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武勇伝  作者: 真田大助
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九頭竜川合戦_捌

「総大将は我らが殿がつとめる。各々、武功を挙げる用意は出来ておるか。」


「応。」と答える将兵の士気は高い。

杉本のオッチャンの号令に続き、一乗谷に集った朝倉軍が順次出立する。

今回の合戦、総大将は朝倉宗滴と決まった。一乗谷に残る兵が歓声を送る中、幸千代改め、福岡幸之助が下城戸まで見送りに来てくれていた。

出立までの少しの時間、俺と海衛門と三人、兜と突き合わせることが出来たのは幸運だった。


「無理はしないでね。いざとなったら一乗谷にもお城はあるんだから。」

「大丈夫さ。幸之助に名前が変わっても臆病なのは変わらないな。」

「しょうがないよ。武雄と同じさ。」


「俺は臆病じゃねぇ。」と反論するが隣にいた海衛門が腹を抱えて笑っていた。

一乗谷に残るのは幸之助だけ。俺と冬光、海衛門は出陣する。


「一人で待つのは怖いんだよ。」

「分かっている。大丈夫さ、俺が武雄よりも冬光よりも手柄を挙げて帰って来てやる。次に会う時は騎乗の身分さ。武雄なんて、なし崩し的に馬を貰ったんだろ。俺はしっかりと手柄を立てるから俺の方が上になるな。」

「それは手柄を立ててから言いやがれ。」


三人顔を寄せ合って笑い、鉄が擦れる音がする。

そろそろ俺達も出立する時間だ。


「それじゃ幸之助、行ってくる。」

「待ってろ。武雄じゃ抱えきれないくらいの手柄を持って帰ってくるからな。」

「二人とも、無事に帰って来てね。ご飯用意しておくからね。」


まるで新婚の妻じゃねぇか。勘弁してくれ。

俺は馬に跨り、海衛門は槍を背負い直して行軍に混じる。少し先では景冬が俺達を待っていてくれた。

後ろに流れていく一乗谷の姿を振り返る者は、誰もいなかった。


・・・


一乗谷を出た朝倉軍は九頭竜川を越えて坂井で戦う味方と合流。石丸城と長崎城を拠点に反攻作戦を実施する。


「兵庫城までは落とされる前提か。」

「堅牢な城なんだろ。もしかしたら一向宗が素通りしているかもしれない。」


馬に揺られながら冬光と話しながら進む。

前後を見ると今まで見たことの無い数の兵が歩んでいる。先頭を進むのは山崎勢。次いで俺達宗滴勢が進み、後ろには前波勢や魚住勢などが続いているらしい。

少し後ろを歩く海衛門も左右をキョロキョロ見ながらの行軍だ。


「総勢五千の兵。大野からも朝倉景職殿が三千を連れて来られるとか。坂井で戦う三千と合わせれば総勢一万一千。」


冬光が誇らしげに語り、二人して武者震いをする。一万を超える兵が味方として布陣する。一体どうなるのか見当がつかなかった。

進む朝倉軍の士気は高い。懸念となる大野や敦賀、府中の一向宗は制圧済。残るは坂井に侵入してきた一向宗を全力で打ち払うだけ。シンプルになった構図だからこそ戦慣れしている武士、朝倉軍に利があるはずだ。


「石丸城、長崎城に着陣出来れば坂井にいる一向宗を包囲できる。そうすれば僧兵連中なんて相手にならないさ。一乗谷までの道中にあった寺だって大したことなかった。我ら武家とは根本的に違うんだ。どれだけ集まろうとも叶いっこないさ。」


自信満々なのは良いが足元掬われるなよ、と忠告したいが、この手の忠告はなかなか難しい。戦の前でテンションが上がっているだけかもしれないし、今そのテンションを挫くのも良くない気がする。


