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武勇伝  作者: 真田大助
26/67

対価

短めです。

秋の実りが笑顔を呼ぶ季節。

締め切られた一室。民の喜びとはかけ離れた顔つきの男達が二列に並んでいる。


片方の列の最上段には一際鋭い眼光の男。胡坐を組んでその上で頬杖をついているのが朝倉教景。

その隣には髭の杉本。次いで顔に深い皺をこさえた見慣れない男と続く。


相対するのは坊主達。

最上段に座る男は実顕(じっけん)と名乗る僧。まだ二十代だろうか、かなり若く見えるが側頭部に大きな傷跡があるのが特徴的だ。その隣が蓮恵(れんえ)と名乗ったこれも若い僧。最後は河合(かわい)藤八郎(とうはちろう)と名乗った男。コイツは髷を結っているから国人衆だろう。

そしてオマケのように部屋の端に控えているのが俺と重光。そして僧兵が二人。


対面している六人とも武器は持っていないが、端に控える四人は脇差を差している。


着席してもう十分ほど経ったのに、互いに一言も発さずににらみ合っている。

こんな空気の悪い場所から出て外で遊びたい、と思うのは俺が子供だからだろうか。

天を仰いでも見えるのは板張りの天井だけだった。


・・・


朝。剣術稽古の前に呼び出された一室には、十人以上の男達が顔を揃えていた。

室内には萩原爺さんや髭の杉本、北村の顔が見えたが、他は知らない。席順が決まっているようで、ポツポツと空いている場所もある。

俺を呼びに来た重光と安広と並んで手前の廊下で胡坐をかく。衣住まいを正していると他にも数人の男達が室内外に腰を下ろし、総勢二十名近い男達が揃った。


低い声で囁くような雑談が交わされていたが、ドスドスと足音が聞こえた途端に全員が口を閉ざして頭を下げる。俺達の前を通り過ぎた殿様はそのまま室内に入り、一段高い位置に腰を下ろす。それを合図に全員頭を上げたのだが、すこぶる機嫌の悪い顔をしているのが目に入った。

絶対に良くない話しだ。

居並ぶ面々も少し渋い顔をしていたが、殿様の近くにいる萩原爺さんが口を開いた。


「揃ったようなので早速始めようかの。昨日、藤島超勝寺(ちょうしょうじ)から大殿へ使いが来てのう。米が不作故、年貢を免除してほしいそうじゃ。この件、我らで処するよう仰せつかっておる。」

「一向宗が何をたわけたことを。」


誰かが啖呵を切る。


「今年は不作どころか昨年よりも実りは良いではないか。どうせ己の懐に忍ばせるか、戦兵糧にでもするつもりじゃろう。」

「ここで応じてしまえば奴らの勢いを増すだけ。坊主の首を送り返すが良かろう。」

「そこまでやっては戦になろう。免除せぬにも理由が必要じゃ。」

「話し合いをせよと申すのか。それは足元を見られるも同じぞ!」

「訳も聞かずに断れば奴らに口実を与えることになりかねん。」

「それがなんだ。口実なんぞいくらでもくれてやれ。その後に討てば良いのよ。」

「昨今は民の逃散が続いております。我が領内は加賀に近く、これ以上民に圧をかけるのは…。」


壮年のオッチャン達が議論をしているが、結論が出るまで時間がかかりそうだ。

あまり状況も分かっていないので隣にいる安広に声をかけてみる。


「なんで一向宗は交渉しに来たんだ?」

「恐らくは軍備のため。あとは嫌がらせでしょう。昨年は米の量が少なかったですから、今年は戦兵糧を貯めておきたいのでしょうね。あるいは加賀へ送って布施とするか。嫌がらせ、と思ったのは昨年の冬に殿が敦賀へ米を送ったことです。『朝倉家には米が少ない』と踏んでこちらの戦兵糧を蓄えさせないことまで考えているのやもしれません。」

「だったら断ればいいじゃないか。」


奥から重光がめんどくさそうに小声で話す。


「そう簡単にはいきません。先ほどどなたかが話していましたが、無下に断れば一揆の口実になります。超勝寺は越前一向宗の一大拠点。ここが立てば国内の一向宗全てが立つと思って間違いないでしょう。それに呼応して加賀からの侵攻が始まれば…。」


最悪の場合、朝倉家が滅びる可能性もあるってことか。

考えすぎなような気もするが、最悪を考えておくってことも大事なんだろう。


「それに対応を誤った場合、責を問われるのは殿。大殿はもしかしたらそれをお望みかもしれませんね。」


最低だな、と思うがこっちはこっちで謀反の企みがあるので同じようなもんか。

室内の議論は更に加熱し、話し声が罵声に変わり始めた頃合いで殿様が頬杖を降ろした。

それが合図だったのか、男達は一斉に黙り殿様に向かって座りなおす。


「お主らの意見はよう分かった。癪だが会うしかあるまい。話だけは聞いてやる。萩原、場を設けよ。」


最後に大きく一つため息をついて殿様が立ち上がり、この場は終了となった。


・・・


いけない。少し寝ていた。なんだかここに来るまでのことを思い出していたような気がする。

頭を振って意識を取り戻す。


会談の場となっているここは成願寺城(じょうがんじじょう)。一乗谷から北西に進んだ山の上にある城で、藤島超勝寺と一乗谷の間にある。

城主は前波吉当。政に明るいということもあって殿様、杉本と並んで参加している皺の深い男だ。

殿様ほどじゃないが鋭い目で若い僧二人を睨みつけている。



「ここでお見合いしていても何も生まれませんな。若造の我らからお話ししましょうか。お武家さんは難し話しは苦手でしょうから単刀直入に。今年の年貢を免除してもらいたく、お願いに上がりました。」


