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武勇伝  作者: 真田大助
86/111

上見の薬師_壱

野介や山の民と一通り笑い合った後、何かを思い出したように野介が真面目な顔をしてこちらに近づいてきた。

周囲を伺うような素振りをすれば、山の民がザっと俺と野介を取り囲む。全員俺よりも背が高く胸板も厚い。クソ、なんだか負けた気がする。

野介は俺の肩を掴んで無理やりしゃがみ込ませると声を潜めて(ささや)く。


「武雄様、ちとよろしいですかい。武雄様のお仕えしている高藤家ってのはどの辺りにあるんですかいな。」

「香上村か。才川城の北側、山際にある小さな村だ。山も近いからお前達も来やすいと思うぞ。」

「そいつぁありがてぇ。が、気を付けてくださんまし。上見のお城の話しはご存じで。」

「上見の城?あぁ、薬師が滞在しているって噂の。」


野介はもう一度周囲を警戒するように見渡し、俺と野介を囲む山の民が目を光らせる。


「その上見のお城に兵が集まっているんでさ。それも飛騨から山下家の連中が寄っていやがるんで。」


飛騨の山下家?初耳の名前だ。


「上見城は飛騨の山下家の家臣か何かなのか。」

「詳しくは知りやせんが随分と懇ろな仲のようで。山下家の連中は山を荒らすんで儂らと相いれんのですわ。その連中が少しずつ上見のお城に入っている。こりゃ何かあるんじゃねぇかと思いましてね。」


上見城は才川城の東にある。確か上見城の横の街道を通って南下すれば飛騨、美濃へと行けるはず。つまりは街道の要所だ。

そこに飛騨から兵が来ているってことはどこかを攻めるのか、それとも攻められる気配を察しているのか。


「それとこいつは噂なんですが、上見のお城から豪華な荷が運び出されているとか。多くの兵が守っているもんで仔細まではわかりませなんだが、随分と値の張る物が飛騨に運ばれているようでさぁ。」

「わかった。助かる。今後も何か気になることがあったら教えてくれ。もちろん代金は支払う。」


「へへぇ。」と口角を上げて笑う野介が不穏でもあり頼もしくもある。

顔をあげれば陽が傾き始めていた。

立ち上がって土埃を払った俺は、野介たち山の民に礼を言ってから本丸に戻った。


・・・


「なんだか戦ばかりだな。朝倉家でもこんなに連戦はしなかったぞ。」


武雄は不満げな表情で愚痴ってくるが、私に言われても困る。才川城を落としてからまだ二月も経っていない。

まだまだ寒く、外に出るには不向きな時期だが農作業の無い今が戦のタイミングなのだろう。


「私だってそう思うわよ。でも義人さんが戦だって言いだしたんだから従わないわけにはいかないでしょ。それにうちの兵は才川城攻めで自信ついちゃったみたいだし。」


チラリと振り返えれば視線の先にいる高藤勢十五名が真新しい武具を身に着けて自信満々に立っている。

才川城攻めの褒美で貰った村と合わせた十五名が高藤家に要求される兵員だ。才川城攻めの時のように根こそぎ動員すれば五十名までは集められるが、そんなことをしたら村は働き手の全てを失ってしまう。もしこの十五名全員が討ち死にした場合、当面の間、高藤家は戦に出れないだろう。小さな家ではそれだけ労働力である男手は貴重なのだ。

しかし私の心配は彼らに届いていないようで、真新しい槍を持った一人は才川城の攻防を自慢げに語り、それを聞く兵は「次は俺が手柄を立てる」と言わんばかりに興奮した表情だ。やる気十分なのは良いことなんだけどね。

才川城の前には続々と兵が集まってきている。中心にいるのは早川義人さん。いつの間に仕入れたのか馬に乗って兵の集結を待っている。

集まる兵は才川周辺の土豪達。各々が村から兵を連れて団子のようにあちこちに固まっているのが見えた。兵の数が一番多いのは早川家。単体で五十はいるだろうか。それ以外はどこも同じような規模の集団で、十から二十名ほどの塊が目立つ。少ないところは二、三人で連れ立って歩いているのも見えた。少し前までは私達もあの程度のの身代だったのだ。

