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武勇伝  作者: 真田大助
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立身_壱

年が明けて正月。

越中は越前に負けず劣らずの豪雪地帯だ。今年は雪が少ないと聞いたが、それでも太ももの高さまで雪が積もっている。

そんな寒い冬。陽の落ちた暗い室内を照らすのは隣の部屋にある囲炉裏の火だけ。その僅かな光源が照らすのは平服の二人と小具足姿の一人。

小具足姿で顔を真っ赤にして今にも火を噴きだしそうなお嬢が太刀を床に突いて床几に座っている。その眼前に平服で座っているのは家重爺さんと俺。眉間の皺を深くして目じりを下げた爺さんが懇願するようにギュッと拳を握っている。


「お雪。このようなことをして何とする。」

「お爺様。堪忍袋の緒が切れたの。もうこれ以上は耐えられないわ。」

「気持ちはわかるがまずは落ち着くのだ。兵を起こそうにも我らだけでは城門にすらたどり着けぬと言うているのじゃ。」


イライラして貧乏ゆすりをするお嬢と必死になだめる爺さん。

その間に挟まれた俺はどうしたものかとため息をつくしかなかった。


・・・


事の発端は数時間前。

香上村の農民と協力して雪かきをしていた所に爺様が駆け込んで来た。


「お雪が戦支度を始めてしもうた、止めてくれ!」


雪かきをしていた農民連中も驚いた顔をしてこちらを見る。

髪も着物も乱れ、ぜぇぜぇと苦しそうに息を吐く爺さんを落ち着かせながらまずは状況を聞き出す。確か今日は才川城で正月の挨拶が行われていたはずだ。


「才川城での挨拶が終わり、酒宴になった時じゃ。お雪が近岡様に呼ばれてな、酌をするように命じられたのよ。」


少し落ち着きを取り戻した爺さんが白い息を吐きながら汗を拭う。


「お雪渋い顔をしながらも近岡様の横について酌をしておったのだが、近岡様の御戯れが過ぎてな。その前の話しもあって、お雪は我慢ならぬようになってしまったのじゃ。」

「御戯れってのはまぁ察しが付くが、その前の話しってのは何だ。」

「早川家のお取り潰しよ。先の戦で不甲斐ない戦をした、民を苦しめた、高藤家を脅して物資を奪った。等と罪状を述べてな。」

「義人は反論しなかったのか。」

「もちろん反論した。しかし反論しても無駄だと言うことは誰もが理解しておる。義人殿は五日の内に荷をまとめて早川村を出るか、農民として暮らすかを迫られての。義人殿は返答をせずに城を出てしまったのよ。」


拘束もせずに義人を帰したのは早川家に戦う力が無いと踏んでいるのだろうか。


「で、その後の祝宴でお嬢が怒ったと。」


爺さんは力なく頷いてがっくりと項垂れる。


「確かに近岡様のやり方は横暴じゃ。しかしお雪にとっても悪い話ばかりではないはず。男児を産めれば嫡子のおらぬ近岡家で地位を得ることも出来る。どうしてあそこまで近岡様を毛嫌いするのか…。」


はぁと大きなため息をついて爺さんは雪の上に座り込んでしまった。

この時代、言い方は良くないが女性は交渉の道具として扱われていた面がある。同盟、従属、乗っ取りに内偵。様々な思惑のもと、家の繁栄を目的に送り出す。それが普通だった時代。

その考え自体、お嬢は嫌だったのかもしれない。その辺はこの時代の人間と俺達が摺り合うことは無いだろう。


「戦をしたとて勝てる訳が無い。どうにかしてお雪を止めてくれ。」


縋るように懇願する爺さんを放っておくほど非情にはなれない。

とりあえず雪かきを続けるよう農民達に指示を出し、爺さんを支えながら高藤家へと帰っていった。


・・・


「義人殿と合力して才川城を攻める。夜陰に紛れて城門を超えれば勝ち目はあるわ。」

「兵もおらぬのにどうやって城門を超えるのじゃ。仮に早川殿が兵を挙げたとて動けるのはせいぜい三十。対して才川城には五十を超える兵が詰めておる。それだけではない。時をかければ近岡家に従う家々が加勢に来よう。」

