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武勇伝  作者: 真田大助
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売買

お堂の会合から二日後。

今日は双子の山法師、往角(おうかく)来角(らいかく)と三人で川魚を獲っていた。先日の行山は泳ぐ魚を錫杖で突くと言うストロングスタイルだったが、この双子からは追い込み漁を教わった。事前に石で簡単な囲いを作っておき、木の棒で水面を叩きながら魚を追い込む。最後は網の代わりに大布で出口を塞いで一気に仕留めるやり方だ。これが面白いくらい簡単に魚が獲れるので、獲った魚の下処理の方が大変になる有様だった。


「武や。行山様から聞いたで。」


三人で横並びになって黙々と作業をしていれば双子兄の往角が話しかけてきた。


「何でも行山様の仕事手伝うことになったみたいだな。で、次はいつなんだ。」

「ちょいと銭弾むで。人に言う前にこっちに一声かけてや。」


双子に挟まれてせがまれる。思ったより話は広まっているのか。

取り出した魚の内臓を焚火に放りながら左右を見上げる。

この双子は割と有名人だ。先の焼き討ちの時、燃え盛るお堂に飛び込んで仏像を助け出したことで一躍有名になったらしい。その代償として兄の往角は顔の右側を。弟の来角は顔の左側に大きな火傷を負ってしまったが、有り余るほどの金子を貰ったと聞いたことがある。

二人とも二十代前半。有り余っているのは金だけじゃなさそうだ。


「こんな顔になってしまったから女子を口説きにいくのも出来なくてなぁ。」


往角は右の火傷をなぞりながら神妙な顔をしている。


「そうそう。前のように勧善聖(かんぜんひじり)に行くのも憚られる有様でな。それに貰った金子も使わないと腐ってしまうわ。」


来角が左の火傷をなぞりながらそう呟く。この女好き兄弟め。口元が笑っているぞ。


「わかったわかった。だけど今回の買い手はもう決まっているだろうから、次の機会な。行山に口利きしといてやるよ。」


ハイタッチする双子を尻目に、このやり方でもう少し稼げるのではないかと生臭い手で考えていた。


・・・


コトの当日。


「おはようさん、武。朝から感心やな。」


早朝の薬師堂前。掃除をするフリをして買い手を待っていた所で声をかけてきたのは、同室の先輩でもある糸目坊主、皆心(かいしん)だった。

いきなり知り合いが買い手とかちょっと気まずいわ。ってあれ、これって俺が怒られる流れか?いくら山法師の修行をするといってもこれはさすがにやりすぎてる?

蒸し暑い早朝にもかかわらず冷や汗が垂れるのなんかお構いなしに皆心はズンズン近づいてくる。


「そんな怖い顔しなさんなや。別に怒りはせんて。むしろ感謝しとるくらいやで。あぁ、合言葉が必要なんやったか。『長巻と山法師』これでええか?」


合言葉も間違いない。そうか、買い手ってことはコイツも女好きか。飯抜きになる可能性が無くなったので少し安心した。


「てっきり山法師が来るものだと。」

「大体は山法師やろうな。せやけど物心ついてから延暦寺に来た男は多少とも色があるものよ。」


ニヤリと笑う皆心と二人連れ立って獣道を下っていく。


「いやぁ久々やから楽しみやわ。」


下っている最中、皆心は浮かれた声で話していた。


「俺な、元は堺の商人やねん。商人言うてもまだ跡継いどらんのやけどな。女癖が悪いて親父に叱られてここに放られてん。せやから当面はお預けと思っとっただけに感慨深いわぁ。」


親父さん。アンタの息子は筋金入りだよ。破産しないように見張っといてくれ。

適当な相槌を打ちながらお堂を目指す。


「あと数年もしたら還俗して堺に戻る予定でな。こんなとこからおさらばや。そや、ここで案内してもろたのも何かの縁や。武も一緒に来るか。」


思いがけない誘いについ足を止めてしまった。

堺って大阪だよな。商人ってことはここよりマシな生活が出来そうな気がする。それに皆心は跡取り息子のようだし、上手くいけば楽に暮らせるのか?

