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武勇伝  作者: 真田大助
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九頭竜川合戦_陸

「なんだか急に怖い感じじゃないか?」と葉雪に問いかけながら細道を南下する。

問われた葉雪は「知らねえよ。」と言わんばかりに無視するので口を尖らせながら一人で思案するしかない。

小次郎と別れてからは日野川に沿って南下。土地勘があまりないので今どの辺を駆けているのは分からない。あれから何度か甚兵衛を呼んでみたが返事は無い。映画みたいに呼んだら出て来てくれるとはいかないようだ。

細川家についても疋壇城についても。小次郎は俺なんかより早く情報を得ていた。そりゃ下っ端と山崎家の嫡男じゃ得られる情報に差があるのは分かるが、共有する情報はかなり絞られているように感じた。

それは何を指すのか。俺が敵に回ったら、と考えているのだろうか。そんなことが起きうる?

起きるとしたらどんな場面か。戦場で、一向宗と対峙している時か。

グルグルと妄想が浮かんでは消えていく。疑心暗鬼は良くない。シンプルに考えよう。


余計な事を飛ばすように頭を振って道を急ぐ。

徐々に陽が暮れて来た。しまった、今日泊まる宿なんて何も考えてない。食料は干飯があるが金が無い。

葉雪の飼葉、どうしよう。

新たな危機に面した俺を救ってくれたのは、寄り道の思い出だった。


・・・


「助かります。」


元気よく頭を下げる俺を見て、妙法寺の乗覚はカカと笑い声を上げた。


「急なご来訪、驚きましたわ。しかし宗滴様にはこの首を繋げて頂いた御恩もありますのでな。その御家臣とあらば悪いようには出来ません。」


日が暮れる前に府中を超えた俺と葉雪は坪江合戦に向かう道中で制圧した妙法寺にたどり着いた。

加賀からの侵攻に呼応して一揆を起こそうとした所を俺と重光が見つけ、未然に抑えた寺だ。

一揆は村の名主と乗覚(じょうかく)の息子、空覚(くうかく)が主導したものであり、首謀者は皆戦死。妙法寺は朝倉家に従う請願書を出して安堵された。


「たった一人で、しかも戦装束をして乗り込んでくるとは。太い野郎ですね。」


チクチクと怒っているのは光照(こうしょう)。俺と同世代くらいの若い坊主だ。妙法寺で僧兵をしていたが、同じく先の一揆で俺達に鎮圧された一人だ。


「戦の際中なんだ、勘弁してくれ。」

「妙法寺を戦に巻き込まないでください。」

「わかってるって。一晩泊めてくれるだけで良いんだ。礼は後でするからさ。」


怒る光照をなだめながら乗覚に案内されたのは本堂近くの一室だった。

三人車座になって座り、小さい椀に注がれた冷たい水を啜る。


