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武勇伝  作者: 真田大助
82/111

立身_弐

夜半。

暗闇の中、才川城の頼りない城門を篝火が照らしている。城門は閉じられており、その周囲に人影は見えない。

才川城をぐるりと囲むのは武装した四十名程の男達。弱いながらも月明りのある夜。姿が露見しないよう草陰に伏せ、その時をじっと待っている。


「揃いました。」


新品の鎧兜に身を包んだ早川義人が囁くといつもと変わりない桃色小袖姿のお嬢が不満げに頷いた。


「お嬢、そんなに辛気臭い顔するなって。仕方ないだろ、サイズの合わない具足を付けてたら的になるだけだ。」

「だから言って『ここで見てろ』ってのはあんまりだと思わないの?これは私の戦よ。腕にだって多少は覚えがあるんだから。」


暗がりに隠れて才川城を囲むのは早川勢と高藤勢がそれぞれ約二十名ずつ。新品の鎧兜で身を固めているのは俺と家重爺さん、早川義人と早川家の家臣三人。大将のお嬢はいつもの桃色小袖姿で鎧兜はまとっていない。

両家の農兵達は不揃いながらも胴丸や兜を着け、手には新品の刀や槍を握りしめている。近岡家の蔵に納めた武具を思えばかなりグレードアップしている装備だ。


「何度も言っただろ。女物の鎧が無かったんだから仕方ないって。」

「だから小具足でも良いから着込んで戦おうとしてたのに。」

「小具足じゃ何かあった時に防ぎきれない。大将が討たれたら戦は終わりだ。頼むからここで大人しく待っていてくれって。」


「でもでも」「だって」と愚痴を言うお嬢をヒソヒソ声で説得することもう何時間だろうか。だだをこねる子供を説得している気分だ。周囲はこのやりとりが可笑しいらしく息を殺してクスクスと笑う声が聞こえる。


「お雪殿。戦は我らにお任せを。出倉殿、用意は宜しいか。」

「おう。いつでも行けるぞ。」

「義人殿、ご武運を。」


俺達に見送られた義人は涼し気に微笑みながらコクリと頷いて持ち場に戻っていく。

口を尖らせていたお嬢も流石に緊張してきたのか、ゴクリと生唾を飲む音が聞こえた。


暫くするとパンパンといくつかの乾いた音と共に五つの灯りが空を舞った。それは吸い込まれるように才川城奥の曲輪へと落ちていく。早川勢の放った火矢だ。狙ったのは奥の曲輪にある蔵。ここに火を放ち、混乱に乗じて城門を突破する作戦だ。

音も無く落ちた火矢がどうなったのか、ここからは見えない。少し待つが城内は静かで動きが無い。

失敗か。それなら早く次の矢を放ってくれ。と焦れていれば背後からくぐもった笑い声が聞こえた。


「流石は早川家。見事な腕よのう。ほうれ出倉殿、次は我らの番ぞ。」


家重爺さんがギラついた眼で城門を見ている。なんだ爺さん、ノリノリじゃないか。

耳をすませば才川城内で声が上がっているのが聞こえる。上手いこと着火したか。


「よし。一気に城門を超える。遅れるなよ。」


振り返って声をかければ、香上村の連中が新品の武具を握りしめて白い息を吐いた。

呼吸を整え、伏せていた草むらを飛び出して城門まで一気に駆ける。ガシャガシャと鉄の擦れる音と共に城門前まで駆けこむが、才川城からは矢の一本も俺達を止める声の一つもかからない。


「梯子!」と叫ぶと頼りない梯子が二本、正門を超えるように掛けられた。小太刀を抜いて一気に駆け上がり、城門を超えて才川城に飛び降りる。

ここにきてようやく敵襲と気が付いたのか、槍を片手に城門に駆け寄ってくる二人とかち合った。


「な、何者!」


手槍をこちらに向けた兵が怯えた表情で叫ぶ。答える義理は無い。槍の穂先を小太刀で跳ね上げてから懐に潜り込んで喉を斬り裂く。

隣にいた兵がこちら目掛けて槍を振るが遅い。屈んで躱し、袈裟斬りにして無力化する。


「開門!」


振り返れば俺と同じタイミングで飛び込んだ早川義人が閂を開け、外から兵を呼び込んでいた。

雪崩を打って城内に駆け込む一団を率いるように手前の曲輪に突入する。ここからは一気に駆け抜けたい。手前の曲輪で足止めされると奥の曲輪に繋がる橋を落とされかねない。

小太刀についた血を振り払っいながら手前の曲輪に足を踏み入れれば、中は混乱状態に陥っていた。見上げれば奥の曲輪から火の手が上がっている。城内の連中はそちらに意識を取られているようで、正門が突破されたことに気が付いていない。今のところ作戦は順調だ。