眼を凝らせば細いあぜ道を進んで来る集団がいくつか見える。全軍集結にはまだかかりそうね。


「それで、上見城ってのはどんな城なんだ。」


武雄が伸びをしながら聞いてくる。少し時間もあるし、状況の整理をしておこう。


「上見城は篠村家が治める城よ。篠村家は独立した家で神保家や齋藤家、椎名家と越中の有力者の間を転々としているわ。最近は飛騨の山下家と仲が良いみたいね。お城の規模は小さいから、敵の兵はそんなに多くないと思うけど。」


そこに山下家の兵が入っているとなると話しは変わってくるけれど。


「飛騨の山下家ってのはデカイ家なのか。」

「さぁ。そこまでは知らないわ。でも上見城は飛騨と越中を繋ぐ街道に関所を設けて関料を取っているの。おかげで篠村家も山下家も裕福って噂よ。それに篠村家は薬師殿を捕らえて薬で金儲けまでして。」


懐が潤っているのは素直に羨ましい。この前の才川城攻めで高藤家の家計はほぼ空っぽになった。収支は完全にマイナス。むしろ福光屋さんへの借金が出来ているのだから。次の収穫で隠し田から採れる米は全て福光屋さんに持っていかれるだろうなぁ。

暗い気持ちになってため息を一つ。いけない。切り替えないと。パシンと頬を叩いて気合を入れる。

今回の戦、お爺様は体調が戻らなかったので留守番をお願いした。その代わりに当主として私が出陣する。やっぱり福光屋さんの用意してくれた甲冑はサイズが合わないので小具足姿にお気に入りの薄桃色の羽織を着込んでいる。周囲からは奇異の眼差しを感じるが私は慣れてしまった。本当は特注の甲冑を仕立てたいけどとにかくお金がない。高藤家に仕えるみんなに悪いことが起きない限り、当面はこのスタイルで戦に赴こうと思う。


「義人様は随分と薬師殿にご就寝だな。」


武雄が不機嫌な顔で騎乗する義人さんを見る。義人さんはノロノロと集まる兵にいら立ちを隠せないようで、馬に乗って落ち着きなく動き回っている。

いつもの落ち着いた様子とは打って変わって挙動が落ち着かない。


「上見城から家財が運び出されてる、なんて伝えなきゃよかったかしら。」


またも暗い気持ちになってため息が出てしまう。

武雄が影尾衆の野介さんから聞いた話を義人さんに伝えると、詳細を聞く間もなく出陣の陣触れが出された。

上見城から豪華な家財が運び出されている現状を見ると、おそらく薬師殿を飛騨に送るつもりなのだろう。それが何を意味するのかは分からないが、義人さんは薬師殿を助ける最後の機会と言って聞かない。

ちなみに表立っての戦の名目としては近岡家の残党を匿っていると言うことになっている。もちろんでっち上げだ。

対する篠村家はと言うと、あちらもあちらで領土拡大のチャンスと思ったのか兵を集めて戦支度をしているらしい。どこも喧嘩っ早くて困ってしまう。

三度目のため息をついたところで才川城の前に兵が揃ったようだ。


総勢で二百名は下らないだろう。不揃いな集団は才川城の正門前に集まり、大将である早川義人さんの指示を待っている。


「これより我らは上見城を攻め落とす。篠村家は近岡家の残党を匿い、この才川を攻めようと兵を集めている。我らの土地を守り、広げるための戦だ!各々存分に手柄をあげよ!」


「おう!」と威勢の良い返事と共に兵が動き出す。先陣は早川家の家臣、川上勢だ。それに続いて雑多な土豪達が続く。

ちなみに近岡家の残党が上見城に駆け込んだって話しは半分本当で半分嘘。なんでも何人かの雑兵が上見城方面へ逃げていくのを見かけたらしく、それを口実にして攻め込むのだ。もちろん篠村家からは「そんな事実はない。」と抗議の使者が来たが、篠村家は篠村家で混乱している才川城を攻めようと兵を集めていたようなので、まぁここはお互い様ってことにしておきたい。

今回は石黒党の参加は無い。あちらはあちらで高坂城の動きが怪しいらしく、桑山城を空けたくないそうだ。もちろん快諾した。相手を尊重するのは交渉の基本だもの。それに今回の戦では高藤家は後詰。才川城攻めと続けて目立ってしまうと周囲からやっかみを受けかねない。ただでさえ女当主と言うだけで毛嫌いする人も多いのだから、控えめにしたたかに生きていきたい。


