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武勇伝  作者: 真田大助
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坪江合戦_壱

北村のオッチャンの知らせから一週間程経った後、加賀との国境から使いが駆け込んできた。


「一向宗、侵攻。」


朝倉元景を大将に、元々越前に根を張っていた甲斐家と斯波家の残党、一向宗を合わせた軍勢が加賀国境に集結していると報告があった。大殿、朝倉貞景は殿様、朝倉宋滴を大将にこれを討つように命令。朝倉家配下の武家衆が越前の中央に位置する府中という地に向かって集結しつつある。


「で、その道中だってのになんでこんな所に押し込められているんだ。」

「煩いぞ武。元服する間もなく戦になったからと言って不貞腐れるな。」


べつに不貞腐れちゃいない。狭い小屋の中で重光の具足を押しやってそう答える。

元服に良い日取りとやらを探していたら思っていたより早く敵が動き出した。そのせいで元服は一旦とりやめ。大急ぎで戦支度をして敦賀城を立って府中に向かっていたその道中、とある村で不審な動きを見つけてしまったのが始まりだった。

数人の農民が農作業もせずにじっとこちらを伺っているのを何度も見かけたのだ。あからさまに怪しいのに朝倉軍は誰も声をかけない。気になって声をかけてみたら途端に逃げ出すものだからつい追いかけてしまい、ちょいと間違って愛馬の葉雪が一人の足を踏み抜いてしまっただけだ。そのオマケでのたうち回る農民の懐から一枚の書状が飛び出て来たんだからつい拾ってしまっただけ。

書状には簡潔に、『朝倉家を見張れ。その人数を伝えろ。』と書かれていた。この時代は識字率が低く、文字を読み書き出来る人間は少ない。少なくとも倒れているコイツは文字が読めて意味を分かった上で俺達朝倉軍を見張っていた。となれば黒だろう。

勇み足の葉雪を落ち着かせて槍を握りなおす。


「死ぬか、話すか。どちらか選べ。」


にこやかな交渉は失敗。絶叫した男が短刀を抜き放って襲い掛かってきたものだからつい突き刺してしまった。追ってきた重光が着いたのは穂先についた血を拭い終えたタイミングだった。


「ここいらで文字を読み書きできるのなんて坊主か庄屋くらいよ。あの書状が真ならここいらの連中は敵ということになる。どこぞで見張っておれば動きが掴めるやもしれん。」


そう言う重光によって使われていない廃小屋のような場所に押し込められ、息を殺して寺の様子を伺っているのだ。


「行軍から遅れちまうぞ。」

「勝手に離れておいてよう言う。しかし案ずるな。府中で全軍が揃うまでにはまだ数日かかる。それまでに戻れば良いのよ。それにこれは事と次第によっては手柄になるぞ。」


舌なめずりをして爛々とした目で廃小屋の割れ目から寺を覗く重光が戦闘狂にしか見えない。何が起きるかわからないが飛び込むとかは止めてくれ。

俺達、敦賀城軍は総勢五百。俺と重光は最後尾に近い位置にいたため殿様は俺達が抜けたことに気付いてすらいないだろう。予定では今夜府中の手前で一泊し、明日には集合予定地に到着するはずだ。

時刻はもうすぐ昼だろうか。小腹が空いてきたと腰の干飯に手を伸ばそうとした時、重光にグイと腕を引かれた。


「来よった。騎馬じゃ。」


俺達が行軍していた街道とは反対方向、細い山道から二騎が駆けてくるのが見えた。頭には白頭巾を被っている様子からみると僧兵だろうか。というか僧兵が騎乗するのを始めてみた。延暦寺は山寺だったから見た事なかったな。

二騎は寺の門前で馬を降りて中に駆け込む。中からは別の僧兵が出て来て馬の手綱を取って中に引いていった。


「見覚えはあるか。」

「頭巾で隠れていてわからん。」


が、ふと思い出したことがある。

前に殿様が鷹狩をした森の中。古びた武具や甲冑が隠くされていた。杉本のオッチャンは捨ておけと言っていたあの武具。やっぱり朝倉家に対する一揆の準備じゃなかろうか。ここは鷹狩をやった森からはかなり離れているが、同じように武具を蓄えて朝倉家の背後を突こうとしている連中は意外と多いのではないか。


「なぁ重光。一向宗が攻め込んで来るってことは越前にある一向宗の寺もそれに合わせて一揆を起こすってことだよな。それなら片っ端から攻めた方が安全だったんじゃないか。」

「儂だってそうしたいわ。が、一向宗と言っても一枚岩ではない。様々な派閥や思惑があってな。攻め込んで来る一向宗と同調する連中もおろうが、中には反発して朝倉家に協力を申し出る寺もあるのよ。そうなっては朝倉家も無下に全ての寺を焼くわけにはいかん。それに焼くとなれば相当な反発もある。厄介な連中よ。」

「あの寺は?」

「妙法寺は日和見よ。行軍に際し兵糧も提供しておるでな。」


なるほど。味方を装っておいて後ろからザックリ。なんて作戦かもしれないな。だけど俺が考え付く程度の作戦なんだから殿様をはじめ、朝倉家は当然警戒しているだろう。それでも放置しているということは、重光の言う通り確信が無ければむやみに攻撃は出来ないんだろう。

