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武勇伝  作者: 真田大助
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遠雷_壱

安広の薬が凄いのか、俺の回復力が凄いのか。三日後には軽い運動が出来るくらいまでに傷は回復していた。

背中の傷なので自分では確認できないのがもどかしいが、円順和尚曰く「猪も驚愕の回復力」だとか。「阿呆の武は痛みがわからないのではないか。」なんて福に悪口を言われながらも、昨日からリハビリがてら福光屋の店舗建設を手伝っている。

新福光屋は福光の焼け野原に店を建設中だ。福光は小矢部川と呼ばれる川を中心とした平地で、水運と陸運の拠点でもあったらしい。「らしい」と言うのは~~年前に起きた合戦、~合戦により福光一帯は焼き払われ、それ以降は様々な勢力が入り乱れて再建もままならない状況なんだとか。将来必ず福光は栄える。と見込んでの再建とあって、この地に残る数少ない農民達も希望の眼差しを持って建設を眺めていた。

本格的な大工仕事は出来ないが、木材を運ぶ、片付けるなどの力仕事は得意分野だ。ヒーヒー言ってる丁稚の横で軽々と木材を背負っては大工に指示された場所へと運んでいく。延暦寺でも朝倉家でも、食事に関しては腹いっぱい食わせてもらっていたのが功を奏した。他の同世代どころか年上の連中を見ても俺より大きい男は少ない。成長期の栄養摂取は馬鹿に出来ないな。手際よく木材を運ぶ俺の姿を見て、現場監督として挑んでいる福が汗を拭いながら声をかけてくる。


「ねぇ武。やっぱりうちにおいでよ。丁稚が嫌なら用心棒ならどうだい。その体格と腕があればこちらとしても心強いんだけどねぇ。」

「嫌だよ用心棒なんて。ヤクザじゃあるまいし。」


「やく…?」と疑問符を浮かべる福に「なんでもない。」と言葉を濁しながら木材を下ろす。


「それより円順から聞いたぞ。もうすぐ戦になるんだってな。店なんて作ってて大丈夫なのか。」

「長尾家が攻めてくるって話しかい。神保家が長尾家に味方するんだ、足元の民草に対して酷いことはしないだろうよ。」


福光寺の住職、円順は僧侶コミュニティがあるのかかなりの情報通だった。

話し相手が出来て嬉しいのか、仕入れた情報の多くを共有してくれる。最近ホットな話題の一つが長尾家による越中侵攻についてだった。

長尾家は越後の国、新潟県で力を持っている武家だ。越後を治めている上杉家の家臣らしいが、その上杉家を凌ぐ勢いで成長しているらしい。上杉と言う苗字に聞き覚えがあるので誰か有名人がいたはずだが、今は勢いが無い時期なのだろうか。

一方の神保家は越中で一二を争う武家。越中の西半分は概ね神保家の支配下で、東は椎名家と齋藤家が治めている。越中の西側に位置するここ福光も神保家の支配下だ。越中は越前のように一大勢力が国を治めているわけではないため、国内の各所で土豪や一向宗の小競り合いが絶えずなかなか安定しないらしい。


「長尾家と神保家はどこと戦するつもりなんだ。」

「そりゃ一向宗さ。なんでも幕府のお偉いさんが討伐の命令を出したらしいよ。」


着物についた木くずを払いながら福が近づいてくる。


「加賀と能登は一向宗が優位でここ越中も日に日に一向宗の門徒が増えている。朝倉家にいた武の方が危機感は分かっているわね。まぁなんにせよ、一向宗の増長を危惧して幕府が討伐しろって言いだしたんだとさ。」

「朝倉家に挑んでくる連中だもんな。越中、越後にも攻めてくるかもしれないから先手を打つってことか。で、一向宗はどこに集まってんだ。」

「本陣は井波瑞泉寺だね。それ以外にも方々の寺に僧兵や門徒が集まっているらしいよ。福光近辺は焼け野原で旨みが少ないってことで武士も門徒も少ないのは喜ぶべきか悲しむべきか。」


