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武勇伝  作者: 真田大助
71/111

九頭竜川合戦_拾弐

「蹴散らせ!」


殿様の号令で二百の騎馬武者が襲い掛かる。

方々に焚かれた篝火と炊事用の火が光源となり、その周辺にたむろしていた一向宗の恐れ戦いた顔が闇夜に浮かび上がる。

九頭竜川を渡った一団は十騎一塊になって四方へ散る。馬蹄で敵を踏み抜き、槍で敵を貫く。何が起きたか理解出来ていない内に出来る限りの混乱を起こす。

「敵襲!敵襲!」と声をあげた一向宗は即座に討ち取られる。一向宗を纏めようと立ち上がった者はすぐに刈り取られる。先頭を駆ける重光の巧みな指示により、俺達は敵の陣中を縦横無尽に駆け回っていた。


「朝倉軍だ!」「逃げろ!逃げろ!」


方々で悲鳴が上がる。背後から一段と大きな雄叫びが聞こえた。どうやら朝倉軍の足軽が川を渡って来ているらしい。


「全員おるな!もう一駆けいくぞ!」


重光の号令で手綱を握りなおす。

右往左往する一向宗に同情するほどに、俺達は敵を蹴散らした。



・・・


九頭竜川を超え、坂井郡を北上する。朝日に照らされた坂井郡は無残な有様になっていた。

逃げ惑う者、奪う者、奪われた者。

一向宗の襲来で各村は酷い目にあったのだと痛感した。家々は焼け落ち、庄屋の門は崩され、身ぐるみを剥がれた遺体が転がされている。

九頭竜川を超えた朝倉軍は、夜半に先陣を切って突入した中ノ郷の一隊が突出しているものの、概ね足並みをそろえて坂井郡を北上している。一向宗によるまとまった抵抗はなく、蜘蛛の子を散らすようにただひたすらに北へ向かって逃げていく。追う朝倉軍は狩りのように太鼓を叩き、鬨の声をあげて追い立てる。

九頭竜川から加賀までの各村では、一向宗へ降伏していた国人衆や村々が復讐のためか手柄のためか、苛烈なまでに一向宗を追い立ててその首を落としている。俺達が到着した頃には一向宗の骸が山積みにされているなんて村がいくつもあった。


「ひでぇもんだ。」


追撃の道中で寄った村で水を分けてもらいながら、鉄錆の()えた臭いで思わず渋い顔になってしまう。


「もう少しで竹田川だ。あと一息で加賀まで追い返せるな。いっそこのまま加賀に攻め入ったらどうだ。」


ぜぇぜぇと肩で息をしながら水を飲む海衛門は嬉しそうに顔を綻ばせている。

陽は既にてっぺんに差し掛かっており、夜襲から数えて半日は活動していることになる。俺や冬光は騎乗しているからまだ良いものの、海衛門や足軽達は駆けっぱなし叫びっぱなしで相当疲れているだろう。

振り返れば二十名程の足軽達が地べたに座って一息ついている様子が目に入る。更に遠く目をこらせば朝倉家の旗を掲げた集団があちらこちらに点在しているのが見えた。

足軽が渡り切った後、騎馬隊は足軽と歩調を揃えて北上を開始した。俺は冬光、海衛門と共に一塊になっていた足軽に声をかけて敵を追っている。既に数回、逃げる一向宗に追いついて戦闘となったが誰一人欠ける事無く連戦連勝だ。

そう言えば俺達に付いて来てくれたこの足軽達はどこの家の兵だろうか。ざっと顔を見渡すが見覚えのある顔はいない。見れば足軽にしては立派な具足を付けている者が多い。兜こそ地味だが胴丸には意匠を施したような者もおり、まるで一角の武将のようだ。


