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武勇伝  作者: 真田大助
83/111

立身_参

才川城攻めは高藤・早川両家によって落城した。

夜が明けた頃、近隣の土豪が数人の兵を連れてバラバラと城に寄って来たが、その内の半数はこちらを罵倒して帰っていき、もう半数は好意的な感触だった。

早川勢が射かけた火矢は蔵の一部を燃やしたが、幸いにも大きな被害にはならなかった。蔵の一部が焼け落ちた程度で中に保管されていた武具、兵糧は殆ど無傷。近岡勢の初動が早かったおかげで助かったのはなんというか複雑な気持ちだ。

戦による被害は想定の範囲内といったところか。堀に引きずり落とされた兵が二人、腕の骨を折ったようで重症。それ以外は多少なり打身や切り傷はあれどいずれも軽症だった。城内に倒れているのは近岡家の兵ばかり。怪我の浅い男達は手際よく骸をまとめて場外に運び出していく。

そんな中、本丸ではとりあえず血液だけは拭き取られた広間で小具足姿の男女が座していた。

高藤家からはお嬢と家重爺さんと俺が横一列に並び、対するように早川義人とその家臣が並ぶ。ここに石黒党の姿はない。


「ではこれで決まり。」


難しい顔をしている男達とは反対に、ニコニコ笑顔のお嬢がポンと手を叩いて場を閉めようとするが、それを制するように義人が手を伸ばす。


「お雪殿、誠によろしいので。此度の戦はお雪殿の力あっての勝利。我らは…」

「義人殿。何度も言いました通り、これが最善策です。才川城の城主は早川義人殿。この地はこれより、早川家が治めるのです。」


義人は難しい顔をして伸ばした手を引いて腕組みをする。


「高藤家は城持ちになるような身代ではありません。確かに此度の戦で功をあげることは出来ましたが、城を持つ程ではありませんから。それに比べて早川家は身代も過去からの戦功、戦ぶりも文句のつけようがありません。まぁ近岡派の連中は色々言ってくると思いますが。」

「神保家への使者には儂が立ちましょう。我ら高藤家が早川殿の配下に入ったと明らかにすれば、近隣の土豪もこれに倣い、神保家も文句は言いますまい。」


お嬢も爺さんも才川城を早川家に渡すことが最善だと説いている。

ここで高藤家が城主になると元近岡家の家臣達が従わないらしい。それに早川家は近岡家に酷使されながらも戦功をあげている家だ。今回の城攻め、下克上に対しても同情的な意見を集めることも出来るのだろう。


「その代わり、高藤家に幾ばくかの加増を頂けませんか?」

「無論です。が、どの土地をご所望でしょうか。」


お嬢はニコリと笑って合わた手を膝に戻す。


「近岡家にすり寄って良い思いをしていた連中の土地です。明日には周辺の旗色もはっきりしましょう。敵対する連中はこれを機に一掃し、その土地を高藤家に振り分けてください。少し遅い大掃除と思って一気に片付けてしまうのが良いかと。」


ニコニコ笑顔のお嬢の発言にブッと吹きだしたのは俺と義人だけだ。他の男達は驚いたような表情でお嬢を見ている。


「大掃除とは。なるほど確かに。そのお申し出、承知しました。才川城は我ら早川家が預かります。その代わり、高藤家にはいくつか土地を預かって頂きたい。」

「お任せを。土地の切り取りにご助力いただいても?」

「無論です。早速、皆に使いを送りましょう。敵対すれば攻める。こちらに付けば所領は安堵。それどころか新たに土地を得ることが出来るやもしれぬと。こちらに付いた方が旨みがあると分かれば大慌てで参陣しましょう。」


