上見の薬師_弐
私のことを睨んでいた影尾衆の男、鷹丸さんはあっという間に山に駆け戻っていった。やはり女と言うだけで肩身が狭いのだと実感する。
鷹丸さんの背中を見送っていれば上見城では勝鬨があがり、こちらの勝利で戦が終わったことが分かった。
武雄につられて私も大声でお礼を言ってしまったけど、失敗だっただろうか。そんなことを考えながら全員で上見城の門をくぐる。後に続く私の兵達は手柄をあげられなかった悔しさからか、どこか落ち込んでいるようだ。これからも戦は起きてしまうのだから、そう気落ちしないでほしい。
城門の先では捕縛された兵が半裸の状態で一か所に集められており早川勢がそれを囲っている。そこかしこに遺体が伏せており、中には才川勢の遺体もある。
つい先ほどまで一緒に歩いていた命が潰える。やっぱり戦は慣れないし、慣れたくないと強く感じる。
本当ならもう少し時間を置いて上見城に入っても良かったのだが、山下家の兵が迫っていたことは早く知らせた方が良いだろう。
戦後処理に取り掛かっている才川勢の中、見知った顔があったので声をかける。
「川上殿。御戦勝おめでとうございます。」
私が話しかけたのは早川家の家臣、川上鏡之介さん。今日の先陣を務めていた男性で義人さんの側近。年齢は三十代くらいで日焼けした顔にいつも眉間に皺を寄せている。私に良い印象を持っていないようで、話しかけられた瞬間に眉間の皺が深くなった。
「高藤殿。そのお姿は些か目立ちます。まだ残党が潜んで居るやもしれませぬ故、城外でお待ちいただいた方が宜しいかと。」
私を城内に入れたくないのだろう。心配するような素振りだけどその内容は私の存在を非難するもの。もう慣れてしまったけど。
「お心遣いありがとうございます。何かあったら優秀な家臣が守ってくれるのでご心配なく。それで、義人殿はどちらに。」
ニコリと笑いかけると川上さんは渋い顔をして視線を逸らす。その視線の先には本丸と思われる建物から少し離れた場所にある小さな建物。
「本丸ではなく、あちらに?」
川上さんは小さく頷く。横にいる武雄も不審そうな顔をしているが、二人で顔を合わせてからその小屋に向かってみる。
本丸からはまだ争うような声も聞こえるが、ほとんど制圧は終わったようだ。良い笑顔の才川勢が拳をあげて喜んでいる中、早川勢が守る小屋の前まで到着した。入口を守っているのは顔見知りの兵だったので顔パスで小屋の中に入ることができた。
名乗りをあげて戸を開けると、小屋の中は二間しかなく、手前の一間には一人の女性が座っていた。深緑色の落ち着いた羽織をまとった妙齢の女性だ。綺麗にお化粧をして背筋もピンと伸びた様子からはまるで公家のような風格すら感じる。つい今しがたまで戦の渦中にいたと言うのに何事もなかったかのように座っているのは凄い精神力だ。入って来た私達を見ると少し目を大きくし、ニコリとほほ笑んだ。
「これはこれは。いつぞや義人殿とご一緒にいた方々ですね。」
柔らかだけど芯のある声、どこかで聞いた覚えが。そうだ、前に薬師さんに会おうと待ち伏せした時に義人さんと話していた薬師殿のお付き人だ。
「桔梗殿、でしたよね。高藤家の当主、雪と申します。まずはご無事で何よりです。」
私が片膝をついて名乗ると桔梗さんはまた目を見開いた。
「ご当主とは驚きました。まさか兵を指揮しているのですか。」
「ええ。数は多くありませんが、一応。」
口元に手を当てた桔梗さんは眉をしかめる。あぁ、この人も女が表に出るのを嫌うタイプなのだろう。
この話しを掘り下げても良いことは何も無いのでさっさと本題に入ることにする。桔梗さんの向こう側、奥の一間にいる早川義人さんに用があるのだから。
そう。話がある。
だけど私は話しかけることが出来なかった。
だって鎧兜で身を包んだ早川義人さんが膝をついて両腕でギュッと抱え込んでいるのは、鮮やかな黄色の羽織。長く艶やかな髪がふわりと風に揺れている。
「おいお嬢。なんで早川義人が女と抱き合ってんだ。」
無粋な事を口にした武雄に裏拳を喰らわせてでも、このロマンスを見守っていたかった。
・・・
「はしたない姿を晒しました。申し訳ない。」
狭い部屋の中で兜を脱いだ義人さんが頭を下げる。
その横には先ほどまで義人さんに抱きしめられていた女性が背筋をまっすぐ伸ばして座り、その少し下座に桔梗さんが並ぶ。
小屋は二間しかなく、私と武雄は入り口側の間に座している。
改めて女性を観察してみよう。長く艶やかな髪は少し髪色が明るい。小窓から差し込む光に透けて茶髪に見間違えるほどの色合いだ。髪染めはこの時代に無いだろうからきっと遺伝的に髪色が明るいのだろう。真っ黒な髪の毛が目立つ時代でとても目を惹く美しさだ。
鮮やかな黄色の羽織には花や鳥の刺繍が施され、無地の私の羽織とは比べ物にならない程高価なものだと言うのが分かる。歳は十代半ば、同世代位だろうか。クリクリの大きな眼に薄い唇、色白の肌だけど頬だけが赤い。全体的にお人形さんみたいに可愛らしい方だ。ただその中で気になったのは、ぴったりと揃えられた指先に傷が目立っていること。
「お嬢。見過ぎだ。」
武雄に小突かれて初めて自分が注目を集めていたことに気付く。いけないいけない。
「こちらこそ失礼いたしました。えぇと、そちらのお方は。」
