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武勇伝  作者: 真田大助
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九頭竜川合戦_拾壱

陽がてっぺんに差し掛かった頃。あちこちで煮炊きの煙が上がり、遠くに念仏が聞こえる。ギラギラと夏の日差しが差し込み、着込んだ鎧が熱くなる。

そんな熱気とは正反対に、陣幕にいるほとんどの男達は俯いて殿様と視線を合わせようとしない。唯一笑っていたのは大柄な武将だけだった。


「それは愉快。真柄家は乗りますぞ。ぜひ我らに先陣を。」


巨体の真柄某が楽しそうに膝を叩けば、対面に座っている堀江が負けじと身を乗り出す。


「堀江家も賛同致す。先陣は我らにお命じ下さい。」

「待たれよお二方。夜襲を決めるのはまだ早計ではなかろうか。」

「栂野殿、ではいつ仕掛けられるか。貴殿は布陣してから常に早計早計と。」

「それは我が軍の勝利のためにですな。」


真柄と栂野と呼ばれた男が口論するのを陣幕の端で見つめる。

軍議に参加している武将の中、見たことがある顔は少ない。杉本のオッチャンも軍議に参加しているがかなり下座に位置しているようだから、それなりの身分の連中なのだろう。真柄と栂野の口論を皮切りにその場にいる二十人程の男達がヤンヤと自分勝手に意見を言い始める。

陣幕の入り口を守るように俺と冬光、海衛門、重光、安広が並んでその様子を眺める。北村のオッチャンは偵察にでも出ているのか不在のようだ。

賑やかになった隙を衝いて隣でつまらなそうな顔をしている重光に声をかけてみる。


「なぁ重光。大将は殿様なんだろ。殿様がいくぞ!って言えば決まりじゃないのか。」

「殿の指揮で直接動かせるのは千にも満たぬ。ここにいる者共が尻込みすれば足並みも揃わず戦にならんのよ。配下を納得させ、乗り気にさせるのも将の務めよ。」


ふーん。映画やドラマのようには行かないんだな。殿様の方を見れば一人一人の顔を見ながら軍配を扇いでいる。誰も殿様と目を合わせないし声もかけないのは、きっとわざとだろう。俺だって怒ってる雰囲気満々な殿様に声をかける勇気はない。

だけどあんまり放っておくといつか爆発するんじゃないか。と考えていれば、陣幕の外から声がかかった。


「北村康孝。戻りましてございます。」


北村のオッチャンの名前を久々に聞いたな。口論していた武将達の声量が下がり、殿様の許しを得てオッチャンが入って来た。


「一向宗が陣を組み直しております。恐らく数日内に攻勢に出るつもりかと。」


その場にいた全員の口がピタリと閉じられ、視線が殿様に集中する。

下座にいた杉本のオッチャンが大きな咳払いをして殿様の方に身体を向けた。


「殿の策を伺えませぬでしょうか。」


汗が頬を流れる。暑いからか、なぜだか緊張しているからか。


「前へ進む。」


鋭い眼光で杉本のオッチャンを睨みながら殿様が呟くように答えた。


「各々お忘れか。ここは越前。敵が我らの領内に攻め寄せているのだ。それを打ち払わずして何が武士か。何が男か。我らは勝たねばならん。勝つためには前に出るしか無い。九頭竜川を越え、一向宗を討ち払うのが我らの務めであろう。」


