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武勇伝  作者: 真田大助
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学ぶ

敦賀城への米運びから一月ほど。春の息吹を感じる朗らかな陽気の中、俺達は怒号飛び交う中で必死に戦っていた。


「切っ先が揺れておるぞ、迷いなく振り下ろせ!」「刀に身体を持って行かれるなど言語道断!屋敷の周りを走って参れ!」「声が小さい!たった半刻で声が枯れるなど武士として情けないぞ!」


サイコパス改め鬼コーチ重光の剣術稽古が勢いを増している。

張り切っている理由は簡単だ。数日前に景豊の息子、九郎兵衛と春蘭軒が一乗谷にある教景館に合宿に来ているのだ。

結局、一乗谷への長期滞在は景豊の反対で却下となったのだが、その代わりに一月毎に一乗谷に泊まり込みで学ぶ事となったのだ。

二人が一乗谷に来て今日が三日目なのだが、既に春蘭軒は剣術稽古から脱落して安広の座学集中コースに移っている。九郎兵衛の方は多少根性があるらしく必死に重光の稽古に喰らい付いているが、その顔は疲れで真っ青だ。イケメンがもったいない。


重光はと言うと、朝倉家で高い地位を持つ敦賀郡司、朝倉景豊の嫡子を指南できるとあって滾っている。武士にとっては何よりの名誉なんだとか。俺と海千代、幸千代はいいとばっちりだ。


「武!何を突っ立っておる!暇ならその性根を叩き直してやるわ!」


しまった、狂犬と目があってしまった。まるで野生動物とのエンカウントだ。

ここに逃げる選択肢は無いので気合いを入れて木刀を構える。どうせならこの前の敦賀城の仕返しをしてやる。覚悟しやがれ。

疲れて地面に突っ伏している九郎兵衛にウインクして、俺は木刀を振りかぶった。



「重光は強いな。勝てる気がしないや。」

中条流(ちゅうじょうりゅう)の使い手だからな。朝倉家随一の強さだって自称してるくらいさ。俺と幸千代なんかずっと挑んでいるけど一本も取れた試しが無いんだ。武もいい線いっているがまだまだ。急に来た九郎兵衛に一本取れたら俺達の立場が無くなるってもんよ。」

「海次郎はいつも突撃するだけだからやられちゃうんだよね。」

「なに!幸千代なんて振りが遅すぎて打ち合いにすらならないじゃないか!なぁ武!」


結局あの後、口を開くのも億劫なくらい打ち込まれた。痛い。

九郎兵衛がここに来た当初は距離をとっていた海次郎も幸千代も、だいぶ慣れたようだ。変に敬語を使わないでくれと九郎兵衛が頼んだのが良かったのだろう。九郎兵衛の警護をしている大人は良い顔をしないが、九郎兵衛本人は嬉しそうなので何よりだ。


「なぁ海次郎。どうして武はあんなに打ち込まれていたんだ?私や海次郎、幸千代の時はあそこまで厳しくないだろ?」

「そりゃ武が生意気だからさ。」

「違うよ海次郎。武は叩かれても叩かれても立ち上がるからだよ。僕みたいに倒れていればやられないのに。」

「お前ら分かってないな。俺は負けっぱなしは性に合わないんだ。九郎兵衛の前で少々みっともない姿を見せたが、明日には重光の野郎に参ったって言わせてやるからな。この武こそが朝倉家最強だって証明してやるわ。」


汚れた四人の子供はワイワイと話しながら肩を並べて歩く。

それに続く護衛の大人も、つられて笑顔になっていた。


・・・


翌日。

俺と重光は二人並んで一乗谷を歩いていた。

まだ日が昇ったばかりの時刻だが通りを歩く人は意外と多い。

この時代の人はとにかく早寝早起きだ。日が昇ると同時に働き始め、日が落ちる時には就寝する。もちろん例外はあるが、夜は灯り代が高くつくので大体の人はお日様と同じ時間帯に活動している。

