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武勇伝  作者: 真田大助
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仏敵調伏

「仏敵調伏」



往角と来角の振るった薙刀は、一刀のもとに盗賊の首を叩き落とした。

その首が落ちないうちに返す刀で盗賊の一団に打ちかかっていく。気のせいじゃなきゃあの双子笑ってないか。


残るは荷物を挟んで俺と慈明の二人。

往角来角の方は手が付けられないと悟ったのか、数人の盗賊がこちらに突っ込んできた。


反射的に腰の短刀を抜いて中段に構える。俺に突っ込んで来るのは三人。先頭を走る盗賊は刀を振りかざしている。上段から叩き切るつもりなのだろう。


思いのほか冷静な自分がいる。


行山から教わった通りに動けばいい。ただそれだけだ。難しいことは無い。

中段に構えた短刀を腰元に据える。


『相手を見ろ。』 見てるって。

『間合いを見ろ。』 わかってる。

『臆するな。』 俺をその辺のガキと一緒にすんな。


わけが分からないが俺はこの時代に来た。この身体の本当の持ち主には申し訳ないが、今は俺のものだ。

俺のものだからこそ、貰った身体だからこそ、無下に死なせるわけにはいかない。

戦国乱世だ。躊躇してたら死ぬ。


先頭を走る盗賊が振りかぶった日本刀を俺目掛けて振り下ろす。

それと同時に相手の懐に飛び込み、一思いに短刀を喉に突き立てる。


ドン、と小さな身体が貧相な胴丸にぶつかる。


「ご、お、」


言葉にならない呻きをあげているが念仏は後回しだ。

喉に突き立てた短刀を引き抜き、地面に立つ。


「この餓鬼!」


二人目が刀を横に薙いできたのが見えた。


『刀で受けてはならん。受け流すのだ。それが出来なければ避けろ。』 わかってるって。簡単に言うなよ。


喉から血を振りまいている盗賊を盾にして腰をかがめる。

横薙ぎに襲ってきた日本刀は苦しんでいる盗賊の胴丸に当たり、バキリと嫌な音が響いた。

ふらつく股ぐらをくぐり抜けて二人目の男の足に短刀を突き立てる。


「が!この、」


二人目は持っていた刀を放って俺につかみかかってきた。反射的にその手を取り、一本背負いの要領で頭から地面に叩きつける。

ボキリ、という嫌な音を最後に、男の動きは止まった。


あと一人。

顔をあげて視界を広く持つ。最後の一人は刀を持ったまま固まっていた。


短刀は一本背負いの時に手放してしまったらしく手元にない。転がっている盗賊の腰から日本刀を抜き放ち、構える。


「そこまで!」


どう斬ってやろうか、と半歩踏み出したところで聞きなれない声が響いた。

声の方角を見れば背の高い帽子を被った着物姿の男が十名程、抜き身の刀を持って駆け寄ってくるのが見えた。あの帽子は確か烏帽子って名前だったな、とこの時代の記憶から探り当てる。

横目に見た慈明と往角・来角がほっとした表情をしてるってことは援軍か。

俺と対峙していた三人目の盗賊と目があう。まだ子供じゃないか。背丈は高いが、髭も生えていない気弱そうな男だった。俺たちを囲んでいた盗賊共は分が悪いと悟ったのか、亡骸を放ったまま悪態をついて散り散りに逃走し始める。目に涙を浮かべたこの男も負けを察することは出来るようで、他の連中同様に走り出し、この騒動は一旦の幕引きを迎えたようだ。


援軍のほとんどは逃げる盗賊を追っていき、先頭を走っていた男だけが俺たちの前で立ち止まった。


「これは豊川殿。助かりました。」

「遅れまして申し訳ございません。お怪我はございませんでしょうか。」


豊川と呼ばれた男が慈明に軽く頭を下げて謝罪する。身長は180㎝程だろうか、行山ほどではないが周囲より頭一つ抜ける長身で肩の筋肉の盛り上がりからかなりのやり手と見た。目つきが鋭く、慈明に話しかけながらも周囲を警戒しているのが見て取れる。


「最近は無法の徒が増えてかないません。上京の門番にはお越しになったらすぐに伝えるよう申し付けておいたのですが…。」

「何か行き違いがあったのでしょう。我らも荷も無事にございますれば、これ以上のことはございません。」


先ほどの鬼の形相はどこえやら。ニコニコ笑う慈明と渋い表情の豊川が話をしていれば、逃げた盗賊を追っていた男達が戻ってきた。その手に握られた刀は綺麗なままなのでどうやら盗賊は取り逃がしたらしい。そんな男達を一瞥して豊川の目が一層鋭くなるのが見えた。コイツ部下に厳しいタイプか。ドーベルマンみたいな目つきの豊川に先導され、多少土埃にまみれた土産物を担ぎなおした一団は上京の市中へと歩みを進めた。


・・・


ひと騒動あった通りから数本進むと、またガラッと空気が変わった。

今まではボロボロの門や剥げた土壁が多かったのだが、気づけば金細工のされた門が立ち並び、壁も綺麗に整えられている。通りを歩く人も艶やかな着物を着た女性や高そうな箱を背負った男達が行きかっており、物乞いの姿も見えない。


「武。落ち着きのない動きをするな。田舎者と笑われるぞ。」

「そうじゃ。ここは御所の近く。先ほどのような盗賊もここまでは入ってこれん。」


なるほど。さすがに一等地の治安は良いってことか。往角と来角に挟まれながら道を歩く。しばらくして、立ち並ぶ中では比較的質素な門をくぐり、時瀬家の敷地内へと踏み入った。