才川城を出て上見城までは二時間ほどで到着した。

細長い列をつくって進んでいた才川勢が左右に展開していく。

上見城は才川城よりも急斜面な山に築かれた山城だ。攻め口は正面と裏門の二箇所だが、そこに辿り着く前に難所がある。城下町だ。

町、と言うより村と呼んだ方がしっくりくる規模ではあるが、とにかく上見城下の町はその周囲をぐるりと空堀と柵で覆われている。入口には簡易ながらも門があり、これが関所の役割も果たしているようだ。

越中から飛騨に向かう時、荷駄がある商隊はここを超えるしかない。

そしてさすがにこの距離で戦支度をしていたので上見城も備えていたようだ。浅い空堀の向こう側では取り壊された民家の影に兵が潜んでいるのが見えた。


この村を超えなければ上見城へはたどり着けない。


徐々に包囲が進む中、先に動いたのは上見城側だ。木片の山となった民家の影から幾本もの矢が飛んで来る。これを防ぐような盾を持っていない才川勢は慌てて前進を開始。あっという間に空堀や関所の周囲で斬り合いが始まった。

前線に展開しているのはおよそ半数、百名程の兵が大声をあげて戦っているのが見える。


「お嬢、ちょいと様子を見てくる。」


ポンと私の肩を叩いた武雄が止める間もなく飛び出してしまった。「いいよ」って言っていないのに無断で行くなんて。まったく仕方のない家臣だ。

まだ戦は始まったばかりなのだからもう少し見ているべきだと思うのだけれど。

駆け出す武雄に釣られそうになる兵達を呼び止めながらその背中を見送る。


攻城戦のための武器や防具も用意しないといけないわね。

鉄砲や大砲はまだ広まっていないようだけど、そう遠くない内に堺辺りで取り扱われるはずだ。信長に先駆けて鉄砲使いの武家となれば戦を優位に進められる。

現時点で用意できる攻城戦の武器って何があるだろうか。バリスタとかカタパルト、破城鎚などを思い浮かべる。どれも身の丈に合わない大物だ。それに移動の大変さもある。取り扱いは難しいわね。

では防具はどうだろうか。確か鉄砲を防ぐために竹束が活躍した記憶がある。竹なら戦場でも取れるし鉄砲だけでなく矢も防げる。小さいサイズを作れば手持ちで駆けることも出来るだろう。今度試作してみても良いかもしれない。


そんなことを考えていれば、戦線の左側が騒がしいことに気が付いた。目を凝らして見れば崩れ落ちた民家を乗り越えて才川勢が城下町に雪崩れ込んでいく。どうやら突破口が開けたみたいだ。周囲から歓声が上がる。

雪崩れ込んでいく兵の先頭にいたのが武雄のように見えたのだけれど、気のせいだろうか。なぜだか武雄の名前を叫んで興奮している高藤勢をまとめ、早川勢に続いてジリジリと前進を開始した。


・・・


「進め進め!一気に城門に取り付くんだ!敵に紛れて城に突入しろ!」


俺が叫ぶと周囲の兵が大声で答える。良い調子だ。手柄を求めて戦う兵は強い。弱小だった高藤家が大幅加増されたのも連中の刺激になっているのだろう。農兵もそれを指揮する立場の将も、全員が雪崩のように上見城の正門目指して殺到している。

後方からは上見勢が城に撤退しようと俺達の後を追ってくる。狙い通りだ。上見城の連中は城内と城外で分断された。今正門を閉めれば城外の連中は見殺しになる。正門を空けておけば俺達が城内に雪崩れ込む。どっちに転んでもこちらが優位。さてどう出る。


才川城の先頭集団が城門にたどり着くタイミングで腹をくくったのか、上見城内から兵が討って出て来た。城門前で先頭集団を挟み撃ちにしようって作戦か。


「おい!お前らの兵は反転させろ!半数をここに残して背後の連中を食い止めるぞ!」

「何を言うか!一番乗りは我らのものよ!」


横にいた少し身なりのちゃんとした将の肩を掴むが思いっきり振りほどかれた。全員で突っ込んだら背後を突かれるぞ。そんなことも分からないのか。

駆けていく集団を振り返るが、誰一人止まる気配はない。あれ、先頭を走っていたのは早川義人じゃないか?新品の鎧兜に身を包んだ男が血濡れの太刀を握りしめているのが見える。鎧兜で覆われていてもそのイケメンオーラが隠せていないので間違いないと思うのだが、まさか大将が先頭集団に混じって突っ込んだりしないよな。