ちなみに今日はお日様より早く重光にたたき起こされたので不満タラタラな俺だ。

まだ肌寒さを感じる中、楽し気に歩く重光に問いかける。


「で、早朝にたたき起こして何の用だよ。」

「これから孫次郎殿の屋敷へ向かう。」

「孫次郎?」


聞いたことがあるような、無いような。


「今の当主、朝倉貞景(あさくら さだかげ)様の嫡男。次期当主と目される孫次郎殿だ。」


さっきまでのご機嫌はどこへやら。苦虫を噛み潰したような顔で重光が吐き捨てる。

あれ、一番最初に殿様に会った時、景豊がそんなような名前で呼ばれていたような気がする。


「坂本の福光屋で初めて会った時、景豊のことを『孫次郎』って呼んでなかったか?」

「孫次郎ではなく『孫四郎』だ。あの上洛は多少なり危険があったからな。誰其(だれそれ)とすぐにわかるような呼び名ではなく通称を使っておっただけよ。」


それならもっとわかりにくい名前で呼べばよかったのに、なんて野暮なことは言わないようにする。

それにしても次期当主候補ってことは、うちの殿様の敵だよな。そんな人の屋敷に何の用があるというのだろうか。


「まさか討ち入りに…。」

「滅多なことを口にするな、このたわけ。最近、孫次郎殿に仕えた山崎(なにがし)と言う者が剣の達人だと一乗谷で噂になっていてな。ぜひ教えを請いたいと思うているのよ。」


ニヤリと笑う重光の顔は教えを請う顔じゃない。『剣の達人?俺に勝ってから言いな。ぶっ潰してやるぜ!』って顔だ。

周囲の人が避ける顔付きに重光に続いて、立派な門の前に到着した。


・・・


屋敷の主、孫次郎は外出中らしい。留守居番の武士に板の間に案内され、この部屋で待つように言われてからしばらく待っている。前から思っていたが、この時代の人って時間にルーズじゃないか?人が来ても平気で一時間近く待たせることもある。時計がないから仕方ないのだろうか。

そんなことを考えていれば重光が小声で話しかけてきた。


「武。言い忘れておったが、ここでは己のことを『小者だ』と言うでないぞ。小者は身分の低い者を指す。今は便宜上、小者として働いておるが今後は武士になるのだ。己を下げるようなことは言わんで良い。」

「では何と名乗ればいいんだ?」

「『若党(わかとう)』と。少し早いが北村殿の下で働いておるのだ、良いだろう。』


若党。若い衆ってことだろうな。見習いの意味もありそうだ。とにかく小者からランクアップしたと認識しておけば間違いないだとう。

そんなことを考えながら待っていると、足並みの揃わない三つの足音が背後から聞こえてきた。

重光が軽く頭を下げるので、俺もそれにならって軽く頭を下げる。


「表をお上げくだされ。我らは客分でございます故、畏れ多いことにございます。」


足音は俺達を追い抜かずに背後で止まり、しわがれた声が聞こえてきた。

振り返れば、三人の男がこちらに頭を下げている。俺と重光が振り返り、座りなおしたのを確認するとようやく顔を上げた。

真ん中には爺さん。たぶんこの人がさっきの声の主。こちらから見て右手にいるのは幼い子供。左手に二十代くらいの男。爺さんと子供と孫って感じだな。


「急な来訪、申し訳ございません。朝倉教景が家臣、高間重光にございます。これなるは当家の若党、武にございます。」

「朝倉家御嫡男、孫次郎様が客分の山崎長時と申します。これなるは嫡子の小次郎にございます。」

「山崎小次郎にございます。」


爺さんが山崎長時。左手にいた若い男がその子供の山崎小次郎。幼い子供はこの屋敷の小姓だろうか。爺さんを支えるだけで名乗らない。


「ご来訪誠にありがたく存じます。しかし申し訳ございません。北陸の冬はこの老体には厳しく…。お話しであれば愚息の小次郎から…」


長時爺さんはゲホゲホと咳き込む。風邪をうつすのだけは勘弁してくれ。

あれ、この時代って風邪ひいたらどうなるんだろう。薬とかあるんだろうか。


「これは申し訳ございません。どうぞお休みくださいませ。」

「高間様、心遣いありがたく存じます。では父上、後はお任せください。」


咳き込む長時爺さんとそれを支える小姓が退出してようやく、山崎小次郎の変わった風貌が目についた。

この時代の武士は月代(さかやき)と言って頭の前半分を剃り上げている者が多い。しかし小次郎は剃り上げることなく、女性のような長髪で後ろで一つ結びにしている。月代(さかやき)を嫌がって短髪を後ろで結っている武士は見たことがあるが、このタイプは初めてみた。


「私の髪が気になりますか?」


ニコリと笑顔を向けられる。しまった、ジロジロ見過ぎた。

色白で長髪とあってか、笑顔も心なしか女性的に感じる。そっちの気は無いが男女見境なくもてそうだ。


「私からすると武殿の髪も見慣れません。どうしてそのような形に?」


俺の髪の毛は坊主からの成長途中にある。つまるところ角刈りのような髪型なのだ。俺も月代(さかやき)は嫌なので将来的には短髪を後ろで結うスタイルにしたいのだが、それにはもう少し時間がかかる。


