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武勇伝  作者: 真田大助
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山の民_弐

「いんやぁ助かっただよぅ。こっちの石黒様は良い石黒様だでぇ。」


桑山城の本丸に戻った俺達は山の民と呼ばれる男達からお礼を言われている。

といっても本丸に上がることは許されず、広間の横にある荒れ果てた庭での謁見だ。山の民が地面に伏せ、広間の下座に俺と立山頼道が座っている。

山の民の代表で野介(のすけ)と名乗った大男が顔を上げる。上半身には猪の毛皮を羽織り、日焼けした顔。もじゃもじゃの髭をくしゃりと歪めて笑った顔にはいくつもの傷が刻まれていた。

後ろに控える山の民も皆ガタイが良い。筋骨隆々だ。そんな連中と比べると、背丈こそ負けていないが筋肉量は圧倒的に負けている俺がやけに細く見える。武装を見てみれば山の民の殆どは短弓を背負っているが、野介だけは普通の弓を背負っている。しっかりと手入れされた良い弓のようだ。


へへ、と笑う野介を叱るように立山頼道がわざとらしくゴホンと咳込むと、野介は慌てて頭を下げる。


「高坂家に敵対する民を守るは当家の役目。何かあれば頼るが良い。」

「へへぇ。毎度助かっておりまさぁ。そいで、こいつぁお礼の品にごぜぇます。」


野介が頭を下げたまま数枚の毛皮を差し出す。それを見た頼道は顔を(しか)めて露骨に嫌な顔をし、顔を手で覆った。


「そこに置いて行け。」


「へへぇ。」と地面を擦るように頭を下げた野介を頼道はまるで汚い物でも見るように一瞥するとさっさと奥に下がってしまった。

おいおい、確かに少しばかし臭うがそんなに邪険にするのは失礼だろう。軒先から庭に降り、差し出された毛皮を見る。どれも鹿の毛皮ようだ。手にしてみると柔らかで毛並みも良く暖かい。


「鹿の毛皮か。肉片も残らずに丁寧にそぎ落としてあるな。良い腕だ。」


正月を超えたばかりの季節なのでまだまだ寒い。ぜひコイツを防寒具にしたいと思いながら毛皮を撫でていれば、野介が驚いたように顔を上げた。至近距離で見ると随分と綺麗な瞳をしてるのが妙なギャップだ。


「こ、こいつの良さが分かるので。」

「おう。俺も捌いたことがあるからな。鹿は捌きやすかったが猪は大変だった。重いのもあるが何しろ臭いがな。」


初めて捌いたのは延暦寺だったな。最近じゃ一乗谷の南で猪狩りをしたことを思い出す。海次郎と幸千代、それと三吉と名乗る男と猪狩りをしたことがあった。そう言えば三吉は忍びだって言ってたな。あの時はスカウトに失敗したが九頭竜川合戦の前にでも誘ったら朝倉家に協力してくれただろうか。


「ありがてぇ!物の良さが分かる御方に受け取ってもらえるとなりゃこれ以上ねぇ!」


ふと思いを馳せていた所を、野介によって無理やり現実に引き戻される。ダンダンと地面を両手で地面を叩く野介と笑う山の民たち。独特な喜び方をする一団は嬉しそうにこちらを見ている。


「儂らは下賤の民として追われるばかりだで。こうして目を合わせて品物を手に取ってもらえるなんて無かったでさぁ。その上お褒めの言葉をもらえるなんて。」

「良いモノは良いと言って褒めるべきだからな。それに弓の腕もなかなかだった。石黒党の爺さん連中よりずっと腕が良い。」

「そげに言ってもらたのは初めてでさぁ。」


野介はポカンと口を開けながら両手を着いて俺を見つめている。まるで大型犬だな。


「いくつか聞きたいことがあるんだが。」

「もちろんで!石黒党の方々は命の恩人だで。話せることは何でも話しますわ。」


まずは俺が高藤家の人間だって所から説明しないといけないな。地べたにすわって野介と目を合わせて話してみる。

話して見れば野介は見た目に似合わずかなり頭の回転が速い男だった。才川城を早川家が抑え、高藤家が武勲一番であることを強調したおかげか、こちらの話しに随分と興味を持ってくれた。彼らは福光一帯だけでなく西は加賀や越前との国境、南は飛騨まで幅広く移動しながら生活しているらしい。あちこちの山中に隠れ里を持っているらしいが、その場所や人数までは興味が無いのでスルーする。


「なるほどな。獣を追ってあちこち移動するのは武家から逃げるためでもあるのか。」

「へい。一所に長い事拠っていますと忽ち討たれちまいますでな。」

「飯はどうしてるんだ。米は採れないのだろう。」

「たまに下に降りて毛皮を交換しておりますで。それ以外は獲った肉を干したもんや魚なんかが多いかねぇ。」


肉!肉を食っているのか!

延暦寺でも狩りの後は肉食をしていた。あそこは異常だったかもしれないが、ほとんどの地域じゃ肉食は避けられている。しかし肉が無いと身体は大きくならないのが俺の持論だ。幸いにも俺は身長が伸び続けているが、この時代の人間は背が低い。その割に山の民が筋骨隆々なのはきっと肉を食べていないからだ。

ぜひとも肉を食べたい。いや、肉が手に入れば自軍の強化にもつながるから肉が欲しいのだ。私利私欲だけじゃないぞ。


「肉、食べるのか。」

「へ、へぇ。儂らは特に気にせんので。あいや、これは無碍な殺生では無く…」


野介が慌てて言い訳をしようとするのを制する。

落ち着け。肉だ。


「俺は仏教徒じゃない。むしろ肉を食いたいと思っている。」

「こりゃ珍しいこって。」


相手の反応は悪くない。いや、焦るな。遠回しにアプローチをするんだ。


「肉を売ってくれ。」


しまった。我慢できなかった。

思わず野介の肩を掴んでしまったが、野介は嬉しそうに顔を近づけてくる。


「そりゃ願っても無いことでさ。武雄様なら儂らの品を買い叩くようなこともきっとしないだろうで。喜んで売りまさぁ。」


なんだかうまいこと乗せられている気もするが気のせいか。

いや肉が手に入るんだ。きっとお嬢も喜んでくれるはずだ。これは大手柄だな!