「父の遺臣達です。」


不思議な表情をしていた俺に気が付いたのか、口元を拭った冬光が微笑みながら教えてくれた。


「敦賀から駆けつけてくれたのです。私が溝江家に行くとなっても尚、付き従うと言ってくれた忠臣です。」


誇らしげに笑いながら冬光が足軽達を見る。


「戦の前に抜けていたのは、彼らと合流する手はずを整えていたためです。彼らは本来は留守居番。敦賀で守りを固めているはずでした。その命に逆らえば処断される。しかし己の命を顧みず、私の下に駆けつけてくれたのです。」


なるほど。冬光を慕って追いかけてきたってことか。道理で統率が取れているわけだ。

嬉しそうな冬光と馬を並べ、汗で湿った手綱を握り直す。


「ここで暫く兵を休めよう。駆けっぱなしで体力も限界だろう。」

「いえ、もう少し進みましょう。竹田川で敵が足止めされている内に追い付きたいのです。加賀まではいかずとも竹田川で敵に追いつけば名のある将を討ち取れるやも。」


馬上で汗を拭う冬光の視線が北を向く。とにかく手柄が欲しいってか。

足軽達も海衛門も冬光に同意しているのか、立ち上がって駆け出す用意をしている。


「深追いは禁止だ。」


汗ばんだ手で葉雪の背を撫でて北上を再開する。後続の朝倉軍に動きは無かった。


・・・


陽が傾き始めた頃、竹田川を見下ろす小高い丘の影に二十人程の男がへばりついている。

丘から見る南の風景は日常に戻りつつあった。黒煙が上がる村はあれど、煙の下は朝倉の旗が翻っている。こちらに向かう朝倉軍の進みは緩く、数十から数百の塊がゆっくりと北上している様子が見えた。

ソロリソロリと丘から頭を覗かせて北を見れば、「ここまで来れば。」と安心した者が多かったのだろうか、それとも川を渡る気力が尽きてしまったのか。竹田川近辺は一向宗で溢れていた。川を渡った先で座り込む者。川の手前で怯える者、尚も朝倉軍と戦おうと鼓舞する者。有象無象の群衆がゆっくりと竹田川を超え、加賀に向かって進んでいる。


「追い付いた。」


冬光がゴクリと喉を鳴らす。俺としては「追い付いてしまった。」だ。小高い丘の影から頭を出して様子を見ている俺達に気付く敵はいない。ほとんどの連中は項垂れ、怯え、川を渡る順番を待っている。


「数万はいますな。」

「しかし戦う気力は見えませぬ。大将首さえ目星が付けば容易く討ち取れましょう。」


冬光の忠臣達が血走った眼で敵を見つめる。おいおいマジか。ここにいるのは二十人。敵は数万。夜襲で追い返せたから己の力を過信しているのかそれとも血迷っているのか。この人数差で斬り込むなんて正気じゃない。

手にした槍が滑らないように持ち直してから冬光に声をかける。


「ここまでだ。どうしても攻めるってんなら俺と海衛門は降りる。」

「え、俺も降りるのか。」

「なんだ海衛門。あの連中に突っ込みたいのか。」

「いや、それは。」


海衛門が目を泳がすと「腑抜けが。」と誰かが呟くのが聞こえた。おい誰だ出て来いぶん殴ってやる。

思わず舌打ちをして振り返ったところを冬光に押しとどめられる。


「武雄。私は手柄がほしい。このままではこの大戦で名を残せません。」

「追い首で名が残るのか?この人数差で手柄が立てられると思っているのか?俺達は戦に勝った。殿様の指揮の下で数十万の敵を蹴散らしたんだ。それで十分だろ。」

「いいえ不十分です。山崎殿の一騎討ちのような華々しい手柄が必要なのです。」


なんでだよ、とは思わない。逆臣の子として立場が無いのは分かる。溝江家に入っても家督を継ぐ見込みも無い、飼い殺しにされるだろう未来を変えるためには何としても手柄が必要なのも分かる。だけど今やろうとしていることはあまりにも無謀じゃないか。