「香上村の兵を集めて戦う。一気に攻め立てれば…」

「香上村で根こそぎかき集めても二十いくかどうか。しかもこの二十には十分な武具が無い。戦にならぬと言うのが分からんか!」


二人の口論は収まる様子が無い。

守りを固めた城を攻めるには三倍の兵力が必要だと聞いた記憶がある。五十対五十では守り側に軍配が上がるだろう。近岡家の兵の質は分からんが、まともな武具が無い高藤家の兵より劣るとは思えない。真正面から戦ったら確実に負ける。

ヒートアップしていく二人に挟まれて悩んでいると、視界の端に困り顔を見つけた。高藤家の下男、六助だ。

お嬢と爺さんに声をかけようとしているようだが、白熱する二人に声をかけられないようで、片手を挙げては下してを繰り返している。


「六助さん、どうした。」

「出倉様、その、お客人がいらいていまして。」


客人?もう陽も落ちた時間だ。一体誰が来たと言うのか。もしかして近岡家の追手か。

小太刀を持って立ち上がろうとしたところで六助が慌てて袖を掴む。


「お客人は香上村の方々にございます。」

「香上村の連中?」


なんだ、雪かきが終わった連絡でもしに来たのか?

ギャーギャーと言い合っている二人はこちらに気が付いていないようなので、とりあえず俺が玄関まで出ていく。


怯えた表情の六助とお葉さんの視線の先に香上村の男達が座っていた。その全員が古びた鎧兜を身に着け、錆びた武具を持ち、決死の形相で精一杯背筋を伸ばしている。

最前にいた初老の男が俺を見上げて地面に拳をつく。


「出倉様。香上村から戦える者全員、二十五名。連れてきました。」

「お雪様に酷いことをした奴なんて許せねぇ!」

「そうだ!ようやっと飯が食えるようになったのはお雪様のおかげだ!」

「お雪様のおかげで戦に出なくて良くなった。だけどそのお雪様が困っているんだ、今、俺達が戦に行かないでどうするだ!」


「そうだ、そうだ」と男達が声を荒げる。

お嬢は随分と慕われているんだな。その気持ちはありがたいが、ざっと見渡しても男達の中には腰の曲がった老人も交じっているし、武具は貧弱。やはりこれでは戦にならない。

振り返れば流石にこの騒動に気が付いたのか、部屋の中からお嬢と爺さんが出て来た。


「お前達、何を勝手なことを。」

「お爺様。彼らの熱意を無駄にするおつもりですか。」


爺さんの叱責はお嬢によって遮られた。


「大丈夫です。私に策があります。」


いつもと変わりない、いたずらっ子の笑顔を浮かべたお嬢が笑う。


「今日が私の力を試す第一歩になるんだから。」


フン、と無い胸を張ったお嬢は矢継ぎ早に指示を飛ばした。


・・・


「それで、武具一式を近岡家に納めると。」

「へぇ。こちらが香上村の分。あちらが早川村の分でごぜぇます。」


香上村の顔役、宗吉そうきちが腰を屈めて荷台を指さす。

才川城の城門の前に止まっているのは荷台が二つ。無造作に積まれているのは古い武具や錆が目立つ刀や槍。

近岡家の兵がそれらを手にして渋い顔をしている。


「戦に出ておらぬ間、碌に手入れをしておらんかったのか。なまくらばかりではないか。」

「早川家も同じようなものよ。欠けたものばかりで縁起が悪いわ。誠にこれが村の全てか疑わしい。質の良い武具を隠し持っておるのではないか。」

「いや、数は揃っておる。むしろ多いくらいだ。村の全てというのはあながち嘘ではあるまい。」

「へい。早川様とお雪様がお殿様に大層な無礼をしたと村々では噂になっております。ワシらはお殿様に逆らう気は毛頭ございません。その証として武具一式をお預かり頂きたく…。」


宗吉が深々と頭を下げるのを見向きもせず、近岡家の兵が武具を荷台に放って戻す。


「わかったわかった。とりあえず蔵にしまっておけ。沙汰が済んだら返してやる。」

「ありがとうごぜぇます。あの、早川様と高藤様のお家は取り潰しになるのでしょうか。」

「早川家は取り潰しだ。高藤家はあの女狐が殿の側室になるなら当代に限って家を残すそうだが、どうなるか。」


「左様でございますか。」と宗吉が頭を下げてその場から離れる。宗吉を合わせて十人の男達が荷台を押して才川城の小さな城門をくぐる。城門の内外に数人の兵がいるが、荷運び人に紛れた俺を知っている人間はいない。手ぬぐいで顔を拭きながら才川城内を観察する。

