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武勇伝  作者: 真田大助
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夏本番を迎えようかという日。

陽の高い時刻から往角と来角の双子に次の斡旋(あっせん)はまだかと絡まれている所を慈明に呼び止められた。


「ちょうど良いところで会いました。そこの三人、少し来なさい。」


ニコリと柔らかに笑う慈明に薄ら寒いものを感じるのはなぜだろう。

三人で顔を見合わせるが断る理由を見つけられない。


「来なさい。」


青筋浮いてない?気のせい?

これ以上待たせるのは不利にしかならないと判断して渋々ついていく。

思い当たる節があるかって?山ほどあるわ。

魚を食べたし、講義もサボっている。何より風営法違反だ。一体どれがバレたんだ。

チラリと後ろを見るが二人とも不安げな顔をしている。そりゃそうだ。この二人もつい昨日、女を抱いているんだから。


慈明に連れられて来たのは、山を大分下った場所にある講堂だった。


「これから都に出かけるのですが、荷物が多く困っていたのです。」


慈明が指した場所には大きな木箱が二つと風呂敷が二つ。ご丁寧に背負えるように準備万端ときた。

うげ、と嫌な顔をしたがとりあえず悪事はバレてなさそうだと一安心する。それにこの時代の京都がどうなってるか気になる。後ろの往角と来角も少し安堵した表情で荷物に手を伸ばしていた。


・・・


この時代に来てから何度か見晴らしの良い場所から京都を見た。京都と言えば碁盤の目になっているイメージだったが、この時代の京都で碁盤の目になっているのは御所と呼ばれる一帯だけで、あとは無造作に家が建っているように見えた。前に行山に聞いたのだが、大戦(おおいくさ)の後から色々な勢力が入り込んで争いが絶えないらしい。特に上京と下京では争いが絶えないらしく、往来するのに通行料がかかったり怪しい人間は捕まえて斬り捨てられるとか。物騒なことだ。


観光客が溢れる京都になるのはいつになるんだろうか。なんて考えながら山門を出て京都を目指す。

往角と来角が木箱を一つずつ。俺が風呂敷を二つ抱えて慈明に続く。やはりこの時代は児童労働の概念が無いらしい。


「それで慈明殿。都には何用でございましょうか。」


木箱を背負いなおしながら双子兄の往角が問いかける。


「今年から祇園祭が再開するようでね。祝いの品を贈るのです。」


往角と来角はおお、と嬉しそうな声を上げている。祇園祭は俺も知っているぞ。こんな昔から続いているのか。見に行ったことは無いが、この時代ならテレビ中継ほどの人もいないだろうし、空いてて見やすいのではないだろうか。


「ようやっと再開でございますか。応仁の乱から途絶えておりましたからな。喜ばしい限りです。」

「あと一月もすれば本番です。上僧の中には祭りに関わることを忌み嫌う者もいますが、都の復興の象徴でもあり、民の希望でもあります。これを支えることは延暦寺としても良いことでしょう。」


荷物も持たず涼しい顔をした慈明を先頭に俺たちは比叡山を下り、京都に入った。

慈明に「ここからが京の都だよ。」と言われなければスラム街に迷い込んだと間違えるくらいに無整備で雑多で、粗末な小屋が並ぶ都だった。住んでいる人々も粗末な衣服を身にまとい、俺たちに布施を求めて空のお椀を差し出してくる。その腕は枯れ枝のようで、子供の俺よりも細く、今にも折れそうだ。