「せめて後続を待とう。一向宗の様子じゃあと半日はここでもたつくだろう。それまでに五百でも兵が揃えば戦いようはある。」

「武雄の言う通りだ。俺だって手柄は欲しい。だけどこの人数差じゃどうにもならない。冬光が討ち死にしたら元も子もないぞ。」

「武雄、海衛門。心配してくれるのは分かっています。ですが。」

「それでは若様の手柄が薄れると言うのがわからぬのかこの童共!」


俺達と冬光の間に壮年の男が割って入って来た。


「若様が決死の覚悟で戦わんとするのをなぜ止める。なぜ足を引く!うぬらのような捨て子がなぜ若様と口を利くのだ。なぜ若様の隣に立つのだ!」

「富崎、下がりなさい。」

「若、我も富崎殿に同意致す。身の程をわきまえよ童共。朝倉家を背負われる若様と、家も名も無い捨て子では生きる世が異なるのが分からぬか。」

「腑抜けの腰巾着は駄馬にしがみ付いて震えておれ。そしてせいぜい若様の雄姿を一乗谷に伝えるのだな。」

「浦見、竹浜。下がれと言ったのが聞こえなかったか。」


忠臣共が口々に騒ぎ立てるのを冬光が必死に押しとどめる。

俺と海衛門に対して思うところがあったのだろう。それも昨日今日じゃない。恐らくは敦賀城が落城してからずっと。主の景豊が殺され、長子は出世の目を摘まれ、次男は寺へ送られる。「生きているだけ良いじゃないか。」なんて考えは通じない。「生き恥を晒すなら死を。」と本気で考えるのがこの時代のスタンダード。耐える冬光に遠慮なく関わる俺達は、彼らから見たら敵なのだろう。


止めようと前に出る冬光を押しのけ、怒りと憎しみすら浮かべて声を荒げる。

殿様がいなければ、殿様が企みに乗っていれば今頃重臣として城持ちだったかもしれない、それなのに。そんな思いがあるのだろう。古びた鎧を擦らせながら俺達に迫る男達の眼には涙すら浮かんでいた。

だがそれとコレとは話しが別だ。無策に大軍に突っ込むなんて愚の骨頂。一人二人ぶん殴ってでも止めてやろうと腕を捲った時、ふぅと大きなため息が聞こえてきた。


「随分と揉めていられるご様子。一つお助けいたしましょうか。」


背後から聞こえて来たのは場違いな程のんびりとした声。その声の主はにこやかに笑い、近づいてくる。


「武雄殿、ご無事でしたか。」

「あぁ。今のところはな。そっちも生きててよかったよ、又兵衛。」


槍よりも農具の方が似合う男、細坪又兵衛がいつの間にか俺達の背後に立っていた。

ふうと一息つく仕草はまるで農作業の休憩をしているようだ。


「兵庫城は落城したと聞いたけど。」

「えぇ落城しました。いや降伏したと言った方が正しいですな。先代の兵庫光尚様と当主の光盛様が腹を召されて開城しました。」

「城を守っていた兵は助命嘆願されたのか、一向宗相手に?」


はは、と又兵衛は笑って兜の上から頭を掻く。

丘の麓には葉雪と冬光の馬が二頭並んで待っている。それ以外に人影は見えない。

冬光の忠臣共は警戒して刀の柄に手を当てているが、当の又兵衛はどこ吹く風と気にしていない様子だ。


「助命されました。城も無事です。米は持っていかれましたが。」

「そうか。そりゃよかったな。それで?なんでここにいるんだ。兵庫城の奪還に行かなくて良いのか。」


ここは兵庫城より東に位置する。兵庫城の奪還を目指すなら九頭竜川方面、南へ進むはずだ。又兵衛がここに居る理由は見当が付かない。


「帰る土地は新たに得ますので。」


にこやかな笑顔の中に暗い影が走る。


「申し訳ない、武雄殿。」


又兵衛がはは、と情けない顔で笑う。

兜を掻いていた手が下りた瞬間、丘の麓から一向宗が湧いて出て来た。

茂みの影、木々の裏。どこに隠れえていたのか百を超える敵が錆びた槍や鎌を持ってこちらを睨んでいる。

背後で次々に太刀を抜く音がする。その数は味方の二十よりも多い。チラリと振り返れば丘の頂上よりこちらを見下ろす一向宗が立ち並んでいた。


「手際が良いな。囲まれているなんて気が付かなかった。」

「功を急く将を待ち構えておりましたのでな。それに、民はまだ某を慕ってくれております故、色々と気を利かせて教えてくれるのです。どのような格好をした武士が何を話し、どこに向かっているのか。」