・・・


「よくお越しくださった。お心づけまで頂き感謝する。」


到着してすぐに二十畳くらいありそうな広間へ通され、時瀬家の当主が登場した。

当主は和綱(よりつな)と名乗り、年齢は四十代だろうか。中肉中背の中年だ。公家って聞いたから真っ白に化粧た黒丸眉毛のマロみたいな男が出てくると思っていたのに、いたって普通の外見だったので残念だ。

俺と往角、来角は廊下に座って頭を下げたままだ。和綱(よりつな)が「面をあげよ。」って言うからあげたがダメだったらしい。往角来角に両サイドから頭を押さえつけられておでこを強打した。覚えてろよ。


和綱(よりつな)様もご息災の様子で良うございました。ご家族の皆様も息災でございましょうか。」

「うむ、昨今はまた賊が増えておっての。以前のように熊野詣も出来ぬと室は嘆いておる。子女も遊学をせがまれて越後に向かわせたのだが文の一つも寄越さん。よもや何かあったのではと不安でままならぬ。」


子女って娘のことだよな。文の一つも寄越さないってそれ大丈夫か。ほとんど行方不明な状態だってのに「台風が来ていますね。」くらいの温度感で話してやがる。

これがこの時代の命の重さなのかもしれないが、少し嫌な気持ちになる。


「それはそれば。世の乱れは御仏も嘆いておりましょう。しかしご心労の中で祇園祭の復興を旗振りされるとは、天もお喜びでございましょう。」


慈明がさも心配してますと体を装った声で語り掛ければズイと和綱(よりつな)が身を乗り出すのが視界の端に見えた。


「その通りよ。室も娘も心配だが今の私に出来ることは無い。ならば少しでも家名を高めようと私財を投じて祇園祭の復興を決めてな。表立つ者は他に譲ったが、これで時瀬の名も宮中に広がるであろう。」

「流石は和綱(よりつな)様。その上、民も喜ぶとあっては万事が好事でございますな。」


和綱(よりつな)も大概だが慈明も慈明だな。いや、これが延暦寺の外交ってやつなのだろうか。

上機嫌な和綱(よりつな)とそれをおだてる慈明のやりとりは昼過ぎから夕方まで続いた。


・・・


夜。

叡安寺と似たような小屋で男三人、囲炉裏を囲んでいた。叡安寺とは違うのは、夕食に白米が出ている点だ。こっちで白米を食べるのは初めてかもしれない。

小さい茶碗一杯しかないが、その白さが神々しく感じる。


「白米とはさすが公家だ。いつぶりだろうか、来角。」

「昨年の祭事でおこぼれをもらって以来だ。武は白米を食らうのは初めてか。」


白米の香りを堪能しながらブンブンと頷く。


「祭事でってことは、延暦寺にも米はあるのか?なんで俺たちは食えないんだ?」

「延暦寺にも寺領があってな。そこからの年貢として米が入る。他にも各所から謝礼として送られるものも多いな。」

「だがそのほとんどは供物として祭事で捧げられる。使い終わった後に振舞われる事もあるが微々たるものだ。あとは上僧の胃袋の中よ。」


クソ。これが実力社会、階級社会なのか。


「褒美として米が振舞われることもあるが、山法師じゃその機会もほとんど無い。」

「それに聞いた話しじゃ年貢の一部は上僧共の指示で都で売りさばいているらしい。昨年は大層儲かったとか聞いたぞ。」

「フン。わしらのことを蔑んでおきながら上僧共も同じようなことをしとるではないか。」


往角と来角がぶつぶつ文句を言っているが、やはり白米は貴重な存在なんだと再認識する。

口にした米は冷えて固くなっていたが、久々に満足できる食事を堪能できた。


・・・


時瀬家からの帰り道。

帰りは荷物が無い分身軽だった。土産はもらえなかったがその代わりに豊川が市街まで護衛を申し出てくれたおかげで、行きのような騒動にも巻き込まれずに帰ることが出来た。


「この度は誠にありがとうございました。祇園祭でお会いできるのを楽しみにしております。」


延暦寺に続く分かれ道まで来たところで、豊川一行と別れの挨拶を交わす。


「延暦寺としても都の復興は望ましいことですので、どうぞお気になさらず。ですが我らは修行の身の上。祇園祭へ伺うことは難しいでしょう。」


え、そうなの?

驚いて顔を上げれば往角と来角も渋い顔をしている。なんてこった。せっかくの祭りが。別に僧だって一日くらい息抜きしたって良いじゃないか。

一部の連中は連日息抜きしているが、それとこれとは話しが別だと抗議したい。

慈明が断ったのは豊川としても意外だったらしく、口元に手を当てて考えこんでしまっていた。


「左様でございましたか。それは困りました。主も祇園祭で慈明殿にお会いするのを楽しみにしておられましたので。」

「申し訳ございません。華やかな場に我らのような者は不釣り合いにございますれば。」


と、慈明が断っていると豊川が何か思いついたと言わんばかりに目を開いた。


「かしこまりました。では祇園祭の当日、当家へお越しくださいませぬか。此度の返礼と天台座主殿への御礼も申し上げたく、ぜひ慈明殿にお取次ぎを願いたい。」


断りにくい提案してくるな。豊川は脳まで筋肉で出来ているタイプではなさそうだ。公家に仕えているだけあって多少頭は回るらしい。


「それは…お断りできませんね。」


慈明も困ったように眉尻を下げてそう答える。慈明ならうまい言い返しが思いつきそうだが、もしかして慈明も祭りに行きたかったのか?


「では当日改めて伺わせていただきます。和綱(よりつな)様に何卒よしなにお伝えください。」


一仕事終えられたとほっとした表情の豊川一行と別れ、俺たちも延暦寺目指して山道を登って行った。

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