義人もお嬢に釣られて笑顔で答える。

周りの連中はまだ顔を見合わせているが、反対意見は無さそうだ。


「家重殿、先んじて神保家への使者を頼めますでしょうか。」

「お任せを。何と伝えましょうや。」

「『近岡家の横暴、目に余るものあり。早川家が筆頭にこれを誅した。神保家に対して叛意は無く、騒動の詫びとして兵糧を送る。』と。」


家重爺さんが嬉しそうに深々と頭を下げる。大役を任されて誇らしげだ。


「お雪殿。使者は我らの手勢に向かわせます。その間、才川城の守りをお任せしてもよろしいでしょうか。」

「お任せを。攻め寄せてくるような無謀な者がいたら蹴散らしてみせます。」


お嬢が細い腕を捲ってガッツポーズをするのを家重爺さんが慌てて隠し、男達は目のやり場にこまるように視線を泳がせていた。


・・・


「こうもあっさり片が付くとはね。」


才川城攻めから五日。久々に高藤家に帰って来た俺達は具足をほどきながら腰を下ろす。


「近岡七郎左衛門もいなけりゃ反対派の連中も逃げ出すとはな。てっきりどこかの村に潜んでいるのかと思ったんだが。」


早川家からの使者を受け、近岡家に仕えていた七割の家が早川家を新たな主として認めた。残りの三割は近岡家で甘い蜜を吸っていた連中だが、早川・高藤両家が兵を送ると戦いもせずに逃げていたことが発覚した。問題はどこへ逃げたか、と言う話しなんだが、多くは加賀方面へ逃亡したらしい。ごく少数が飛騨や越中の東側へ向かったようだが仔細は分からない。

置いて行かれた農民達は何がなんだか分かっていない様子で、突然襲来した俺達に怯えるばかりだった。

接収した領地は全て早川家預かりとなり、今後の戦功によって土豪達に振り分けられることが伝えられた。土豪達の中には『近岡家によって不当に奪われた土地なのだから無条件で返してほしい。』との声もあったが、『ならばなぜ、近岡家に反して戦わなかった。』と早川家に一喝されては言い返すこともできなかったようだ。その言い草には色々と突っ込みたい所もあるが、面倒ごとに巻き込まれそうなのでここは早川義人に任せよう。と言っても、手柄次第ではあるが可能な限り元の持ち主に土地を与える方針を伝えて一旦は納得したようだ。

高藤家は戦功として村を一つを加増された。新しく得た村だが、当面の間は旧来通りの手法で統治し、代わりに香上村で現代式の田植えを大掛かりに進める予定らしい。これで米の収穫量がまた増えるだろう。

才川城攻めで本丸一番乗りを果たした石黒党についても土地を分け与える話しがあったが、当の石黒光興が『早川家の家臣では無い故、受け取ることはできぬ。』と固辞したので代わりに米を贈った。

そして一番の懸念だった近岡家の上司に位置する神保家だが、こちらについては特にお咎め無しだった。家重爺さんの交渉が上手かったのか、それとも末端の争いに興味が無いのか。変わらず年貢を納めることを条件に黙認されたようだ。

大役を果たしたと家重爺さんが上機嫌なのは良かったが、疲れが出たのか発熱してしまったので才川城の一室で寝込んでいる。症状は大したことは無いが無理に動かすことも無いと言う早川家の好意を甘んじて受け入れた。正月を越したとは言えまだまだ寒い時期が続く。隙間風がビュウビュウ吹き込む高藤家より才川城の方が防寒性能は高いだろう。


「近岡家は潰した。次はどうやって勢力拡大を図るんだ?」

「一向宗と話をつけるつもりよ。善徳寺の実円さん。バタバタしちゃってたけど明日にも文を書いて送るの。」


一向宗か。朝倉家での合戦を思い出してちょいと嫌な気持ちになる。


「武雄は道中の警護をお願い。交渉は私がするから大丈夫よ。文は福光寺の円順和尚さんに取り次いでもらおうかしら。ついでと言ってはなんだけど、石黒光興さんにもお礼を言いに行きたいし。」


お嬢があちこち飛び回ると家重爺さんが怒りそうだが、幸いにも才川城で寝込んでいる。とりあえず好き勝手させておこう。

遠慮なく伸びをするお嬢を見ながら、汗臭い具足を脱ぎ散らかした。


・・・


からっと晴れた昼下がり。山本村にある善徳寺の一室で私は実円和尚と向かい合っている。といっても実円和尚は布団の上。若いお坊さんがその背中を支えてなんとか座っている。

