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武勇伝  作者: 真田大助
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次の取引

「米の売買?」


例のコトが行われている最中、坂本の町外れで寝転んでいた所に福から商談を持ち掛けられた。


「そう。延暦寺にある米を売らない?」


聞けば最近、米の価格が吊り上がっているらしい。秋の収穫前でどこも米の在庫が減っている事に加え、どこかの大名が戦支度で買い占めを行っているとか。福光屋としてはここで利益を出したいらしくそれに一枚かまないかって話しだ。


「福光屋が持ってる米を売れよ。」

「ウチの米は先月で売り切っちゃってんの。ここまで高値になるならもう少し売り渋るんだったわ。」


頬に手を当てて口を尖らせる福。福とは密談を繰り返す内に打ち解けていき、今では気楽に話せるまでの関係性になった。念のためハッキリさせておくが男女の関係には至っていないし、至る気もない。


話しを戻そう。この斡旋業で多少の蓄えは出来たが、そもそも日常生活に必要なものは延暦寺から支給されるから金には困っていない。贅沢な話しだ。先立つモノのためにとりあえず貯蓄しているだけなのでこれ以上危ない橋を渡るのはどうなのだろうか。それに福光屋は何かと俺を使って延暦寺の名前を利用しようとするからなぁ。


「誰がどうやって運ぶんだよ。俺は米蔵の位置すら知らないぞ。」

「米蔵なら最初の山門のすぐ横よ。男手なら福光屋が出せるから心配しないで。必要なのは延暦寺側の協力者だけ。」


なんで米蔵の位置まで知ってるんだ。まさかスパイか?いや、どうせ【客】のどいつかが話したのだろう。

寝転がっている俺にズイと顔を近づけてくる。


「仮に延暦寺の米を福光屋に流すとして、蔵を開けられたら露見するぞ。」


面倒なので身体を横に向けて視線を避ける。


「早米が採れる地方に買い付け先を持っているの。買った米を収穫期の前に蔵へ納めれば大丈夫よ。」


横に向けた身体を仰向けに戻される。


「ね。取り分は福光屋が七の延暦寺が三。あなた達は何もしなくても大金が手に入る。ちょっとお米を借りるだけ。一月後には元通り。美味しい話しだと思わない?」


確かに俺達は何もしなくて良い。ただ黙って見ているだけで大金が手に入る。

だがバレた時はどうなる?要は横領だろ。


「俺だけじゃどうにもならない。」

「分かっているわ。だから協力者を探してほしいの。話がわかる協力者を。」


うーん。俺以外が責任を負ってくれるなら協力しても良いか…。

視線を上げれば妖艶に笑う福と目が合う。誘惑してるつもりか?それならもっとバインバインなオネーチャンを連れてくるんだな。


帰りは上機嫌な客にばれないよう、前かがみになりながら必死に獣道を登った。


・・・


「ええ話しやん。一口乗らせてや。」


夜、松がいない時を見計らって皆心(かいしん)に話してみればすぐに乗ってきた。商人の息子と聞いたからこの企みが美味い話しかどうか確かめようと思ったのだが、案外良い話しなのだろうか。

皆心はズイと身を乗り出し、周囲に声が漏れないように小声で続ける。


「危ない橋なのは確かやけど早米を蔵に入れられるなら何とかなりそうやな。人手も福光屋さんが出してくれるなら尚更や。秋の献納まで米蔵が開くことも無いし妙案や。」

「危ない橋なら上僧に話しを通して普通に売買すれば良いのでは?俺達が提案したってことにすれば多少は金子(きんす)も貰えるでしょう。」

「阿呆。まともな上僧連中はそんなこと許さへんわ。腐ってる連中なら乗ってくるかもしれへんけど、ワテらの取り分は雀の涙になってまう。なに、この程度はお天道さまも見過ごす悪戯の範疇や。それに蔵に眠っとる米は都の商人に売る手筈が整ってるやろうから、今更売り先は変えられんよ。」


皆心が舌なめずりしながら思いを馳せらせている。


「もうすぐで祇園祭や。人の目はそっちに向くからその隙に運び出せば危険も少なそうや。問題は口うるさい慈明ハンやなぁ。あの男は妙に勘が鋭い。いっそ延暦寺から離れてくれればええんやけど。」