側頭部の傷を撫でながら実顕(じっけん)が口を開いた。

隣に座る蓮恵(れんえ)はニコニコ笑い、その隣の河合藤八郎は腕組をして殿様達を睨んだままだ。


「ほう。今年は藤島の地も稲がよく実っていると聞きましたが、一体如何なる理由で免除を求められるのか。」


前波吉当が低い声で問い返すと、実顕はわざとらしく蓮恵と顔を見合わせて笑い始めた。だいぶムカツクな。


「確かに昨年よりは実りましたが、まだまだ民は飢えております。更には収穫目前にどなたかが林を荒らして回りましてな。林を追い出された生き物が稲を食い荒らしたりとそれはもう悲惨な有様で…。」


あの鷹狩のことか?ウソつけ。そんな大きな林じゃなかったし、それだけで収穫が激減するものか。

思わず舌打ちをしそうになったが、俺よりも早く隣に座っている重光が部屋中に響く音量で舌打ちをしていた。どうやるんだそれ。


「ホホ。素行の悪い子がおるようですな。さて朝倉殿。どうか、か弱き民草に寛大なお心を。」


二つの坊主頭が深々と下がる。

さて、ここからどう交渉するのか見ものだな。


「断る。」


見ものだった、な。交渉が終わりそうだぞ。

殿様は頬杖をついたまま断言した。あまりの回答の速さに坊主頭は下がったままだ。


「先の鷹狩でそれだけの被害が出たとは聞いておらん。もし出ておればすぐに知らせるのが村長の責務であろう。それを蔑ろにしたあげく、後から年貢を免除してほしいなどとよく言えたものだ。」

「それはあまりにも無慈悲。民が飢えて苦しんでも良いと仰せになるのでしょうか。」

「そうならぬ量を年貢として納めさせている。最も、手元に残った分を寺社に寄進していては飢える者も出るやもしれぬがな。」


坊主二人は大げさにため息をついて首を振っているが、その横にいる河合藤八郎は遠めに見ても怒っているのが分かるくらい震えている。


「朝倉殿は民を何とお思いか。民が縋るものさえ捨てよと申されるのか!」

「黙れ下郎。ここに並ぶことすらおこがましい地侍風情が何を言う。殿に代わって答えてやろう。信心は好きにせい。しかし納める物はしかと納めよ。ただそれだけの話しだ。」


前波吉当がピシャリと言い切る。今度は俺達の隣にいる僧兵の息が荒くなっているんだけど。

それに釣られてか重光も脇差に手を当ててるし勘弁してくれ。


「ホホ。これは手厳しい。しかし我らとて空手で帰る訳にはいかぬのです。」


弧を描いた嫌な目つきで実顕がズイと前ににじり寄る。

杉本のオッチャンが半身を少し引いて構えを取るが、殿様の手がそれを制した。


「僧兵を増やすことを認めよう。」

「ほう。それは藤島超勝寺だけに限りでございましょうか。」

「否。すべての寺社に対してよ。今の人数から百増して良い。」


多くの寺社は僧兵を抱えている。その人数は厳密ではないが、朝倉家によって一定数制限がかけられているらしい。それを緩和しようってことか。

でもそれは敵の兵数を増やすことに繋がるんはないのか?


「その代わり年貢は変わらず納めよ。当家として譲れるのはここまでよ。」

「…承知しました。良いでしょう。ではその旨を起請文にしたためて頂戴できますでしょうか。」

「構わぬ。重光、武、用意せい。」


・・・


紙と墨による契約書を取り交わし、坊主達は満足したように帰って行く。

成願寺城の一角からそれをただ見送るのは杉本、重光と俺の三人。


「今ならまだ討てます。」

「落ち着け重光。殿の差配を無下にする気か。」


刀に手を添えた重光を杉本が抑える。


「でも僧兵を増やすってことは敵兵が増えるってことだろ。大丈夫なのか。」

「大事無い、とは言い切れぬが上々の策であろう。あれは前波殿の献策でな。年貢の量は変えぬ。しかし僧兵を増やして良い。つまるところ、食い扶持が増えるのは寺社衆だが当家に入る年貢量は変わらない。そして藤島の村に潜んでいいるような一向宗を僧兵として雇い入れれば、いざという時にまとめて刈り取れる寸法よ。」

「その数が膨大にならないと良いけどな。」

「どれだけ増えようが坊主は坊主、百姓は百姓。日頃から鍛錬しておる我らの敵ではないわ。」


豆粒ほどの大きさになった実顕達に吐き捨てるようにそう吠えると、重光は城内へ戻っていった。

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