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武勇伝  作者: 真田大助
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九頭竜川合戦_肆

葉雪に跨り、石丸城を出て一乗谷へと向かう。

三段崎安基から聞いた話しだと、坂井で蜂起した一向宗は東の長崎城、北の兵庫城、更に北の金津城へと向かったらしい。長崎城は城下の一部が焼かれたが大した戦闘もなく一向宗は北上。恐らくこの一団は兵庫城攻めに加わっていたのではないか、との見立てだ。

石丸城では一向宗蜂起の知らせを受けてすぐに一乗谷へ使いを送ったらしい。使者はまだ戻らないが、早ければ数日以内に大殿が出陣すると見込んでいた。


「これで一安心だな。早いとこ帰って鎧を脱ぎたいぜ。」

「たわけ。まだ越前内に一向宗が残っておろう。加賀まで追い返してようやく仕舞いじゃ。」


小言を言う重光も心なしか安心したような表情だ。

二人で馬を並べて石丸城を出て東に進み、中ノ郷の渡しから九頭竜川を渡れば一向宗側の拠点でもある藤島超勝寺が見えてきた。


「重光。あそこは動きが無いんだよな。」

「あぁ。なんら変わりないと聞いたが。」


まだまだ元気の余る葉雪を落ち着かせながら藤島超勝寺を横目に進む。

確かに周辺ではいつもと変わりない様子で農民が出歩き、門前には坊主が談笑しているような姿も見える。


「いっそ問いただしてみるか?」

「たわけ。既に朝倉宗家から使いが行っておろう。引っ掻き回してどうする。」


重光があきれ顔でこちらを見てくるが、いつも引っ掻き回しているんのはそっちだろう。いや、今回はかなり慎重に動いているか。重光は案外堅実なのだろうか。

平穏な様子を眺めながら、一路一乗谷を目指して行き足を速めた。



・・・


一乗谷の下城戸は厳戒態勢だった。幾重にも馬防柵が置かれ、数十名の兵が門の前に並んでいる。旗印は丸に一枚柏。萩原家の家紋だ。

「騒々しい。」と嫌そうな顔をする重光を宥めながら下馬して門をくぐる。ここに萩原息子がいなくて良かった。堀江家の家紋を付けた俺達に絡んで来たに違いない。

門の内側でも大勢の兵が行きかっており、戦支度の真っ最中の様だ。人混みをかき分けて宋滴館にたどり着くと、具足を着た安広が方々に指示を飛ばしている所だった。


「安広。」

「重光、武雄、無事でしたか。知らせが無いのでどうしたものかと。」


「すまぬ。」と重光は軽く笑いながら館に上がる。


「どうなっておる。」

「殿は敦賀へ戻られました。我らは戦支度をして待つようにと。」

「待つだと。既に坂井の一向宗とは戦が始まっておる。加賀との国境も荒らされておるやもしれぬぞ。」

「加賀から攻めて来たのですか。」


「いや、それは分からん。」と重光が口ごもりながら奥の間に腰を下ろす。具足を着た下男が椀にたっぷりの水を入れて差し出してくれた。ありがとう。

重光と揃ってグイグイと飲んでいる間は安広が状況を話してくれた。


「坂井に次いで大野でも一向宗が蜂起しました。平泉寺と一戦あったようです。」


水が変なところに入って思わず咽る。


「結果は。」

「わかりません。一向宗は大野へと続く街道を封鎖しており、藤巻館の乙部殿が対峙しています。後陣には波多野殿が。」

「坂井と大野。次は若狭か近江から攻めてくるか。」


重光、不吉な事言わないでくれ。安広も渋い顔をして頷いている。その可能性が高いってことなのだろうか。


「大殿はどこから片付けるおつもりか。」

「それもまだ下知が無く。方々から兵は集まりつつありますが、如何せん敵の全容が掴めない内は動けないのでしょう。」


重光が舌打ちをして膝を立てる。


「そういえば和田本覚寺はどうなんだ。越前一向宗の代表みたいな連中だろ。」

「動きが無いです。朝倉家から使者を送ったようですがいつもと変わらぬ様子で門を開け放っていると。超勝寺も同じく。」

「時を待っているのであろう。我らが加賀、大野、敦賀へ散った所で一乗谷へ攻め寄せて落とすつもりよ。」

「そう上手くいくかな。今のところ各地の兵力だけで一向宗は鎮圧出来そうじゃないか。少なくとも坂井は鎮圧出来たんだ。敦賀は殿様がいれば大丈夫だろうし、そうなれば大野も遠からず落ち着くだろ。」


楽観的な意見かもしれないが、事実として坂井の一向宗は逃げ去った。一部を加賀との国境に送ったとしても敦賀、大野の一向宗を鎮圧するのは難しくないはずだ。


「あぁ。容易であろうな。加賀からの攻め手を防げればな。」

「そういえばその紋所は。」


と安広が俺と重光の胴丸に描かれた蛇の目の家紋を指す。


「三国湊で一向宗の報を受けてな。堀江殿に借り受けた。」


重光が一乗谷へ戻るまでの流れを話せば、安広にも多少安堵の色が見えた。


「坂井は押し戻せますね。あとは竹田川以北をどれだけ守れるか。」

「細呂木、神宮寺が落ちたら竹田川に陣を張って構えるしかあるまい。勝蓮華殿、堀江殿、溝江殿、向殿、三段崎殿。加えて大瀬殿や佐々布殿も参陣すれば四千は超えよう。万の一向宗であっても一戦を勝つのは難しくない。」