俺の横を次々に兵が駆け抜けていき、ポツンと残されたのは俺一人。


「マジか。」


いや、そりゃそうか。ポッと出の小勢力の男がいくら叫ぼうがその声に従う兵は居ないよな。

迫りくる数十の上見城兵と目が合う。さすがにこれば分が悪い。その上見城兵の背後には早川勢が迫って来ている。先頭集団が挟み撃ちされても一瞬で壊滅しなければ十分勝てるはずだ。

悪いがここは踏ん張りどころじゃないだろうと判断して退かせてもらう。

身を翻して村の中に駆け込むと、俺を追ってくる兵はいなかった。


ドドドと土煙をあげながら上見勢が進み、そのしばらく後を早川勢が追い立てるのを民家の影から覗き見る。上見城の城門前は大混乱になるだろうな。上見城から打って出て来た城兵、突っ込んでいった才川城の先頭集団。その背後を突く城下で戦っていた上見城兵。そして上見城を囲っていた才川城兵。まるでサンドイッチだ。

追い立てる才川勢の最後に到着したのはお嬢を先頭とした高藤勢だった。「お嬢!」と声をかけるとほっとしたような表情でお嬢が足を止めた。


「武雄!私達は後詰なんだから前に出すぎちゃダメでしょ!」

「す、すまん。ちょっと様子をみるつもりだったんだ。」


嘘じゃないぞ。守りの薄そうな場所を見つけたからそこを指さして、味方が迷わないようにちょいと先導しただけだ。

眉尻をあげて怒るお嬢をなだめながら上見城を見れば、すでに正門は才川勢が制圧したようだ。


「武雄も無謀だけど、義人さんも大概ね。まさか先陣切って上見城に飛び込むなんて。」


お嬢が呆れたような顔で上見城を見上げる。やっぱりあれは見間違いじゃなかったのか。いつの間に紛れていたんだ。


「城門から出て来た上見城兵が一瞬で吹き飛ばされるの見た?義人さんがあんなに強かったなんて知らなかったわ。」


そこは見ていなかったな。お嬢の後ろにいる高藤勢もウンウンと頷いている様子から大げさな表現ではなさそうだ。あのクールイケメンにそれだけの腕があったとは。今度手合わせを願ってみるか。

上見城を見ていれば、視界の端に何かが映った。上見城の奥、遠くの山の中腹で何かが反射した。

チカチカと明らかに不自然な光を放っている。


「お嬢、あれ見えるか。」


指をさすとお嬢をはじめ高藤勢全員が山の方角をみる。チカチカとまた光が反射する。


「見える。何だろう。何かの合図かな。」


お嬢がグッと前のめりになった時、ヒュウと嫌な音が耳に飛び込んで来た。


「伏せろ!」


叫ぶより早くお嬢の襟首を掴んで近くの民家に飛び込む。直後にガツンガツン、と硬い何かが地面や民家を打つ音が響いた。


「敵襲!矢に備えろ!」


固まっていた高藤勢が一瞬の内に近くの民家に飛び込んでいく。それぞれ不安げな表情をして窓から顔を出そうとするので一喝する。


「不用意に顔を出すな!狙われるぞ!お嬢、無事か!」


慌てて頭を引っ込める高藤勢を確認してから腕の中にしまい込んだお嬢の顔を覗けば、不満げな表情でこちらを睨んでいた。


「無事よ。ありがとう。でも武雄が思いっきり引っ張たから服が破けたわ。」

「文句が言えるなら上等だ。」


お嬢を民家の影に置いて外を伺う。既に早川家をはじめとした才川勢の殆どが上見城の中か城門近くで戦っている。ここ、城下町に残っているのは高藤勢くらいだ。城下町にいた上見城の兵も逃げるか討たれたようで、いくつかの骸が転がっているだけだ。

