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武勇伝  作者: 真田大助
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伺い

肌寒くなって山が色づく季節になった。

福光寺と早川村に薬や米を運びつつ、銭稼ぎのために福光屋にも米を運ぶ日々。延暦寺でも米を運んで越前敦賀城攻めでも米を運び、どこでも入りたては荷運びばかりな気がする。荷運びの際は香上村の連中が手伝ってくれるのが幸いだ。それにしてもお嬢のいる時といない時で村の連中のやる気が露骨に差があるのが気になるところだが。

今日は米や薬の礼として早川義人が高藤家に来ている。早川家ではあれから四名が命を落とした。生き残れたのは十九名。義人も福も上々だと喜んでいたが、お嬢は悔しそうだ。

客間で相対する形でお嬢と義人が座り、下座に俺と家重爺さんが控える。義人は戦の傷も大分癒えたようで顔色も良い。涼し気な目元にスラリと伸びた手足。この時代にに使わないモデル体型で現代でも通じそうな美形だ。この時代の美意識とは少し合わないようだが、現代人の感覚でいえばかなりのイケメン。ふむ、俺に勝るとも劣らない良い男だ。

俺の頷きを横目に義人がお嬢に頭を下げた。


「此度は誠にお世話になりました。改めて御礼をさせて頂きたく参りました。」

「気にしないでください。戦に出ていない当家が出来る精一杯のことです。」


二人のやりとりを爺さんは興味津々に食い入るように見ている。お嬢は十五、六歳らしいのでこの時代ではそろそろ結婚を考える時期に当たる。適当な家に嫁いでもらいたい爺さんの思いも分かるが、当の本人にその気がないのでいつか揉めそうだ。

それにしてもこの男は随分と頭を下げるな。そこそこの規模を有する家の当主としてはやや丁寧すぎるような気もする。これが民に人気の秘訣なのだろうか。


「先だって福光屋のお福殿にもお礼に参ったのですが、『礼をするなら米でも買っていけ。』と怒られてしまいました。」

「お福さんらしいですね。」


お嬢が口元を押さえてクスクスと笑う。


「そのお福殿から伺ったのですが、あの薬は城端で仕入れたとか。」

「えぇ。荒木善太夫殿とそこの武雄が大立ち回りをして大変でした。」


お嬢がいたずらっぽく笑うと隣にいた爺さんが殺気を放つ。頼むから余計なことは言わないでくれ。爺さんに余計な追及をされる前に話を遮る。


「たしか腕の良い薬師から仕入れているって話しだったな。」

「そうそう。上見城に滞在していると言っていたかしら。」


義人は爺さんの殺気に気が付かないのかそれとも興味がないのか。座り心地が悪そうにモゾモゾしている。


「その、薬の作り手に礼を伝えたいのですが、渡りを付けて頂くことは叶いますでしょうか。」


薬の作り手?問屋の長次郎じゃなくてか。

お嬢も不思議そうな顔をして小首をかしげている。


「薬問屋ではなく、薬の作り手。薬師にですか。」

「はい。」


義人は背筋を伸ばし、まっすぐにお嬢を見つめている。


「出来るとは思いますが…。」

「ありがたい!ではぜひに。いつでも駆けつけますので、当家の都合はお気になさらず。」


義人は見せたことのないような笑顔で頭を下げる。イケメンの笑顔に流石のお嬢もたじろいだのか、コクリと頷くだけで疑問を口にすることは無かった。

ここは俺が聞いてみるか、と息を吸った時、ドカドカと乱雑に床を踏み荒らす音が響いた。


「狭い家よのぉ。歩かずに済むのは利点だがな。」


ゲタゲタと下品な笑い声と共に恰幅の良い男が入って来た。


「これは近岡様。」と爺様が慌てて頭を下げる。

コイツが近岡七郎左衛門。腹の出た男は短い脚を踏み鳴らしながら狭い部屋の上座を目指して歩いていく。

たるんだ腹にたるんだ顔。この時代に珍しい肥満体系だ。薄い髭を生やしたこの男、年齢は三十代か四十代か。働き盛りの年齢にも関わらず随分と運動不足のようだ。

部屋の中央にいたお嬢と義人は静かに頭を下げて部屋の隅まで下がっていき、その道中にいた俺は爺さんによって廊下に引きずり出される。

上座に近岡七郎左衛門。そのすぐ下に取り巻きが四人。その下に義人とお嬢。廊下に俺と爺さんが座り、頭を下げる。


「このような狭い場所までお越しいただけるとは。驚きました。」

「気にするでない。家臣の様子を知るのも主の勤めてあるからな。」


お嬢が頭を下げたままお礼とも苦情ともとれる口上を述べると、近岡は満足げに頷いている。


「雪よ、先の戦の話しは聞いたか?儂の活躍によってお味方は大勝利よ!越中を狙って来た長尾めは逃げ帰る道中で自害しおってな。これで暫く越中は安泰よ。この隙に土豪をまとめあげて力を付ければいずれは神保をも喰らえよう。」