だが待て。うまい話には裏がある。ナイスガイは目の前の餌に飛びついたりはしないものだ。


「考えておく、おきます。」


あえてツンとした態度をとって歩みだす。


「考えとき。お前さんはここにいてもつまらんやろうしな。」


クックと笑う皆心はいつもより楽しそうだった。


・・・


お堂に着いたのはまだ日が昇って間もない時間だった。

先に皆心をお堂の中に入れ、階段の上で福の到着を待つ。しばらくすると二人の女性が階段を登ってくるのが見えた。薄手の着物を頭から被って顔が見えないようにしているが逆に怪しまれないのだろうか。

そんなことを考えていれば二人は階段を登り切り、一人は福であることを確認した。


「お一人です。」

「はい。お菊や。行ってきなさい。」


お菊と呼ばれた女性は軽く一礼するとそのままお堂の中へと入っていった。10代後半だろうか。福と同じくらい線の細い女性だった。

俺の好みはもう少しこう…と思いを巡らせていたが現実に引き戻された。


「武殿。金子(きんす)のご用意はお済か。」

「あ、はい。いつもの場所に。」


そういえば待ち時間ってどうするのだろうか。あまりお堂の近くで待ちたくは無い。とは言え寺に戻るのは獣道の往復を意味するので却下だ。

どうしたものかと悩んでいたら福と目が合った。


「手持無沙汰なら坂本で休まれるか。」


坂本か。町に出たことが無いし少し楽しそうだ。幸い前金としていくらか小銭も貰っている。


「ではお言葉に甘えて。」


福に付いて階段を下り、坂本の町を目指した。


・・・


お堂から町までは案外近く、歩いて一時間もかからずに着いた。

町の入口には簡単な門があり、槍を持った侍が二人見張っている。日が昇って気温も上がり、見張りの侍も汗だくだ。福はその内の一人に話しかけ、なにやらこちらを指さしてヒソヒソと囁いていた。

囁かれた侍は鼻の下を伸ばしながら数度頷き、それを確認した福に招かれるように門をくぐって町へと入った。


「先ほどのは一体何を話していたのですか。」

「武殿が叡山から買い出しに来たと伝えただけです。」


あながち間違いでもないが、町に入るのに検問みたいなのが必要なのか。一人で遊びに来るのはちょいと大変そうだと思いながら福に続いて町を歩く。

町は人が多く、荷台を引く男や路上で野菜を売る者、槍を肩にかけて歩く者や店に連れ込もうと手を引く者などが入り混じっていた。坊主頭に囲まれて過ごしていたが、当たり前のように毛髪のある人がいると安心する。


「あそこが我らの店です。」


福が指さした先には【福光屋(ふくみつや)】と看板を掲げたやけに暗い雰囲気の商店があった。

左右の店はそれなりに客が入っているのに、福光屋はどうしてか人が寄り付いていない。


福はさっさと店の中に入っていくので、それに続いて暖簾をくぐる。

店の中は薄ら暗く、客は誰もいなかった。入って一段高い場所に畳が敷かれており、そこには丸顔の男が座って福と話していた。


「お帰りなさいお福や。商いは上々かね?」

「はい父上。本日は上乗せもございますよ。」


そういってチラリとこちらを見る。丸顔の男は福の向こうから身体をよじってこちらを覗き見ていた。

不健康そうな顔色に寂しい頭。いや俺達よりは賑わっているが。よれてサイズの合っていない着物を着ている四十代ほどの男と目が合った。


「こちらは武殿。延暦寺にご奉仕されている方ですよ。」


延暦寺、と言うワードを聞いて男はすぐにこちらにすり寄ってきた。


「これはこれは。私は福光屋の主、福光徳右衛門(とくえもん)と申します。延暦寺よりようこそ参られました。ささ、どうぞこちらに。」


店の外まで響くような大声に気圧されて半ば強引に奥に連れて行かれる。


「本日は何をお求めでしょうか。野菜から武具兵糧、船に人まで何でも取り扱いございます。あぁ、華をお望みでしたら福にご用命を。」


グイグイと肩を押されて店内の品々を見せつけられる。確かにあちこちに野菜や刀、槍、甲冑が置かれているが品揃えに統一感もなく数も少ない。なんとなく槍を手にしてみると槍先からは埃が降ってきた。