地面に突き刺さった矢を見るとよれたり曲がったりしていない。上等な矢だ。

矢の刺さっている角度を見るに、射かけて来たのは南側か。


「篠村家が伏兵でも潜ませていたのか。それにしちゃ随分と遅い登場だな。」


民家の影から顔を出して南側を伺うと、木々の合間に動く影が見える。目を凝らせばしっかりとした甲冑を着込んだ兵が動いているのが確認できた。数は二十もいないだろうか。距離があるのでこちらから攻めれば矢の的になる。この距離を射かけてきたのだ、腕に自信のある連中なのだろう。

もう少しよく見ようと目を凝らしていると、一本の矢が飛来した。矢はビュウと笛のような音を立てて隣の民家に突き刺さる。なんだ、腕はイマイチだったか?

頭をひっこめてお嬢と向き合う。


「いた?」

「いた。数は二十かそこら。こちらから攻めるのはちと難しい。」

「どうするの?ここで隠れてる?」

「そうだな。それが最善だ。」


周囲で屈んでいる高藤勢がこちらを見る。なんだよ。馬鹿正直に相手してやることは無いだろう。


「出倉様。良いんですかい。」


香上村の顔役、宗吉が心配そうな顔で聞いてくる。


「攻めてくるなら相手をしてやるが、遠くから矢を射かけてくるだけならこのまま隠れていれば良い。そう時間もかからず上見城は落ちるだろうし、そしたら連中も退くはずだ。全員、頭上げるなよ。」


むしろ焦れているのは向こうはずだ。

民家の影からもう一度覗いてみると、挑発のつもりだろうか、敵が何か騒いでいるのが聞こえる。しかし距離があるので何を言っているのか全くわからん。なんだかかわいそうだな。

しばらくの間ワーワーと何か騒いでいたがその声の質が変わった。怒号と絶叫。戦闘が始まった音だ。

誰かと戦っている?状況が変わったのであればもう少し近づいてみるか、と思っていれば後ろから呼びかけられた。


「旦那、旦那。」


振り返れは腰に鹿の毛皮を巻いた男がしゃがんでいる。山の民にいた男だ。山の民にしては小柄だったのでよく覚えている。小柄といっても俺と同じくらいの背丈だが。


「おう、お前さんは…。」

鷹丸(たかまる)でさぁ。合図に気が付いてもらえて良かったですわ。」


あのチカチカ光ってたやつか。

鷹丸と呼ばれた男は手にした短刀に陽の光を反射させてニカリと笑う。


「お前さん、まさかあの山の中からここまで駆けて来たのか。」

「いんや、流石にそこまでの足は持っておりませんで。あっしは伝令としてこの辺に潜んでいたんですよ。それより、頭からの言伝を伝えに来ました。『山下の兵はこちらで討つ。褒美は塩。』」

「山下の兵が来ているのか。」

「へぇ。矢を射かけてきたのが山下でさぁ。今はあっしらに射かけられて慌てふためいていますがね。」


ククと楽し気に笑う鷹丸だったが、俺の横にいるお嬢を見た瞬間、険しい表情になった。


「旦那。なんで戦場に女がいるんで。」

「口の利き方に気を付けろ。俺の主だ。」


「え」と口を開けて鷹丸がこちらを見る。そうか、お嬢のことは話していなかったか。

硬直する鷹丸だったが、ピューと甲高い音が聞こえた瞬間、はっとしたように山の方を見た。

つられて山を見れば、いくつかの影が南の方角に去って行く。


「あっしらの勝ちのようでさ。山下の連中が尻尾巻いて逃げてやがる。」


鷹丸が堂々と身を晒して誇らしげに笑う。矢は一本も飛んでこず、代わりにワーワーと聞こえていた声が遠のいていくのが分かった。


「旦那、どうであれ頭は旦那の家と関わると言った。近い内に伺いますで。話はその時に。」


渋い顔をして鷹丸が呟く。女当主が相手だからってそう嫌がるなよ。

本当なら野介に直接話したいところだが戦の最中さ。まぁいずれ商売をしにうちに来るんだ。挨拶はその時で良いだろう。


「野介ー!ありがとうなー!」


山の方角に向かって大声で叫んで手を振る。


「ありがとー!」


お嬢も負けじと声を張って手を振る。

そんな俺達を高藤勢と鷹丸は不思議そうに眺めていた。

次回は9月3日(水)18:00投稿予定です。

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