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武勇伝  作者: 真田大助
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夢と現(うつつ)

身体が重い。

周囲からは無数の声が聞こえる。

「武雄!」と誰かが俺を呼ぶ。重い瞳を開けて声の方角を見る。その先には、倒れた馬に潰される冬光がいた。こちらに向かって手を伸ばしている。

その背後には一向宗が。鎌を手に冬光を組み伏せる。

やめろ、その手を放せ。

立ち上がろうとするが身体が動かない。


「御首、頂戴いたす。」


ゾワリと毛が逆立つ。必死に首を回せば、眉間に矢が突き刺さった細坪又兵衛が俺の背に跨っている。手にした錆びた刀が俺の首に迫る。

「やめろ!」と誰かが叫ぶ。


身体に激痛が走った。

ガタンと地面が揺れて何かが顔に当たり、グエッと声にならない呻き声が俺の喉から飛び出た。


「そりゃ売り物だよ。壊したりしたらただじゃおかないからね。」

「このなまくらが売り物だ?随分と貧相な品揃えだな。」

「品物は微妙だがそっちの女はなかなか。おい商人、そりゃ売り物か。」

「い、いえ。それは手前の娘でして…。」

「フン。私を買いたきゃ国一つ持ってきな。刀じゃなきゃ兜はどうだい。安くしとくよ。」


一体何がどうなっている。

ぼやけた視界一杯に広がるのは木箱や木片、武具や布。土と埃の匂いで充満した空間。まるで使われていない倉庫のようだ。

身体を動かそうとするが動かない。荷物に押しつぶされているのか。身体が痛い。頭が重い。

視界の定まらない世界の中、荷物の隙間からキラリと光る、青い帯が見えた。


・・・


雛鳥は生まれて最初に見たモノを親と認識すると聞いたことがある。だから目が覚めて最初に見えたモノに手を伸ばしてしまった俺を責めるようなことはしないでほしい。


「意識が朦朧としているのに人の胸に手を伸ばすなんてとんだ野郎だね。」

「まだ若いのです。致し方ありますまい。」


一人はプンプンと怒り、一人はケタケタと笑っている。


「ともかく生きておって何より。具合は如何かな。」


一通り笑い終わった爺さんがニコリと笑って俺を見下ろす。僧衣に身を包んだ老人。白い眉毛に豊かな白髭を蓄えた仙人のような見た目の爺さんだ。

俺は薄い布の上に寝かされている。小さな一室には仏壇らしきものがあり、小さい木彫りの仏像が置かれている。

とりあえずは生きているようだが訳がわからない。一体どんな状況なんだ。


「背中が痛い。」

「背に矢傷が三つありましたからな。懐にお持ちだった薬を少々頂戴しました。早々に血が止まって良かったですわ。」


安広からもらった薬だろう。さすが安広。サンキュー安広。


「随分と良い薬を持ってるじゃないか。量さえあれば良い商売になるんだけどね。」


もう一人は見知った顔だった、青い煌びやかな帯を揺らしている女、福光屋の福が笑っている。

坂本で別れて以来だ。延暦寺で僧と女のアレコレを、米騒動で一緒に悪事を働いた福光屋のやり手女。

もう年齢は三十代になるだろうが、艶やかさに磨きがかかったような美人が座っていた。


「あんたらに商売任せるのは不安でしょうがない。売るなら俺が売った方がまだマシだ。」

「フン。それだけ生意気な口が利けるなら大丈夫そうね。久しぶりね、武。」

「何でここにいる。と言うかここはどこだ。戦は、冬光と海衛門はどうなった。」

「まずは落ち着きなさいませ。」


起き上がろうとした所を爺さんに抑えられて横に戻される。

グイグイと肩を押されたせいで背中の傷が痛みだしたのはわざとじゃないと信じたい。


「ここは越中、福光にございます。」

「越前の戦場からはるばる運んで来たのさ。感謝しておくれよ。」

「荷台の底に沈めて運ぶのは些かやりすぎだがのう。」

「円順さん、朝倉の兵をかくまったと露見すれば福光屋は一族郎党皆殺しさ。そうならないための策としてだね…。」

「彼の身に着けていた鎧兜を売り払ったのもかい?そのお金は彼に返してあげても良いのではないかね。」

「荷運びには駄賃が必要なの。武もそれくらいは理解しているわよ。」


駄賃についてはそれで構わないが。いやまて。構うぞ。


「太刀は、俺の小太刀はどこだ。」


重光からもらった小太刀。無くしたら怒られる。大事にしていたんだ。


「あぁ。小太刀なら売れ残ったからそこに置いてあるよ。ほら。」


福が指さした先にはボロボロになった衣服。その上に見慣れた小太刀が置かれていた。ついでに安広からもらった薬の入った小筒も。

ホッとした表情を読み取ったのか、和尚の爺さんは小太刀を俺に渡してくれた。


「そう言えばまだ名乗っておりませんでしたな。福光寺の円順と申します。どうぞ良しなに。」

「朝倉宋滴が家臣、出倉武雄。俺も礼を言ってなかった。助かりました。どうもありがとう。」


起き上がって和尚の円順と一応福にも頭を下げる。


「とにかく何がどうなっているのか説明してもらいたいんだが…。」

「しょうがないわね。このお福様が懇切丁寧に説明してあげるわ。感謝しなさい。」


俺の横にストンと座り直した福が偉そうに腕組みをして鼻を鳴らす。

途中、長々と福光屋の苦労話や嘘かホントか分からない武勇伝もあったので割愛するが、要約するとこうだ。

現在地は越中の国、福光。

九頭竜川合戦から凡そ二週間が経過しているらしい。

どうして俺はここにいるのか。竹田川で一向宗、細坪又兵衛らと斬り合っていたのが最後の記憶だが、詳細は福にもよくわからないらしい。

と言うのも、福光屋一行は坂本の大火の後、近畿地方を転々としていたがどこでも商売が上手くいかず、福光へ移ろうとしていた。その道中で九頭竜川合戦が勃発。一行は戦から逃れる避難民と共に山に登り、戦火を避けつつ越中を目指していた。そんな中、俺を背負った男が現れて「コイツを拾ってくれ。」と頼まれたとか。男は凡庸な顔立ちで特徴は無く、具足も付けず傷だらけだったが、大金を積まれたので福も引き受けたらしい。