「宿坊が無いのでな、こちらでご容赦くだされ。食事は持ってこさせますので、暫しお待ちを。」

「何から何までありがとうございます。」


「乗覚様はお優しすぎます。」と光照が怒るが、乗覚は笑うばかり。ここが落ち着いて良かった。もしここが敵に回っていたら背後を突かれる可能性もある。


「しかし暫くお会いしない間にご立派になられて。」

「名乗りも出倉武雄になったからな。俺が城持ちになる日もそう遠くないぞ。」


エヘンと腕組をしてみれば、光照が微妙な顔をしている。コイツのキャラなら嫌味の一つでも言ってきそうなものだが。


「一角の将となられた出倉様が当寺に参られたのは、よもや偶然ではありますまい。」


乗覚が眉尻を下げて呟く。

え、偶然なんだけどどうしよう。ここは乗っておくべきなのだろうか。

とりあえず組んだ腕を降ろし、神妙な顔をしてみる。


「戦だからな。」

「攻めますか。」


どこをだ。加賀か、大野か、近江か。それとも妙法寺か。まさかまた一揆を起こそうとしてるんじゃないだろうな。

中途半端に乗ってしまった以上、ハッタリで乗り越えるしかない。


「それは殿が決める。」

「では、それまでは猶予があると。」


乗覚の目に光は無い。おい、今ここで俺を討てばバレない、とか考えてないだろうな。


「猶予は無い。既に殿は敦賀を立たれた。数日内にここに来るぞ。」


「早い。」と光照が呟く。乗覚は俺の目をジッと見て言葉の真偽を探っているようだ。

殿様が出立し、ここを通るのはウソでは無いので大丈夫だ。


「では、決めねばなりませぬな。」


ゴクリ。と生唾を飲み込む。目の前に座る乗覚は武装しているようには見えない。光照も脇差を差しているが太刀は無い。法衣の下に鎖帷子くらいは着込んでいるかもしれないが、甲冑は付けていないようだ。

対する俺は兜こそ脱いでいるがほぼ完全装備。左手に握られた小太刀も二人が飛び掛かってくる前に抜き放つことは出来る。

完全に陽が落ちる前の暗がり。僅かな夕陽が差し込む部屋の中で、乗覚は深々と頭を下げた。


「当寺は一切の関与をしておりませぬ。『既に一度反旗を翻した寺。我らがその素振りを見せればたちまち討たれましょう。』と答えて誘いには乗っておりませぬ。」

「それは。」

「誠のこと。連中は小泉館を焼き、妙法寺城に籠るつもりだ。しかし我らは先の一件で多くの僧兵を失い、戦うことなど出来ぬ。」


戦える僧兵が居れば戦う気だったのか。警戒心が増してつい小太刀を引き寄せてしまう。


「出倉様。光照が失礼を申しておりますが、民草にはこう思う者もおるのです。親を殺された子はどう思いましょう。兄を、夫を斬られた民はどう思いましょう。それを宥める我らにも限りがあるのです。いいえ、平素であれば時をかけ、その心を平穏へと導くことが出来たやもしれませぬ。しかしこうも頻りに使いが来られては。」