俺達の現在地は府中のやや南にある山裾だ。左手の山には妙法寺城という城跡があるらしい。

重光は鋭い眼光で寺の方を睨み続けている。


「今度は庄屋か。武が討ったのはあの庄屋の一族やもしれんな。」


ひび割れた壁の隙間から覗くと、身なりの良い男が数人の荷物持ちを連れて小走りで寺に入っていく所だった。


「庄屋も敵か。」

「妙法寺が敵なら庄屋も敵やもしれん。年貢の免除でも吊るしたか、加賀からの兵を過分に伝えて脅したか。しかしこれで役者は揃いそうだな。」


重光の鋭い目が歪む。おいまさか勘弁してくれよ。


「武、書状は持っておるな。」

「持ってる。欲しければやる。」

「そのまま持って俺。落とすでないぞ。これから本陣へ戻る。」


てっきり乗り込んで僧兵を斬ってから脅し、もとい話しを聞くと思っていたので拍子抜けだ。いや、重光も良い大人だ。たった二人で勝てるなんてことは考えていないのだろう。

廃小屋を出て、それぞれが槍を手にして影に潜めていた馬に跨る。来た道を戻ろうとすれば、重光に呼び止められた。


「何をしておる。こっちを通った方が近道よ。遅れるなよ。」


兜の緒を締めなおし、歪んだ笑顔の重光が馬を駆ける。嫌な予感がする。

土煙を開けて重光が細道に飛び出す。本陣に向かうには寺の前を通らないといけないのだが、あろうことは先行する重光はその門前で止まり、大声で寺に向かって叫びだした。


「ようやったぞ武!この書状があれば一向宗に味方する寺社や庄屋を堂々と討つことが出来る!大手柄ぞ!さぁ、早う殿に知らせるぞ!」


あの野郎!殴り込みじゃなくて引きずり出すつもりか!

叫ぶだけ叫んだ重光は馬首を翻してそのまま本陣の方角に向かって派手に馬を走らせていく。

俺が門前を駆け抜けた時には武装した僧兵が何人も飛び出して来た。


「いたぞ!たったの二騎だ!追い討て!」


叫ぶ僧兵の声を背に受けながら重光を追う。重光はわざと速度を落として走っていたのか、あっという間に追い付いた。


「どうするつもりだ!」

「朝倉家に敵対するなら追ってくる。何も知らなければ放っておく。ただそれだけよ。奴らは追ってくる、それ即ち敵対と言うことだな。」

「このまま本陣に敵を連れて走るのか?」

「それでは手柄が半減してしまう。場所を見て迎え討つ。」


結局戦うのかよ!

耕作を終えた田畑を左右に見つつ、縦一列になって細い農道を駆ける。不安になって振り返ってみれば後方からは二騎が。更にその後方には二十人近い僧兵が走っているのが見えた。

「来よったな。」と笑う重光を急かすように馬を走らせるが、道の交わる開けた場所で急に重光が馬を止めた。重光は槍を握り直しながら馬を反転させる。


「ここで騎馬を討つ。先頭はお主が討て。後続は儂がもらう。迂闊に下馬するなよ。」


騎乗戦は初めてだがやるしかない。馬首を返して重光と並ぶ。

道が十字に交差しているこの場所はやや広いとはいえ、馬が二頭並ぶと道一杯だ。今駆けて来た道も馬一頭通るので丁度良い道幅。迎え討つとなれば馬と馬が体当たりするほどに近づくか、左右の田畑に降りるしかない。田畑はすでに今年の収穫を終えて乾いているが、その土は足を取られることを知っている。出来る事ならこの道を保持したまま競り勝ちたい。

状況を確認してから右手の槍を持ち直し、鐙の位置を確認する。鎧兜も緩みは無い。呼吸も大丈夫。

葉雪の背を撫でればブルリと身体を震わせて低く嘶く。やる気十分だな。

僧兵を乗せた騎馬が見えた。あの程度の痩せた馬じゃうちの葉雪には勝てないな。乗っている僧兵の手には槍が見える。武装は双方大きな差は無さそうだ。


一乗谷の馬場での鍛錬を思い出す。

右肩の上がらない、顔に傷のある男。


正面から迫る僧兵は右腕を大きく掲げて槍を構える。その後続は影に隠れて見えない。

鐙を踏みしめて葉雪と駆ける。手綱は離さず、相手の全体を捉え続ける。交差する直前、先頭の騎馬が急に横に逸れた。影に隠れていた後続が槍を構えて突っ込んでくる。そんなんで意表を突いたと思うなよ。