なるほど。とりあえずせっかく作った店が戦で焼かれなければ良いか。福光寺と言う名の小屋もあの規模じゃ略奪されることは無いだろう。


「昔は福光と言えば越中でも有数の門前町だったのさ。それが戦火で焼けちまってからは人が寄り付かなくてね。今じゃ石黒家の内輪揉めと神保家の徴収、一向宗の浸透と三つ巴。」

「神保家は一向宗と敵対関係なのか。」

「今はね。越中じゃ昨日隣にいた連中が今日は敵、なんてことはよくある話しさ。神保家だって元は守護代だったところから一向宗の力を借りて守護の畠山家を喰って大きくなったんだ。それなのに今度は一向宗を討つときた。どこも戦ばかりで嫌になるね。」


福は額の汗を拭うと大きなため息をつく。

朝倉家も斯波家と甲斐家を喰らって大きくなったんだ。どこの武家もそんなもんだろう。

ふうと一息ついたタイミングでゴロゴロとどこかで雷が鳴った。


「こりゃ一雨来そうだね。みんな、今日の作業はここまでだ。雨除けしたら撤収するよ。」


「へい。」と作業中の男達が返事をして撤収準備にかかる。

暗い雲と共に、雷の音がこちらに近づいていた。


・・・


空は曇り模様で今にも雨が降り出しそうだ。

福光屋一行と別れて福光寺へ帰る道中。農作業を終えたのか、仲良く手を繋いで帰る親子が遠目に見えた。子どもを助けるように、大人が荷物を抱えて歩き出す。

顎に手を当てて考えてみる。竹田川で俺を助けてくれたのは誰なのか。竹田川付近で戦っていた誰かだとすると、可能性があるのは重光、安広、冬光、海衛門、甚兵衛。この五人の誰かが助けてくれたのなら俺の身柄は朝倉側へ引き渡してくれると思うのだが、どうして福光屋に渡したのだろうか。避難している朝倉領の民だと思ったか、全く関係ない商隊の方が安全だと思ったか。まさかの厄介払い?

考えれば考えるほどわからない。はぁ、とため息をついてから顔を上げる。

葉雪は元気だろうか。そう言えば冬光を乗せた時、隣で手伝ってくれたのは誰だったのだろう。『高く付くぞ。』って言われたのは覚えているが、どうにも顔が思い出せない。

つい行き足が遅くなってしまった。分からないことを考えても仕方ない。雨に濡れて風邪をひくのもばからしい。気持ちを切り替えて足早に歩きだしたとこで、前方から小さな影が近づいてきた。


笠と蓑で全身を覆った小さな影。傘の無いこの時代じゃ珍しくない防雨装備だが、目深に笠を被り顔を隠すような素振りをしている。あれじゃ不審者だ。人が二人並んで歩ける程度の幅しかない細い道。左右は田畑なので避けるわけにもいかない。

いや、人を見た目で判断しちゃいけないな。人と目を合わせられないシャイな人なのかもしれない。それにもし不審者だとしても俺がどうこうする理由はないんだ。

ウンウンと自分を納得させていればいつのまにか笠と蓑で覆われた不審者との距離はあと数歩まで近づいていた。

腰に差した小太刀がぶつからないように手を添えて道を譲るようにすれ違う。


「もし。」


勘弁してください。無視して進もうかと悩んだところで、もう一度「もし、よろしいか。」と声をかけられたので諦めて足を止める。

そっと振り返ると数歩後ろで笠と蓑で全身を覆った人物がこちらを向いて立っている。変わらず目深に笠を被り表情は伺えないが、腰には一振りの小太刀が差さっているのが目についた。この時代、自衛のために武器を持ち歩く人は珍しくない。俺も帯刀しているくらいだ。だが武器を持っているということは警戒するに値する。