武雄はと言えば、『俺がいたら余計な争いになる。』と言って寺の門前で座っている。


「ご足労頂いたのにこのような姿で申し訳ございません。」


ゲホゲホと咳込む実円和尚の背中を若いお坊さんがさする。


「私の方こそご無理を言ってしまい申し訳ありません。お加減はいかがでしょうか。」

「どうにも咳が止まりませんでな。夜になると喉が枯れて声も出なくなって困ります。」


そういって実円和尚は一口水を含む。

まだ四十代くらいだろうか。今が働き盛りの年頃だとは思うが、人間五十年とうたった熱盛があるくらいこの時代の人が活躍できる時間は短い。

喉風邪からでも十分に死を感じるのだろう。


才川城は早川家のものになった。義人さんは武家へは使者を送っているが一向宗に対しては特段連絡をしていないようだ。でもそれも仕方がない。

越中の武家と一向宗の関係性はいつだって微妙なものだ。時に味方し、時に敵対する。武家は民を戦にかりたて土地を奪い、一向宗は一揆を扇動して自らの勢力を拡大する。利害が一致する瞬間こそ手をとるが、根本的には敵対関係の意識が根強い。


そんな中、実円和尚の体調がすぐれないと知って来たのは二つの意味がある。

一つ目は早々に協力関係を築きたいから。般若野の合戦で長尾家が敗北してから、神保家と一向宗は急速に距離を縮めている。武雄もお爺様も一向宗が嫌いみたいだけど、その力を借りることが出来れば高藤家はもっと大きくなれるはずだ。いや、むしろ敵対する方がリスクだと考えている。農民の多くが一向宗徒になりつつある今、一向宗と敵対すれば兵が集まらないだろう。越中の武家は一向宗との付き合い方を決めかねている家が多い。その中で高藤家が早々に一向宗を庇護する立場を表明すれば、きっと力になってくれるはずだ。

二つ目は薬の存在だ。この時代の薬は高価で貴重だ。そんな薬を買い付ける販路を持っている福光屋さんの存在はかなり大きい。実円和尚が喉の調子が悪いことはお手紙で聞いていたので、城端の長次郎さんに頼んで喉風邪に効く薬を仕入れてもらった。これで少しでも体調が良くなれば実円和尚の関心を得ることができるだろう。


「先ほどお渡ししましたお薬は城端で喉に効くと評判のお薬です。ぜひご利用ください。」

「ありがたく頂戴します。まさかお武家様から薬を頂く日が来るとは思いませんでした。して、本日はどのようなご用向きで。」


早速嫌味とは。チクリと先制攻撃をされたがこの程度で目くじらを立てていては交渉にはならない。


「はい。単刀直入に申し上げますが、我ら高藤家は善徳寺と協力関係を築きたいと思っております。」


背筋を伸ばして真っ直ぐ実円和尚を見つめる。


「私は民の安寧を願い、安寧の地を築くために高藤家の当主となりました。当家の民は日々明るく暮らしております。新たに得た村でも『前よりも良い暮らしが出来そうだ。』と民に笑顔が浮かんでおります。まだまだ手の届く範囲は狭いですが、これからも土地を得て、民の暮らしを豊かにしていきたいのです。」

「それは素晴らしきこと。そのような高き志をお持ちのご当主様が当寺に何を望まれますかな。」

「不戦を望みます。」


僧兵を出してくれ、とは言わない。せめて戦わなければ良い。『高藤家は話が通じるから戦うな』と一言貰えればそれだけで良いのだ。


「お雪様。お雪様は女子の身でありながら兵を率いる武家の棟梁なのですな。」


実円和尚の痩せた頬が小さく震える。


「はい。家臣と呼べる者は少ないですが。」

「先ほどのお話しの中で『これからも土地を得て』とおっしゃりましたが、土地を得ずに民の安寧を願うことは出来ませんか。」


神保家や早川家に従う今の状態で民の安寧は得られない。と言うのが私の見解だ。上が戦をすると言えば従わざるを得ない。そうなれば民は戦に狩り出されて疲弊する。それを防ぐためには私が、高藤家が大きくなるしかない。私の持つ知識を最大限動員して生産性を高めて、衣食住を充実させて、敵から攻められないような強い国をつくる。そのためにはもっともっと大きくならないといけない。