慈明が経を唱えながらさっさと歩くので俺と往角、来角兄弟は黙って続く。それにすがるように人々が手をすり合わせるが慈明も往角、来角も目を合わせずに進んでいく。

往角と来角ならいざ知らず、慈明が見向きもせずに歩き去ったことが以外だった。コイツなら足を止めて布施の一つでもするかと思ったのに。

しばらくあるけば大通りに突き当たり、物乞いの数もめっきり減った。


「あんな状況なんだな。」と詰まっていた息を吐きながらつぶやく。


「あぁ。戦乱の世だ、致し方あるまい。」

「先の乱より天も荒れている。米も不作続きと聞いた。祇園祭で不安を払拭しようと考えておるのかもしれん。」

「布施をしたい気もあるが、手持ちを渡したところで一時しのぎにしかならん。難しいことよ。」


往角・来角と話しながら歩いていれば、慈明は大きな門の前で歩みを止めた。


「今晩はこちらに世話になる。粗相の無いように。」


慈明はニコリと笑いかけて門をくぐるが、その顔の下には「余計なことはするなよ?」と書かれているのがアリアリと読み取れる。続いて門をくぐれば、そこは立派なお寺だった。


「ここは叡安寺(えいあんじ)と言ってね。我々が勧善聖(かんぜんひじり)をするときに宿坊としているお寺だよ。」


縁側に腰を下ろしながら慈明がそう話していれば、置くからパタパタと小坊主達が走ってきた。手には桶や手ぬぐいが用意されており、慈明も当然のように足を洗わせている。

そういえば慈明は往角・来角から「慈明殿」なんて呼ばれているし、多少エライ人間なのだろうか。


さっさと身ぎれいになった慈明は縁側に立ち、小坊主に連れられて奥に行ってしまった。

え、俺たちはどうするんだ。


「皆様、今夜はあちらをお使いください。」


最後に残った小坊主が指さしたのは、門の横にある小さな小屋だった。


・・・


小屋は一間しかなく、中央にある囲炉裏を三人で囲んで赤米の味噌煮をすすっていた。


「慈明殿は今頃良いモノを召し上がっておられるのだろうな。」


はぁ、来角がため息をついて椀を置く。


「良いモノといっても精進料理よ。それにここは延暦寺ではない。懐事情も厳しかろうて。飯が食えるだけありがたいことだ。」


往角は汁ばかりの鍋をかき混ぜて答える。確かに延暦寺より味噌は薄いし赤米の量も少ない。


「京の都ってのはどこも物乞いばかりなのか?」

「ほとんどはそうだ。さすがに御所の周囲はおらんが、生活が苦しい者は多い。」

「明日は上京に入って御所を目指すが、道中は盗賊の類もいる。気を引き締めないとな。」


往角は薙刀を構え、来角は刀を抜いてニカリと笑う。

俺も護身用として短刀を腰に差しているが、これだけで身を守れるのだろうか。


「そもそも俺たちは誰に会いに行くんだ。」

「おそらく時瀬(ときせ)家よ。公家の中では下級だが商家にも渡りがつく。ここに付け届けをしておけば延暦寺の善行は広がりやすいからな。」


なるほど。ただ善意で寄付するんじゃなくて宣伝効果も狙っているのか。

グイと椀に残った味噌汁をあおって往角が息を吐く。


「ただ今日の道中で人目についたからな。明日は盗賊が襲ってくると思っておいた方が良い。」

「そんなに盗賊がいるのかよ。討伐とかされないのか?」

「都にいる武家にそのような力はない。あ奴らは賄賂を集めるのに忙しいからな。京都守護を名目にいくつかの家が京に入ったが、そのほとんどは盗賊になるか国元に帰る始末よ。」

「下京には浄土真宗の本願寺もおるが、奴らも無法者の集まりでな。米を食わせてやるからと寺に招いて説法しておる。仏にお仕えする身ながらなんということよ。」


いや肉食して女を抱いてるお前らが言うか。と思ったが大人な俺は黙って聞いてやる。


「本願寺も厄介だが、日蓮宗の本圀寺(ほんこくじ)の方が厄介よ。奴らは朝廷や幕府にまで取り入っておる。」

「そうだったな。いつか決着を着けてやるわ。」

「だがまずは眼前の盗賊共よ。付け届けが奪われては延暦寺山法師の名折れ。しかと御守りせんとな。」


うーん。野球と宗教と政治の話しは争いの原因だって聞いてたが、戦国時代でも変わらないんだな。とりあえず今の京都には色んな大名と宗教団体がいて収集がつかない状況なのはわかった。そりゃ荒れているわけだ。