「申し遅れました。私、時瀬家の瑠璃と申します。」
瑠璃と名乗った少女とも呼べる女性は無駄のない美しい所作で私に向き直り、丁寧に頭を下げた。
「時瀬?」と武雄が声をあげなければ、またじっくり観察してしまったところだろう。
「武雄、知っているの?」
「あ、いや、知ってるって程じゃないが。」
モゴモゴと口ごもる武雄を瑠璃さんは不思議そうに見ている。知り合いと言うわけではなさそうだけど、時瀬家と武雄の間で何かあったのだろうか。
武雄への追及は後回し。こちらも名乗らないと。これ以上失礼を重ねるのは私のプライドが許さない。
「私は高藤家の当主、雪にございます。これは家臣の出倉武雄。」
「まぁ。このような場所に女性がいらっしゃるなんて驚きでしたが、ご当主なのですね。」
瑠璃さんは興味津々といった表情で私を見つめてくる。今度はこちらが観察される番なのか。
ちょっと身を固くしているとわざとらしい咳払いで桔梗さんが瑠璃さんを睨む。
「姫。お話しの続きを。」
「もう、桔梗は固いんだから。」
頬を膨らませた瑠璃さんが桔梗さんを睨むが、当の桔梗さんは目も合わせずにツンと上を向いている。教育係なのだろうか。厳しそうだけど二人の関係は悪くなさそうだ。
「ここからは某が。」と義人さんが瑠璃さんと桔梗さんを伺うように口を開くと、両名はコクリと頷く。
「時瀬様は京から遊学に出られた薬師殿にございます。越前、越中、越後を通り関東へ向かわれる道中でこちらに幽閉されておりました。」
「薬師殿!?」と私と武雄が大きな声を出してしまう。まさか女性だったとは。いや、女性だったからこそ義人さんがあれほど執着したのだろう。先ほどの逢瀬もあって、なんとなく今までの行動が繋がった気もして腑に落ちる。
…意中の女性のために戦をするなんて、決して褒められた行動ではなかったかもしれないけれど。
私達が落ち着きを取り戻したのを確認してから今度は瑠璃さんが話し始めた。
「当家は古くから薬事を学び、宮中でも名高い家だったのです。ですかここ数代で知見は狭まり、薬の効力も衰えるばかり。これではいけないと父の反対を振り切って都を出て参りました。近江を超えて越前を超えて。諸国の技術を学んで、時瀬の妙薬を作り上げようと思いました。しかし道中、こちらの篠村様をお助けした際に見初められてしまい。」
はぁと小さなため息で頬に手を添える瑠璃さん。なんというか、可憐という言葉がピッタリ合う人だ。
頬に添えられて指先にある傷は小さな切り傷が多い。薬草を調合する時に追った傷なのだろう。
今いる小屋をぐるりと見渡してみる。隙間風が吹き込むようなことは無いが、どこか急ごしらえな印象を受ける。奥の間の隅には薬を調合するようなすりこぎ、だろうか。見慣れない道具がいくつか転がっていた。ここで薬の調合をしつつ、篠村家に監禁されていたのか。
「早川様は幾度か薬草を譲りに来て頂いていたのです。いつしかお会いすることは叶わなくなってしまいましたが。」
そう言って義人さんを見る瑠璃さんの顔は恋する乙女そのものだ。頬を赤らめ優し気に微笑む。それを受ける義人さんも微笑み返す。血が滴る具足さえなければ恋愛ドラマの一シーンだ。
そんな二人に見惚れていれば、「御免。」と背後から声が聞こえて来た。
小太刀を片手に武雄が戸を開けると、片膝をついた川上鏡之介さんが控えていた。
「城内の始末を終えました。篠村の首は裏手に。」
川上さんは頭をあげず淡々と述べる。もしかしてこの光景を見たくないのだろうか。
「わかりました。見聞に参りましょう。時瀬様、暫く外します。何かあれば外の兵をお呼びください。」
「はい。」と少し不安げに答える瑠璃さんを義人さんが名残惜しそうに見つめながら小屋を出る。
外はやけに血の匂いが鼻についた。ここに着いた時よりも血の匂いが増した気がする。思わず手で覆いたくなるがグッと堪えて本丸を目指して義人さんに続く。
上見城の本丸は才川城よりも一回り小さいが裏には庭があった。もとは綺麗に整えられていたのだろうその庭は無残に踏み荒らされ、中央にはいくつかの桶と首の無い遺体が並んでいる。桶にはきっと首が入っているのだろうことは想像に難くない。周囲は勝利を喜ぶ才川勢が己の手柄を直訴しようと居並んでいる。
覚悟をしていても気分が悪くなる。鼻から抜ける空気に吐き気を催す。少し重心を後ろに下げれば、いつのまにか背後にいた武雄が私を支えてくれた。
「お嬢はこの戦の大将じゃない。首実検に付き合うことは無いぞ。」
周囲の兵に聞こえないよう配慮してか、武雄が低い声で囁く。
「ありがとう。でも、これはいつか見なければいけない光景。ここから逃げ続けるのは良くないことだと思うから。」
「そんなもん避けられるなら避けちまえ。逃げられない時になった時に立ち向かえば良い。それにそんな顔してたら死体と間違えられるぞ。」
そ、そんなにひどい顔しているかしら。思わず両手で頬を触ってしまう。
「俺達は小屋の警護に回る。良いよな。」
「…好きにされよ。」
武雄の呼びかけで川上さんの眉間の皺が深くなった。武雄の言葉使いはもう少し教育しないとだ。
でも、今は彼の気遣いに甘えることとする。
重い足を動かしながら、私達は元来た道を戻って行った。
次回は9月8日(月)18:00投稿予定です。