シンとした陣幕の中、頷いたのが半数。もう半数は視線を落としている。


「一向宗は細かな用兵を不得手とする。大軍で寄せて押し潰す。そうして加賀を手にした。此度もそうよ。見よ、羽虫の如く群れておるではないか。」


殿様がうっとおしそうに軍配を扇ぐと半数の男達からは笑い声が上がった。


「何も全ての敵を討つ必要は無い。煽り、脅し、散らせば良い。将の首を討ち、馬でけしかける。矢を射かけて鬨の声で圧倒する。」

「声の大きさなら自信がございます。」


巨体の真柄がドンと胸を叩いてまた半数の男達が笑う。下を向いた連中はまだ不安げな表情だ。

次は誰が何を言う、と探り合いの空気が充満してきた時、ガシャガシャと鉄の擦れる音と共に陣幕がガバリと捲られた。


「朝倉貞景様よりの使者、小泉四郎にござる!」


そこにはすっかり元気になった青白男、小泉四郎がピカピカの鎧兜を着けて仁王立ちになっていた。


・・・


緋色と金で飾られた新品の鎧兜は陽の光を反射してギラギラと輝き、風を切るように大股で陣幕の中に入ってきた。

小泉の登場に対して半数は露骨に嫌な顔に。もう半数は期待と羨望の眼差しと対照的だ。面白いのが期待の眼差しをしている連中の殆どが消極派だったことだろう。


「これは小泉殿。坂井からの退き戦ではお見事にござった。早くも我らに合力頂けるのですかな。」


殿様がニヤリと笑って問いかければ、小泉は腰に手を当てて踏ん反り返る。ムカつくなぁ。


「合力したい気持ちは山々にございますが殿が某を側に置きたいと申されましてな。お許し下され。その代わりに本日は殿より言伝を預かって参りました。」


小泉はエヘンと咳払いをして更に偉そうに鼻頭を高くし、両目を瞑って腕組みをした。

「その代わり」の部分が引っかかったのか、何人かの顔に怒りが浮かんでいるのは見えなくて良かったな。

だが陣幕の男達は一応畏まるように背筋を伸ばして軽く頭を下げる。


「敵を渡河させてはならぬ。こちらから機先を制して九頭竜川を渡河し、敵を攻め立てよ。とのことにござる。」


堂々と大声で口上を述べたが大丈夫か、陣幕なんて布一枚で覆われただけで声が外に丸聞こえだ。今の伝令は軍事機密じゃないのか?と不安になる。

しかし小泉の勇ましい口上は消極派にウケが良いようで、さっきまで沈黙していた連中が顔を上げてと「殿と小泉殿がそう言うなら…」と頷き合っている。

一方の積極派は「面白くない。」と不機嫌を全面に出しているのがまた面白い。全員一丸になるってのは随分と難しいようだ。

小泉がチラリと片目を開けてこちら側の反応を伺っているが、伺われた側の男達は殿様を伺うと言う連鎖を見せる。

陣幕の最上段に座す殿様に全員の視線が向いた時、殿様がまたニヤリと笑う。


「小泉殿。一乗谷からの下知、如何思われるか。」


全員が「え。」と驚くような顔をして殿様を見る。一乗谷からの指示に疑問でもあるのだろうか。いや、仮に疑問があってもなぜコイツ(小泉)に問うのか。そんな視線だ。

しかし問われた本人は自信たっぷりにまた腰を逸らす。


「某も賛同にござる。敵は霞の如き連中。一払いで吹き飛びましょうぞ!」


ハハハ!と大声で笑うが誰も続かない。消極派の連中もさすがに空気を読んで殿様の反応を伺う。

殿様はがっくしと頭を垂れ、小さく震えていた。


「クク、ククク。」とくぐもった声の後、「ハハハ!」と顔を上げて殿様が笑う。


「各々方、良将の謀が一致したぞ。異論はあるまいな。」


バンと膝を叩いて殿様が前のめりになる。

二十を超える男達は「おう!」と勇ましい声を上げて立ち上がった。


