお嬢を横に、ドンと胸を叩いた。


・・・


まさか武雄が読み書きができるなんて。ちょっとショックだ。解釈違いと言っても良いかもしれない。

瑠璃さんと桔梗さんが武雄と話しているのをよそに自分の不甲斐なさを嘆いてしまう。

この時代は識字率が低い。身分が上がれば上がるほど識字率も上がっていくようだが、女性は総じて読み書きが出来なくても良いと思われる節がある。公家のお姫様や大名家の子女であれば違うのだろうが、私のような弱小家では読み書きを教わる機会すらない。なんなら父もお爺様も読み書きがどこまで出来るか怪しいところだ。

もちろん、私だって何もしなかった訳じゃない。父やお爺様は私が読み書きを学ぶことを許さなかった。だから独自に勉強してやろうと隙を盗んで書類を読もうとしたのだがまるで読めなかった。描かれていたのは草書体と呼ばれる文字。まるでぐにゃぐにゃの曲線だ。あれは果たして文字なのか疑わしいレベルの代物だった。それを武雄が読み書きできるなんて。

いや、諦めちゃだめだ。諦めたら試合終了だって有名な台詞だってあるじゃないか。武雄に教わるのは癪だから円順和尚さんあたりに頼み込んで教えてもらえば良いんだ。うん、そうだ。頑張らなきゃ。なんだかやる気が湧いてきた。


「だってよお嬢。良いよな。」

「えぇ、好きにしなさいよ。」


あれ。何か返事をしちゃった気がする。

顔をあげれば瑠璃さんが両手を合わせてニッコリと笑っている。


「お雪様には何とお礼を言ったら良いのでしょう。私のわがままだと言うのに二つ返事でご快諾いただけるなんて。」


え、私は一体何を快諾したのだろう。


「薬草取るくらい任せておけってことよ。今度人を連れて来るから色々と教えてくれ。お嬢、女手でも良いらしいからすぐに手配出来るよな。」


あぁ、なんだ。薬草採取の人手集めか。それくらいなら大丈夫。


「もちろん。村で募って来ましょう。」

「助かります。出来た薬の一部はお雪様にお渡しいたしますのでどうぞご活用ください。」


やった!効能の高い薬は高く売れる。

お福さんと城端の長次郎さんとうまいこと交渉できれば空になった高藤家の財布が埋まるかも!

文字のことが吹き飛んでしまいそうになる美味しい話しだ。チャリンと甲高い音が耳元で鳴った気がした。

次回は9月15日(月)18:00投稿予定です。

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