あの村で話したことが筒抜けだったのか。

農民に慕われる男が敵に回るとやりにくいな。


「一向宗は負けた。泥舟に乗ったまま沈むつもりか。」

「泥船でも何艘もあれば港を埋めましょう。念仏を唱えれば平穏無事に暮らせる。良いではないですか。」

「何が良いもんか。加賀の様子を知らないわけじゃないだろう。」


加賀は飢えている。坊主が年貢を搾取し、民は仏の教えだと騙されて米も人も奪われている。国境に近いこの男が知らないはずがない。


「変えるのです。正しき道に。」


それが己の使命だと確信しているのか、迷いのない真っ直ぐな瞳でこちらを見上げている。


「そうかい。それなら止めねぇよ。加賀でもバカでも勝手にしやがれ。俺達は降りるぜ。」


手にした槍を握り直して立ち上がる。


「それは無理なお話し。こちらも手柄が欲しいのです。」

「俺達の首にそんな価値があるかな。」

「ありますとも。宋滴殿の直臣を討ち取ったとあれば宗主の溜飲も下がると言うもの。」


これ見よがしに又兵衛は両手を合わせる。


「一向宗では死ねば極楽と念仏を唱えるのです。それは敵対しても。その門出はせめて穏やかに。」


合わせた両手を離し、ザラリと鋼の擦れる音と共に又兵衛が太刀を抜く。

逃げるのは無理か。正面には又兵衛。丘の下には百の一向宗。背後には無数の一向宗。

こちらは二十程。味方の朝倉軍は遠い。こちらの様子に気が付いている兵はどれだけいるだろうか。


「死ねば極楽か。そりゃ良かった。」


時間稼ぎしたいところだが難しそうだ。

それなら突破するしかない。一気に丘を下り、葉雪に乗って駆け抜ける。冬光と海衛門も一緒にだ。忠臣共は勝手にしやがれ。

状況は不利。せめて先手はこちらが貰おう。

背後から生唾を飲む音が聞こえた。


「多少なり知った顔を討つにはちょうど良い理由だ。」


両手に槍を握り、又兵衛目掛けて飛ぶように駆け下りる。

右から左に槍を振る。又兵衛が一歩前に出て槍の柄を自分の籠手で受け止めた。

バキリと何かが折れる音と感触。これで左手は使えなくなったはずだ。太刀を抜く前に無力化してやる。

一度槍を右に振り戻し、突きの構えを取る。


「武!」


海衛門の叫び声と同時に背中に鈍痛が走る。

ビュンビュンと嫌な音と共に地面に矢が突き刺さるのが見えた。

何とか踏みとどまって上げた顔の先には、変わらない笑顔の又兵衛がいた。


「御免。」


右手に握られた太刀が俺目掛けて横に振り抜かれる。矢の一本や二本で俺が怯むと思うなよ。

踏みとどまって槍の穂先を太刀にぶつける。甲高い嫌な音が空気を揺らす。刃の頑丈さじゃ太刀に軍配が上がったようで、槍の穂先が砕け散った。だがこれで太刀の勢いは死んだ。ドンと地面を蹴って又兵衛に飛び蹴りをかます。