「今宵、九頭竜川を越えて越前を取り戻す。小泉殿が我らの陣に加わるのだ。一乗谷まで己の名声を轟かせる良い機会ぞ。各々、しかと用意されよ。」


今度は小泉が「え。」と驚くような顔をしているが誰も気にしない。

陣幕の中でくすぶっていた武将達は肩で風を切るように陣幕を出ていった。


・・・


夜半。

ここ暫くは風もなく寝苦しい夜が続いていたが、今夜は風もあって久しぶりに涼しい夜だ。

空は雲に覆われて月明りも無い。遠くに焚かれる一向宗の篝火と朝倉軍の篝火が唯一の光源だ。その光も九頭竜川を照らすだけの勢いはない。


「今日は絶好の睡眠日よりだな。」

「あぁ。地面に寝転がったら朝まで起きないだろうよ。」


完全武装した俺と海衛門が現実逃避するように空を見上げる。


「たわけ。地面で転がったらその場で捨て置くからな。覚悟しておけ。」


背後から低い声で脅してくるのは爛々と眼を輝かせる重光。その眼はビームでも発射しそうなほど瞳孔が開いている。口から涎を垂らしていないだけ上等だ。

中ノ郷を守る朝倉軍三千が川際に集結した。具足が擦れる音すら気を付けてジリジリと前へと進む。

対岸の一向宗は篝火を焚いているが見張りは少ない。日中、いつもより派手に矢を射かけ合ったこともあって今夜はゆっくりと休んでいるのだろう。

俺達の現在地は朝倉勢のほぼ最前線。俺達の前を進むのは無数の馬と褌一丁の男達。大量の尻がこの暗闇の先に展開していると思うだけで精神衛生上よろしくないが、この人馬は渡河の先遣隊だ。

渡河作戦の要領はこうだ。まずは馬を川の中で一列に並べて九頭竜川の流れを弱める。褌一丁の男達は馬を押さえつつ渡河し、後続が真っ暗な川を渡れるように白い布を川向うから渡す。準備が出来次第、騎乗出来る武士は騎馬突撃を。それ以外の兵は白い布と馬を頼りに真っ黒な九頭竜川を渡って敵陣へと斬り込む寸法だ。

俺と重光、安広、冬光は騎乗出来る身分のため、少し後ろにそれぞれの愛馬が控えているが、状況把握のために足軽達と共にジリジリと前進する。動きが止まる合間を見計らって、海衛門やその他大勢は動きやすいように袴を脱いだり袖を捲ったりして準備を整える。


「良かったな海衛門。夜の川遊びなんてそうそう出来ないぞ。」

「うるさいぞ武雄。見てろよ。この戦で手柄を立てて俺も騎乗の身分になってやるからな。」


「黙って支度せい。」と重光に小突かれながら前方の様子を伺う。


対岸、一向宗側に動きは見えない。耳をすませば川の音が変わったような気がする。馬を乗り入れているのだろうか。


「すまない、遅れた。支度はどう?」


海衛門が袴を脱いだ時、背後から冬光が小さな声で話しかけて来た。


「たぶんもうちょいってことだ。冬光は大丈夫か、作戦前に用事があるって言ってたけど。」

「もう済みました。今のところ、一向宗はこちらに気が付いていないようですね。」


冬光は俺の質問を半ば強引に打ち切るように対岸を見つめる。進軍の直前に「少し用を済ませてくる。」と言って離れた冬光だったが、戻って来たその顔は少し嬉しそうだ。好きな女の子でも近くにいたのだろうか。

俺が返事をしようとしたところで周囲の空気が変わった。小太刀に手を添えて構えるが、前方から来たのは安広だった。


「川は支度が整いました。殿の合図で進みます。各々、支度を整えてください。」


周囲の足軽達が最後の点検にかかる。

よし。大きく深呼吸してから海衛門と冬光の腕を引く。


「互いに無理はしないようにしよう。海衛門は坪江合戦で経験があるが、冬光は川を渡っての戦は初めてだろ。水を吸うと具足が二倍の重さになる。出来るだけ濡らさないように気を付けてくれ。」