乗覚は己の無力さに目を伏せ、光照は怒りに目を伏せる。

マズイ状況だと言うのは分かった。


「で、一揆に賛同するのはどの寺衆だ。」


陽の落ちきった暗い部屋の中、諦めたようなため息が聞こえた。


・・・


部屋に行燈が灯され、床張りの板の上には碁石が並べられている。

中央の白い石が妙法寺らしい。それをぐるりと取り囲むようにいくつか黒い石が置かれている。


「旗色を明確にしているのは三つ。東の専堤寺、勘妙寺。南の盛松寺。盛松寺が主導して一揆を企んでいる。」

「数はどれくらいになる。」

「およそ二百。専堤寺と勘妙寺で五十。盛松寺で百五十。」

「妙法寺ではどれくらい用意できるんだ。」

「二十。」


厳しいな。


「味方になりそうな寺はあるか。」


光照が頷いて白い石を並べる。


「西の春森寺、日正寺はこちらに付いてくれると思う。しかし出せる僧兵は合わせて五十がせいぜいだ。」

「いや、十分だ。まずはその二つを味方に付けたい。出来るか。」


光照はギラギラとした目で部屋を出る。なんだか重光みたいな目つきになっていたけど大丈夫だろうか。


「光照は僧に向かん子でなぁ。」


残された乗覚は小さく笑って足を崩す。


「あれは親兄弟を戦で無くしてましてな。こちらに来た時も怖い目をしてました。兄弟子達にも噛みついてばかり。僧兵として育てるのにもどうにも粗忽でままなりませぬ。」

「延暦寺と比べればまだマシさ。あっちじゃ粗忽の一言じゃ収まらない連中が居たからな。」


俺もその一員だけど、とは言わずに具足の点検をする。


「延暦寺をご存じで。」

「まぁ、多少。」

「なるほど。本堂を気にされる訳が分かりました。」


乗覚はカカと笑うが何のことだ。


「出倉様、お気づきでなかったですか。いつも本堂に上がられると仏像を目で追われていました。最初にお会いした時も、光照ら僧兵よりも仏像を意識しておられましたぞ。」


そうなのだろうか。単にデカイ建造物だから気になっただけだろう。

延暦寺の経験が身に染みていると認めるのは少し嫌なので忘れたい。


「此度の戦、恐らく三門徒派と呼ばれる寺社衆が朝倉様へお味方するでしょう。もし願わくば、当寺の僧兵もその端にお加え頂けるよう口添えを頂けますでしょうか。」


一向宗に反対する寺社衆のことか。味方は大いに越したことはないと思うので頷いていく。

すこしホッとした表情になった乗覚が襖を開けて外の空気を入れる。

じんわりと暑い夜だ。


「おや。もう帰って来ましたな。」


乗覚が座るのと同時に、息を荒げた光照が飛び込んできた。


「春森寺、日正寺はこちらに付いた。明朝、僧兵を集めてここに来る。」

「よし。敵に感づかれる前に先手を打とう。まずは東の寺を二つ落とす。その後は一度ここに戻って森松寺の襲撃に備えよう。」


うん、と光照が強く頷く。覚悟の決まった顔しやがって。僧兵ってのは怖いな。

哀し気に笑う乗覚の視線に気づくことなく、光照は戦支度へと去っていった。


・・・


日の出から暫くして妙法寺の境内には五十名を超える僧兵が並んでいた。

各寺の守りも考えたらこれが出せる人数の限界らしい。妙法寺から専堤寺、勘妙寺までは徒歩で二十分ほどの距離。一気に乗り込んで首謀者を始末すれば勝てる、はず。

緊張した顔つきの僧兵達が一段高い位置にいる俺を見る。もう子供とは呼ばれないだけの背丈になった。朝倉家の家紋が入った胴丸を付けた俺は一角の将に見えるのだろうか。


「各々方。まずは味方してくれたこと礼を言う。今、越前は一向宗により争乱が起きている。これを鎮め、民の安寧を取り戻す。そのために協力してほしい。」


僧兵達が頷く。


「まずは専堤寺と勘妙寺を奇襲する。出来れば出陣前に威勢よく声を上げたかったが、これだけの人数が揃って声を上げれば奇襲が露見してしまう。鬨の声は攻め寄せるその時まで我慢してくれ。」


また僧兵達が固い表情のまま頷く。うーん、上手くいかない。大将ってのは難しいな。

これ以上良い言葉は思いつかないので「では。」と促して妙法寺の門をくぐる。

なんだかいつの間にか五十人の大将になって寺攻めをしようとしているが、大丈夫だろうか。今になって勝手なことをしているような気になって不安になってきた。


「おい、あれを見ろ。」


俺の横に付いている光照が声を上げる。指さす方角は南側。山の中腹にある建物で人がうごめいている。


「盛松寺だ。」


光照がジッと見つめ、全員の足が止まる。もしかしてこちらの動きがバレたか。

距離は二キロくらいだろうか。馬上から目を凝らすがよく見えない。この時代に双眼鏡は無いのか。


「お、おい、あっちから来るぞ。」


一人の僧兵が盛松寺の横を抜けてこちらに向かってくる一団を指さす。騎馬隊が先行し、その後ろには鬨の声を上げて進む兵。明らかな敵意を向けてこちらに突き進んでくる。

僧兵達に動揺が広がる。大丈夫だ、慌てるな。


「俺が出る。全員動くなよ。」


槍を握りしめて今にもどこかへ駆け出しそうな一団を背に悠々と前に出る。

大丈夫だ。だってこちらに向かっているのは見慣れた家紋。朝倉家の軍勢なんだから。


先頭を走る騎馬武者が俺の胴丸を視認したのか速度を落とす。

とりあえず問答無用で討たれることはなさそうだ。


大きく手を振って葉雪と共に進んだ。

次回は4月16日(水)18:00投稿予定です。

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