「慈明、様なら祇園祭の日は延暦寺にいないかと。時瀬家に行く用事があるので。」

「そりゃ僥倖や。ほな決行は祇園祭の夜で決まりやな。あとは山門の見張りをどう言いくるめるかや。確かその日に山門に立つのは…。」


皆心の糸目がどんどん弧を描いていくのを見ながら、責任者はコイツで決まりだなと心の中でニヤリと笑った。


・・・


祇園祭の昼。

慈明は山門を守る往角と来角に、今宵は誰も出さないようにと口酸っぱく伝えてから京へ向かった。今回は松が付き人として同行しており、松は祇園祭を間近で見れるのがうれしいのか、いつもより鼻高々に延暦寺を出ていった。護衛につく数人の山法師も楽しみが隠せないのか口角が上がりっぱなしだった。

それを見送る往角と来角も負けじと口角が上がっているのはなんとかしてほしい。今夜の計画がばれたら全員ひどい目に合うんだからな。


延暦寺の中でも頻繁に【売買】していた往角と来角は早々に金が尽きてしまったらしい。報酬としてもらった金子は既に使い切ってしまったようで、計画性が皆無な二十代らしい行動だと感動した。

皆心は他にも何人かの生臭坊主を言いくるめたらしく、合計十名程の共犯者があっという間に出来上がっていた。共犯者は皆心以外は全員山法師で全員が売買経験のある連中だ。どいつもこいつも欲にまみれていやがる。

ちなみに行山は脳筋なので声をかけなかったとか。もちろん松にも内密だ。


慈明が出ていった後、何人もの僧や山法師が用も無いのに山門まで下りてきた。皆同じようにソワソワしながら往角と来角にねぎらいの言葉をかけてくるのが可笑しな光景だ。


「往角、来角。ご苦労だな。」

「これは佑善(ゆうぜん)様。お出かけでございましょうか。」

「う、うむ。少し市井(しい)の様子を見たいと思うてな。」

「むむ。そうでございましたか。しかし我らは慈明様より『今宵は誰も出さないように。』と仰せつかっておりまして。なぁ来角。」

「はい、往角の言う通りにございます。『今宵』」はどなたも出れぬのです。もしお出かけになるのであれば宵の前までに…っと。差し出がましいことを申しました。どうかご容赦を。」


と暗に「夜になる前に出ていけよ。」と伝えているのだ。僧も山法師もそれを察したのか噂話が一気に延暦寺を駆け巡ったようで、日が沈むまでにかなりの人数が京の都へと出かけていった。

俗っぽい連中しかいないんじゃないのか、この山。


「いやぁええ調子やな。この分なら夜中に抜け出そうとする連中は全員で払いそうやな。」

「俗物ばっかりだな、延暦寺。」


はぁ、と腰に手を当ててため息をつく。俺が言うのもなんだが、やっぱり私利私欲を断つってのは難しいことなんだと実感した。


「武、お前さんが言うことやないで。それに人間息抜きは必要よ。楽しみが無いと生きる希望なんて持てへん。今の荒れた世の中、ただ生きるだけでも大変なんやからこういった楽しみは大切にせんとな。」


ニンマリと笑っているが鼻の下が伸びてるぞ、皆心。

続々と山門から出ていく僧を見送りながら、汗を吸って湿った袈裟で顔をぬぐった。


・・・


夜半。

都の方角からは微かに太鼓の音や賑やかな声が聞こえる。

せっかくの祇園祭を見たい気持ちもあったが、また来年見れば良いと気持ちを切り替える。

山門付近に人影はない。念のため山門につながる延暦寺側の道には数人の山法師を配置し、何かあったら松明を振って合図する手筈になっている。山門を守る往角と来角は門の横に立ち、皆心が門の内側で腕組みをして待ち構えていた。


「で、どれくらいの米を渡すので?」


責任者に仕立て上げた皆心にそう聞けば、糸目が大きく弧を描く。


「蔵二つ、丸々渡しちゃる。」


おい本気か。この山門近くにある米蔵は四つ。その半分を売り払うってことか。


「さすがに全部売ってまうと何かあった時に隠しようが無いからな。奥の二つだけにしとくで。」

「二つも四つも変わらない気がするけど。」

「変わるでー。もし何かの用で蔵を開けるってなった時には手前の蔵だけ開けてなんとかするんや。奥の蔵を開ける必要が出たら、その時は手前の蔵から米を移せばエエ。」


一応不測の事態に備えているようで良かった。


「お客さんもいらしたようや。武、お前さんも商人になる気があるなら愛想よくしときや。ホレ、笑顔や。」


皆心に頬をツネ上げられながら暗闇を見ると、いくつかの明かりがこちらに迫っている。

商人か、せっかくなら武士になって天下統一とかの方が夢があるよな、なんて思いながら皆心の手から逃げて暗闇に目を凝らす。


静かな比叡山にゴロゴロと低い音が響いていた。

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