鎮火のためか、手前の曲輪から何人もの男達が二重の堀にかかった木橋を超えて奥の曲輪に向かって行くのが見える。


「出倉様!」


追い付いた香上村の連中が綺麗な抜き身の刀を握りしめて立っている。


「一気に奥の曲輪を落とすぞ!ついてこい!」


「おう!」と威勢の良い返事と共に二十名が一塊になって突っ込んでいく。ここでようやく近岡家の連中も状況を把握したのか、慌てて脇差を抜いて立ちはだかる。が、具足を着こんだ俺達を止めるには至らない。

空堀に転がり落ちる者や反転するも即座に斬られて倒れる者、橋を落とせと叫ぶ者を押しのけて一気に奥の曲輪に踏み込んだ。

奥の曲輪では右の蔵、俺達が武具を運び込んだ蔵が燃えている。その灯りに照らされた俺達を見て、曲輪にいた連中が一斉に襲い掛かってくる。

敵の数が思っていたより多い。予定では手前の曲輪で半数を仕留めて一気に奥の曲輪を制圧する予定だったが、消火のために手前の曲輪にいた連中のほとんどが奥の曲輪に駆け込んだようだ。三十名近い男達が必死の形相で脇差を振りかざして襲い掛かってくる。


「橋を守れ!」


こちらは装備こそ新調したが訓練をしていない農兵。ましてやしばらく戦から離れていた連中だ。多少の場慣れがあっても多勢を前に腰が引けているのが分かる。

俺の掛け声に縋るように橋の前で足を止めてしまい、半円状に敵に囲まれてしまった。


「失敗したな。」


突っ込ませた方が良かったか?いや、反省は後だ。大声をあげて突っ込んでくる男の胴を薙ぎ払って横に蹴っ飛ばす。その背後にいた男を袈裟斬りにして突き飛ばす。

寝巻姿に脇差という不利な装備だと言うのに、近岡勢は怯むことなく襲い掛かってくる。


「こりゃ進めんぞ!」


家重爺さんが手槍を繰り出して近岡家の兵の胸を突く。鎧兜を身にまとわない近岡家の連中は一撃が致命傷になるが、それでも敵の勢いは止まらない。

背後で叫び声が聞こえた。近岡家の兵が二人がかりでこちらの兵にしがみ付いて堀の中に転がり落ちていく。死に物狂いとはまさにこの状況だ。

血と脂で汚れた小太刀を構えなおすが、高藤勢が気圧されているのが分かる。

何か良い一手は無いか。ジリと一歩足を下げた時、背後から怒号が響いた。


「道を開けろ!」


橋の上で足を止めていた香上村の兵を踏み越えるようにして、ボロボロの鎧兜に身を包んだ男達が飛び出て来た。最前線にいた俺達を弾き飛ばすように飛び出た一団は半円状にこちらを囲む近岡勢に迷いなく突っ込み、斬り伏せていく。