その後は俺の身ぐるみを剥いで荷台の底に隠し、何度か一向宗の検問を受けつつも福光まで到着した。

ちなみに福光は福光屋の旗揚げをした土地で福光屋の当主、徳右衛門の爺さんが生まれた故郷らしい。この爺さん坊主も福光屋と遠縁関係だとか。


「俺を背負った男は名乗らなかったのか。」

「えぇ。代金を確認している内にいなくなってね。」


甚兵衛だろうか。いや、もし甚兵衛や海衛門、冬光だったら朝倉軍のいるところまで連れて行ってくれるはず。誰がどうして福光屋に渡したのか見当が付かない。分からないことを考えても仕方ないので一旦忘れよう。

俺の怪我は背中に矢傷が三か所、その他細々と怪我はしているようだが大したことないらしい。順調に回復しているようで早々に歩きまわれそうだ。


「治り次第、越前に帰りたい。」

「それは難しいわね。朝倉家が越前に通じる道を全部閉ざしちまってね。おまけに方々に砦を建てているって噂だよ。一向宗側もこれに対抗して守りを固めているから越中と加賀から越前に入るのは難しいだろうね。」

「他に道は無いのか。」

「ぐるりと回っていくしかないわ。飛騨の山中を超えて美濃に入って、そこから西に進んで近江へ。近江からは北上して若狭、越前。慣れない足なら二十日ってところかしら。」


二十日間の歩き旅か。車が欲しくなる。


「ここは福光寺って言ったよな。一向宗の寺なのか?」

「一向宗にも色々ありましてな。少なくとも出倉殿を突き出すような真似はしないので安心しなされ。それと福光寺と名乗りましたがもはや寺とは呼べぬ代物でしてな。戦火で焼け落ちてからは再建も叶わず。今は跡地にある小屋にございます。」


カカ、と笑う円順爺さんに少し安心する。

一向宗にも派閥はあるんだな。とりあえず身の安全は確保できたようなので安心したところで福がズイと身を乗り出して近づいてきた。


「ねぇ武。あんた、朝倉家に戻るなら福光屋に入らないかい。ここで一旗揚げようって思っているんだけど人手が足りなくてね。見知った顔なら大歓迎さ。働いてくれるなら給金も出すし飯も食わす。悪い話じゃないと思うけど。」


福光屋になる=商人になるってことか。うーん、それも面白そうだ。だがしかし大きな問題がある。

俺は算数が苦手なのだ。電卓があれば良いが、ソロバンなんて踏みつけて転んだ記憶しかない。

それ以外となると女関係の云々だろうが、それも少し抵抗がある。


「やめとく。俺は商人に向いてないからな。それよりも一国一城の主の方が向いている。」

「そっちの方が向いていないわよ。」


フンと鼻を鳴らして福が立ち上がった。


「とりあえず元気そうでよかった。あたい達は近くで店を構えるから動けるようになったら声かけて頂戴。円順さん、武のお世話よろしくね。お代は武に付けておいて。武、気が変わったらいつでも声かけて頂戴。」


「じゃ。」と挨拶をして福は青い帯をはためかせて出ていく。


「福はあれでも随分と心配しておりましてな。付きっきりで看病しておりましたよ。」


そうなのか。

確かに大金積まれたとは言えここまで逃がしてくれたんだ。その礼くらいはしないとな。


「わかった。今度ちゃんと礼を言っておく。」

「そうして頂けると報われます。それに美濃を通って越前に戻るにしても、もう少し時を置いた方が良いでしょう。」


なんで?と顔に出して円順を見れば、悲しそうな顔をして少し俯いてしまった。


「そう遠くない内に福光も戦に巻き込まれます。」

「敵が迫っているのか。朝倉家か?」

「いえ、越後の上杉家家臣、長尾殿が攻め込んで来ています。既に東の方では数度戦もあった様子。もう十日もしない内に越中全土が戦乱となりましょう。」


そう言えば九頭竜川合戦前の軍議でそんな話しを聞いたような気もする。

越前では朝倉家と。越中では上杉家・長尾家と戦をしている感じかな。一向宗も大変だ。少なくとも朝倉家の方は完敗したんだし、このまま越中でも負けたらだいぶ勢力は弱まるのではなかろうか。


「円順は一向宗に味方するのか。」


場合によっては早々にここを去ることになりかねない。一向宗と戦うなら俺個人としては上杉家と長尾家に協力したい。


「いえ。ここに居るのは老いた僧が一人。民に味方することはあれど戦に赴くことは。」


両手を合わせて悲し気に念仏を唱え始めた。念仏はちょっとトラウマになりかけているので勘弁してくれ。

円順の念仏を制しつつ、とりあえずは満足に動けるようになるまで世話になることとなった。

次回は5月22日(木)18:00投稿予定です。

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