うん、やっぱり土地を得ずに民の安寧を得ることは出来ないだろう。

私が首を横に振ると、実円和尚は悲し気に目を伏せる。


「我らは仏法をもって民に安寧を説いております。お武家様は民を押さえ、使役することで安寧を得ようとする。それはまことに民の安寧でしょうか。」

「食べる事に困る日々から脱し、安心して明日を迎えるために我ら武士がいるのです。」

「ですがお武家は戦をします。戦をすれば人が死ぬ。」

「では野盗が来ても差し出せと?家族が襲われても念仏を唱えて黙っていろとおっしゃるのですか。」


仏法だけじゃお腹は膨れない。命は守れない。【()()安心】と【安心()()】は違うのだ。

安全があってこその安心だ。武士が安全を確保し、その上で安心を得る。

一向宗が説いているのは安心の部分だけ。それだけでは生きていけないと言うのが分からないのだろうか。


「武家が民を使役する世に、まことの安寧は来ないでしょう。それは鎌倉より今に至るまでの歴史が物語っております。」

「では実円和尚はどうすれば安寧の世が訪れるとお思いでしょうか。」


睨むように実円和尚を見つめると、実円和尚の頬が吊り上がった。


「仏法による世にございます。加賀の国のように、民が国をつくるのです。」


何を言うのかと思えば。呆れてため息が出てしまった。実円和尚を支える若いお坊さんがこちらを睨みつけている。

良いでしょう。知らないはずはありませんが、改めて事実を教えてあげよう。


「加賀は酷い有様と聞いています。朝倉家に大敗し、能登の畠山家との争いも絶えないとか。そのような戦ばかりの国が安寧の国なのですか。」

「悪しきは野望を捨てぬ武家。己の野心を捨てず寸土を得ようとするのはまるで飢餓道に堕ちた者のようです。」


今度は実円和尚がため息をついて両手を合わせる。

あぁだめだ。私は交渉が上手くないようだ。協力関係を得るどころか喧嘩別れになってしまいそう。

これ以上両者の溝を深くしないためにも早々に去った方が良さそうだ。

ゲホゲホと実円和尚が咳込んだのを見て頭を下げる。


「お話し、ありがとうございました。どうかお身体ご自愛くださいませ。」


私が立ち上がると、口元を拭いた実円和尚が私を見上げて口を開く。


「お雪様。これからも戦は起きましょう。まことに民の安寧を願われるなら、どうか戦場で相まみえるような判断はなされないよう、願っております。」


ニコリと力なく笑う実円和尚に一礼して部屋を出る。

廊下に控えていた子供のお坊さんに先導され、綺麗に整えられた庭を横目に廊下を歩く。


最後の実円和尚の言葉。あれば「一向宗に敵対するな。」と言う意味だろうか。それとも「一向宗に従え。」と言う意味か。どちらにしても不戦ではなく武家の従属あるいは降伏を促すように感じた。

実円和尚、ひいては一向宗が目指すは加賀のように僧が支配階級に立って民を支配すること?それじゃ武家と変わらない。それとも自分たちなら上手くやれるとでも思っているのだろうか。

それに最初は「お武家様」なんて呼んでいたくせに最後は「武家」と呼び捨てにしている。心の中では武家を下に見ているのだろう。はなから対等な話し合いなんてするつもりは無かったのかもしれない。

なんかだ無性に腹立たしい。帰りに武雄に愚痴らせてもらおう。


肩を怒らせながら善徳寺から出て来た私を待っていたのは、取っ組み合いをしている武雄と僧兵達だった。

次回は8月18日(月)18:00投稿予定です。

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