横に逸れた騎馬を無視して後続の騎馬と交差する。相手の槍は俺の頭上、空を突き、俺の槍は相手の二の腕を掠めた。


『初手を外したところで駆け抜けたのは良い判断。しかし態勢を直すのが遅すぎる。敵がすぐさま追ってくることも考えねばな。』


右肩の上がらない男の笑い声が聞こえる。わかってるよ。それでアンタに負けたもんな。


視界に僧兵を捉えつつ、細い道で落ち着いて葉雪を反転させる。急げ、急げ。だけど焦るな。葉雪の前足が反転する。視界に捉えている僧兵はまだ態勢が整っていない。

掛け声と共に再び駆ける。右手に握る槍を掲げ、穂先を敵の具足の隙間に向けて突っ込む。相手は態勢こそ立て直したが駆けるだけの時間は無い。立ち止まったまま両手で槍を持って迎え討つ構えだ。

手綱を振る。真っ直ぐ駆ける葉雪がやや右に逸れた。その先にいるのは相手の馬面だ。驚いた馬が嘶き、その身体を横に反らせる。慌てて手綱を握り直しても遅い。

駆け抜けざまに思いっきり僧兵を貫いた。鮮血が散るよりも早く駆け抜ける。手に槍は無い。突いたのは確かだが、勢い余って手から滑り落ちたのが分かった。馬首を返し、抜刀する。振り返った先には立ち呆ける馬が一頭と、槍に貫かれて落馬している僧兵が転がっていた。


「ようやった。返しが上手くなったな。」


穂先の血を振り払いながら重光が近づいてきた。重光の方は難なく勝ったようだ。鎧兜にもほとんど血がついていない。やっぱりやり手なんだな、

俺の方は今になって衝撃を感じたのか右手が痺れている。ふと右肩を見れば右肩から背中にかけて返り血が付着していた。


「後ろから僧兵が来ておる。急ぐぞ。槍は放っておけ。」


遠くから白い影が迫ってくるのが見えた。

俺の槍は僧兵の右脇から背中にかけて貫通している。あれを引き抜くには時間も手間もかかるので置いていくしかない。数打ちの槍に愛着は無いので重光に従って葉雪を駆ける。


「ありがとうな。井川のオッチャンのおかげだ。いや、俺と葉雪の実力だな。」


ブルルと一つ、葉雪が頭を振る。少し身軽になった俺は愛着の湧いた太刀が滑り落ちないよう支えながら、重光と共に一路本陣を目指して進んだ。


・・・


「それで、妙法寺は敵に回ったか。」


陣屋の広い一室。床几に腰掛ける殿様に対して俺と重光が報告する。

上座に殿様が座り、俺達から見て右側に杉本と北村のオッチャン。左側には見たことのない男が二人座っている。部屋の外には煌々と篝火が焚かれており、室内の俺達を明るく照らす。


「は。武が怪しげな男を捕らえて身元を確かめたところ、この書状が。近くにあった妙法寺からは数十もの僧兵が飛び出し我らを追って参りました。追手には騎馬もおりましたが、全て討ち果たしてございます。」


返り血の付いた俺達を篝火の炎が照らす。

書状は北村のオッチャンの手に回り、一読されてから杉本のオッチャン、殿様へと回される。

殿様が篝火の灯りに照らして書状を読んでいれば杉本のオッチャンが口を開く。


「殿。妙法寺は兵糧こそ提供しておりますが武具の供出については『持っていない』と断ってきております。この書状、二人の様子を見る限り敵対は十分にあり得るかと。」

「では杉本殿は妙法寺を討つと申されるか。下手をすれば越前中の寺が反旗を翻しますぞ。」


杉本のオッチャンに喰ってかかったのは見慣れない武将だった。四十代後半くらいだろうか、長身痩躯で体調不良かと思うくらい肌も白い。鎧のサイズが合っていないのか胴丸にも隙間があり、居並ぶ面々と比べて場違いな印象を受ける風貌だ。


「小泉殿。御懸念は重々承知しております。ですが既に妙法寺が動いているとあらば今動かねば後手を取ることになりかねませぬ。」

「手柄欲しさに演じておるやもしれませんぞ。最近の若党は手柄のためなら何でもしますからな。」


小泉と呼ばれた男から蔑んだ眼差しが俺と重光に向けられる。なんだこいつ失礼なヤツだな。


「それに失礼ながら高間殿はお家騒動で追われた身と聞いております。汚名返上のため戦を好機と捉えているのではございませんか。先の敦賀城攻めでも攻め急いで後続が乱れたとか。」

「しかし突破口を開いたのもこの高間重光の活躍があってのこと。それにこの男は功名を求めはすれど人を貶めるような男ではございませぬ。」


杉本のオッチャンが顔を赤くしながら重光を庇ってくれている。小泉は不満そうな顔をしたまま腕組みをして黙り込んでしまった。


「小泉殿の言わんとすることも一理あろう。北村、手勢を連れて妙法寺を探ってまいれ。この書状が真であればお主の判断で処断せい。判断が着かねば儂に知らせよ。小泉殿もそれでよろしいかな。」

「は。」


仏頂面の小泉も渋々頷いたのを見て重光が頭をさげ、俺もそれに倣った。

本投稿にて2024年の投稿は最終となります。

拙作を閲覧頂きましてありがとうございました。

皆様の閲覧、感想、イイねがとても励みになっています。来年も不定期かつゆっくりの投稿となりますが、どうぞよろしくお願いいたします。


次回は1月6日(月)18:00投稿予定です。

良いお年を!

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