「とは言え、刺されたら俺達だって死んじまうんだ。気を付けていこうぜ。」


俺の無難な回答は冬光の耳には届かなかったらしい。

ジリジリと焼くような暑さに負けず、朝倉家の家紋である三つ盛り木瓜をはためかせた一軍は一路、九頭竜川を目指して進んだ。


・・・


「小泉殿。もう一度申されよ。」


カツン、カツンと軍配を床に小突きながら白頭巾を被った殿様が呟く。

ミンミンと鳴く蝉の声がどこか遠くに聞こえる程、空気が重く、苦しい。

無人となった超勝寺に入った朝倉軍にもたらされたのは、九頭竜川より北、全てを失ったと言う知らせだった。

青白いを超えて黄土色のようになった小泉が床にへばりつくようにして震えている。


「た、竹田川に布陣しておりました我らの前に現れたのは、山を三つ、いえ四つ覆う程の一向宗にございました。竹田川を境に一戦交え二日持ちこたえるも、更に加賀より敵が増えるばかり。某は撤退を進言したのですが諸将は聞き入れず…。」


言い訳パートに入りそうになったところで殿様の手にした軍配が床を叩いて話しを急かす。


「た、竹田川で堀江勢が殿(しんがり)となり、その内に我らは兵庫城まで退こうとしました。しかし兵庫城は敵の手によって既に落城しており、我らは兵を二手に分けて長崎城、石丸城へと退きました。」


堀江勢が殿(しんがり)。もし上手く務めたとしても、退いた先の兵庫城も落ちている。それが意味するところは。

手が汗で濡れている。


「坂井の各所でそれぞれの兵が退き戦を行いました。その戦果もあって多くの兵は兵庫城を避けて長崎城、石丸城、勝蓮華館まで撤退。籠城戦の覚悟をしておりました。一向宗も竹田川を超えてからは歩みが遅く、堀江殿の殿(しんがり)が誠素晴らしき働きであったことは間違いなく…。」

「それで、どうして九頭竜川より南に退いた。」


カツン。と軍配が床に当たる。


「て、敵が攻め寄せたのです!一面見渡す限りの敵が!これはとても守れぬと三段崎殿も賛同下さいました。慌てて方々に使者を送り、敵に背を衝かれる前に九頭竜川を渡って来たのでございます。」


黄土色になった小泉が力尽きたかのように頭を下げる。


戦況は、悪化していた。

超勝寺の本堂は重い空気が充満している。殿様の背後にある仏像がまるで俺達を見下しているようだった。

居並ぶ将の中には小泉を蔑んだ目で見ており、今にも叱責が始まりそうな空気ですらある。

日頃の行いもあるから仕方ないだろ、と思う反面。ここで小泉を叱ってもどうにもならないだろう、とも思う。

誰かが息を吸った時、殿様の軍配が一際大きく床を叩いた。


「小泉殿、天晴な采配。お見事にござる。」


「は?」とそこにいた全員がポカンとした表情で殿様を見る。

当の小泉ですら死んだような顔で何を言われたのか理解していないようだ。


「そのような大軍を前に、ようここまで耐えられた。そして兵を纏めて九頭竜川を渡り切った。この九頭竜川は天然の堀。朝倉勢が一丸となって守ればそう易々とは渡れまい。よくぞ兵を生かしてくださった。」


ニカリ、と殿様が笑うのを合図に、居並ぶ武将達もおずおずと誉め言葉を投げかける。

小泉は真っすぐに殿様を見つめていたかと思うと、洪水のように涙を流して何度も何度も頭を下げる。


「某、まこと、某が…。」

「小泉殿、よう働かれた。仔細を伝えてもらいたい故、一乗谷まで戻られるが良い。後のことはこの宗滴にお任せあれ。」


ズビズビと返事にならない嗚咽を上げながら小泉は何度も振り返っては頭を下げて本堂を出ていく。残された面々はどう反応すべきか探りながら殿様を見上げれば、そこには普段見せないような上機嫌な殿様がいた。