これは意外だったのか、又兵衛の胸元に俺の足がクリーンヒット。二人ともゴロゴロと丘を転がり落ちた。

落ちた先には一向宗が待ち構えているのを忘れちゃいない。なんとか穂先の砕けた槍を支えに態勢を立て直し、丘の中腹で踏みとどまる。

背後では剣戟と怒号の声。そして丘を駆け下る足音が続いてくる。


丘の下まで転がり切った又兵衛に駆け寄る数人を除き、大勢の一向宗が錆びた刃物をこちらに向ける。距離は二十歩程。

葉雪と冬光の馬は囲いの向こう。繋がれもせずにこちらを見ている。ちょっとくらい助けてくれても良いんだぞ。

この辺で一つ、とっておきの名乗りでもあげておこうか。


「退け。朝倉宋滴が家臣、大剣豪の武雄様に勝てると思うなよ!」


天下無双は言いすぎな気がしたので大剣豪程度にしておく。砕けた穂先で手近な敵兵の顔面をぶん殴る。打撃か斬撃か区別のつかない一撃は見事命中し、派手な血しぶきが飛んだ。


「いつから武は大剣豪になったんだ!」


後ろから飛び込んで来た海衛門の太刀が慄いた一向宗を叩き斬る。


「皆に問いてみましょう。誰が真の大剣豪か。」


血で兜を濡らした冬光が俺の左から飛び出す。

前後左右、全方位から雄たけびが上がる。囲いは薄い。一気に駆け抜けて葉雪までたどり着けば逃げられる。

やるしかない。大丈夫だ、突破できる。


周囲に負けじと雄叫びをあげて一向宗とぶつかり合う。

突き出される槍を弾き、穂先の砕けた槍を突きだす。右の海衛門が太刀を振るい、敵の首を突く。左の冬光が鎌を弾き、袈裟斬りにする。


「どけやゴラァ!」


錆びた短刀を握りしめて突っ込んで来た一向宗を蹴り飛ばし、更にその後ろにいた男を殴り飛ばす。


「逃がすな!手柄首ぞ!」


誰かの叫び声が聞こえる。悪いが逃がしてもらうぞ。

もみ合いの中、自分の小太刀を抜く暇もない。掴みかかって来た敵と組み合いになり、相手の太刀を奪い取って斬り捨てる。


「若様!」


背後から絶叫が聞こえた。振り返れば冬光が組み伏せられ、三人の一向宗が馬乗りになっている。忠臣が冬光を押さえる一人の背中を斬り付けるが、あっという間に他の一向宗の槍に貫かれた。