バンバンと互いに肩を叩き合い、山の民全員と笑い合った。


・・・


「なんだか随分と仲良くなっているわね。」


ガハハと大きな笑い声が聞こえる庭をこっそりと覗いている。庭では武雄と山の民が肩を叩き合って笑っているようだ。距離があるので話している内容までは聞き取れなかったが、友好的な関係を築けたようだ。私は武雄の主なんだし、挨拶くらいしておいた方が良いだろうか。

しけった柱の影から一歩足を踏み出そうとしたところで、背後から声をかけられた。


「お雪殿、お止めになった方が良いかと。」


驚いてワッと声を上げて振り返ると、そこには申し訳なさそうな顔をした石黒光興さんが立っていた。


「も、申し訳ござらぬ。驚かすつもりは…。」

「いえ、私が勝手に驚いただけなので…。それよりも『止めた方が良い』とはどのような意味でしょうか。」


再び柱の影に戻って光興さんを見上げる。


「山の民は女人を嫌います。特段の用が無いのであれば会わぬのが良いかと。」


そうか。女人禁制の山や土地がたくさんある時代だ。きっと彼ら山の民も独自の信仰があって女人を避けているのだろう。無用な争いを生むつもりはないのでここは光興さんの忠告に従っておこう。


「かしこまりました。まだまだ知らぬことばかりでお恥ずかしい限りです。」


照れ隠しに笑いながら話しかければ、光興さんは気まずそうに眼を逸らす。

うーん。これはうまくいっているのだろうか。

自分で言うのもなんだが私の容姿は決して悪い方では無いと思う。目と眉尻は綺麗に整っているし、鼻筋も通って唇も薄い。十分な栄養が取れていないから身体的にはまだまだ子供だけど。

だけどそれは私の美意識での判断。この時代に「モテる」のはふくよかで柔和な女性だ。その定義からすると私は大きく外れている。

だからこそ多少あざとく振舞ってみているのだが、どうにも反応は芳しくない。やはり慣れないことはすべきではないのだろうか。

うーんと悩んでいると光興さんが気を使って話しかけてくれる。


「彼らは影尾衆と呼ばれています。越中から加賀、飛騨にかけてあちこちを放浪している民です。昔は高坂城の近くに隠れ里があったようでしたが、高坂家によって追われてからは争いが絶えないようでして。」

「それを保護していると。」


光興さんは曖昧な表情で顎を引く。


「高坂家は仇敵。高坂家に抗う勢力故、少し手を貸しているだけです。山の民と手を携えていると知られれば蔑まれることもあります。彼らからは色々と礼の品を貰うのですがなかなか使いどころが難しく。」


「使いどころの難しいとは。」と小首をかしげると、光興さんは何かを思いついたようにパッと表情を明るくする。

「よろしければお見せしましょう。どうぞこちらへ。」とここから連れ出すように歩き出した。よほど山の民、影尾衆と私を会わせたくないのだろうか。彼らの様子は気になるが、それは後で武雄から聞くとしよう。

トコトコと小走りで光興さんに続くと、本丸の一角にある部屋に案内された。ここも襖などは無く、広々とした空間を存分に使って様々な物が置かれている。

カビと獣臭の漂うその一角に置かれている殆どは毛皮と武具のようだ。


「毛皮は影尾衆が狩りで得たもの。武具の類は高坂家の骸から剥ぎ取った物の半数を当家が、残りは影尾衆に渡しています。骸は影尾衆がいずこかに埋めているのですが、高坂家もここが狩場であることは薄々感づいていましょうな。」


なるほど。

しかしこれのどこが使いどころが難しいのだろうか。武具はそのまま使えるだろうし、毛皮は売ればお金になる。そうでなければ加工して防寒具にしたり防具にもなるはずだ。

私の疑問を察してか、光興さんは言葉を続ける。


「毛皮は幾枚か市に売りに行ったこともありますがあまり良い値が付かなかったのです。それに爺や達も武家が商いの真似事をするのを酷く嫌っておりまして。あぁ、武具の類も同じようなものです。」


プライドと言うヤツだろう。それを無駄だとは思わないが、今はそんなこと言っていられる時でもないはずなのだが。

しかしここに置かれているだけでは文字通り宝の持ち腐れだ。


「もしよろしければ我らに『お譲り』いただけませんか?」


『お譲り』を強調してお願いすると、光興さんは加減な表情でこちらを見る。


「もし『お譲り』いただければ、当家から御礼として米と塩を。」


売買がダメなら譲渡とお礼でバランスを取るのはどうだろうか。石黒党のお爺ちゃん達の顔を立てつつ実益をもたらす良い案だと思う。

光興さんは暫くの間考えている様子だったが、最終的には「かしこまりました。」と納得してくれた。

よし。あとはこの毛皮と武具がどれだけの資産になるのか見当をつけないと。


腰に手を当ててフンと息を吐く。しけった嫌な臭いが鼻を抜けた。


次回は8月29日(金)18:00投稿予定です。

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