「では各々。陣立てを改めよう。当初の策は潰えた。我らは九頭竜川を境に敵を討つ。」


萩原息子がバタバタと地図を広げ、左右の面々が手伝うように木製の駒や碁石のようなものを並べていく。

何枚かの和紙を繋ぎ合わせて大きな一枚の地図になっている。といっても精緻なものではなく、中央を横断するように九頭竜川が描かれており、南北に数か所、要所となる城や館の名前が書いてあるだけのものだ。


「兵が川を越えられる場所はどこか。近く九頭竜川を見たものはおるか。」


殿様が問いかけると「某が。」と山崎小次郎が前に出た。横に居た山崎爺さんは目をつぶっているように見えるが寝てるわけじゃないよな?

小次郎は川上から中ノ郷、高木口、中角と書かれた箇所に白い石を置いた。


「この三か所は船が無くとも渡れましょう。最も多くの兵を置けるのは中ノ郷にございます。」

「上流の鳴鹿表も渡れましょう。ここを取られれば大野口を失います。」


小次郎が置いた石の更に右側、大野へ向かう入口付近に石が置かれた。置いたのは痩せた顔つきに目が落ち窪んでいるのが特徴的な見慣れない武将だ。

置かれた石を萩原息子が微調整しているが、それ以外の全員はダンマリ。

他に意見が出ないのを確認してから殿様が口を開く。


「一向宗の数と布陣を分かるものは。」


殿様の問いかけに対し、一歩前に出たのは北村のオッチャンだ。

黒い石をいくつか握って九頭竜川の北側に置いていく。


「確かな動きから申し上げます。超勝寺を出た僧兵共は和田本覚寺衆と合流して長崎城方面へ。恐らく河合藤八郎の勢力と合流するかと。数は五千程でしたが日に日に増えている模様。」


そこで北村のオッチャンは一度区切ると殿様は怪訝な顔をしてオッチャンを睨む。


「確かなのはそれだけか。」


北村のオッチャンは無表情のまま眉間に皺を寄せて小さく頭を下げる。


「手足のいくつかが無くなりました故、確かなのはここまでにございます。」


北村のオッチャンは五体満足だ。今のは比喩表現だということは分かる。その手足が忍のことだと言うのも。甚兵衛は、秋は無事なのか。

身体が前のめりになったところで重光に引きずり戻される。鉄の擦れる音に数人が振り返ったが、その視線はすぐに地図の上へと戻った。


「憶測でも良い。続けよ。」


何てことないように殿様が仕切り直し、北村のオッチャンも表情を変えずに黒い石を置き始める。


「敵は金津城か兵庫城に本陣を置いた模様。加賀からの一団には斯波、甲斐の兵も混じっております。坂井にいる一向宗の仲、遠くは越中の瑞泉寺からも来ているかと。」

「わざわざご苦労なことです。」


小次郎が笑うとそれにつられて武将達も小さく笑う。


「加賀、越中の各寺から集まった総勢は五万は下りませぬ。更に加賀より増えているとの知らせもありました故、明日にはどれだけの数になるか。」


北村のオッチャンが石を並び終え、殿様が地図を覗き込む。


「五万か。我らはいかほどだったかな。」

「大野と坂井から引いてくる兵を合わせて一万。」

「三門徒衆ら三千、一乗谷の後詰を合わせれば一万五千になります。」


殿様の問いに何人かの武将が答える。

五万対一万。なかなか絶望的な差に思えるがどうなのだろう。

チラリと横に立つ重光を見るが、顎を撫でるようにして地図を見ている顔は笑っている。コイツに答えを求めるのは間違いだな。


「五万もの数をどうやって維持するのか。時期に米が無くなって離散しよう。」

「既に坂井では酷い有様のようだぞ。種籾まで持って行かれる始末だとか。」

「遠く越中からの一向宗もおる。ここでしばらく粘れば勝手に退くのではないか。」

「五万と言っても烏合の衆。朝倉家の旗の下、天然の堀である九頭竜川を前にして守り切れば勝機はあろうぞ。」


居並ぶ武将達は口々に威勢の良い事を言い始める。越中って富山県だよな。わざわざ遠征して来ている一向宗の士気は低い可能性はあるか。誰かが言っていたように、烏合の衆であれば米が無くなって喧嘩にでもなるかもしれない。俺達は対岸で待ち構えていれば良いだけだと考えると不思議と勝ち目があるように感じる。