まずい、まずい、まずい。


遮る物もない平地、葉雪までもうあと四十歩。

崩れ落ちる目の前の敵兵を蹴り飛ばし、奪った太刀を握り直せば次の敵と目が合う。中段に太刀を構え、多少なり剣術の心得がありそうだ。

眼前の敵はコイツ一人。コイツが最後。コイツを倒せば葉雪までたどり着く。葉雪にさえ乗れれば逃げきれる。


いや、そうじゃないだろ。

俺だけ助かってどうする。そんなの(ナイスガイ)じゃないだろ。


眼前の男に背を向けて冬光へと駆け寄る。いや、突っ込んだ。

竹槍を振りかざし、二度三度とめちゃくちゃに冬光を叩く一向宗を背後から横なぎに斬り捨てる。

右腰に太刀を構え、冬光に馬乗りになった男の顔面を貫く。

一気に引き抜き、太刀を振りかざし、冬光の兜を剥ぎ取ろうとしている男の首を叩き落とす。


「おい、生きてるか!」


倒れ込もうとする骸を弾き飛ばして冬光を引きずり起こす。


「う、あ。」


眼の焦点が合っていない。脳震盪か。


「しっかりしやがれこの坊ちゃん!」


葉雪までは六十歩。冬光を肩で支えて立ち上がる。

右では海衛門が駆け出すのが見えた。その前方に敵はいない。うまく切り抜けたようだ。

俺達も一気に駆け抜けて葉雪にさえ辿り着ければ。


「御首、頂戴いたす。」


そうだよな。そう簡単にはいかないよな。

変わらないのんびりとした声と共に、背中に衝撃が走る。冬光と団子になって前方に転がり、口の中に土が入る。

鎧が重い。もうちょっと鍛えとけば良かった。

背中が痛い。そういえば矢を喰らってたっけ。前のめりに転んでよかったかもな。


「武雄殿。よう戦われました。ですが武士には潔さも大事。せめてその首は無下に扱われぬように配慮致します故。」


うつ伏せから起き上がり、動かない冬光を背に片膝を地面に着けたまま又兵衛と対峙する。

ガシャリガシャリと音を立てて又兵衛がこちらに迫っていた。左手ばブランと下がっているが右手に握られた太刀は血で汚れている。

又兵衛の背後では朝倉兵の骸に一向宗が群がっているのが見えた。刀や槍、甲冑だけでなく衣服まで。文字通り身ぐるみを剥いでいやがる。

くそったれが。かかってきやがれ。小太刀を抜こうと柄を握るが力が入らない。立ち上がろうと踏ん張っても足に力が入らない。


「御免。」


ギラリと鋼が光る。

鈍い光を放つ一太刀が高く掲げられる。


あぁ、あれが当たるのか。痛いのかな。


ぼんやりと又兵衛の顔を見ていれば、その人相が歪んだ。


ガツン


太刀を振り上げた又兵衛の胸元に一本の矢が突き刺さった。


ガツン


歪んたその顔面に一本の矢が突き刺さった。


ドサリと仰向けに倒れたその身体は数度痙攣した後に沈黙し、草原から起き上がることは無かった。

いったい誰が、と振り返った視線の先に、汚れた衣服にボロボロの鎧を付けた甚兵衛が弓を構えて立っていた。一向宗にしか見えない風貌ってことは敵地に潜入していたのだろうか。

ワッと声が上がる。又兵衛の死を確認したのか、一向宗がこちらに殺到してくる。

そうだ、まだ終わりじゃない。


「葉雪!」


冬光を抱き起こして立ち上がる。呼びかけに応じて近づいてきた葉雪に冬光を乗せようとする。が、甲冑が重くて持ち上がらない。

葉雪が膝を曲げてくれるがそれでも届かない。背後から足音が聞こえる。

間に合わない。腕から力が抜けそうになった時、冬光の身体がグッと持ち上がり葉雪の背に乗せられた。


「高く付くぞ。」


いつの間にか俺の横にいた男が呟いた。海衛門じゃない。甚兵衛でもない。あれ、コイツは、誰だ。

冬光を乗せるのに力を使いすぎたのか、視界が眩む。立っていられずに両膝を地面に着き、項垂れる。


「討ち取れ!」と背後から声が聞こえる。

「武雄!」と俺の名を呼ぶ声が前方から聞こえる。


前方から?

重い兜を持ち上げて顔を上げれば、二騎の騎馬がこちらに突っ込んで来ている。見知った顔、重光と安広だ。太刀を抜き、馬上で振りかざして突っ込んでくる。その背後からは朝倉の旗を背負った兵が続いているがかなり距離がある。

遅いじゃねぇか、二人とも。それに騎馬だけが先行したら危ないって、重光が教えてくれたのに。自分が守らないでどうするんだよ。


詰まる息を吐き出す。


「葉雪、先に行ってろ。」


重い腕をあげて葉雪の足を叩く。

低い嘶きの後に土を蹴り上げて去っていく葉雪。よし、これで冬光は大丈夫だ。

海衛門は大丈夫だろうか。まぁ大丈夫だろ。次は俺の番だ。


もう少し、もう少しだ。あと一太刀耐えれば重光と安広が来てくれる。

気張れ。気合を入れろ。立ち上がれ。


歯を食いしばって立ち上がろうとした所でグラリと視界が歪む。


「とった!」


背後から歓喜の絶叫が響く。

俺の意識は、ここで途切れた。

長かった九頭竜川合戦も本話で一区切りです。ありがとうございました。

書きたいことを詰め込みすぎてどうしても駆け足になってしまいます。上手に描写が描ける方は本当にすごいと痛感しました。

次回は5月16日(金)18:00投稿予定です。

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