才川城は小山に築かれた小さな城だ。攻め口は正門が一つのみ。門以外は急斜面のため登って攻めるとなると大変そうだ。城は二つの曲輪で構成されており、曲輪と曲輪の間には二重の空堀がある。今は簡単な橋がかかっているが、正門のある曲輪が落ちた時はこの橋を落として籠城するのだろう。正門のある曲輪は柵で囲われているだけだが、奥の曲輪は低いながらも土壁で囲われている。

城内には暇そうにしている城兵がチラホラいるが、概ねしっかりとした防具を身に着けている様子が見て取れた。武装している兵は二十名位だな。恐らく各所にある建物で働いている連中はいるのだろうから、爺さんの言っていた『五十名が詰めている』ってのも誇張では無いのだろう。


奥の曲輪に入ってすぐ右側にある小さな蔵の前に荷台を止め、城兵に指示されて次々と武具をしまっていく。指示をしているのは前に高藤家に来た取り巻きの一人だ。目が合った時にばれたかと思ったが、「さっさとしろこの木偶の坊!」と罵られて終わった。覚えておけよ。

二つの荷台を空にして追い立てられるようにして才川城を出る。これで早川村と香上村に叛意が無いことは伝わっただろう。

香上村に入ってようやく全員がほっとしたように息を吐いた。


「宗吉、なかなかの役者だったぞ。」

「心の臓が張り裂けるかと思っただ。」


ドサリと腰を下ろす連中を労っていればいつもの薄桃色の小袖に藍色の袴をはいたお嬢が歩いて来た。


「お疲れ様。上手くいった?」

「おう。城内の様子もなんとなく掴んだ。そっちはどうだ。」

「こちらも上々。近岡家からの使者も想定通り。『近岡七郎左衛門の側室になるか打ち首か。好きな方を選ばせてやる。』ですって。メソメソ泣きながら二日後には才川城へ上るって伝えたら上機嫌で帰っていったわ。」


クスクスと笑うお嬢はまるで他人事のように楽しんでいる。村人たちの方がよっぽど不安げな顔だ。


「それで頼んでいた荷は届いたのか。」

「完璧よ。丁度いま確認していたところ。」


グッと親指を立てるお嬢に続いてぼろい小屋に入っていく。ここは以前巡視に来た時にボロボロの武具が積まれていた小屋だ。

置かれていた鎧兜や刀槍の類は綺麗さっぱりなくなっている。全て才川城に納めたからな。

その代わりに積まれているのはピカピカに磨き上げられた鎧兜が六セットと山積みになった新品の刀。他にも色や形こそ不揃いではあるが胴丸や籠手、無数の兜などが小屋一杯に詰め込まれている。

狭い室内でスラリと太刀を抜いた男が一人いた。早川義人だ。


「お嬢の博打に乗る気になったか。」


俺が声をかけると義人がニコリと涼し気に笑う。


「えぇ。当家はこのままでは取り潰しになるでしょう。某の力不足故となればそれまでですが、此度のような仕打ちはもはや我慢なりません。それにお雪殿にはいくつも恩があります。そのいくつかでも返せればと。」


「気にしなくて良いのに。」とお嬢が笑うが、そのしたたかさは中々のものだ。

早川家と高藤家。合わせれば一戦できるだけの頭数は揃う。あとは武具だ。

積まれた太刀を手に取って抜いてみる。うん、わからんがまぁまぁの質じゃないか。錆びていなくて切れ味も良さそうなので良いだろう。


「これだけ揃えるのは大変だったろ。高くついたんじゃないか。」

「まぁね。前金だけで蓄えの殆どが無くなったわ。でも高藤家と早川家の御用商人にするって約束でお福さんと契約済よ。」


フフンと得意げに無い胸を張ったお嬢が兜を被る。男物なのでブカブカだ。

ここにある武具一式は福光屋から買い集めたものだ。足軽用の武具一式までお揃いとはいかなかったが、いっぱしの武家にしては十分過ぎる装備が揃っている。


「古い武具を全て納めたし、近岡は油断しているはず。あとは勝だけね。」


ギラリと火の燈った眼差しのお嬢と目が合う。任せておけ。俺達の天下取りの第一歩、華々しく飾ってやるよ。

ブカブカの兜を被るお嬢から太刀を受け取り、立ち上がった。

次回は8月5日(火)18:00投稿予定です。

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