自信ありげに腕を組んで語る近岡を四人の取り巻きが口々に褒めている。


「正月には良い話しもあるでな。楽しみに待っておれよ。」

「はい。ありがとうございます。」


感情の篭っていない声でお嬢が答えて頭を下げる。そのお嬢をみる近岡の口は醜く歪んでいた。嫌な顔だ。

顔をあげたお嬢の顔をニヤニヤと笑いながら見ていた近岡は、ここでようやく気が付いたのか義人の方を向いた。


「早川はここで何をしておるのだ。このような場所をうろつくだけの余力が生まれたのかな。それとも雪に何か用か。」


たるんだ顎肉を震わせながら近岡が凄むように義人の顔を睨む。

まったく凄みを感じさせない睨み顔ってのも珍しい。


「先の合戦で多くの兵を失いました故、幾ばくか助けを頂きたいと願っておりました。」


「薬と米をもらったお礼に来ていました。」なんて答えれば追加の年貢を要求されかねない。義人は深く頭を下げたまま抑揚の無い声で答えると、近岡は馬鹿にしたような笑い声を上げる。


「戦で兵を失い米も無いときたか。やはり其方には領主として土地を治める力が足りておらぬようだ。しかし安心せい、もう間もなくその苦しみからも解放してくれよう。」


四人の取り巻きがまた笑う。

義人は頭を下げたまま動きは無かった。


「さて、そろそろ城に戻るか。各所に使いを送らねばならぬでな。雪よ、このような家では夜は寒かろう。寝所であれば貸してやる、いつでも参れ。」


頭を下げる俺達の頭上をまたドスドスと足音を立てて一行が帰っていく。

そこにいる全員が大きなため息を一つついて、その場はお開きとなった。


・・・


それから数日後。

二日おきに「薬師殿へのお礼はいつ…」と催促してくる義人に急かされた俺とお嬢は城端の薬問屋に来ていた。


「なんで俺達が…。」

「そう言わないの。ここで繋がりを持っておけば後々役立つかもしれないんだから。」


ブーブー文句を言う俺の背中を小突きながら、丁稚に薬問屋の奥の間に案内される。

暫くして色白小柄な長次郎が背を丸めて入室して下座に座り、上座のお嬢に頭を下げる。要件は事前に丁稚に伝えていたのだが、顔を上げた長次郎の顔は困り顔だった。


「上見城の薬師にお会いになりたいとのお話しでしたが、それは難しいかと存じます。薬師殿は城主の篠村様に大層気に入られておりまして、私も直接お会いしたことが無いのです。薬の受取は篠村家のご家臣を通じてのみ行われております。」

「接見すらさせないなんて大層なご身分だな。」

「へぇ。なんでも噂じゃ薬師殿は都のお公家様だとか。御遊学の道中で立ち寄られた上見城に逗留していると聞いたこともございます。」

「わざわざ都から越中の片田舎に立ち寄ったの?」


お嬢が疑問を口にすると長次郎は警戒するように周囲を見渡して声のトーンを落とす。


「これも噂なんですがね。薬師殿は篠村様に拐かされたって話しがあるんですよ。」

「そりゃ一体どういうことだ。」


俺が聞くと長次郎はもう一段階声のトーンを落とす。


「都を出た薬師殿は越後を目指されている道中、薬草を求めて立ち寄られた山で怪我をした篠村様に遭遇しお助けしたと。その腕に惚れた篠村様がそのまま上見城にお連れして帰さないのだとか。」

「お城に留めて薬を作らせ、その益を独占しようってことね。」


お嬢が呟くと長次郎が深く頷く。


「薬師殿は薬草を採る時だけ城からお出になっていたようですが、最近じゃお供の者しか出してもらえなくなったようでして。あの狭いお城に閉じ込められていると思うと不憫ですわな。」


ふぅとわざとらしいため息をついて長次郎が白湯をすする。

噂の真偽はさておいても、薬師に会うのは難しそうだ。


「お供の方に会うことは叶うかしら。薬草を採りに城を出ることもあるのよね。」

「上見城の兵が付いていますが、薬師殿に会うよりは簡単かと。次の買い付けの時にそれとなく伺って参ります。」


手間のかかるお使いだ。

薬師の話しに次いで最近の城端の様子を聞き出すお嬢の横で、一つ大きな欠伸が出た。


・・・


晩秋にもなると越中は相当冷える。薄い小袖を何重にも着て藁で出来た蓑をまとってもまだ寒い。

そんな寒空の下、俺とお嬢、義人の三人は森の中で息をひそめている。獲物は薬草採取に出て来た上見城のご一行だ。


「まるで奇襲だな。」

「偶然を装って遭遇する位しか思いつかなかったんだから、文句はなしよ。」


白い息を吐いて両手を揉むお嬢の横で義人が申し訳なさそうに頭をさげる。


「付き合わせてしまって申し訳ない。」

「まぁ良いけどよ。どうしてそこまでして薬師に会いたいんだ。」


義人は明らかに動揺した素振りで眼を左右に動かし、しばらく「あー」だの「えー」だの唸っていたが、興味津々顔のお嬢と目が合って観念したのか小さな白いため息をついて笠を被り直した。