誰だか知らないが助かった。近岡勢の意識が散った今が好機だ。


「続け!本丸を落とすぞ!」


俺の掛け声よりも早く駆け出した家重爺さんに続いて、香上村の兵が近岡勢とぶつかる。狭い曲輪の中で数十人の男達が斬り、踏みつぶし、押し倒して前へ前へと進んでいく。

目指すは曲輪の最奥にある建物、本丸だ。平屋建ての小さな建物だがあそこに近岡七郎左衛門がいるはずだ。

混戦の中を突破して本丸の入口に足をかける。本丸の中には多くの兵が待ち構えているかと思いきや、そこには無数の骸が転がっているだけだった。

追い付いた家重爺さんが骸を足で転がすと、骸はどれも一刀で斬り伏せられており、複数の足跡が本丸の中に続いている。

家重爺さんと顔を合わせてから警戒して中に入る。

廊下は血と泥で汚れ、所々に寝巻を血で汚した骸が眠るように横たわっている。

生きた人間と合わないまま、奥の一間にたどり着くと、そには九人の男が座していた。


「我らが一番乗りでしたな。」


上座ではにかんでいるのは石黒党の頭、石黒光興だった。


・・・


「どうしてアンタらがここに居るんだ。」

「盟約がありますので。先の戦では後れを取りましたが、我らの力はこれでご理解いただけたかと。」


血にまみれた太刀を一振りする光興の姿は福光寺で伏せていた様子とは一変していた。

不敵に笑い、自信ありげに太刀を肩に担ぐ。身に着けている具足こそ汚れや欠けが目立つがその姿は威風堂々といったところだ。

左右に居並ぶ石黒党の面々も返り血を浴びながらも整然と座っている。全員、抜き身の刀を握っている様子から警戒を解いていないのも戦慣れしている証拠だろう。

太刀を左手に持ち替えた家重爺さんが片膝をついて頭を下げる。


「某は高藤家重と申します。この度のご助力、誠ありがたく。」

「石黒家当主、石黒光興にございます。お雪殿との盟約に則り参上したまでにございますれば。」


「盟約」と聞いて家重爺さんは目をパチクリさせて俺を見る。

おいお嬢。ちゃんと説明していないのか…。爺さんの相手は後だ。まずは才川城攻めを終わらせないと。

「それで、城主の近岡七郎左衛門は…」と聞こうとした時、背後から大勢の足音が聞こえて来た。


新手か。それとも近隣の近岡派が駆けつけたか。

全員の意識が俺の背後、入り口側に向く。抜き身の太刀を構えて臨戦態勢だ。


ドカドカと踏み込んで来る最前にいたのは、薄桃色に藍色の袴を履いたお嬢だった。


「お嬢!?」と声を出せたのは俺だけで、その他の面々はポカンと口を開けているだけだ。

いや、家重爺さんはこの世の終わりみたいに天を仰いで額に手を当てている。お気持ち察するぜ。

お嬢の背後には早川義人とその家臣が続き、お嬢の身辺を守るように周囲を警戒している。


「その、いつの間にかお雪殿が城門まで来られており…。」


義人が血濡れの兜をカリカリと掻きながら困り顔で笑う。

お嬢は城攻め前と変わらないふくれっ面。しかし光興を見つけた瞬間、パッと笑顔になって俺と爺さんの前まで駆けて来た。


「光興殿!やはり先ほど飛び込まれたのは光興殿だったのですね!城門を突破した一団を見て近岡派かと周囲が危ぶんでいましたよ。」

「あいや、それは申し訳なく…」

「申し訳ないなんておっしゃらないでください。様子を見るに一番乗りは光興殿でしょうか。さすが武勇の誉れとして名高い石黒家のご当主ですね。」


ニコリと笑うお嬢を見つめていた光興がパッと顔を背ける。

背けた先にいた石黒家の爺さん達は何やら複雑な表情をして光興を睨み返しているようで、光興は右に左に助けを求めるように忙しく視線を動かしている。


「それで、近岡七郎左衛門はどこに。」


腰に差した小太刀の鯉口を切りながらお嬢が問うと、光興は武将の顔に戻って頭を下げる。


「我らが踏み込んだ時には姿はなく。残っていたのはそこの老人と取り巻きのみで.」


光興の視線の先には臥せっている血まみれの遺体が数体。家重爺さんがそのうちの一人を起こすと、顔を顰めた。


「近岡太郎右衛門殿、前当主で七郎左衛門殿の父君じゃ。」

「この様子では七郎左衛門は騒ぎを聞いて我先にと逃げ出した模様にございますな。」


義人がため息まじりに呟くと、お嬢は腰に手を当てたまま大きく息を吐いてから天を仰ぐ。


「なんだかスッキリしないけど、私達の勝ちね。」

「まだ油断されない方が良いかと。某は近岡の兵がどこぞに潜んでいないか見回って参ります。」


早川義人が兵の半数を連れて去って行く。

才川城内で勝鬨があげられたのは、この少し後だった。

次回は8月11日(月)18:00投稿予定です。

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