「他に異論なくば川上より鳴鹿表、中ノ郷、高木口、中角の四ヶ所を中心に兵を置く。各々、望まれる地はあるか。」


武将達が言い合う中で殿様がニヤリと笑うと、男達の何人かが威勢よく木製の駒を配置していく。落ち窪んだ目の武将は川上の鳴鹿に。小次郎は川下、中角に駒を置いた。


「本陣は中ノ郷とする。大野からの朝倉景職には鳴鹿表を抑えるよう伝えよ。」

「坂井より退いている兵は如何いたしますか。」


杉本のオッチャンが聞くと殿様は軍配で地図を叩いて思案する。


「坂井の将は勝蓮華殿だったな。で、あらば高木口に配する。本拠の近くだ、土地にも明るかろう。」


杉本のオッチャンが頭を下げ、萩原息子が高木口に駒を置いたところで改めて全員が地図を眺める。

空気を読む日本人気質はこの時代からあるようで、全員がなんとなく均等に配置されたようだ。

九頭竜川の南岸には均等に駒が並べられている。一方の北岸は所々に黒い石が置かれているだけ。実際は大軍がひしめいているのだろうか。


「では各々、急ぎ布陣と参ろう。」


殿様が立ち上がったのを合図に全員が超勝寺を出て自軍へと戻っていく中、上機嫌で寄って来たのは若草色の揺糸が目立つ山崎小次郎だ。


「大戦になりますね。」

「あぁ、腕が鳴る。小次郎殿は中角か。」

「はい。中角の隣には宗滴様に所縁の深い竜興寺もございます。敵が執拗に狙ってくるやもしれません。」

「激戦となる地を自ら選ばれるとはな。一軍の将は羨ましい。」


小次郎と重光が楽し気に語らっている。そうか、殿様が出家した竜興寺が狙われる可能性もあるのか。それが分かった上で自ら激戦区に志願する気持ちは全く分からない。


「武雄殿。気分は如何かな。」

「普通。戦狂いみたいに上機嫌とは行かないよ。」


「このたわけが。」と罵る重光は笑顔だ。やっぱりテンション上がっているな。俺の答えを聞いた小次郎もニコニコ笑顔だ。


「此度の戦、書物に残る大戦となりましょう。そのような戦で手柄を立てることが出来れば、必ずや大身となります。武雄殿が一国一城の主を目指すならば、ここが正念場ですよ。」


ぬるい風が吹く。


「死中に活を求めよ、等とは思いません。ですが、死に物狂いでなければ成せぬこともあります。ご武運を。」


小次郎はまたニコリと笑うと山崎家の軍勢に向かって歩き出す。

超勝寺からは続々と兵が出立していく。


「さて、殿もそろそろ出られるはずだ。敵の姿を拝みに行こうぞ。」


重光の掛け声で俺達も騎乗し、出立する。

殿様率いる本陣は中ノ郷に向かうため北進。山崎小次郎は下流に向かって。目の落ち窪んだ痩せた男は上流に向かって別れていく。若草色の目立つ小次郎が楽し気に手を振っていく。手こそ振り返さないが、歪んだ笑みの重光も同じくらい楽しそうだ。

超勝寺を出れば九頭竜川は目前。既に先発隊が陣を構築し始めているはずだ。


「五万の軍勢か。手柄の挙げ放題だな。」


隣を進む重光だけが笑ってくれた。

次回は4月28日(月)18:00投稿予定です。

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