早く信長が来て天下統一してくれないかなぁ。なんて思いながら残り少ない薪を囲炉裏にくべた。


・・・


翌朝。

朝霧が漂う中、四人で上京へと入ろうとしたところで足止めを喰らっていた。


「延暦寺よりの使いにございます。祇園祭の一助にと時瀬様へご挨拶に参る次第にございます。」


慈明が深々と頭を下げている相手は上京へと入る門を守る侍だ。門の横にいなければ盗賊と見間違えるほどみすぼらしい恰好をしている。手には槍を持ち、割れた胴丸に破れた腰巻。無精ひげを生やしてギロリと俺達を睨んでいる。


「そのような話は聞いておらん。このように朝早くから来るなど怪しい連中だな。」

「本日中にご挨拶を終え延暦寺に戻ります故、このように朝早く参上した次第。どうかお通しくださいませ。」


侍モドキはフン、と鼻を鳴らして慈明を見下す。


「上京に入りたくば御身の潔白を証明されよ。神仏に誓われても分からぬ故、証がほしいところだ。」


汚い無精ひげをなぞりながら汚い歯をみせて笑っている。

慈明もこれは通れぬと思ったのか、わざとらしく大きなため息を一つつくと袖から小さい巾着袋を出して汚い侍に手渡した。


「へへ、確かに。」


巾着袋が割れた胴丸に放り込まれてようやくみすぼらしい門が開く。この調子でカツアゲされてたらすぐにすっからかんになるぞ。

上京に入ってもしばらくは変わらない光景が続いていた。廃墟のような家々、焼け跡にゴザを敷いて物を売る店、身ぐるみを剥がれた遺体。

喧嘩している連中やガラの悪そうな男たちがあちこちにいたので、囲まれたと気が付くには少し時間がかかってしまった。


「坊さんら、ワシらは酷く腹を空かせててなぁ。いくらかお恵みいただけないか。」


片目を布で覆った男が馬鹿にしたような声色で絡んでくる。


「ワシも家族が腹を空かせててなぁ」「こっちもじゃ。うちは六人も子供がおる。」「ワシは八人じゃ。」「コッチは十人いるで。」


周囲の男達がゲラゲラと品の無い笑い声をあげながら俺たちを囲むように広がっている。

数は十人ほどで手には抜き身の日本刀が握られている。

頭はボサボサのちょんまげで、汚れた着物にボロい胴丸を付けている。まともな防具は胴丸くらいで手足はむき出しだ。剣道部の方がよほど重装備だったと思いだす。

対する我々四人は背中を合わせて四方を睨む。


「なるほど。それはご苦労をなさっているのですね。都の安寧を守る皆様が飢えているとは忍びない。給金について我らが申し上げることではありませんが、皆様のご活躍を広められるよう努めましょう。」


慈明はいつもと同じような声色で答えるが、それに納得しない盗賊共は徐々に声を荒げていく。


「そりゃありがたい。しかし明日を生きられるか分からぬ命じゃ。いますぐに飯にありつきたいものよ。」

「ではその旨をお伝えに参りましょう。皆様はどちらのお侍様でしょうか。拙僧も微力ながら口添えいたしましょう。」

「我らは都を守護する一党よ。どうだ坊主、我らに布施をするのか、しないのか、はっきりせい。」


盗賊共が徐々に輪を狭めてくる中、往角が慈明に囁いたのが聞こえた。


「慈明殿。頭の腰に差さっている短刀、管領細川の家紋です。」


管領細川ってあれか。延暦寺を焼いた家か。因縁ってのはあるもんだな。

そんな感想を抱いていれば、ブチリと何かが切れる音が聞こえた。次にバラバラっと音が続き、その発生源を見れば慈明が握っていた数珠が弾けて地面に転がっていた。


「仏敵調伏すべし。」


それが掛け声だったのか、薙刀を振りかざした往角・来角が盗賊団に向けて突進していくのを視界の端に捉えていた。

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