「その間に大野を平定すれば一乗谷の兵が加賀へ向かえるな。そうすれば勝ちってことか。」


頭の中で描いた地図が出来上がる。なんだかいけそうだ。

安心したのかどっと疲れが来た。安広と重光が話し合う声をBGMに、うつらうつらとしてしまった。


・・・


一乗谷に着いてから二日が経った。

大殿は未だに出陣せず、一乗谷へ集った兵があちこちにあぶれている。

宋滴館には杉本のオッチャンが入り、重光、安広、俺が地図を前に軍議を開いていた。


「大野の戦いでは平泉寺が勝った。一向宗は散り散りになって去ったようじゃ。」


もじゃもじゃ髭を撫でながら杉本のオッチャンが満足げに地図を指す。


「しかし一つ懸念が。散った一向宗が加賀への逃亡を図っているようです。村岡山に寄っているとの知らせも。」


安広が指示したのは大野郡から永平寺へと続く街道。谷間になった東西に延びている街道には乙部家の藤巻館もある。乙部家と波多野家が兵を出して街道を封鎖しているらしい。

朝倉家の家紋が入った自前の胴丸に着替えた重光が地図を指す。


「ここを抜かれれば坂井、加賀への国境まで荒らされましょう。そうなる前に先んじて討つべきです。一乗谷には兵が余っております故、いくらかの兵を援軍として差し向けても守りは盤石。ただ飯食らいを働かせましょうぞ。」

「数は如何ほどか。」

「千にも満たぬと。しかし日毎に増えている模様。」

「今なら討てる数か。しかし大殿が動かぬのではな。殿も敦賀に戻られたばかりじゃ。我らが勝手に動くわけにはいくまい。」

「重光の言うことには理があります。ですが杉本殿の言う通り、我らが殿の下知無くして動くのは問題になります。下手をすれば殿のお立場も悪くなるでしょう。」


藤巻館は税収監督のために作られたような館で堀も無ければ塀も薄い。数百の一向宗が攻め寄せれば半日と持たないだろう。街道沿いには他にもいくつかの砦があるが、決死の覚悟を決めた一向宗を止めることは出来るだろうか。

うーん、わからない。殿様に使者を送って許可をもらうのが一番早い気がする。今頃殿様は敦賀に着いただろうか。兵を集めて一乗谷へ来るのにあと五日はかかるだろう。それに近江から一向宗が攻めてこないとも限らない。

あれ、殿様が戻らない内に大殿が出陣するってなったら俺達は大殿に従うのか?よくわかっていないが、その辺は重光に着いて行けば良いだろう。

考えている内に話題は加賀との国境に移っていた。


「安広、金津城方面からの知らせはあったか。」

「いえ、まだ。」

「北村殿が殿に付いて敦賀に行かれたのが痛いな。」


杉本のオッチャンが腕を組んで唸る。

そう言えば室山甚兵衛も秋も姿を見ていない。二人とも情報収集に出払っているのだろうか。


「俺が物見に出ようか。この前駆けて来たばかりだから道も間違えないし、俺一人なら行って帰ってくるのもそう時間はかからないし。」

「たわけ。兵の数もわからぬ童に行かせてどうする。」

「おや、それなら兵の数が分かる者が共に行けば良いだけのこと。」


安広の意見を聞いて「え。」と重光が顔を上げ、嫌な顔をする。


「道も違えず、堀江殿へ礼を伝えにいく格も理由もある武者が一人。」

「儂は行かぬぞ。礼は済ませた。具足は戦の後に届ける。」

「おや、でしたら私が行きましょう。」


俺達の背後から爽やかな声が通った。


・・・


「本当に大丈夫なんだろうな。怒られても知らないからな。」


楽し気に横を進む男を睨んで問いかければ、爽やかな笑顔を向けられる。


「無論です。兵は父が集めていますので手持ち無沙汰で。重光殿を誘って共に兵の鍛錬を、と思って宋滴様のお屋敷を訪ねたのは正解でした。」


若草色を基調とした真新しい揺糸が眩しい。綺麗な具足に身を包んだ山崎小次郎は楽し気に馬を進める。黒一色の地味な自分の具足と並ぶとその艶やかさが一層目立つ。


「手持ち無沙汰って。山崎家ってのはそこそこ大きい家なんだろ。」

「えぇ。此度も千を超える兵を集めています。ですが将は父。私はいくらか兵は付きますが、まだまだ小倅ですから。」


楽し気に笑うその顔に悲壮感は無い。むしろ自由の身を楽しんでいるような顔だ。

慌てた顔の杉本のオッチャン、安広を振り切るように俺を引きずり出し、止める重光をあしらった美男子に拉致されてしまった。

二騎並んで一乗谷の下城戸を出て北上。成願寺城の麓を抜けて山々を右手に進む。方々で戦支度をしているのか、街道を行きかう人の表情は険しく、農業に勤しむ人の姿は少なかった。