「これは少し前まで僧でしたので、今はまだ髷を結えないのです。それよりも小次郎殿、小次郎殿は剣の達人と聞き及びましたが何処で学ばれたのでしょうか。」


重光が前のめりになっている。お前ほんと剣の話しになるとグイグイいくな。

聞かれた小次郎の方は眉尻を下げて困った顔をしている。


「達人などそんな。都で鞍馬流を少々学ばせて頂いただけにございます。」

「ほう、鞍馬流。小次郎殿のご出自は京の都でしたか。」

「都から少し離れていますが、山城国の山崎村の出でございます。そのご様子ですと高間殿も剣術を嗜まれているように見えますが、どの流派にございましょうか。」

「某は中条流にござる。これも奇縁にございますな。」


「中条流」と聞いた瞬間、小次郎の目が鋭くなった。何か因縁でもあるのだろうか。


「中条流にございますか。京八流派の中で最も広まっているとお噂はかねがね。」

「小次郎殿にそう言って頂けると嬉しゅうございますな。鞍馬流の事も存じております。なんでも中条流とよく似ておるとか。」

「えぇ。鞍馬流の歴史は古く、かの源義経公も学ばれた由緒ある流派にございますので。中条流の開祖は鞍馬流を学ばれていたのでしょうか。」


あ、重光の血管が浮き上がってきた。


「中条流は中条家伝来の剣技と念流を合わせて出来たもの。決してそのような…。」

「おや。念流の開祖である念阿弥慈恩ねんあみ じおん上人は鞍馬山で剣の妙技を開眼されたお方。やはり鞍馬が上流にあるのですな。」


重光の血管がみるみる浮き上がってくる。

対する小次郎は涼し気な表情で口元に手を当てて笑っていやがる。


「高間殿。もし手合わせをご所望ならそう申されれば良いのでは?そうではなく、双方の流派について学びを深めたいのであれば某はお力になれないかと。」


ブチンと重光が切れる音がする。やっぱりこうなるのね。


「手合わせ願おう。」

「かしこまりました。用意しますので、お庭でお待ちください。」


ドカリと音を立てて立ち上がる重光に丁寧に一礼し、小次郎は音もたてずに奥へと去っていった。


・・・


「あの優男が!見ておれ、あの白肌を泥塗れにしてくれるわ!」

「ちょ、声が大きい!」


縁側で袖を結びあげながら重光が声を荒げている。

要するに、重光の学んだ中条流と小次郎の学んだ鞍馬流。どちらが開祖か、どちらが本物か、そんな感じの議論があるらしい。いつになってもこの辺の議論ってのは変わらないんだな。


重光の準備が終わったタイミングで、同じように袖を結い上げた小次郎がやってくる。手には四本の木刀。


「どうぞお好きなものをお取りください。」


一本目は短刀サイズ、三十センチくらい。

二本目は小太刀。六十センチくらい。

三本目は太刀。八十センチくらい。

四本目は大太刀。百センチ、一メートルくらい。


いつも稽古で使っているのは太刀だ。これが一般的なもので、ほとんどの武士はこれを身に着けている。

俺が延暦寺で振っていたのは大太刀。かなり大きくて扱いにくいが、これに慣れていたので太刀なんて軽く感じる。


差し出された木刀の内、重光は迷わず二本目の小太刀サイズの木刀を手にした。

そういえば重光が腰に差している刀も小太刀だ。背が低いから短い小太刀を使っているのだろうか。

小次郎を見れば、小次郎も小太刀サイズの木刀を持っている。スラリと長身の小次郎が持つと同じ小太刀でも短く見えてしまうな。


「ほれ、武。お主もはよ選べ。」


お茶でも飲みながら観戦…と思っていたがそうもいかないらしい。

重光に小突かれて仕方なく三本目の太刀サイズの木刀を手にする。そのまま背中を蹴られて小次郎と向き合う。


「おや。若党が先手ですか。どうぞお手柔らかに。」


パッと見は重光ほどの圧を感じない。延暦寺の行山のような荒々しさも無い。

冷静沈着タイプと仮定して、俺も冷静に戦えば勝機はあるかもな。


正面に木刀を構え、小次郎を見据えた。

当面更新が滞ります。詳細は活動報告をご参照ください。

どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] こういう物静かな優男系のキャラクターが、鬼のように強いのですよね しかも山﨑って、あの山﨑ですよね(汗)
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