「さすがは延暦寺のお武殿、お目が高い。そちらは上州の名工が打った槍でして名前は、なんと言ったか、少し出てこないのですがとにかく業物(わざもの)ですぞ。」


業物と言うわりに手入れもされていない。穂先はカバーのようなものがかかっているが埃で白くなっている。

槍を戻して次は足元にあった竹籠を触ってみる。


「やや、そちらに目を付けられましたか。その竹籠は大宰府から取り寄せた逸品でして。聞くところによればどれだけ入れても壊れることが無いとか。」


竹籠の淵をグッと握ると、湿気と日焼けの影響かパキリと簡単に割れてしまった。

どれもまがい物か。色々取り扱っているようだがどれも品数は少ないしろくに手入れもされていない。行山から福の店が上手く行っていないと聞いていたが事実のようだ。

福の方を見るが渋い顔をして目を逸らされた。帰って良い、よな。


「申し訳ないが欲しい物は無いので失礼します。」


一応は取引先の親だ。穏便に済ませたいのでさっさと去ろうとするも徳右衛門に縋りつかれてしまった。


「た、武殿。そこを何とか。何でも良いのです、何かお買い求めいただけませんでしょうか。」


脂ぎった顔で肩を掴まれる。十歳の子供を掴んでこの行為はちょっとマズイだろ。普通なら泣いて逃げ出すぞ。


「武殿。私からもどうか。今後のより良い関係のためにも一つ。」


見れば福も困ったような顔をして徳右衛門の横に付いていた。これって典型的な詐欺か恐喝の手法だよな。

この手合いは黙っていても逃げるのは難しい。手元にあるのは少しの小銭。これで何が買えるかと改めて店内を見渡す。

日本刀は漢として買っておきたいが金も足りないだろうし買ったところで隠し持っておく場所も無いので今回は見送る。

無難なのは食べ物だろうか。ざるに盛られた蕪を手にするが傷んでないかコレ。


「では、こちらを一つ。」


仕方なく比較的痛んでいない(かぶ)を一つ手にする。


「おお、ありがとうございます!延暦寺様お墨付きの蕪となれば売れ行きも弾むというもの。」


徳右衛門は揉みながら蕪を手渡してくる。取り替えたい。

お代として言われた枚数の小銭を渡すと、徳右衛門は大げさに小銭を持って奥に下がっていった。


「これで福光屋も多少箔が付く。」


福がニヤリと笑っている。コイツ、はめやがったな。だが終わったことをグダグダ言っても仕方ない。せっかくの自由時間だと割り切って福光屋を出ていく。


・・・


「この通り土倉が多くてね。用心棒が多いのはそのためさ。あぁ、土倉ってのは高利貸しのことさ。金の無い者に土地や品々を預かって金を貸し付ける連中さ。その先は問丸の馬場があってね…。」


当たり前のように福が付いてきて坂本の町を案内してくれている。土地勘が無いので助かるがこれも何かの罠じゃないのかと勘ぐってしまう。


「あの道を少し行くと里坊群。延暦寺のご隠居様方が住んでる土地よ。」


それにずいぶんと砕けた感じになったな。別に構わないが。道行く人々もチラチラこちらを見てくる。傍から見たら小坊主と女商人にでも見えるのだろうか。誘拐と間違えられないように気を付けろよ。


そのまましばらく連れ立って歩くとまた小さな門があった。


「この関所の先が下坂本さ。下坂本は知ってるだろ。あそこは延暦寺の船関があるからね。あの関料のおかげで船荷は大変だよ。淡海乃海(あふみのうみ)を使って色々仕入れたいのに関料が高くて入れやしない。」


腰に手を当てて不満をぶつけられるが俺にどうしろと。

延暦寺が京都にあるってことは淡海乃海(あふみのうみ)は琵琶湖だろうか。


とりあえず適当にふーん、と流して下坂本と言われた方を見ていれば、見慣れた格好の山法師が数人連れ立って歩いていた。なるほど、福の言う通りこの先は延暦寺の影響下にあるみたいだ。

福は顔を寄せて更にその先を指さす。


「下坂本を抜けると大津って場所があるの。その先を更に進めば逢坂山関所があって、その向こうが京の都。」


うーん。地図が欲しくなる。だが坂本の町は琵琶湖の左側ってことは分かった。


「そろそろ良い時間かしら。あの二人もこの暑さで疲れているでしょう。」


汗だくの皆心を想像してしまいちょっと後悔した。天を仰げば日が傾き始めている。

歩き出した福の青い帯が、日の光を反射してキラリと光った。


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