「まずは行きがけに超勝寺を見ましょう。」

「二、三日前に見たが何もなかったぞ。」

「えぇ。二、三日の間に何かあったかもしれません。」


「通るだけですよ。通るだけ。」と小次郎が微笑んで進む。どうしてそんなに楽しそうなんだ。あわよくば一戦、なんて考えてないだろうな、重光じゃないんだから。

今回の一件で重光が意外と堅実だと分かったが、小次郎はどうにもその雰囲気が見えない。腕が確かな分、無茶をしそうな雰囲気がプンプンする。

昼過ぎに一乗谷を出て、夕方前には超勝寺に着いた。この前となんら変わりない景色。農具を担いで帰る農民がチラリとこちらを振り返っていた。


「良い空気ですね。」


小次郎に言われて深呼吸をする。湿った空気を肺一杯に吸い込むが、特にいつもと変わりない。

そんな俺の様子を見てクスクスと笑いながら小次郎は進みだした。


「中ノ郷の渡しまで行きましょう。今宵は手前で一泊です。」


中ノ郷の渡しには小さい宿場があるからそこに泊まるのか。超勝寺が背後にある分緊張する。

のんびりと旅行を楽しむような顔つきの小次郎に続いて、中ノ郷へと入っていった。


・・・


「聞きましたよ。兵庫城では随分な活躍だったとか。」


小さい宿に泊まる客は俺達二人だけ。囲炉裏を挟んで赤米を煮込んだ汁を啜りながら小次郎が笑う。


「大した活躍はしていない。堀江爺さん、堀江景永殿の手助けをしただけだ。」

「此度の戦、武雄殿はどう見ますか。」

「坂井、大野で一向宗が蜂起。その鎮圧に手間取る間に加賀から侵攻して朝倉家を倒すってところだろ。」


一乗谷で話していた内容を思い出しながら簡潔にまとめる。


「その目的は。」

「一向宗が越前を支配すること。」

「そうなった時、得をするのは誰でしょう。」


そりゃ一向宗だろ。土地が手に入って…それでどうするんだ。


「一向宗は加賀を支配しています。御仏の教えと謳い、民を扇動して国を取りました。しかしその実態は酷い有様。民は重税に喘ぎ、戦に駆り出される日々。食うものにも困る始末の一向宗が、どうして越前に攻め寄せて来たのでしょう。」


小次郎がジッとこちらを見て問いかけてくる。


「…安定した越前には食い物がある、それを奪えば良いじゃないか。」

「その通り。ですが越前の民はそれを知らない。奪われると知って明け渡すようなことはしませんからね。」

「それじゃ利害が一致しない。むしろ越前の一向宗は加賀と反発するのが道理だろ。」

「二者を仲立ちする者がいたらどうでしょう。」


仲立ち。二つの一向宗を言いくるめて動かす人物、勢力。一向宗の親玉か、朝倉家に敵対するどこかの大名か。


「細川政元殿。」


京で聞いた名前が耳に響く。暗い目をした小次郎と視線が交わる。


「細川政元殿は落ち目です。京では反対勢力が渦巻き、足元では家督争いが起きている。敵対勢力との戦も最近では上手くいっていません。そんな中、一人でも敵は少なく、味方は多い方が良い。さて、朝倉家は細川殿のお味方でしたかな。」


敵だ。朝倉家を追放された朝倉元景を使って朝倉景豊、殿様を謀反させようとしていた。しかしこれは失敗。次の一手として一向宗と手を組んだってことか?


「細川家は本願寺勢力と結びつきを強めています。加賀、越前を抑えれば近江を伺える。そうなれば京に何かあっても自分を助けてくれる。そう考えているのでしょう。」

「ってことは、また京から軍勢が来る可能性もあるってことか。そういえば朝倉元景はどうなった。また近江から攻め込んでくるのか?」

「朝倉元景殿は既に亡くなったと聞いています。ですが京、近江からの侵攻は必ずあるでしょう。あるいは既に始まっているやも。」


北は加賀、南は敦賀。東は大野。中央は坂井。

一斉に攻められたらあっという間に朝倉家は滅びるのではないか。


「ですがご安心を。少なくとも京から近江、越前に向かう兵はほとんどいないようです。もっとも、近江の堅田衆辺りは敦賀へ攻め寄せるやもしれませんが。」


小次郎がニコリと笑って椀を啜る。


「どうしてそう言い切れる。」


空になった椀を手に、小次郎がまた笑う。


「当家は京の山崎村に所縁がある家。そして文が好きな家柄なのですよ。」


あんたが敵じゃないことを願うよ。自分の椀に盛られた汁が、いつもより濁って見えた。

異動が決まってからとにかく必死に書き溜めをしています。

投稿が数ヵ月止まるのが怖いので週1回を目安に投稿予約させてください。

次回は4月3日(木)18:00投稿予定です。

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