いやまて。さっき人を見た目で判断してはいけないと思ったじゃないか。きっとこの人は旅人かなにかで道に迷っているのかもしれない。そうだ、怖がらずに話を聞いてみよう。


「な、なにか。」


裏返った声で返事をするが笠蓑人は動かない。


「一つ伺いたい。」

「はぁ。」

「貴殿の知っている有名人を教えてほしい。」


し、知らねぇよ。いきなりなんだコイツ。「好きな芸能人は誰ですか?」みたいなテンションで聞いてきやがって。合コンか。


「いや、あまり有名人を知らないので…。」

「どなたでも良いので。」


グイグイくるじゃん。なんだ俺に気があるのか?残念だが俺はそっちの気は無い。ボインの姉ちゃんが好みなんだ。

はぐらかしても詰められそうなので適当に知ってる歴史上の人物を言っておさらばしよう。


「織田信長とかッスかね。」


それじゃ、と会釈してさっさと振り返る。離れようと一歩踏み出した所で金属の擦れる聞きなれた音がした。


「待たれよ。」


振り返ると同時に小太刀を抜き放つ。再び相対した笠蓑人の手には抜き身の小太刀が握られていた。


「辻斬りなら他をあたりな。」

「いや。アタリだ。」


笠蓑人がトレードマークの蓑を剥ぎ取り、こちらに向かって放り投げてきた。

目くらましか。そんなもの効くかよ。

掬い上げるように下段から小太刀を振るって蓑を両断し一歩踏み込む。が、そこに笠蓑人の姿は無い。

だが甘い。視界の端、俺の膝元目掛けて突っ込んで来る影を見逃すようなことはしないさ。

上段に構えた小太刀の刃を返し、腰を屈めて突っ込んで来る笠人に振るう。目くらましが効かなかったことを察したのか、笠人は勢いそのままに俺の左側に飛び、一閃を避けて畑の中に転がった。

蓑の無くなった笠人を観察してみる。薄い身体、細い腕。この様子じゃ力比べなら負けないな。技術、スピードはどうだ。目くらましからの飛び込みは良かったが小次郎や重光のような鋭さは無い。

うん、多少は腕が立つようだが俺の方が強そうだ。


「何の真似だ。金なら持ってないぞ。」


無駄に人斬りをする趣味もないので出来れば負けを認めて逃げ去ってほしい。

そうじゃなきゃ叩き斬って畑の肥料になってもらう。

平和主義者の俺の説得は届かなかったようで、笠人は返事もせずに下段に小太刀を構えて突っ込んで来た。しかし足元が悪く速度が出ていない。もしかして弱いんじゃないかコイツ。なんで挑んで来たんだ。

中段に構えて受け流す構えを取る。互いの間合いに入る直前、笠人が最後のトレードマークであった笠を空高く放り投げる。目くらましは効かないって。

笠なんて目で追わない。その下にある面を真っ直ぐに捉えて小太刀を握る。油断なんて誰がするか。


白い肌、切れ長の目、長い髪の毛、薄い唇。

互いの小太刀が擦れる嫌な音がする。


「お、女!?」

「アハハ。その顔、面白いわ。」


思わず態勢が崩れて一歩後退する。

笠蓑人改め女剣士は笑いながら小太刀をしまっている。なんだ、オシマイか?油断なんてしてないぞ。ちょっとびっくりして一歩引いてしまっただけだ。

警戒を緩めないこちらとは対照的に、女剣士はパンパンと着物に付いた土を払いながら話しかけてくる。


「ねぇ。あなた織田信長を知っているの?」

「知っていると言えば知っているが…。」

「それじゃ徳川家康は?豊臣秀吉は?」


おいおいバカにするんじゃねぇ。それくらいは知ってるわ。


1582年(イチゴパンツ)の本能寺だって知ってるぜ。」


フンと鼻を鳴らして腰に手を当てて自慢する。ゴロ合わせを教えてくれた中学時代の先生に感謝だ。

女剣士は驚いた顔をしていたが、目が合うとパッと花咲くような笑顔で近づいてきた。


「やっぱり。あなたも未来から来たのね。」


どこかで雷が落ちた音がした。

期待にそぐわない展開でしたら申し訳ございません。

また、ストックが無くなりましたので少々お時間下さい。異動後、初めての繁忙期に怯えています。

次回は6月10日(火)18:00投稿予定です。

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