「実は篠村殿と同じように、某も一度薬師殿に助けて頂きまして。そのお礼も出来ぬまま上見城へと入ってしまわれたので、いつかお礼を伝えたいと常々思っていたのです。」

「それだけか?それにしては随分と執着しているように見えるが。」


ジロリと横目で睨むと義人は逃げるように笠を目深にかぶり直す。


「出倉殿はなかなかに鋭いお方ですね。薬師殿が所望する薬草類が某の領地に群生しているのです。それ故、何度か上見城に薬草を売りに行っていました。」

「それは隠すことだったのか?」

「近岡家と篠村家の関係は良くありません。露見すれば内通として処断されるでしょう。しかし薬草の売買は当家にとって貴重な稼ぎ。止める訳にはいかなかったのです。」


なるほど。土豪の力を削ぐことに熱心な近岡家に口実を与えたくないってことか。


「それなら尚更気になるのが『どうしてそこまでして薬師殿にこだわるのか』だ。助けてもらった礼を伝えるために随分と危険な橋を渡ろうとしてるじゃねぇか。」

「えぇと、それは…」


義人がまたゴニョゴニョと言い淀んでいれば、遠くで鳥が飛び立つ音が聞こえた。

細い山道を見ればいくつかの人影が動いているのが見える。こちらを同じように蓑笠で全身を覆った一行が一列になって細い道を歩いている。人数は五人。笠で顔は伺えないが、蓑の隙間から太刀が見えた。


「来ました。上見城の兵です。」


義人これ幸いと話を打ち切って木の陰に移動してしまった。まぁ良い。追及はまた後でだ。

「行きましょう。」と笠を被り直した義人に続いて俺達も上見城の一行と鉢合わせするように山道を歩きだす。

笠を目深にかぶった上見城の一行は直前までこちらに気が付かなかったようで、互いにあと十歩ほどの距離まで近づいてようやく顔をあげた。

先に口を開いたのは義人だ。


「これは失礼しました。どうぞお通り下さい。」


出来るだけ道の端に寄って軽く頭を下げる。俺とお嬢もそれに倣って一列に並び、頭を下げる。

「すまぬ。」と先頭の武士が軽く頭を下げて歩き出し、義人の前を通り過ぎた時、義人が声をあげた。


「おお、もしや桔梗様にございますか。お久しゅうございます、早川家の義人にございます。」


演技が苦手なのか。かなりわざとらしい素振りで声をかけた義人に対して上見城の一行は慌てて警戒態勢をとるが、中央にいた一人は落ち着いた所作で笠をあげ、義人の顔を確認した。


「なんと。早川様にございますか。お久しゅうございます。このような山道でお会いするとは奇遇にございますね。」


笠の下から聞こえてきたのは、意外にも女性の声だった。その顔は伺えないが、声色から割と年齢が高い印象を受ける。


「いつぞやのお礼も出来ておらず申し訳ございません。」

「気になさらないでくだされ。主は人助けが出来たと喜んでおりました。」

「実は先だっての戦でも薬師殿の作られた薬に助けられまして。重ねてお礼をと願っていたのです。」

「まぁ。では此度お会いできたのは天命やもしれませんね。」

「はい。薬師殿は壮健にございましょうか。」


女性が口を開こうとした時、上見城の兵が二人の間に割って入った。


「我らは先を急ぎます故、ここで。」


上見城の兵が女性の腕を引くようにして歩き出す。女性の笠が小さく左右に揺れるのが見えた。

まるで誘拐のような強引さでこちらを警戒しながら一行は去って行く。


「これで満足か。」

「満足は出来ませんが十分です。」


義人は笠をとって俺達に頭を下げる。

それじゃ洗いざらい吐いてもらおうかと腕組みをしたところでお嬢が前に出た。


「義人殿。薬師殿への御恩や薬草の売買については承知いたしました。先ほど武雄が問いた件、私も気になりますが深くは聞きません。きっと我らに明かせぬ事もあるのでしょう。」


義人はほっとした表情で頬を緩める。


「ご迷惑をかけているに関わらず心情を汲んでいただき申し訳ございません。」

「お気になさらず。」


お嬢はニコリと笑って歩き出す。不満げな表情をしたら小突かれた。ここは深入りするなってことか。イマイチ納得いかないが仕方ない。

寒風がビュウと吹く。厚手のコートが欲しいと思いながら、俺達は風に追われるようにして山を下りて行った。

掲載を始めて一年になりました。

閲覧頂いている皆さま、いつもありがとうございます。

不定期投稿かつ拙い内容で申し訳ございませんが、自分なりに楽しく書かせて頂いています。

駆け足のようなノロノロ足のような展開で恐縮ですが、気長にお付き合い頂けますと幸いです。


次回は7月28日(月)18:00投稿予定です。

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