「わかりました。」と答える冬光と対照的に、海衛門はニヤリと笑って俺の手を振りほどく。


「任せとけ。それより武雄は自分も心配をしておくんだな。坪江の時は俺達が傍にいたが今回は騎馬が先行だ。槍に突かれて落とされるなよ。」

「アホ。俺が負ける訳ないだろ。」


ククク、と三人で笑って別れる。

海衛門は川べりまで前進。俺と冬光は一度下がってそれぞれ騎乗。夜も葉雪は調子が良さそうだ。戦の空気を感じ取っているのか鼻息が荒い。

ザワザワと空気が揺れる。前方に展開している足軽が左右に分かれて騎馬隊の進む道を開けているのだろう。

騎馬隊は二百程。殿様は俺達の背後で指揮をとる。俺は最前列から数えて二列目。最前列は大殿直下の名のある武士が担当らしい。ちなみに小泉は俺達の少し後ろにいる。青白さが増した顔で「なんで…。」と震えていたが、大勢の騎馬武者に囲まれたおかげで震えることすら出来なくなったようだ。

前方に意識を向け、葉雪の手綱をギュッと握り込む。きっとこの戦は歴史上で名前が残る大戦になるはずだ。俺は知らなかったが、歴史好きならきっと有名な戦になるはず。ここで手柄をあげれば一国一城は無理でも領地くらいは貰えるかもしれない。そうしたら家臣が出来るのか?家臣が出来たら重光を反面教師にして優しく接してやろう。


「おいこのたわけ。何か無礼なことを考えてはおるまいな。」


いつの間にか右隣に並んでいた重光が槍で小突いてきた。夜で良かった。明るかったら顔に出ていたかもしれない。


「殿の号令が出るます。構えて。」


重光の向こう側にいた安広の一言で周囲の騎馬武者の呼吸が荒くなる。

左隣の冬光が大きく息を吐いたのがわかった。右手に握った槍を握り直し、呼吸を整える。


今か、今か。と構えていれば、背後からざわめきが広がってきた。

「殿。」「宋滴様。」「殿、何を。」と小声で殿様を呼ぶ声が続く。


なんだと振り返れば暗闇の中から白い頭巾が顔を覗かせる。真っ暗闇の中、白い頭巾を被っているのは殿様ぐらいだ。闇夜でも目立つ殿様は馬を進め、突撃準備を整えた騎馬隊の中を割るように進んでいく。小声で殿様を呼び止める騎馬武者をしり目に、俺達四騎の間に並んだ。


「重光。覚悟は良いか。」

「は。」

「安広。支度に抜かりはないな。」

「はい。」

「冬光。油断するでないぞ。」

「は、はい。」

「武雄。行けるな。」


「おう。」と答えて重光に小突かれる。

やり取りに満足したのか、殿様は馬を進める。最前列の騎馬武者達も小声で殿様を呼び止めるが、白い頭巾はそのまま最前列を超えた。


「さて。少し駆けよう。今宵は良い風が吹いておる。この風にのって加賀まで駆けようぞ。」


ちょいとお出かけ。くらいの声量で殿様が語り掛ける。高ぶった気持ちが落ち着き、冷静さを取り戻す。


「ぬかるな。遅れるな。恐れるな!我らの勝利ぞ!」


「進め!」の号令と共に殿様が先頭切って駆け出した。

マジかよ。大将が先陣切って突撃するなんておとぎ話じゃないのか。

あらんかぎりの雄叫びが響く。兜がビリビリと震える。大地を蹴って真っ黒の九頭竜川へと飛び込んでいく。

自分が制御できないほど高揚しているのが分かった。右手で槍を掲げ、左手で手綱を操り、十万の敵へと突っ込んでいく。正気の沙汰じゃない。だけどなぜだか怖くない。むしろ楽しいくらいだ。前方の篝火が吹き飛んだ。殿様の雄叫びが聞こえる。それに負けじと朝倉軍が咆哮する。


有象無象の一向宗に対する蹂躙が始まった。


九頭竜川合戦が長くなってしまってすいません。

次回は5月14日(水)18:00投稿予定です。

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